異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが

マハラメリノ

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第一章 聖者降臨

〇三一 聖者のメダイユ

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「それは素晴らしいことだ。私も協力は惜しまない。寧ろ積極的に協力したい」
「そうか! ありがとな!」
「いい機会だからそのときナナセにうちの隊員を紹介する。私の留守中にナナセの警護に付けるから顔合わせも兼ねて」
「そっか、エリーも仕事あるもんな。俺こんなだから警護助かるよ」

一歩外に出たらそこはヨハネスブルグだってことは忘れてないからな。
この世界の最強生物にして生態系の頂点、勇者エリアスの側が最も安全な場所だってことは分かるが、そのエリアスも今は仕事を放り出している身だ。
帰郷に現実味が帯びてきた今、家に帰るまで絶対この城内で大人しくしているつもりでいるが、警護が付くに越したことはない。
家に帰るまでが異世界転移だからな。
よく言うだろ、家に帰るまでがコミケじゃない、次の申し込みをするまでがコミケだって。
……あれ?
その法則でいくと、次の異世界転移をするまでが――それ以上は、いけない。

とにかく善は急げということで、エリアス監修の下でフリードリヒ陛下とルートヴィヒ殿下に今日の花やら菓子やらのお礼の手紙を書き、フリードリヒ陛下には慰問の件も付け加えた。
今まで気軽に話していたが、同じ城内に居ても俺から王族に会うには、それなりの手続きを踏んで謁見の申請をしなければならないから、手紙で用件を伝えておいて向こうから呼びつけて貰うほうが手っ取り早い。
王族はそういったこちらの人心まで察しないといけないから大変だなと思う。
最後に便箋と一緒に診療所で売っていたメダイユをひとつずつ封筒に入れるとエリアスがぎょっとして声を上げた。

「……ナナセ? 今封筒に入れたそれはもしかして『聖者のメダイユ』では……?」
「そうだけど、入れちゃまずかったか?」
「まずくはない。寧ろ喜ばれると思うが、そんな貴重なものを惜しげもなく剥き身で封筒に放り込んだから驚いた……」

同封したのは、五円玉でお馴染みの真鍮で出来た楕円形の小さなメダイユに俺の治癒魔法を込めた弊診療所の主力商品で、通称「聖者のメダイユ」だ。
最初は治癒中の室内に放置していたら偶然出来たんだが、微弱だが治癒効果が付随していたため売り出したところ好評を博している。
今持ってるのはヴェイラの王都を出た日の最後の治癒で作ったやつだ。
売る暇もなかったし、いざとなったら金に換えようと思って持ってきていた。
だがこれ実は、直接施す治癒と違い効果が不安定で人によってその程度もまちまち。しかも魔法の効果を使い切ったらただの金属片になる消耗品だ。
それでも入荷すると飛ぶように売れて数分で完売という人気商品なのだが、メダイユ本体が鋳物なので俺が作れるわけじゃないから発注してから納品されるまでに日数がかかり常に品切れ状態だった。
診療所での定価はひとつ林檎一個分相当だが、一限販売しているにも拘わらず闇で高値で取引されているのが悩ましいところだ。
そもそもの流通量が少なくて貴族でも入手困難という代物なので、いくら王族のフリードリヒ陛下やルートヴィヒ殿下といえども、これは持っていないだろうし、お礼の手紙に添えるのには丁度いいと思ったんだが。

「貴重って言っても、これ真鍮製で価値としては林檎一個分くらいだし消耗品だぞ?」
「頻繁に診療所に顔を出していた私でも実物を見たのは今のが初めてだ」
「ああ、エリーが来るのは週末が多かったからな。メダイユはいつも週中に入荷するからそのせいだろ」
「そうだったのか……」
「欲しいなら言ってくれれば取り置きしておいたのに」
「都市伝説だと思っていた」
「なんだよそれ。ほら、エリーにもやるよ」

革袋の中から一つ摘まんで差し出すと、エリアスは受け取る直前で何故か躊躇する。

「……いいのか?」
「いらないのか?」
「いる……!」

押して駄目なら引いてみたら、今度は大事そうに両手で受け取ってしげしげと見詰めている。

「エリーに必要なものではないけどな」
「いや、必要だ。持っているだけでナナセの魔力を感じる。ありがとう。大切にする」

その後エリアスは俺が封蝋シーリングワックスをしているのを何故か興味津々で見ていた。
この世界では手紙には封蝋をするのが一般的だから珍しくもないだろうにと思っていたら、どうやらエリアスの興味を引いたのは印璽シーリングスタンプの方だったようだ。
俺のは身分証と旅券パスポートの役割も兼ねた指輪印章シグネットリングタイプのもので、この世界へ転移して間もない頃、商業ギルドで作って貰った珍しくもないものなんだが、七つの星の意匠が散りばめられた中心に漢字で「七星」と入っている。
勿論、俺デザインで自画自賛だが、なかなか格好良く出来たので気に入っていた。
それにしても、エリアス、お前もチャイニーズ・キャラクター大好き外国人か。

「どこかに押してやろうか?」

ニヤニヤしながら訊いてみると、ちょっと赤くなって「いい」と揶揄われたことを拗ねたように口を尖らせていたのが可愛かったから悪戯心を起こしてしまう。
俺は便箋に縦書きでデカデカと「襟明日」と書いてエリアスの目の前に掲げて見せた。

「俺の国の言葉で書くと、エリーの名前はこうなる」

一瞬で機嫌を直して興味深げに覗き込んでいるエリアスに俺は得意になって即興で解説する。

「最初の複雑な文字は、この場合『心のうち』って意味で、下の二文字は『あした』って意味を持ってるな。更に分解すると、真ん中が『明るい』で下が『太陽』、これで『エリアス』って読める」

訓読みのエリだと服の襟でしかないが、音読みのキンは、襟懐、襟度、胸襟、宸襟とどれも心のうちに関する言葉に使われている。
雑な当て字の割に意外に良い意味になって俺もビックリしたが、これにはエリアスもニッコリだろう。

「心のうち、あした……あかるい、たいよう」

譫言のように口の中で繰り返しているエリアスの手から便箋を奪い、折りたたんで封筒に入れ封蝋を施した。
俺の下手糞な字をあんまりじっくり見てるから、ちょっと恥ずかしくなったんだよ。悪いか。

「これはエリーにやるよ」

まだ固まっていない封蝋に息を吹きかけて気持ちだけ冷ましてやってエリアスの手に押し付けると、俺は呼び鈴を鳴らして人を呼び、先に書き終わっていた他の二通の手紙の配達を頼んだ。

――このとき俺はまだ知らない。
後にこの「聖者のメダイユ」がヴェイラ王国の王冠と獣人領の王家に伝わる首飾りという二つの国の王位継承の象徴であるレガリアにそれぞれ組み込まれてしまうということを。

ルートヴィヒ王太子殿下の戴冠式で新国王となった彼の頭上で煌びやかに輝く王冠の中で一際鈍い光を放つ真鍮製の「聖者のメダイユ」を発見した俺が声なき悲鳴をあげるまでは、まだもう少し。
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異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが
第一章 聖者降臨


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次章続巻も順次刊行予定
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