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第一章 聖者降臨
〇三〇 それで滅びる世界なら滅びてしまえ
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打って変わって真面目な話をしますよという雰囲気を出すとエリアスは神妙な顔で「ああ」と頷いて姿勢を正した。
「まずは謝らせてくれ。俺、エリーの気持ちを受け止めずに酷い断り方して逃げた。それを謝りたい。あれはないなって自分でも思う。本当に悪かった。ごめん」
座ったままエリアスの方へ身体を向けて誠心誠意頭を下げた。
本当は土下座しても足りないくらいなんだが、朝食会の席でのように俺が立ち上がるとエリアスも立ち上がっちゃうから仕方がない。
それに欧米文化には土下座ってものがなくて、土下座に相応するものは膝立ちなんだよな。教会なんかでやる祈りの姿勢な。
ここは欧米ではなく異世界だが、多分この世界でも膝立ちが土下座に相応するのだろう。物乞いとかでそうやってる人を見たことあるから。
そういう基準の相手に本物の土下座なんてして見せたら、文化の違いに普通に退くし困らせるだけだ。
張り詰めた空気の中、頭を下げたまま沙汰を待つと、やがてふっと空気が和らぐ気配がした。
「……許す。私はナナセを許す。だから面を上げてくれ」
俺が恐る恐る顔を上げると、泣きそうな顔で微笑んでいるエリアスと目が合った。
「……ホント?」
「本当だ。そもそも許すまでもなく私は少しも怒ってなどいない。逆にどうして私がナナセを許さないと思うんだ? こんなに愛しているのに何故だ?」
言いながらエリアスは俺の手を取って指先に何度も口付ける。
俺だって流石に許してくれないとは思ってなかったけど、少しも怒っていないとも思ってなかったのでちょっと驚く。
「分からない。俺、エリーのことほとんど何にも知らないんだよ。エリーがどうしてそんなに俺のことが好きなのかもわかんないし理解できない」
率直な気持ちを告げるとエリアスは寝耳に水だという顔で目をしばたかせて俺を見る。
「だからさ、エリーのこと色々教えてくれよ。そうして今度はちゃんと考えて返事するからさ。でも、その時はどんな答えでも受け止めてくれよ」
刹那、淡褐色と淡緑色の入り混じる榛色の瞳に不安そうな光が揺らめいたが、エリアスはそれを意志の力で打ち消した。
「……わかった。その時はどんな答えだったとしても受け止めよう。そして私もナナセのことをもっと知りたい。教えてくれるか?」
「ああ、勿論だよ」
俺が力強く頷くと、今度こそ自然に微笑みが零れる。
エリアスに俺の謝罪を受け入れて貰ってお互いの蟠りが一つ晴れたところで、今度は憂いのほうを晴らしたい。
「ここからは相談なんだけど、話し合っておきたいことが二つある」
そう告げると、エリアスは無言で俺に続きを促した。
「一つ目は、俺の帰郷についてだ。一年前この世界に来てからつい先日まで、俺は元の世界に帰りたくて仕方なかったんだけど、正直なところ今は迷ってる」
「で、ではッ……!」
「早計だ。話は最後まで聞いてくれ」
諫めるとエリアスはぐっと言葉に詰まってしぶしぶ頷いた。
「エリーに求婚されて、ルッツやフリッツに出会ったりもして、ここ数日間で色々なことが怒涛のように起こり過ぎて、俺の中の意識がかなり変わってきてる自覚があるんだ。自分が嫌いになって物凄く落ち込んだりもしたけど、アルビオンにいたら多分一生気付けなかったようなことに気付いたりして少しは成長もしたかなって思う」
「ナナセはよく頑張ったと思う。誇っていい。私が保証する」
「ありがとうエリー。けど俺は……ルヴァにもアルビオンにもそれぞれ良いところも悪いところもあって、生活の拠点をどちらにするかなんて、この先一生のことをすぐには決められない」
演繹法で考えるなら、どちらを選んでも少なからず後悔はあるだろう。
だからこの場合は帰納法で考えるべきで多分それが正解なのだ。
だけど、その正解が必ずしも俺にとって良い結果を齎すとは限らないのが帰納法の落とし穴だ。
「ただ、あっちでやり残したこともあるし、いずれにせよ一度は帰るつもりだ。でも俺は一度帰ったら二度とこの世界へ戻れない確率の方が高いと考えている」
「ナナセが来られないなら私のほうから行くまでだ」
「それが一番難しいだろ。この世界にはエリーが必要だ」
「それで滅びる世界なら滅びてしまえばいい」
そういうことを真顔で言うなよ。
勇者が言うと洒落にならないだろ。
それにエリアスがそれを本気で実行すると、勇者を誑かして異世界へ勾引かした不届きものとして、俺が聖者から悪者へジョブチェンジさせられちゃうんだからな。
「その話はまた今度にしような。――それで、二つ目は、俺の治癒のことなんだけど……」
俺はそこで一旦言葉を切り、エリアスの反応を窺いながら続ける。
「理由は分からないけど、この間からエリーの子種しか贄として捧げられなくなったことはエリーも気付いてるだろ?」
「やはりそうだったか……」
エリアスは何かを考えるように自分の顎に手を添えていたが、その表情からは何も読めない。
「ヴェイラを出てから治癒を施したのは昨日の一度だけだから、切欠は最初にエリーの子種を貰ったときだと思うんだよ。あの時エリーは俺に何かしたか?」
「何もしていない、とは流石に言えないが。ナナセが言わんとしている闇魔法に干渉するようなことは何もしていないし、出来ない」
「だよな。一応確認しただけなんだ。気を悪くしないでくれよな」
「ナナセの言うことで私が気を悪くすることはない。安心して何でも言って欲しい」
「うん。ありがとう。それで俺な、これからも治癒はしたいっていうか、俺の力を必要としている人がいたら後先考えずしちゃうと思うんだ。でもその後のアレはエリーにしか頼めないだろ……? だから相談なんだが、その、エリーさえ嫌じゃなかったらこれからもその、子種を提供して貰えないかと思っ……」
皆まで言い終わる前に抱き竦められていた。
だから良い匂いするんだってば。
「嫌どころか寧ろ役得だ。私で良ければ幾らでも提供しよう」
よし、言質は取ったぞ!
「それじゃあエリーの協力が得られると分かって早速なんだけど、俺やることないし、この城の人たちの慰問に行こうと思うんだ」
現金だがこの手のことで遠慮していたら何も始まらない。
今の俺に出来ることといったらそれくらいだ。
この城の獣人を癒し殺すぜ!
「まずは謝らせてくれ。俺、エリーの気持ちを受け止めずに酷い断り方して逃げた。それを謝りたい。あれはないなって自分でも思う。本当に悪かった。ごめん」
座ったままエリアスの方へ身体を向けて誠心誠意頭を下げた。
本当は土下座しても足りないくらいなんだが、朝食会の席でのように俺が立ち上がるとエリアスも立ち上がっちゃうから仕方がない。
それに欧米文化には土下座ってものがなくて、土下座に相応するものは膝立ちなんだよな。教会なんかでやる祈りの姿勢な。
ここは欧米ではなく異世界だが、多分この世界でも膝立ちが土下座に相応するのだろう。物乞いとかでそうやってる人を見たことあるから。
そういう基準の相手に本物の土下座なんてして見せたら、文化の違いに普通に退くし困らせるだけだ。
張り詰めた空気の中、頭を下げたまま沙汰を待つと、やがてふっと空気が和らぐ気配がした。
「……許す。私はナナセを許す。だから面を上げてくれ」
俺が恐る恐る顔を上げると、泣きそうな顔で微笑んでいるエリアスと目が合った。
「……ホント?」
「本当だ。そもそも許すまでもなく私は少しも怒ってなどいない。逆にどうして私がナナセを許さないと思うんだ? こんなに愛しているのに何故だ?」
言いながらエリアスは俺の手を取って指先に何度も口付ける。
俺だって流石に許してくれないとは思ってなかったけど、少しも怒っていないとも思ってなかったのでちょっと驚く。
「分からない。俺、エリーのことほとんど何にも知らないんだよ。エリーがどうしてそんなに俺のことが好きなのかもわかんないし理解できない」
率直な気持ちを告げるとエリアスは寝耳に水だという顔で目をしばたかせて俺を見る。
「だからさ、エリーのこと色々教えてくれよ。そうして今度はちゃんと考えて返事するからさ。でも、その時はどんな答えでも受け止めてくれよ」
刹那、淡褐色と淡緑色の入り混じる榛色の瞳に不安そうな光が揺らめいたが、エリアスはそれを意志の力で打ち消した。
「……わかった。その時はどんな答えだったとしても受け止めよう。そして私もナナセのことをもっと知りたい。教えてくれるか?」
「ああ、勿論だよ」
俺が力強く頷くと、今度こそ自然に微笑みが零れる。
エリアスに俺の謝罪を受け入れて貰ってお互いの蟠りが一つ晴れたところで、今度は憂いのほうを晴らしたい。
「ここからは相談なんだけど、話し合っておきたいことが二つある」
そう告げると、エリアスは無言で俺に続きを促した。
「一つ目は、俺の帰郷についてだ。一年前この世界に来てからつい先日まで、俺は元の世界に帰りたくて仕方なかったんだけど、正直なところ今は迷ってる」
「で、ではッ……!」
「早計だ。話は最後まで聞いてくれ」
諫めるとエリアスはぐっと言葉に詰まってしぶしぶ頷いた。
「エリーに求婚されて、ルッツやフリッツに出会ったりもして、ここ数日間で色々なことが怒涛のように起こり過ぎて、俺の中の意識がかなり変わってきてる自覚があるんだ。自分が嫌いになって物凄く落ち込んだりもしたけど、アルビオンにいたら多分一生気付けなかったようなことに気付いたりして少しは成長もしたかなって思う」
「ナナセはよく頑張ったと思う。誇っていい。私が保証する」
「ありがとうエリー。けど俺は……ルヴァにもアルビオンにもそれぞれ良いところも悪いところもあって、生活の拠点をどちらにするかなんて、この先一生のことをすぐには決められない」
演繹法で考えるなら、どちらを選んでも少なからず後悔はあるだろう。
だからこの場合は帰納法で考えるべきで多分それが正解なのだ。
だけど、その正解が必ずしも俺にとって良い結果を齎すとは限らないのが帰納法の落とし穴だ。
「ただ、あっちでやり残したこともあるし、いずれにせよ一度は帰るつもりだ。でも俺は一度帰ったら二度とこの世界へ戻れない確率の方が高いと考えている」
「ナナセが来られないなら私のほうから行くまでだ」
「それが一番難しいだろ。この世界にはエリーが必要だ」
「それで滅びる世界なら滅びてしまえばいい」
そういうことを真顔で言うなよ。
勇者が言うと洒落にならないだろ。
それにエリアスがそれを本気で実行すると、勇者を誑かして異世界へ勾引かした不届きものとして、俺が聖者から悪者へジョブチェンジさせられちゃうんだからな。
「その話はまた今度にしような。――それで、二つ目は、俺の治癒のことなんだけど……」
俺はそこで一旦言葉を切り、エリアスの反応を窺いながら続ける。
「理由は分からないけど、この間からエリーの子種しか贄として捧げられなくなったことはエリーも気付いてるだろ?」
「やはりそうだったか……」
エリアスは何かを考えるように自分の顎に手を添えていたが、その表情からは何も読めない。
「ヴェイラを出てから治癒を施したのは昨日の一度だけだから、切欠は最初にエリーの子種を貰ったときだと思うんだよ。あの時エリーは俺に何かしたか?」
「何もしていない、とは流石に言えないが。ナナセが言わんとしている闇魔法に干渉するようなことは何もしていないし、出来ない」
「だよな。一応確認しただけなんだ。気を悪くしないでくれよな」
「ナナセの言うことで私が気を悪くすることはない。安心して何でも言って欲しい」
「うん。ありがとう。それで俺な、これからも治癒はしたいっていうか、俺の力を必要としている人がいたら後先考えずしちゃうと思うんだ。でもその後のアレはエリーにしか頼めないだろ……? だから相談なんだが、その、エリーさえ嫌じゃなかったらこれからもその、子種を提供して貰えないかと思っ……」
皆まで言い終わる前に抱き竦められていた。
だから良い匂いするんだってば。
「嫌どころか寧ろ役得だ。私で良ければ幾らでも提供しよう」
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異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが
第一章 聖者降臨
📖文庫版(紙の書籍)
📖Kindle(電子書籍)
📖BOOK☆WALKER(電子書籍)
次章続巻も順次刊行予定
OLOLON
※この作品の出版権は作者本人に帰属しています。詳しくはこちらを参照してください。
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