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第一章 聖者降臨
〇二九 勇者様か女児の二択
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部屋に戻るとフリードリヒ陛下とルートヴィヒ殿下から、先程の朝食会での不作法の詫びだと称して菓子だの花だのが届いていたが、朝食会の前から用意していたであろうことは考えるまでもなくすぐに知れた。
細やかな気遣いの籠ったそれらを見ていると、落ち込んでいた気分が少し浮上する。
それから俺の荷物はウォークインクローゼットの中にあった。
さっき初めてこの部屋のクローゼットを開けてみたら、空っぽだと予想してたのに、服がびっしり入っていてびっくりしたんだが、多分、フリードリヒ陛下が部屋を用意してくれた時に最初からそれらを準備しておいてくれたのだろう。
俺が朝食の前に確認していたら、お礼を言えたのに。迂闊だったな。
もうひとつあるクローゼットにはエリアスの荷物が詰め込まれていた。
そういえば今朝、エリアスが従僕のエミールに勝手に運び込ませていたっけ。
てことは、何も聞いてないけどエリアスもこの女子力の高いファンシーな部屋で寝起きする気なのか? 正気か?
エリアスだって自分の部屋を用意して貰ってるだろうに、いっそ、エリアスが宛がわれた部屋と交換してくれないかな。
これより酷いってことはないだろう。
いや、酷いから移ってきたという可能性もなきにしもあらず。
後で聞いてみよう。
この部屋は二間続きの所謂スイートルームな構成になってんだけど、ベッドルームに比べればこっちのラウンジ的な部屋はファンシー感は大分マシだ。
堅苦しいジュストコールを脱ぎ捨て、軽装に着替えて雲の形のファンシーなソファーに沈み込むと、同じく軽装に着替えたエリアスが隣に座った。
向かい側にブランコみたいに天井から吊り下げられた三日月型のハンギングソファーには座りたくないよな。分かる分かる。
わかりみは強いが、良い匂いするし近いし良い匂いするし緊張するし良い匂いするからやめて欲しい。
でもあからさまに離れたら流石に角が立つから動けないし良い匂いする。
エミールは、俺たちが脱ぎ散らかした服を片付けると何処かへ行ってしまったので、今はこの部屋に二人きりで良い匂いするんだよ。
「お疲れですか?」
「そ、そうでも、ない、デス」
もじもじと居住まいを正しながら、それでも気になるのでエリアスの様子を横目でチラチラと伺ってしまう。
「言葉が……」
「ハイ?」
「何故私にだけ敬語で話されるのですか」
キタッ! 直球! それな!
そもそもその敬語もエリアスに習ったんだけどな?
「以前は敬語でしたが、初めて肌を重ねてから昨日までは普通に接していて下さいました。先程、陛下や殿下にも砕けた口調でした。なのに、私にだけ距離を置かれているようで寂しいものがあります」
ガツンと頭を殴られたような気がした。
どうしよう。
寂しがらせるつもりなんてなかったのに、寂しがらせてしまった。
何やってんだよ俺。
俺はまた間違った。
意識しまくってるのも、変な敬語になってるのも、緊張しまくってるのも、固くなってるのも、構えちゃってるのも、一連の挙動不審は全て、臆病すぎる俺の過剰防衛からくるものだ。
信じて裏切られるのが怖いから自己防衛本能が過剰に働いた。
これだけ迷惑かけまくって世話になってる相手に寂しい思いをさせてまで、俺は一体自分の何を守ろうとしてるんだ?
卑屈になっているわけじゃないが、自分にそれほどの価値があるとでも?
誰だって傷付きたくなんかない。
けど、自分が傷付くのを恐れる余り、誰かを傷付けていいってことはないんだ。
……ここまでか。
俺は自分の馬鹿さ加減にほとほと愛想が尽きて、ハァッと溜息を吐いてガリガリと頭を掻いた。
俺も男だ。腹をくくるしかない。
よしっ! やるぞ! 俺はやる!
「……じゃあ、俺も止めるから勇者様も敬語止めろよ」
「わかりました」
「いや、わかってねーだろそれ!」
「わ、わかった」
退いてるかと思えば、エリアスは存外嬉しそうで拍子抜けした。
なんだ、こんな簡単なことだったんだ。
俺は一体何を思い悩んでいたんだろう。
さて、そしてこれからエリアスと話し合わなくちゃいけないことが山ほどあるわけだが、どう切り出すかだ。
アレコレ考えていると、エリアスが何故か恥じらうように俯いて上目遣いでこちらを見ていた。
「それと……」
「まだなんかあるのかよ」
「呼び方が『勇者様』に戻っている」
「あー、それな……。でもエリアスって俺には発音しづらくて。俺、今もちゃんと発音出来てないだろ?」
一回だけ奇跡的に正確に発音出来たんだけどな。
それがホモセックス中でアヘッてて呂律が回ってなかったときっていうのが笑えないし、もしまた同じ状況に陥っても二度と同じように正確に発音できる自信がない。
症状が一緒に出ちゃったから過剰防衛の一部のように見えて、実は敬語と呼び方は別の理由なのである。
「ナナセは陛下と殿下のことは愛称で呼んでいた。ずるい。私も呼んで欲しい」
「ずる……なんて呼んで欲しいんだよ。言ってみろよ」
「エリスかリアス……ナナセの呼び易いほうで構わない」
その二択かよ。
俺からしたら発音のし難さはどっちも変わらない。
むしろ誤魔化せる部分が減って難易度が上がってる気がするんだが。
だからいっそ俺から提案してみる。
「エリーは?」
「……それは女児のようなのでやめて欲しい」
女児。
そんなことを言われたら、ご期待に応えざるを得ないじゃないか。
俺もエリアスのことをまだまだ分かっているとは言い難いが、エリアスも大概俺の性格を分かっていないよな。
洗礼を受けろよ。
「わかった。エリー」
「ナ、ナナセ?」
さらっと呼んでやるとエリアスは少し焦った様子でキョドっていた。
こういう対応をされることに慣れていないんだろう。
だが、こればっかりは慣れて貰うしかない。
「エリーが一番呼び易い。駄目なら勇者様って呼ぶ」
「……エリーでいい」
え? いいの? 女児でいいの?
半分冗談だったんだけど、そんなに「勇者様」って呼ばれるの嫌だったのか。
凄いなエリアスは。
俺、勇者様か女児の二択だったら光の速さで勇者様取るわ。
そこを敢えて女児を取るとは勇者かよ。
……って、そうだった、本物の勇者だった。
女児を取る勇者様を勇者と見込んで、ついでにこの女子力の高いファンシーな部屋も譲るよ。譲りたい。譲らせてくれ。是が非でも。
「エリー」
「ナナセ、なんだ?」
改めて呼んでみると途端にパァァァッて感じで期待に満ちた眩しい笑顔が向けられる。
さっきはちょっと嫌がっていたのに、今度はすっごい嬉しそうだなオイ!
けど、俺でもこんなにエリアスを喜ばせることができるんだな。
なんかそれって、すごくね?
俺は勇者エリーから勇気を貰って切り出した。
「話があるんだけど今いいか?」
細やかな気遣いの籠ったそれらを見ていると、落ち込んでいた気分が少し浮上する。
それから俺の荷物はウォークインクローゼットの中にあった。
さっき初めてこの部屋のクローゼットを開けてみたら、空っぽだと予想してたのに、服がびっしり入っていてびっくりしたんだが、多分、フリードリヒ陛下が部屋を用意してくれた時に最初からそれらを準備しておいてくれたのだろう。
俺が朝食の前に確認していたら、お礼を言えたのに。迂闊だったな。
もうひとつあるクローゼットにはエリアスの荷物が詰め込まれていた。
そういえば今朝、エリアスが従僕のエミールに勝手に運び込ませていたっけ。
てことは、何も聞いてないけどエリアスもこの女子力の高いファンシーな部屋で寝起きする気なのか? 正気か?
エリアスだって自分の部屋を用意して貰ってるだろうに、いっそ、エリアスが宛がわれた部屋と交換してくれないかな。
これより酷いってことはないだろう。
いや、酷いから移ってきたという可能性もなきにしもあらず。
後で聞いてみよう。
この部屋は二間続きの所謂スイートルームな構成になってんだけど、ベッドルームに比べればこっちのラウンジ的な部屋はファンシー感は大分マシだ。
堅苦しいジュストコールを脱ぎ捨て、軽装に着替えて雲の形のファンシーなソファーに沈み込むと、同じく軽装に着替えたエリアスが隣に座った。
向かい側にブランコみたいに天井から吊り下げられた三日月型のハンギングソファーには座りたくないよな。分かる分かる。
わかりみは強いが、良い匂いするし近いし良い匂いするし緊張するし良い匂いするからやめて欲しい。
でもあからさまに離れたら流石に角が立つから動けないし良い匂いする。
エミールは、俺たちが脱ぎ散らかした服を片付けると何処かへ行ってしまったので、今はこの部屋に二人きりで良い匂いするんだよ。
「お疲れですか?」
「そ、そうでも、ない、デス」
もじもじと居住まいを正しながら、それでも気になるのでエリアスの様子を横目でチラチラと伺ってしまう。
「言葉が……」
「ハイ?」
「何故私にだけ敬語で話されるのですか」
キタッ! 直球! それな!
そもそもその敬語もエリアスに習ったんだけどな?
「以前は敬語でしたが、初めて肌を重ねてから昨日までは普通に接していて下さいました。先程、陛下や殿下にも砕けた口調でした。なのに、私にだけ距離を置かれているようで寂しいものがあります」
ガツンと頭を殴られたような気がした。
どうしよう。
寂しがらせるつもりなんてなかったのに、寂しがらせてしまった。
何やってんだよ俺。
俺はまた間違った。
意識しまくってるのも、変な敬語になってるのも、緊張しまくってるのも、固くなってるのも、構えちゃってるのも、一連の挙動不審は全て、臆病すぎる俺の過剰防衛からくるものだ。
信じて裏切られるのが怖いから自己防衛本能が過剰に働いた。
これだけ迷惑かけまくって世話になってる相手に寂しい思いをさせてまで、俺は一体自分の何を守ろうとしてるんだ?
卑屈になっているわけじゃないが、自分にそれほどの価値があるとでも?
誰だって傷付きたくなんかない。
けど、自分が傷付くのを恐れる余り、誰かを傷付けていいってことはないんだ。
……ここまでか。
俺は自分の馬鹿さ加減にほとほと愛想が尽きて、ハァッと溜息を吐いてガリガリと頭を掻いた。
俺も男だ。腹をくくるしかない。
よしっ! やるぞ! 俺はやる!
「……じゃあ、俺も止めるから勇者様も敬語止めろよ」
「わかりました」
「いや、わかってねーだろそれ!」
「わ、わかった」
退いてるかと思えば、エリアスは存外嬉しそうで拍子抜けした。
なんだ、こんな簡単なことだったんだ。
俺は一体何を思い悩んでいたんだろう。
さて、そしてこれからエリアスと話し合わなくちゃいけないことが山ほどあるわけだが、どう切り出すかだ。
アレコレ考えていると、エリアスが何故か恥じらうように俯いて上目遣いでこちらを見ていた。
「それと……」
「まだなんかあるのかよ」
「呼び方が『勇者様』に戻っている」
「あー、それな……。でもエリアスって俺には発音しづらくて。俺、今もちゃんと発音出来てないだろ?」
一回だけ奇跡的に正確に発音出来たんだけどな。
それがホモセックス中でアヘッてて呂律が回ってなかったときっていうのが笑えないし、もしまた同じ状況に陥っても二度と同じように正確に発音できる自信がない。
症状が一緒に出ちゃったから過剰防衛の一部のように見えて、実は敬語と呼び方は別の理由なのである。
「ナナセは陛下と殿下のことは愛称で呼んでいた。ずるい。私も呼んで欲しい」
「ずる……なんて呼んで欲しいんだよ。言ってみろよ」
「エリスかリアス……ナナセの呼び易いほうで構わない」
その二択かよ。
俺からしたら発音のし難さはどっちも変わらない。
むしろ誤魔化せる部分が減って難易度が上がってる気がするんだが。
だからいっそ俺から提案してみる。
「エリーは?」
「……それは女児のようなのでやめて欲しい」
女児。
そんなことを言われたら、ご期待に応えざるを得ないじゃないか。
俺もエリアスのことをまだまだ分かっているとは言い難いが、エリアスも大概俺の性格を分かっていないよな。
洗礼を受けろよ。
「わかった。エリー」
「ナ、ナナセ?」
さらっと呼んでやるとエリアスは少し焦った様子でキョドっていた。
こういう対応をされることに慣れていないんだろう。
だが、こればっかりは慣れて貰うしかない。
「エリーが一番呼び易い。駄目なら勇者様って呼ぶ」
「……エリーでいい」
え? いいの? 女児でいいの?
半分冗談だったんだけど、そんなに「勇者様」って呼ばれるの嫌だったのか。
凄いなエリアスは。
俺、勇者様か女児の二択だったら光の速さで勇者様取るわ。
そこを敢えて女児を取るとは勇者かよ。
……って、そうだった、本物の勇者だった。
女児を取る勇者様を勇者と見込んで、ついでにこの女子力の高いファンシーな部屋も譲るよ。譲りたい。譲らせてくれ。是が非でも。
「エリー」
「ナナセ、なんだ?」
改めて呼んでみると途端にパァァァッて感じで期待に満ちた眩しい笑顔が向けられる。
さっきはちょっと嫌がっていたのに、今度はすっごい嬉しそうだなオイ!
けど、俺でもこんなにエリアスを喜ばせることができるんだな。
なんかそれって、すごくね?
俺は勇者エリーから勇気を貰って切り出した。
「話があるんだけど今いいか?」
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異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが
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📖文庫版(紙の書籍)
📖Kindle(電子書籍)
📖BOOK☆WALKER(電子書籍)
次章続巻も順次刊行予定
OLOLON
※この作品の出版権は作者本人に帰属しています。詳しくはこちらを参照してください。
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