異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが

マハラメリノ

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第一章 聖者降臨

〇一四 おやすみなさい、殿下

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ひとしきり笑った後、石垣に腰かけて二人で夕食を取った。
包みの中身はカンパーニュのような丸くてどっしりしたパンを繰り抜いて中にシチューを詰めたもののようだ。
なるほどこれなら旅先でも洗い物が少なくて済む。

こちらの世界は食材の風味が驚くほど豊かで料理はなんでも美味い。
全粒粉のパンは外はパリッとしていて中はモチモチで、鶏肉とマッシュルームがゴロゴロ入ったブラウンソースのシチューはダブルクリームのまろやかなコクがあり、むちゃくちゃ美味い。
食べ始めると空腹に気付き、二人ともあっという間に完食してしまう。
食後にルッツが近くの木に生っていたイチジクともアケビともつかない果物をナイフで半分に切って渡してきたので、おっかなびっくり齧ってみると、バナナのようにねっとりとした果肉はほどよい甘さで美味しかった。

「一日中荷台の上では疲れただろう?」

夕食後はシャワーを浴びて寝るだけだが、ルッツはまだ天幕へ戻るつもりはないようで話しかけてきた。
俺も食ってすぐは動きたくないので雑談に付き合うことにする。

「ああ。思ったより揺れなかったけど、座りっぱなしだから流石にな。けどエミューのほうが疲れるだろう?」
「いや、エミューのほうが楽だと思うぞ」
「そうなのか? 俺も馬なら少し乗ったことあるんだけどエミューはさっぱりだからな」

中二病なので当たり前のように乗馬は履修している。
馬事公苑での一日体験五時間コースだが。
だがしかし、ルッツは俺の言葉に少し意外そうに目を見張った。

「へえ、馬に乗ったことがあるのにエミューに乗ったことがないなんて変わってるな。貴族に知り合いでも?」

あ、しまった!
こっちの世界で馬は王侯貴族の乗り物なんだっけ。
異世界人ってバレたらエリアスの追跡に手掛かりを残してしまうことになりかねない。
なんとか誤魔化さなくては。

「……い、いや逆だろ。エミューにも乗ったことがないから馬に乗ったんであってだな……」
「ああ、そういう見方もあるか。なるほどな」

俺自身にもちょっと何言ってるか分からない苦しい言い訳だったが、ルッツは納得してくれたのでよしとしよう。
ついでにルッツが話題を変えてくれたので俺は飛びついた。

「ナナセは獣人領の首都に着いたらどうするんだ?」
「まずは安い宿でも探して職探しかな。ルッツも暫くは首都にいるんだろ?」
「ああ。差し出がましいようだが、まだ宿が決まっていないなら俺たちの定宿を紹介しようか?」
「マジか! それは助かるぜ! ルッツ、お前良い奴だな!」
「……良い奴か。俺はナナセにとってただの良い奴で終わるつもりはないんだがな」
「うん……?」

意味深なことを呟きながらルッツが指先で俺の前髪をさらり梳いた。
突然のスキンシップに驚いてルッツを見ると、自分がキラキラしたイケメンであることをよーく知ってるって顔で魅惑的な王子様スマイルをかまされる。
気付けばルッツのもう片方の手は何時の間にか俺の腰に回っていた。

「俺は天幕を一人で使ってるんだ。今夜はナナセも俺の天幕に来いよ」

アーッ!
これは間違いなくホモセックスのお誘い!
童貞だけど本日非処女になったばかりの俺には分かる!
昼に結腸に出されたエリアスの子種がまだ腹の中に入ったままだしな!

――今にして思えば、このときすでに兆候が表れていたんだと思う。
浣腸なんか三〇ミリリットルとかその程度の水分を注入するだけで腹を下すのに、結腸内にあれだけ射精されて、そんな気配がないということがどれほど異常な事態か考えなくてもわかるだろう。
俺に男同士の性の知識があったなら――いや、そうでもなくても気付いているべきだったのだ。

そして俺は完全に油断していた。
聖者様を気安く口説く奴なんていなかったから忘れてたけど、ここは同性とのセックスがスポーツ感覚の世界だった。
道中矢鱈気遣ってくれたのも、晩飯持ってきてくれたのも、全部そこに繋がるわけね。
なるほど理解した。
てことは俺、ずーっとルッツに口説かれてたわけか……ハハハ……こやつめ。

しかし選りにも選ってこの俺をロックオンするとか、もしかしてルッツもエリアス同様に人類飽きちゃった系?
エリアスやルッツクラスのハイレベルなイケメンと、フツメンの擬人化の俺とじゃ、同じ素材で構成されてる生物と思えないから、どうやったって異種族感が拭えない。
やっぱ獣姦みあるわぁ。
そういえば俺たちはこれから獣人の領地へ行くんだったな。
仕事の事情もあるだろうが、人類飽きちゃったからケモに走るっていうシモの事情も兼ねてるのかも知れない。
この世界のイケメンってどんだけ拗らせてるんだよ。

ルッツのような正統派の美青年に口説かれたら悪い気はしないが、まるで王子様にでも傅かれているような何とも言えない居心地の悪さを感じる。
それよりなにより、せっかく異世界で初めて友達が出来たと思っていたのに、そっちかっていうのが地味にショックだ。
セックスがスポーツ感覚のこの世界では男同士の友情とホモセックスが共存できるのかも知れないが、俺の感覚では難しい。
だってそれ、少年漫画の主人公とライバルの友情をホモにしちゃう腐女子の感覚と大差ないだろ。

さしあたって、目下ぶち当たってる問題は、座長の息子のお誘いをお断りして機嫌を損ねてこんなところで放り出されたら困るってことだ。
ここは是が非でも穏便にお断りしなくては。
気付いたのが早かったから幸い今ならまだ冗談で済ませられるだろう。
俺は髪を梳いていたルッツの手を掴みそっと退けると、ちゃんとルッツの目を見て言った。

「俺なんかじゃとても王子様のお相手は務まりませんよ」
「……!」

俺がそう言うとルッツは瞠目して明らかに動揺していた。
ルッツの容姿なら王子様なんて言われ慣れてるだろうに。
と、そこまで考えて原因に思い至る。
ああ、そっか。
このイケメン王子、セックスの誘いを断られること自体に慣れてないのか。
だが、その隙を見逃さなかった俺は、素早くルッツの腕から抜け出して間合いを取った。

「それじゃ俺はもう行きますね。おやすみなさい、殿下」
「あ、ああ……おやすみ」

走って逃げたいのを堪えて、その場を悠々と後にする。
これがあの勇者様だったら、俺がうんと言うまでしつこく食い下がってくるんだろうが、ルッツは追いかけてこなかった。
やったぜ!
ホモセックスのお誘いを穏便に躱せたぜ!
今のお断り、かなりスマートだっただろ?
なんだよ俺にもできるじゃん!
俺はご機嫌でそのままシャワーを浴びてから、今夜泊めさせて貰う予定の一座の人たちが数人で使っている天幕に戻ると、何故かみんなに妙な顔をされた。

「今夜はルッツの天幕で寝るのかと思った……」
「やだなー、俺に王子様のお相手なんてとても務まりませんて」

すっかり調子に乗っていた俺はここでも冗談で躱して、その瞬間にピシリと固まった空気に気付くことなく一人でさっさと就寝した。

この時、俺はまだ知らなかった。
後継者問題で係争中のヴェイラ王国の第二王子ルートヴィヒ殿下が、祝勝祭に乗じた暗殺計画から逃れ、腹心の臣下とともに旅芸人の一座を装い、亡命するため獣人領へ向かっていたことを。
そして、本物の王子様に向かって「王子様」と揶揄ってしまった俺僕私……。

この夜、運命は闇に乗じて人知れず密やかに、だが確実に動き始めていた。
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異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが
第一章 聖者降臨


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次章続巻も順次刊行予定
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※この作品の出版権は作者本人に帰属しています。詳しくはこちらを参照してください。
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