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第一章 聖者降臨
〇一三 闇が俺を愛したんだ
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唯一の懸念は、こっちに転移して以来たくさん世話になった所長にお礼もお別れも言えずに飛び出して来てしまったことだが、あの人も昔は宮廷勤めをしていたらしいから、あのまま俺が診療所にいると間違いなく面倒なことになって洒落にならないレベルの迷惑を掛けてしまうだろう。
だから多分、誰にも何も言わずに俺が勝手に出て行くのが正解なのだ。
明日から開催される祝勝祭の準備で賑わう王都へ入るのはともかく、脱出する隊商を探すのはもしかしたら難航するかも知れないという予想は杞憂に終わり、便乗させて貰える隊商はすぐに見つかった。
魔王が倒され貿易公路で魔物の危険が激減したことで、祭りで人が集中している王都より競争率の低い地方へ商機を見出す者は多かったのだ。
隊商は貿易商ではなく旅芸人の一座で、獣人領の首都まで行くらしく、俺は食事代込みの幾許かの運賃を払ってそれに便乗させて貰うことになった。
そういうわけで俺を乗せた隊商は一路、今夜の停泊地であるヴェイラ王国と獣人領の国境にある南の砦を目指す。
王都から南の砦までは、穀類などの農作物の畑が続いていたが、この砦の向こう側の獣人領は、草原と低木の茂るなだらかな丘陵地帯で、黄土色の石畳で舗装が施された貿易公路は旅人が飢えぬように国策で両脇に果物の実る木が植樹されていて誰でももいで食べていいのだ。
この世界の生き物は人も動植物も神代の豊かな時代の原初の種に近く、総じて大きい。
貿易公路の街路樹に実る果物も例外ではなく、俺が元いた世界――こちら風に言うと「アルビオン」にある同種のものと比べると果実は味が濃く、サイズも数倍から数十倍も大きくて世話をしなくても勝手に実る。
俺も以前、王都の市場で林檎サイズのさくらんぼを見たときなどは五度見くらいしたものだ。
休憩時間に停車したときは皆で街路樹の果物をもいで喉を潤しリフレッシュできて、道中は驚くほど快適だった。
ラプトルの牽く荷車は見た目は屋根付きの荷馬車のようだが、どんな魔法が掛けてあるのか、サスペンションもないのに揺れも少なくかなりの速度が出せる。
この荷車は基本的に荷物専用らしく、エミューに乗れる者は女子供でもエミューに騎乗し、乳幼児や老人などが荷台の隅に場所を見つけて座るのだが、この隊商には子供も老人もおらず、荷車に乗るのは俺だけだったので気を遣わずに済んだのも良かった。
隊商は、屋根の上の荷台にまで荷を満載にした一〇台ほどの荷車と、その倍ほど数のエミューで編成された大所帯だったが、ラプトルは素晴らしいスピードで駆け、昼過ぎに王都を出発した隊商は日没前に最初の目的地である国境沿いの南の砦に到着した。
日が落ちるまでに進めるだけ進んだという感じなのだろう。
といっても、このヴェイラ王国は人種や文化の特徴が欧州諸国の特徴に似ているだけでなく、気候まで似ていて初夏の今は夜九時くらいまで余裕で明るい。
上部に凸凹状のアロースリットと張り出し櫓のついた城壁に、可愛らしい円錐形の屋根のついた尖塔が幾本も生えた石造りの堅牢な城砦は、多くの日本人が思い描く欧州の古城そのもので俺もすっかり観光気分になってしまう。
因みに「宮殿」と「城」の違いは、防衛機能に重点を置いているか否かで決まる。
防衛機能より見た目の豪華さや居住に重点を置いたものを「宮殿」、防衛機能に重点を置いたものを「城」と呼ぶのだ。
勿論、防衛に特化した城砦の敷地内に居住に特化した宮殿を有した建造物もあるから全てをどちらかに分類することは不可能なのだが、この南の砦は間違いなく城だといえる。
「どうせなら城内も見てみたかったよなあ……」
日本人に馴染みの有名どころのドイツのノイシュヴァンシュタイン城とかフランスのシュノンソー城とか欧州の観光地化された古城では、目ぼしい装飾品などは博物館に移されていて、大抵の場合はガランとした部屋に天蓋付きのベッドくらいしか置いていないから、どうせなら本来の目的で使用されている現役の城砦の内部を見てみたかったのだけれど、残念ながら城内は関係者しか入れない。
一般の旅人に開放されているのは砦の城壁内の外郭までで、どこかの避暑地のキャンプ場のようにシャワーやトイレといった設備もあるが、宿泊施設はないので隊商は天幕を張りそこで休むのだ。
本来、水が使えて安全な城壁内で休めるだけいいんだろうけど、俺の中二病が城という存在や概念に過剰反応して仕方がないんだよ。
聳えたつ城砦を未練がましく見上げていると不意に背後から声が掛けられる。
「砦を攻め落とすなら夕食の後にしたらどうだ?」
振り向くと、ミディアムショートの見事な金髪に碧眼のこれぞザ・王子様といった雰囲気の美青年が夕食らしき包みをふたつ手にして近寄って来るところだった。
うおっ、眩しっ!
コイツが視界に入るたび、そのキラキラした眩しさに思わず目を細めてしまう。
この絵本の中から抜け出してきたような王子様然とした正統派の美青年は、俺が今回お世話になっている隊商の座長の息子のルッツだ。
旅芸人というより王子様といわれた方が余程しっくりくる気品が漂っている。
ルッツは夕食を持ってわざわざ俺を捜しに来てくれたらしい。
道すがらもエミューで荷車の横を並走しながら、俺が疲れていないかそれとなく何度も声を掛けてくれた気の利く青年だった。
「ごはん! ……とルッツ」
俺が目を輝かせて夕食を受け取ろうと手を出すと、ルッツは包みをさっと頭上に掲げて遠ざけてしまう。
ルッツもこの世界の人間なので王子様然としているくせに上背があり、そうされると俺には全く手が届かない。
「おい。俺は夕食のおまけか」
「ごめんなさいルッツ様。反省しています。ごはんください」
俺も食べ物に執着する日本人の端くれである。
食事を形に取られては、なけなしのプライドなど塵と化す。
じろりと睨まれて掌を反すように謝る俺にルッツはもっとらしく頷いて見せる。
「ふむ。素直でよろしい」
直後に二人同時に噴出した。
これだよこれ。この予定調和が心地よい。
ルッツとは出会ったばかりだが、俺が聖者と呼ばれていたことは知らないし、俺も自分からそう名乗ったりはしないので、畏まったりする必要のない気安い付き合いだ。
異世界で出来た初めての友人かも知れない。
聖者扱いされないことが、これほど気楽なことだったとは長らく忘れかけていた。
流石に聖者キャラも一年間四六時中やってると疲れるわ。
ああ、そういえば俺、実は聖者じゃなくて闇魔法士だっったってことが判明してジョブチェンジしたんだっけ。
今後は闇キャラに路線変更していかないといけないんだよな。
中二病でも俺はずっと聖キャラだったから勝手が分からないが、これからは短い時間経過の表現は全部「刹那」って言っとけばいいんだろう?
とりあえずメンナクのキャッチコピーみたいな路線で行ってみようと思う。
あれも一種の中二病には違いない。
一つだけ言える真理がある。「男は黒に染まれ」ってことで、何事も形から入る俺はすでに服装だけはすべてのブラックが漆黒に染まっていて、黒衣とのシンクロ率四〇〇パーセントだ。
俺が愛したんじゃない、闇が俺を愛したんだしな。
だから多分、誰にも何も言わずに俺が勝手に出て行くのが正解なのだ。
明日から開催される祝勝祭の準備で賑わう王都へ入るのはともかく、脱出する隊商を探すのはもしかしたら難航するかも知れないという予想は杞憂に終わり、便乗させて貰える隊商はすぐに見つかった。
魔王が倒され貿易公路で魔物の危険が激減したことで、祭りで人が集中している王都より競争率の低い地方へ商機を見出す者は多かったのだ。
隊商は貿易商ではなく旅芸人の一座で、獣人領の首都まで行くらしく、俺は食事代込みの幾許かの運賃を払ってそれに便乗させて貰うことになった。
そういうわけで俺を乗せた隊商は一路、今夜の停泊地であるヴェイラ王国と獣人領の国境にある南の砦を目指す。
王都から南の砦までは、穀類などの農作物の畑が続いていたが、この砦の向こう側の獣人領は、草原と低木の茂るなだらかな丘陵地帯で、黄土色の石畳で舗装が施された貿易公路は旅人が飢えぬように国策で両脇に果物の実る木が植樹されていて誰でももいで食べていいのだ。
この世界の生き物は人も動植物も神代の豊かな時代の原初の種に近く、総じて大きい。
貿易公路の街路樹に実る果物も例外ではなく、俺が元いた世界――こちら風に言うと「アルビオン」にある同種のものと比べると果実は味が濃く、サイズも数倍から数十倍も大きくて世話をしなくても勝手に実る。
俺も以前、王都の市場で林檎サイズのさくらんぼを見たときなどは五度見くらいしたものだ。
休憩時間に停車したときは皆で街路樹の果物をもいで喉を潤しリフレッシュできて、道中は驚くほど快適だった。
ラプトルの牽く荷車は見た目は屋根付きの荷馬車のようだが、どんな魔法が掛けてあるのか、サスペンションもないのに揺れも少なくかなりの速度が出せる。
この荷車は基本的に荷物専用らしく、エミューに乗れる者は女子供でもエミューに騎乗し、乳幼児や老人などが荷台の隅に場所を見つけて座るのだが、この隊商には子供も老人もおらず、荷車に乗るのは俺だけだったので気を遣わずに済んだのも良かった。
隊商は、屋根の上の荷台にまで荷を満載にした一〇台ほどの荷車と、その倍ほど数のエミューで編成された大所帯だったが、ラプトルは素晴らしいスピードで駆け、昼過ぎに王都を出発した隊商は日没前に最初の目的地である国境沿いの南の砦に到着した。
日が落ちるまでに進めるだけ進んだという感じなのだろう。
といっても、このヴェイラ王国は人種や文化の特徴が欧州諸国の特徴に似ているだけでなく、気候まで似ていて初夏の今は夜九時くらいまで余裕で明るい。
上部に凸凹状のアロースリットと張り出し櫓のついた城壁に、可愛らしい円錐形の屋根のついた尖塔が幾本も生えた石造りの堅牢な城砦は、多くの日本人が思い描く欧州の古城そのもので俺もすっかり観光気分になってしまう。
因みに「宮殿」と「城」の違いは、防衛機能に重点を置いているか否かで決まる。
防衛機能より見た目の豪華さや居住に重点を置いたものを「宮殿」、防衛機能に重点を置いたものを「城」と呼ぶのだ。
勿論、防衛に特化した城砦の敷地内に居住に特化した宮殿を有した建造物もあるから全てをどちらかに分類することは不可能なのだが、この南の砦は間違いなく城だといえる。
「どうせなら城内も見てみたかったよなあ……」
日本人に馴染みの有名どころのドイツのノイシュヴァンシュタイン城とかフランスのシュノンソー城とか欧州の観光地化された古城では、目ぼしい装飾品などは博物館に移されていて、大抵の場合はガランとした部屋に天蓋付きのベッドくらいしか置いていないから、どうせなら本来の目的で使用されている現役の城砦の内部を見てみたかったのだけれど、残念ながら城内は関係者しか入れない。
一般の旅人に開放されているのは砦の城壁内の外郭までで、どこかの避暑地のキャンプ場のようにシャワーやトイレといった設備もあるが、宿泊施設はないので隊商は天幕を張りそこで休むのだ。
本来、水が使えて安全な城壁内で休めるだけいいんだろうけど、俺の中二病が城という存在や概念に過剰反応して仕方がないんだよ。
聳えたつ城砦を未練がましく見上げていると不意に背後から声が掛けられる。
「砦を攻め落とすなら夕食の後にしたらどうだ?」
振り向くと、ミディアムショートの見事な金髪に碧眼のこれぞザ・王子様といった雰囲気の美青年が夕食らしき包みをふたつ手にして近寄って来るところだった。
うおっ、眩しっ!
コイツが視界に入るたび、そのキラキラした眩しさに思わず目を細めてしまう。
この絵本の中から抜け出してきたような王子様然とした正統派の美青年は、俺が今回お世話になっている隊商の座長の息子のルッツだ。
旅芸人というより王子様といわれた方が余程しっくりくる気品が漂っている。
ルッツは夕食を持ってわざわざ俺を捜しに来てくれたらしい。
道すがらもエミューで荷車の横を並走しながら、俺が疲れていないかそれとなく何度も声を掛けてくれた気の利く青年だった。
「ごはん! ……とルッツ」
俺が目を輝かせて夕食を受け取ろうと手を出すと、ルッツは包みをさっと頭上に掲げて遠ざけてしまう。
ルッツもこの世界の人間なので王子様然としているくせに上背があり、そうされると俺には全く手が届かない。
「おい。俺は夕食のおまけか」
「ごめんなさいルッツ様。反省しています。ごはんください」
俺も食べ物に執着する日本人の端くれである。
食事を形に取られては、なけなしのプライドなど塵と化す。
じろりと睨まれて掌を反すように謝る俺にルッツはもっとらしく頷いて見せる。
「ふむ。素直でよろしい」
直後に二人同時に噴出した。
これだよこれ。この予定調和が心地よい。
ルッツとは出会ったばかりだが、俺が聖者と呼ばれていたことは知らないし、俺も自分からそう名乗ったりはしないので、畏まったりする必要のない気安い付き合いだ。
異世界で出来た初めての友人かも知れない。
聖者扱いされないことが、これほど気楽なことだったとは長らく忘れかけていた。
流石に聖者キャラも一年間四六時中やってると疲れるわ。
ああ、そういえば俺、実は聖者じゃなくて闇魔法士だっったってことが判明してジョブチェンジしたんだっけ。
今後は闇キャラに路線変更していかないといけないんだよな。
中二病でも俺はずっと聖キャラだったから勝手が分からないが、これからは短い時間経過の表現は全部「刹那」って言っとけばいいんだろう?
とりあえずメンナクのキャッチコピーみたいな路線で行ってみようと思う。
あれも一種の中二病には違いない。
一つだけ言える真理がある。「男は黒に染まれ」ってことで、何事も形から入る俺はすでに服装だけはすべてのブラックが漆黒に染まっていて、黒衣とのシンクロ率四〇〇パーセントだ。
俺が愛したんじゃない、闇が俺を愛したんだしな。
10
異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが
第一章 聖者降臨
📖文庫版(紙の書籍)
📖Kindle(電子書籍)
📖BOOK☆WALKER(電子書籍)
次章続巻も順次刊行予定
OLOLON
※この作品の出版権は作者本人に帰属しています。詳しくはこちらを参照してください。
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次章続巻も順次刊行予定
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