異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが

マハラメリノ

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第一章 聖者降臨

〇一二 東の宇宙ルヴァ

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――結論から言うと俺は逃げることにした。
さて、どこへ逃げるかだが、その前にこの世界について俺の知る限りのことを纏めてみよう。

この世界の人々は自分たちの世界のことを「ゾア」と呼んでいる。
「ゾア」は、「北の宇宙ウルソナ」、「南の宇宙ユリゼン」、「東の宇宙ルヴァ」、「西の宇宙サーマス」の四つの宇宙で構成されていて、「愛の化身ルヴァ」の名を冠した「東の宇宙ルヴァ」には「ルヴァ魔導帝国」が治める「主惑星ルヴァ」を含めた七つの惑星がある。
俺が転移したのは、その七つの惑星のうちのひとつ、愛の化身ルヴァの女性性である「ヴェイラ」の名を冠す「惑星ヴェイラ」だった。

「惑星ヴェイラ」は「ルヴァ魔導帝国」傘下に属する小国「ヴェイラ王国」が治めている。
惑星一つを治めているのに小国と呼ばれる所以は、国土の大半を太古より「竜族」や「人魚」や「エルフ」や「獣人」などの人類の支配の及ばない古代種の自治領が占めているからだった。
空と火山を竜族が、海を人魚が、森をエルフが、陸地のほとんどを獣人がとなれば、人間の住むところは推して知るべし。
人間たちは驚異的な速さで世代交代を繰り返し、長寿の種族からは考えられないほどのバイタリティと環境適応能力で荒れ地を開墾し、異形の異民族バルバロイを駆逐して手に入れた僅かながらの土地で目覚ましい繁栄を遂げていく。
どの先住古代種よりも能力的に劣る人間が、この星で繁栄するに至った要因のひとつに、どの種族とも交配が可能な繁殖力の高さがあった。
それまで全盛を誇っていた古代種は栄華の頂点に到達してからは種としての限界を迎え、後は緩やかな絶滅へと向かっていくばかりだったが、人間の血が雑じることで一筋の光明が生じる。
古代種たちは積極的に人間と婚姻を結ぶようになり、混血は進み、いつしかヴェイラは愛の星と呼ばれるようになった。

――というのが、俺がここへ来たばかりの頃に私塾で習ったこの世界の知識である。
この国の基本的な文化レベルは中世後期の十四、十五世紀くらいなんだが、古代から魔法が発達しているので、女性のファッションや一部の産業技術なんかはものによっては産業革命ちょっと後くらいの十八世紀半ばか、若しくは転移門のように俺の元いた世界の技術水準を遥かに凌ぐくらいのレベルまで跳ね上がっていたりと揺れ幅が広い。
魔法の得意分野の技術は伸びやすいが、魔法の不得意分野の技術は発展が遅いのだろう。
科学の発展は爆発的だが、魔法の発展は緩やかなので、魔法主体の世界の発展度合を科学主体の世界の常識に無理矢理スライドさせて安易に比較することはできないのだ。
まあ、中二病の俺は当然、中世も履修しているから飲み込みも馴染むのも早かった。
そりゃあもう異世界で中二病って必要な疾患じゃないかと思うくらいに。

ちな、俺が元いた世界は「アルビオン」と呼ばれていて大都市には双方を行き来できる転移門があるのだが、残念ながらヴェイラ王国にはルヴァ魔導帝国への転移門しかない。
ルヴァ魔導帝国まではサクッとヴェイラ王国にある帝国行き転移門を使ってショートカットしたいところなんだが、転移門には出入国審査がある。
この世界へ来たとき商業ギルドで作って貰った指輪が、身分証と旅券パスポートと、それからシーリングスタンプ――手紙に封をするとき蝋を溶かして垂らした上からまだ熱いうちにこのスタンプを押し付けて蝋に型押しする封蝋のことだが、まあ言ってみれば西洋のハンコみたいなものだ――の役割も兼ねているので、本来なら問題なく通過出来るはずだが、そう簡単にはいかないだろう。
なにしろ女王陛下が勇者を寄越すくらいだしな。
巷で噂の聖者が安易にヴェイラの転移門から国外へ出ようとすれば恐らくなんだかんだと理由を付けて足止めを食らうに違いない。
それに明朝、エリアスが迎えに来たとき診療所に俺がいなければ捜索を手配されるだろう。
穿った見方をすれば、そうやって外堀を埋めることこそがエリアスの目論見だったのかも知れないのだ。

間違いないのは、この世界は魔法を使える者はそれなりにいて、治癒に長けた者もいるにはいるが、俺ほど出鱈目な治癒術士は皆無だということだ。

ヴェイラ王国では強力な治癒術士は能力が現れ始める幼少時に国で囲い込み、手厚く保護される。
だから所長のように退役後に開業する民間の診療所なんて滅多にない。
これは造反を防ぐためでもあった。
ところが、俺の場合は異世界から突然やってきて、その存在を国が認知する頃には大いに利権が絡む貴族の寄付で運営される民間の診療所で聖者と呼ばれるまでになってしまい、最早国家元首ですら手が出せない状態になっていたのである。
もしもそれを押して国が保護を申し出ようものなら診療所に多額の寄付をした貴族たちが黙っていないだろう。
そういった意味でも俺の存在はイレギュラー中のイレギュラーだった。

俺も自分の治癒能力がどれだけ出鱈目か理解しているし、己の立ち位置と価値を正しく認識している。
だからこそ、エリアスから求婚されたとき、自分の治癒能力が目当てに違いないとすぐに思い至ったのだ。
エリアスが今後の自分の地位を安定させるため私利私欲で動いたとは思えない。
俺だってエリアスのことはよく知らないけど、あいつ、そんな悪い奴じゃないと思うんだ。
やはりこの国の女王陛下かそれに準ずる重鎮に頼まれてやむなく従っただけだと見るのが妥当だろう。
この世界では同性同士のセックスはスポーツ感覚だからそんなに苦でもなかったかも知れないが、上司からの命令で俺みたいなミジンコと結婚を押し付けられ、成り行きでセックスするこになったエリアスはとんだ貧乏くじを引かされたものだ。

それでなくても宮廷は今、二人いる王子の後継者問題で二分されている。
魔王が片付いたと思ったら今度は内乱になるかも知れないという危うい時期だ。
深読みしすぎるのは良くないが、こういうとき巷で噂の聖者を味方に引き入れた方が王権を勝ち取るのは王族後継者問題あるある展開だろう。
或いは、俺がどちらかの王子に取り込まれ後継者争いが泥沼化する前に女王陛下が先手を打ってエリアスを送り込んだという可能性もある。
あー、なんかホントそれっぽいな。
どっちにしろ王族なんて著しく権力が集中したものに掛かると碌なことがない。
そんなものに巻き込まれる可能性だけは回避しなくては。

この世界の人々の一番身近な交通手段は、騎獣。
主な騎獣は、ダチョウに似た大型の二足歩行の鳥のエミュー、小型の獣脚類のラプトル。それらの騎獣が牽く荷車などもある。
勿論、馬も馬車もあるが、それらは王侯貴族や騎士団でしか使われていないので、馬は騎士の代名詞のような騎獣だ。

動力を魔法で賄っている乗り物では、王都内を走る路面電車に似たトラム、遠距離運行の空飛ぶ帆船のフェリーなどがあり、運賃は高いが王都の中央広場へ行けば誰でも乗ることが出来る。

ヴェイラ王国で治癒術士は稀少なので国家で保護されているが、ルヴァ魔導帝国では事情が違って民間の治癒術士も結構いると聞く。
金銭的なことは帝国まで行ってしまえばなんとかなるだろう。
この際だから、帝国までの道のりを観光して美味いものでも食べ歩き、異世界を満喫するのもいいかも知れない。
逃亡生活は、変にコソコソしていると逆に目立って怪しまれるが、堂々としていれば周囲に溶け込むことが出来るのだ。

ここはひとまず陸路で国外へ出て先住古代種の自治領からルヴァ魔導帝国への転移門を目指すの得策だろうと判断する。
当然、追っ手がくることが予想されるが、祝勝祭の警備のほうに多くの人員を割いているため回せる人数は少ないだろう。
この機に乗じて脱出を図るのが得策だ。
幸いエリアスが魔王を倒してくれたお陰でそれまで滞っていた物流が俄かに盛んになり治安も悪くない。
陸路ならば国境に目印となる石碑が立っているだけで出入国審査もないので、隊商キャラバンに便乗させて貰うこともできる。

ヴェイラ王国の北にはエルフ領があり、雪と氷に閉ざされた永久凍土が広がっている。
東は大洋、人魚領。西には大陸を縦断する山脈があり、竜族の領土だ。
南は草原地帯と森林地帯と湿地帯からなる獣人領。
この星の古代種は人間が入ってくるまで、種族ごとに棲み分けしていて「国」という概念がなかったため、彼らが治める地は「国」ではなく「領」と呼ばれる。

いずれの自治領にもアルビオン行きの転移門はないが、ルヴァ魔導帝国行きの転移門はあるらしい。
北はエリアスの実家である辺境伯の領地を通ることになるので却下だ。
東は海路になるが海の上ではいざというとき逃げ場がない。
西は険しい山脈越えになるため、それなりの準備と何より体力が必要なのでインドア派の俺には不可能だろう。
残るは南の獣人領――。
迷っている暇はなかった。
俺は獣人領で獣医になる!

秒で結論を出した俺は手早く荷造りをした。
そうして俺はエリアスが帰ってから半時後には獣人領行きの隊商の二頭立てのラプトルが牽く荷車に揺られていたのである。
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第一章 聖者降臨


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次章続巻も順次刊行予定
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