異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが

マハラメリノ

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第一章 聖者降臨

〇〇一 勇者様、こんにちは

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王都の下町にある診療所は誰でも無償で治療を受けることが出来るだけでなく、診察時間外や週末は、子供たちに読み書きや剣術を教える私塾として門戸が開かれている。

一年前、突如この世界へ転移して右も左もわからない俺を拾ってくれたのがこの診療所の所長だったのだ。
俺はここで住み込みで働きながら、私塾の子供たちに混ざって言葉や読み書きを習い、この世界の文化や社会常識を学び、それらを尋常ではない速さで習得したのは偏に異世界に転移しても治らなかった中二病がうっかり良い方へ作用したからに他ならない。
こっちの言葉はベースはラテン語に少し似ているが、名詞なんかはドイツ語っぽいものが多い。
まさかラテン語とドイツ語を履修してない中二病患者なんていないだろ?
なんとも業の深い話である。

俺の病状はさておき、この診療所での俺の業務内容は主に「治癒」だ。
診察室で――といっても本来の診察室では入りきれないため、それまで待合室として使用していた部屋なのだが――十数人の患者たちと対面し、俺は治癒能力を使った。
刹那、室内が眩い光に包まれ、数瞬の静寂の後、患者たちからざわめきと感嘆が漣のように広がってゆく。

「……な、治ってる!」
「魔獣に咬まれた傷跡が跡形もなく消えている!」
「若いころに失った足が元通りに!」
「見える! 目が見える!」
「奇跡だ!」
「聖者ナナセ様の奇跡だ!」

これがこの世界へ来て得た俺の能力「治癒」である。
誰が言い出したのか、この出鱈目な能力を目にした人は俺を「聖者ナナセ」と呼ぶ。
怪我や病気はもちろん、身体部位の欠損や先天的な障碍すら治してしまう出鱈目な治癒能力だった。
だがしかし、こういった突き抜けた魔法には必ず「代償」がつきものなんだ。
俺の治癒の代償は所謂「発情」だった。
大事なことなのでもう一度言うと「発情」である。
男の俺は、つまり勃起が治まらなくなるのだ。
そのため治癒能力を使用した後は一人で部屋に籠って処理していた。
長々と説明したが、これが異世界での俺の現実ということになる。

治癒で勃起する聖者など聞いて呆れるが、しかしこの能力のお陰で俺は異世界でもなんとか暮らしていけるのだ。
重篤化した中二病を患っている俺は、憧れの剣と魔法の世界で出鱈目なチート能力を得て、最初こそノリノリでドヤッていたが、そこは所詮、治安の良い国で生まれ育ち、衛生的で便利な生活に慣れ切った現代っ子。
中二病の活力源であるテレビやゲーム、インターネットが恋しい。
漫画もラノベも読みたいし、今夜のオカズのエロ動画だって漁りたい。
実際のところ、この世界は中二病患者にとって生きづらい世界なのだ。
だって考えてもみて欲しい。
魔王を倒して世界を救った本物の勇者がその辺を歩いてる世界で、いつもの調子で気軽に「さーてと、また世界、救いに行っちゃいますか」とか言えると思うか?
言えないだろう?
片目や片腕を押さえて苦しみ出したら即行神殿に連行されそうだしな? 知らんけど。
結果、剣と魔法の異世界で中二病は禁忌でしかなかったのだ。

まあ、そういうことで発散できずに鬱屈した中二病を抱え、この世界に早々に根を上げた俺は、聖者をロールプレイングしながら、今は元の世界へ帰る方法を模索している。
勿論、こんな出鱈目な治癒を使えるチート能力があるならば同じように元の世界にも戻れるのではと期待して試してみたのだが、残念ながら俺の能力は治癒にのみ特化していて他のことは出来ないらしい。

そもそもこの世界は俺のいた宇宙とは別の宇宙にあるらしく、俺のような転移者が来るのは稀によくあることなのだという。
しかし自発的に行き来するには「転移門」という魔法装置か「船」を使うしかない。
転移門はどこにでもあるわけではないので、そこへ行くまでの旅費もかかるし、高位の魔法士でないと動かせないものなので使用料だって高額だ。
そしてもう一つの方法「船」はというと、動力は魔法といえど有体に言えば宇宙船なのだが、それも二つの異なる宇宙空間を航行するという大掛かりな宇宙船だ。ということは転移門より更に莫大な時間とお金が掛かる移動手段なわけで、そちらの手段は真っ先に消えた。

つまるところ俺には今お金が必要なのである。
この診療所に寄せられる寄付金で生活の心配はないとしても、貴族からの寄付金で運営されている無償の診療所なので給料は定額。荒稼ぎすることもできない。
本当はもっと異世界を満喫してみたいのだが、慎ましく倹約生活を送っているのだ。

何度も振り返ってはお礼を言う患者たちに手を振り見送ってから、診療所の扉に「本日の診察は終了しました」の札を掛けた。
まだ昼過ぎなのだが、出鱈目な能力だけに代償が大きく、俺の体力的に一日一回が限界なのだ。
主に股間の事情で。

「相変わらず目を見張るお力ですね」

不意に掛けられたその声に驚いて振り返ると、純白のニスデールに身を包みフードを目深に被った長身の男がすぐ側に立っていた。

ニスデールは、クロークと呼ばれるマントの一種で、背中を覆うだけのでなく全身を包み込める構造の全円サーキュラーより更にボリュームのあるフルレングスのフード付きの袖のない外套だ。
この世界の騎士が良く身に纏っているのだが、騎士団の所属部隊によって色が違う。

男のニスデールは表地が純白で裏地は目の覚めるようなセルリアンブルー。
この白と青の組み合わせの識別色ティンクチャーは騎士団の精鋭部隊である白騎士隊の象徴ともいえる色である。

近衛騎士の制服も白なのだが、こちらは白と赤という華美な組み合わせだ。
血の色が目立たない暗色の制服が多い騎士団の中でも、近衛隊と白騎士隊の二つの隊の識別色だけは白を基調としていて、その理由は真逆だ。

つまり、近衛騎士は実戦に出ることがまずないので汚れる心配がないからという理由なのに対して、白騎士隊は返り血を浴びる暇もなくワンパンで倒してしまうから汚れないという理由なのである。

噂でしか聞いたことがなかった白騎士隊の登場に、俺は思わず息を呑んだ。
白騎士隊というネーミングに俺の中二心が燃えないわけがない。
格好良過ぎかよ!

だがすぐに、その腰に聖剣を佩いているのを認め、驚いて不躾にもフードの中を覗き込む。
この世界で聖剣を佩く者といえば一人しかいない。
魔王を倒せし救世の英雄、勇者エリアスその人だ。
フードの下に見知った顔を認めて、俺は慌てて挨拶した。

「どなたかと思えば、勇者様、こんにちは」

勇者様が白騎士隊に所属しているとは知らなかった。
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