All You Need is Love

国沢柊青

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第七章 KW男

<side-SHINO>

 日曜日は、午前中から千春がいつも行っているという南青山のヘアサロンとやらに行くことになった。既に予約は、千春が入れてくれている。
 千春は車で行こうと言ってくれたが、俺は南青山と聞いて、駐車場代が高くなりそうだから電車で行こうと言った。
 実は、千春とあちこち出かけるようになって、かかるお金は折半ということにしていた。
 千春は「今日は全額僕が出しておきますよ」なんてよく言ってくれるが、それは男として心苦しかった。
 それに俺の方が、年上だしさ。
 とはいっても。
 最近は結構な出費になっているから、今月はもう懐具合がかなり厳しいんだ、本音を言うと。
 千春はそれを察してくれたのか、俺が電車で行こうと言ったことに「いいですよ」と快く答えてくれた。
 でも本当は、電車で行きたくない、ちゃんとした理由があったんだよな。
 俺はそのことに、まったく気づいていなかった。
 休日とはいえ、電車内はそれなりに込んでいる。
 千春が電車に乗ると、いつもより彼が目立つことが分かった。
 俺より背が高いので、周囲の人との身長差がさらに浮き彫りになる。
 足の長さも半端ないんで、一人だけ別次元の人間のようだ。
 皆が一様に千春のことをジロジロ見るし、その視線の種類も様々。
 露骨に色目を使ってくる化粧の濃い女性もいれば、コソコソ話をしながらチラチラと千春を見る女の子グループもいる。明らかに嫉妬のようなケンカ腰の苛立った目つきで見てくる若い男もいるし、さげすむような目で見る年配の男性もいる。
 澤清順として世間に知られている彼に対する良い印象も悪い印象もすべてがない交ぜになった濃い空気が、電車内を支配していた。
 千春はあくまで気づかぬフリで、車窓の外をじっと見つめていたが、周囲の視線にいつも敏感な千春が、気づいてないはずがなかった。
  ── 随分、居心地が悪そうだ。
 千春はそんなこと少しも表情に出してはいなかったが、もし俺が千春の立場だったら、周囲から浴びせられるこんな好奇の目に耐えられるかどうかわからない。
 前に、「あなたはゲイをカミングアウトした人間が、周りからどう見られるのか、ちっとも分かっていない」っていうようなことを言われたけど、その時俺は、きちんとその本当の意味を理解していなかったんだ。
 「そんなの、気にしなきゃいいんだ」っていうような根性論で俺はそれを片付けてしまったけれど、それは当事者じゃないから言える話であって、これまでも彼はこんな視線にずっと晒されてきたんだろうと思う。
 千春と知り合ったばかりの頃は、皆から羨望の眼差しを一身に受けてるだなんて随分うらやましくも思ったが、それと引き換えに、辛くて怖い視線もたくさん受けてきたんだろうと思う。
  ── 千春は、強い。
 俺より六つも年下だけど、大変な思いをいっぱいしてきてそうだし、だからこそこうして自分をコントロールできるようになったんだよな。
 世の中の人は、決して千春のそんな面を見ようとすることはない。
 隣の、毅然とした横顔で立つ千春を見て、俺は何だか胸が締め付けられた。
「 ── ごめん」
 俺がそっと謝ると、千春はちょっと驚いた表情を浮かべた。
「何で謝るんです?」
 心配げな目で、俺を見る。
「電車で来たのは間違いだった」
 俺が、冷たい目で千春を見る年配の男性の方をちらりと見ると、千春は俺の言わんとしていることを察したようだった。
 千春が苦笑いする。
「いいんですよ。慣れてます」
 その言葉に、ズキリとする。
「 ── そんなの・・・慣れるなよ」
 俺がそう呟くと、千春は何とも言えない表情を浮かべた。
 笑っているんだか、困っているんだか、泣いているんだか、分からない顔。
「・・・シノさん」
「ん?」
「 ── ありがとう」
 俺は千春を見た。
 千春はもう元の、超然とした顔つきで窓の外を見つめていた。
 
 
 <side-CHIHARU>

 南青山にあるヘアサロン『デフォルト』は、合コンに参加してくれた3人の女の子が勤める店だ。
 数年前、初めての雑誌の取材で僕のスタイリストを務めてくれたのがオーナーの美住さんで、それ以来僕は美住さんにお世話になっている。
 美住さんは、芸能界から複数のご指名がかかるほどの腕のある人だ。
 立ち居振る舞いは派手な人だが、根はバリバリの職人気質で、そういうところが信頼できる。
 僕にとって、セックス抜きで付き合いのある数少ない同族の男友達だ。
 店は美住さんがオーナーであるビルの二階にあり、緩く楕円型にカーブした全面透明アクリル板の窓が通り側にせり出していて、さんさんと自然光がふりそそぎ、店内を清潔に照らし出している。
 床はナチュラルな天然無垢材で、壁は白が基調だ。
 店内のあちらこちらには観葉植物がたくさん置いてあり、淡い柑橘系の香りのミストが店内を潤している。
 今はやりのデコレイティブなお店とは違うが、店の名にあったシンプルだけど居心地のいい空間だ。
 一般の客は店内で言う“一階フロア”でカットすることになってるが、受付カウンター脇の鉄製の階段を上がったロフトは、美住さん専用のワークスペースになっていた。
 美住さんを指名してくる客は、ロフトに通される。
 二人して受付カウンターに寄ると、受付には丁度、聡子チャンがいた。
「あら! 先日はどうも」
 聡子チャンがシノさんを見て、声をかけてくる。
 シノさんは、一瞬聡子チャンが誰か分からないような顔をしていたが、やがて思い出したのか、「あ! こ、こんにちは。そ、その節は、どうも」と実にぎこちない挨拶をした。
 聡子チャンがふふふと笑う。
 ふ~ん。聡子チャンって、シノさんのこと、まだ結構、好意的に見てるんだな ── なんて、そんなことをいちいち地味にチェックしてしまう、僕。
「オーナー、澤さん、来られました」
 聡子チャンがロフトに向かって言うと、「澤くん、待ってたよ」とロフトの手すりから、美住さんが顔を覗かせた。
「美住さん、朝早くからすみません。こんな時間から店に出るなんて久しぶりじゃないですか?」
 僕がそう言うと、「何言ってるんだよ。お客様あっての商売でしょ」と言いながら、おばさんが「ちょっと」と言う時にするような仕草で手の平を前へ倒した。
 美住さん、普段は一生懸命オネェキャラを隠してるけど、気が緩んだり逆に興奮してきたりすると出てくるんだよね、そのキャラが。
 美住さんが降りてくる。
「それで? 今日はどうするの?」
「ああ、ええと。今日は僕じゃなくて、彼をお願いしたいんですけど」
 美住さんにシノさんが見えるように僕が脇に身体を寄せると、美住さんがマジマジとシノさんを見つめた。
 シノさん、美住さんにビビって、自然と背が反っくり返ってる。
 ま、美住さんのルックスが、一見クマ五郎風味の無精髭面で、おまけに赤モヒカンというナリだから、そんな人にガン見されたら、誰でもそうなるか。 
「お兄さん、いいの? 俺、高いよ?」
 美住さんがそう言う。
 シノさんがゴクリと生唾を飲み込んで、不安そうに「おいくら万円ほどかかるんでしょうか?」と尋ねる。
 美住さんはしばらくの間シノさんを睨みつけたままでいたが、急にしゃなりと身体をくねらせ、「やぁねぇ、冗談よ。ちょっとからかいたくなっちゃったの」と言った。
 男臭いルックスの美住さんが、急にオネェ全開の仕草と物言いをしたので、また別の意味でシノさんはビビってた。
「ま、アタシが高いのは事実だけど。今日は澤くんに免じて、一般スタッフと同じ価格にしてあげる」
 美住さんはシノさんの手を掴むと、彼を連れてさっさとロフトに上がってしまった。
 僕は少しその場にとどまって、聡子チャンに「ここの一般スタッフってどれくらい取ってるの?」と訊いた。
「カットとブローで8,000円です。パーマとカラーリングは、大体10,000円からですね」
 ふむ、なるほど。
 それくらいなら、シノさんの財布も大丈夫だろう。
 最近、僕が無理矢理シノさんをやたら金のかかるところに連れ回してるから、彼の負担になってしまっている。
 僕が言い出したことだから、金は全部僕が出すと言ってはみているのだが、シノさんは、自分の分は自分で出すと言ってきかない。
 ま、男だからね。その辺の気持ちはわかるけど。なんとなく。
 でもこれ以上の出費は、何とか方法を考えなきゃな。
 シノさん改造計画が、これで終わるとは思えないし。
 僕は、ロフトに上がった。
  ── 珍しい。美住さん自らがシノさんをシャンプーしてる。僕もしてもらったことはないのに。
「まぁー、あなた、しっかりした髪の毛してるわねぇ。こりゃ絶対に禿げないわ」
 なんて言ってる。
 美住さん、完全にオネェ言葉のみで会話してるよ(笑)。よほどシノさんのこと気に入ったんだな。
 僕は、カットゾーンの向かいに壁付きで置かれたアンティークソファーに腰掛けた。直に聡子チャンが、コーヒーを持ってきてくれる。
「ああ、ありがとう」
「あれから、どうなったんですか?」
 聡子チャンが、お盆を胸元に抱えながら、訊いてきた。
「あれから?」
「合コンの反省会」
「 ── ああ。したね。反省会」
 僕が、シノさんに初めてキレた日だ。
 僕はその晩のことを思い出して、ちょっと笑った。
「何だか篠田さん、この間会った時より痩せましたよね。顔とかすっきりして、カッコよくなったみたい」
 おお。聡子チャンはちゃんと違いが分かったんだね。
「随分、反省してるでしょ、彼」
 と僕が言うと、聡子チャンは「本当に」と言って、くすくす笑った。
 そう言っている間に、美住さんはシノさんをシャンプー台から椅子に移し、櫛でざっとシノさんの髪の毛を整えながら、あれこれ思案している様子だった。
「聡子、パーマかけるから、道具用意して」
 鋭い声で美住さんが言う。「はい」と聡子チャンは、ロフトの奥の壁の向こうに消えて行った。
「パ、パーマ、ですか?」
 鏡に映ったシノさんの顔が、美住さんを見上げてそう訊く。
 凄く、不安そう。
「俺、パーマなんか、生まれてこのかた、かけたことないんですけど・・・」
 激しく、ビビってるなぁ。
「何? アタシを信用できないっての?」
 鏡越しに美住さんからまた睨まれて、シノさんは口を真一文字に引き結び、首を横に振った。
 あはは、子どもみたいでカワイイ、カワイイ。
 電車の中で、僕を心配げに見つめてきたシリアスなシノさんとは別人だ。
  ── 冷たい目で見られることに慣れるな、だなんて。
 台詞だけ聞けばいろんな意味に取れるけど、あの時のシノさんの声の色は、「傷ついていることを誤摩化すな、我慢するな」と言ってくれているように聞こえたんだ。
 それを聞いた瞬間、僕はシノさんの身体に触れたいと切望した。
 それは決していやらしい意味なんかではなく、きっと僕はシノさんに縋りたかったんだと思う。
 皮膚が直接触れられる場所なら、どこでもいい。体温を感じられる場所なら、どこでも。
 篠田俊介という存在に、素手で触れていたいと思ってしまった。
 危うく、すぐそばにあったシノさんの右手を握ろうと一瞬手が動いたけれど。
 僕は、それを何とか我慢した。
 シノさんを、僕が住む差別と偏見と傲慢に満ちた世界に引きずり込む訳にはいかない。
 もしここで僕がシノさんに触れれば、シノさんもあの年配の男から僕を見るのと同じ目で見られることになる。
 僕はぎゅっと拳を握った。「ありがとう」と言って、平静を装うことが僕にできる唯一の方法だった。
 その後も、シノさんが心配げにじっと僕を見つめていたのは分かっていたけど。
 僕はシノさんを見られなかった。
 シノさんは、彼自身が僕を傷つけてしまったと思っているのだろう。
 そんなの、全然違うのにね。
 それでも彼は、僕に謝るんだ。
 ごめん、って。
  ── シノさんには、宇宙一、幸せな人になってもらいたい。

 
 すべてが仕上がったのは、お昼を過ぎた1時頃のことだった。
 途中、パーマをかけるロッドのピンが、シノさんの張りがあり過ぎる髪に跳ね飛ばされ、美住さんの額を強打するというハプニングも発生したが(その時から美住さんは、「古式ゆかしい方法でやることにするわ!!」と言って、輪ゴムを取り出す羽目になった)、美住さんは、カラーリングまで見事やりきった。
 僕が、さすが美住さんと思ったところは、カラーリングをしたといっても、一見すると黒髪のままに見えることだ。
 シノさんの、生まれてこの方ほぼヴァージンの黒髪はそれだけでキレイだ。美住さんもそこは分かっていて、カラーリングしたのは、視覚的に艶やかに見える光のあたるところだけをランダムにワントーン明るいグレイにしたってことで、シノさんの黒髪のよさを更に引き立てるやり方をしていた。
 パーマも、「いかにもパーマをかけてます」といったものではなく、立体的で自然な髪の流れの形状を記憶させるような形でパーマ技術を使っていた。
 前髪は斜めにカットされ、こめかみからもみあげまでの髪は少し長めだが、耳はすべて見えるように短くカットされている。
 襟足は、薄く漉き込まれ、毛足がランダム。
 全体的にレイヤーが入ったから、随分軽くなった印象だ。張りのあり過ぎた一見すると剛毛に見えるシノさんの髪が、コシがあっても繊細そうで美しい髪質に見えるよう変身していた。
「ハァ、ハァ・・・。会心の一作よ・・・!」
 美住さんが片膝をつき、ゼェゼェと肩で息をする。
 相当、体力も精神力も使ったらしい。
 彼の言う通り、まさに会心の出来だ。
 一方、鏡の中のシノさんも慣れない長時間拘束に疲れが出たのか、美住さんがさっきの台詞を吐くまでぐったりとしていたが、やがて終わったことに気がつくと、鏡の中の自分にすっかり驚いているようだった。
「わぁ・・・。俺じゃないみたい」
 なんてことを言っている。
 美住さんのサポートについていた聡子チャンも言葉を失って、鏡の中のシノさんに見惚れていた。
「どうよ、感想は」
 美住さんが立ち上がって、シノさんの顔を覗き込む。
「いや、パーマって言うから、俺てっきりパンチパーマみたいなのをかけられると想像してました」
「 ── アンタ、かなり大胆な想像力してんのね・・・」
 美住さんの顔が引きつる。
 シノさんに聞いても埒があかないと思ったのか、美住さんが僕を振り返る。
 僕は、美住さんが何かを言い出す前に、オーケーサインを送った。
「完璧」
 僕がそう言うと、美住さんが誇らしげに微笑んだ。
「さぁ、立って。全体のバランス見るから」
 美住さんが、シノさんにかけられていたケープを取る。
 シノさんは言われるがまま、立ち上がった。
「へぇ・・・」
 僕は思わず、声を出していた。
 シノさん、顔、小さかったんだ。
 今まで張りがあり過ぎる髪がうまくまとまっていなくて、頭全体が膨張したように見えていた、ということだ。
 今は最初に会った時より顔もほっそりしていたし、かなり多かった髪の毛も随分漉き込んでさっぱりしたからか、凄く顔が小さく見える。
 シノさんは僕のことを捕まえて、やれ八頭身だ、九頭身だ、同じ人類とは思えない、だなんて言ってたけど、自分もしっかり九頭身じゃないか。
「いいじゃない、なかなか」
 美住さんが腕組みをして、シノさんを眺める。
 僕も同じように腕組みをして、美住さんの隣に並んだ。
 二人して、シノさんの頭の先から足の先まで見つめる。
「・・・ん~・・・。いいんだけど・・・、いまいちね」
「 ── そうですねぇ」
 僕らがそう言うと、シノさんは両手を頭にやって、「え?! 失敗?!!」と叫んだ。
 美住さんの顔がまたもや引きつる。
「だから、アタシの腕は完璧だってぇの!!! ちょっとアンタ、来なさい!」
 美住さんが、シノさんの腕を掴んでロフトを降りて行く。
「え?! 何?!! どどど、どこに行くんですか?!」
 僕も慌てて、悲鳴を上げるシノさんの後を追った。
 美住さんは、「島津のところに行ってくるから」と怒鳴り散らして、そのまま店を出て行った。
 ── はは~ん、島津さんね。
 美住さん、僕より美的なものへのこだわり強いから。シノさんが、冴えないボタンダウンのシャツに中途半端な丈のチノパンを着てるっていうのが、許せないってことだな。
 僕は行き先が分かったので、悠々と歩いて行くことにした。
 島津さんは美住さんの幼馴染みで、アパレル系のセレクトショップを経営している。店は、マイナーだが質のいい服を揃えていて、オーダーメイドの発注もかけられるお店だった。場所も『デフォルト』の目と鼻の先。
 僕が島津さんの店に入ると、上の階から「早くそれ、脱いじまいなさいよ!!」という美住さんのヒステリックな声が聞こえてきた。
 その時来店していた客がぎょっとした顔をして、上の階を見ていた。
 美住さん、オネェ言葉、自重しなきゃ。
 僕が三階まで上がると、美住さんとシノさんの向こう側に立つ島津さんが、目だけで僕に挨拶してきた。ちなみに島津さんの顔は、さも楽しそうに笑っている。
 どうも美住さんとシノさんの珍コンビが、だいぶ面白いらしい。
 かわいそうにシノさんは、美住さんにシャツを無理矢理はがされそうになっていて、「自分で脱ぎますから!」と悲痛な声を上げていた。
 三階はオーダーメイド用のフィッティングルームになっていたから、一般客は入ってこない。
 今店側の人間は、島津さんしかいなかった。
 観念したシノさんがボタンダウンのシャツを脱ぐと、下から変なロゴマークつきのTシャツが出てきたものだから、「あんたどこの高校生よ!!」と美住さんからツッコまれた。
「それも脱ぐのよ、ダサいんだから!!」
  ── ん~、ダサい、か。久しぶりに聞いたような気がする、その単語。
「アンタ、いつもどこで服とか買ってんの?」
「ええと・・・。二着目半額のところ・・・とか?」
「もうそこに行くの、やめなさい」
「えぇ~~~!!」
「えぇ~~~!! じゃねぇ! どうせサイズなんか全然あってないスーツとかを平気で着てんでしょ!! その気色悪いチノパンの丈がすべてを物語ってるわ。下も脱いじゃいなさい!」
「ひ~~~~~」 
 言われるがまま、シノさんは脱いでいく。
 そしてトランクス姿にまでなると、トランクスのゴムの部分を掴んだまま、若干涙目で美住さんを見た。
「あのぉ・・・、パンツは・・・」
 さすがの美住さんも、柴犬みたいな黒目がちのつぶらな瞳にそんな風に見つめられ、ちょっと反省したらしい。
「パッ、パンツはッ!・・・・・ぬ~~~~、ぬ、脱がなくても、いいわよ」
 美住さんの苦虫を噛み潰したような顔。はっきり言って、笑える。
 逆にシノさんは、ほっとした笑顔を浮かべた。
 唇の両端に、ちょこんと八重歯が覗く。
 シノさん、32歳には見えない可愛さですよ。
 しかし、狙っていた訳でもなくシノさんの裸体を初めて見ちゃうことになったけど、やはり筋トレの効果がきちんと出ていて、キレイな筋肉が戻ってきていた。履いてるトランクスはあか抜けなかったけど、身体自体はそのトランクスが不釣り合いだと思えてしまうぐらい、美しく整っている。
 程よく厚い胸板に、逞しい腕。腹筋は過度ではない、自然で美しい筋肉の筋が入っていて、引き締まっていた。
 細い筋肉が付きがちな僕とは違って、充実した男らしい厚みのある身体だ。それでもメリハリがあるから、無駄に筋肉太りしたようなガッチリ系ではなく、しっかりとしたスレンダー型。
 僕が肌を合わせてきたモデルや芸能人達でも、こんなにバランスのいい身体をした人間はいなかった。
 シノさんは30歳を過ぎているが、服を脱いでも若く見える。セックスをしないでいると、若さも保ちやすいんだろうか・・・なんてバカな事も思い浮かんだりしてくる。
  ── はっきり言ってシノさん、今の僕にとって、あなたの身体は『目の毒』以外の何ものでもありません。
 僕は、ごほんと咳払いをして、そっぽを向いた。
「君、なかなかいい身体してるね。こちらも服の選び甲斐がある」
 島津さんがさらりとそう言う。
 島津さんは、完全に仕事師としての視線でそう言ってきたので、シノさんもその発言に過剰な反応をすることはなかった。
 シノさんは例のコンプレックスのせいか、「カッコいい」と褒められると逆に「そんなことない」と意地を張る傾向がある。そういうところが本当に頑固なんだよね、この人。
 僕は、フィッティングルームの片隅に置かれている、二人がけの真っ赤なソファーに座った。興奮が収まりつつある美住さんも、僕の隣に腰掛ける。
「 ── ねぇ、どこで拾ってきたの? あのお友達」
 美住さんが、シノさんの裸の背中を眺めながら、訊いてくる。
「僕の家の隣」
 僕がそう答えると、美住さんは目を見張った。
「うっそ。あんなのが澤くんの家の隣に転がってるわけ?」
「あんなのってどういう意味ですか?」
 僕は美住さんもシノさんをバカにしてるんだと思って、眉間に皺を寄せながら美住さんを見る。しかし美住さんの言いたかったことは、真逆の意味だったらしい。
「あの子、凄くバケるわよ。あんな美形がこんな美形の隣に住んでたなんて、そのマンションの住人ごと全室アタシが買い取りたいわ」
 僕は、美住さんのマジな言い方がおかしくて、思わず吹き出してしまった。
「あら、澤くんもそんな笑い方することがあるのね」
「だって、美住さんがおもしろいことを言うから」
「アタシは真剣よ。澤くんはアタシの好みじゃないけど、篠田くんはアタシのストライクゾーン。しっかり普通の男の子っぽくて、顔も身体もキレイ。性格もちょっと天然でカワイイときてるんだから、そりゃおいしいでしょ」
 僕ははっと息を吐いて、天井を見上げる。
「やめてくださいよ、襲うのは。シノさんはストレートなんですから」
「ストレートがなによ。そんなの、あたってくだけてみないとわからないでしょうが」
「美住さん、四十五も過ぎたのに、がんばるなぁ・・・」
「ちょっと! 禁句よ、それは」
「とにかく。本当に、襲うのはやめてください。そんなことをしたら、僕が美住さんを八つ裂きにします」
「あんた、カワイイ顔して、相変わらずおっそろしいこと言うわねぇ。史上最強に残忍な方法で八つ裂きにされそうだから、篠田くん襲うのはやめとくわ」
 美住さんはそう言うと、タバコを取り出して、火をつけた。
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