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ミラーズ社に凶器を持った男達が立てこもっているというニュースは、瞬く間に全米に広がった。
丁度ニューヨークに出張に来ていた英国大使館員ジョイス・テイラーは、空港に向かう車中でそのニュースを聞いた。
ニュースでは、ミラーズ社を解雇された元社員が主犯であるとの報道がなされていたが、テイラーの中では止めようのない胸騒ぎが湧き起こった。
本国では、ジェイク・ニールソンの行方について完全に興味を失いつつあった。
現在中東問題でNATO並びに英国、米国の軍事関係者の動きが活発になっており、各国の大使館員もその調整に駆り出されていた。そのため、一介の脱獄囚・・・しかもゴシップ記事の噂でしかない男の行方など、構っている暇がないといったところだ。英国当局で興味があったのは、あくまでヒースロー空港で殺害された男の近辺から機密情報が漏れた可能性についてであり、その気配がまったくない今となっては、さほど問題ではないと思っているのだ。
── しかし・・・。
もはやテイラーの中では、“それだけの事”では済まなくなっていた。
偶然とはいえ、この事件に関わることになって、自分の国が抱える不幸な歴史をもう一度見直さなくてはならなくなった。そして、『アレクシス・コナーズ』という少年の人生についても。
元を正せば、テイラーの父は北アイルランドの出であった。
しかし父は、長年続く北アイルランド闘争に同胞達と参加していた訳ではなく、イギリス警察の協力者として働き、その報酬としてイギリス本国で新しい名前と身分を保障された、いわば『裏切り者』であった。
そのお陰でテイラーは北アイルランド人だという差別を受けることなく、何不自由なく育ってきた。今の生活があるのは、父親のそういう選択のもとに生み出されたものだった。
今では、一族の誰もがそのことに口を噤み、一族の誰もが完璧なブリティッシュイングリッシュのアクセントで話している。
実家のある近隣の人々も、優秀な大使館員まで輩出したテイラー家が元を正せばアイリッシュであったなどとは想像もしないだろう。
テイラー自身、大学に進学するまで、その事実を知らされていなかった。
そんな家庭の出の自分が、北アイルランドの不幸な時代に翻弄されながら生きた人間達の人生に触れることになろうとは、まったくもって皮肉なことだった。
早い時代に父が家族を連れてイギリス本国に脱出していなければ、自分もその激しい運命に飲み込まれていたかもしれないと思うと、特別な感情が沸き上がってきた。
空港に着いたテイラーは、本来ならワシントンの向けての搭乗ゲートを潜らねばならない筈だった。
しかしテイラーは、ワシントン行きと正反対にある搭乗ゲートをじっと見つめると、チケット販売カウンターに真っ直ぐ向かった。
「いらっしゃいませ」
笑顔の受付スタッフの前にワシントン行きのチケットを差し出し、テイラーは言った。
「目的地を変更したいのだが」
ミラーズ社前では、SWATチームの到着の遅れに、署長が苛立ちを見せていた。
「一体何をやっているんだ」
焦れた署長は、捜査本部のあるビルから外に出てきて、現場担当の警部を怒鳴りつけた。
「現在、渋滞に巻き込まれているそうで・・・。あ、来ました!」
遙か向こうに設営された検問所に、やっと到着したSWAT車両が見えていた。
紺色のバンは、一般車両を押しのけて無条件でゲートを潜ってくる。
その様子を見て、警部がほっと胸を撫で下ろした。
「お待たせして申し訳ありません」
署長はそんな警部をむっすりとした表情で見つめたまま、ぼそぼそと口を開いた。
「モタモタやってると、またマスコミに叩かれるとも限らん。マスコミの騒ぎっぷりを見てみろ、FBIが乗り出してきたらことだ。さっさとこれを片づけるぞ」
「はっ、承知いたしました」
警部が頭を下げた矢先、背後から署長を呼ぶ声がした。
「署長! ミラーズ社の社長から電話が」
「わかった! 今行く!」
署長は去り際、部長を振り返ると、「お客さんの相手をしてくる。それまでに突入体勢を整え、配置状況を私に報告するんだ。いいな」と念押しをして、再び捜査本部のあるビルの三階に取って返した。
窓ガラスに近いデスクに置かれた専用回線の電話を取ると、雑音混じりの声で、『ベルナルド・ミラーズです』と相手が名乗った。
『現在私は休暇中で、直ぐにそちらに戻れない場所にいるのです。部下からの連絡で事件のことを知って。現在はどういう状況になっているのですか?』
署長はウホンと咳払いをすると、質問に答えた。
「残念ながら、二人組の男があなたの会社を占拠しているのは事実です。多数の社員が警備システムの誤作動により社内に閉じこめられています。もちろん、警備システムを誤作動させたのは犯人の仕業で間違いないと思われますが、今は比較的落ち着いています」
受話器の向こうから長い溜息が漏れてきた。『そうですか』というミラーズの声は少し震えていたが、『お手数をおかけしています』という声には威厳が保たれていた。
『私ももちろん、これから直ぐにそちらに向かいますが、何卒よろしくお願いします。どうか、怪我人など出さないように。くれぐれも、社員の無事を優先してください』
署長は受話器を持ったまま大きく頷き、ニコニコと笑顔を浮かべた。
「もちろんです。C市が全米に誇るミラーズ社の社員に何かあったら大変だ。大船に乗った気分でいてください。犯人の正体も我々は既に掴んでいます。特殊救助隊もたった今、編成し終わりました。社長がこちらに到着するころには無事に解決していますよ」
署長はそう言うと、受話器を置いた。
── どうやらミラーズ社の社長も首尾よく説得できた。ここに社長がいないのは返って都合がいい・・・。
署長の頭の中で、ある計算式が浮かび上がる。
── この事件を解決することによって、ミラーズ社に対する大きな借りを作ることができる。そうなれば、次期市長選に出馬しても案外すんなり当選できるかもしれないぞ・・・。
「飛んで火にいる何とやらだな」
署長はそう呟くと、内線ボタンを押して冷たくこう言い放った。
「準備が出来次第突入するぞ。多少の犠牲が出ても致し方あるまい。この規模なら、十人二十人程度なら許される範囲だろう。五分後対策会議を行う。各部署の責任者を集めるように」
そう言う署長の目には、鮮やかに輝き始めたC市の夜景が写り込んでいた。
少し青みがかった画面の片隅に、ヘルメットと防弾服に身を固めた集団の姿が次々とよぎる。その映像と相まって、先程から白熱しているレポーターの声が社長室に響き渡っていた。
マックスは、依然として手足を拘束されたまま、あの恐ろしいベストを着せられソファーに転がされていた。
そのマックスの目の前には、先程どこかで調達してきたテレビが置かれ、緊急特番と化したニュース番組のライブ映像が流れている。
キングストンは、親指の爪を噛みながら、テレビ画面に釘付けになっていた。
経済雑誌に取り上げられていた頃の自分の写真がテレビに映される度に歓声を上げている。
ミラーズ社を追い出されて以後の生活は、完全にキングストンの神経をおかしくしてしまったようだ。「俺が一番なんだ。俺が全てを支配してるんだ」と呟きながらテレビを見つめているその瞳は爛々とした異様な輝きを見せており、マックスの背筋はゾッと鳥肌が立った。
犯罪の主犯格と報道されて嬉しがるような人間など、おおよそまともな神経の持ち主とは言えまい。
一方、ジェイク・ニールソンは随分前に社長室から姿を消したまま、帰ってくる気配はなかった。警察の突入が今か今かと差し迫っているこの時に、その落ち着き振りが逆に怖かった。
時折、キングストンが無線機でジェイクと話をしているようだが、どうやら警備カメラのモニターに変化がある度に報告をしているらしい。
もし警察の突入が始まったら、どんなことになるのか・・・。
客観的に見ても、ジェイクとキングストンに不利な状況であることは一目瞭然だった。
いくら最新の警備システムを逆手にとって守りを固めているとはいっても、所詮多勢に無勢であることには違いない。
── ジムがジェイク・ニールソンと顔を突き合わせる前に、事件が早く解決すればそれに越したことはない。だけど・・・。
マックスは頭を捻って、視線をデスクの隣に移した。
真っ白い顔色をしたシンシアは、いまだ目覚める気配もなく、車いすにしなだれかかっている。
もし本当に警察の突入があるとして、警察は社長室でのこの状況をどれくらい把握しているのだろう。
万が一、警察官が大量に乗り込んできたとしたら、ジェイクとキングストンが真っ先に道連れにする人間は間違いなく自分とシンシアだ。自分だけならまだしも、シンシアの命まで失われてしまったのなら・・・。
マックスの心は激しく痛んだ。
そうなった時のウォレスの悲しみは、計り知れない。
ジェームズ・ウォレスという人は、誰にも得られ難い強さを持っていながら、その心はガラス細工のようにナイーブであった。
これまでの不幸すぎる生い立ちが、彼の本当の姿に鋼の鎧を被せたのだ。
── きっとジムの悲しみを癒すことなど、絶対にできない。そのことでジムが自分達の後を追って、自ら命を絶つようなことになってしまったら・・・。
マックスはギュッと目を瞑った。
── やはり人間に“心”というものがあるのなら、きっと心臓の隣にあるに違いない。今こんなにも、胸が痛い・・・。お前は彼を守ると、あれだけ誓ったじゃないか。あれは偽りだったのか?
マックスの頭の中で、もう一人のマックスの声が響き渡る。
── 何か考えろ。考えるんだ・・・。
マックスは、テレビ画面に映し出されるミラーズ社の社屋映像を見つめながら、奥歯を噛み締めた。
「総員配置に付きました」
作戦本部に、SWATチームのリーダーが報告に現れた。
「よし、いいぞ。まず先発隊をビル内に侵入させ、状況を把握させろ。各フロアの様子、特に犯人が潜伏している最上階の様子を優先的に調べるんだ。ビルの図面は持ってこさせたか」
特殊班班長である警部は、小難しい顔つきでそう言った。
今回の現場に出動している各班のリーダーがぐるりと取り囲んだ大きなデスクの上に、ビルの構造図面が広げられる。
「現在突入班は正面入口と裏口、右側面の三カ所に待機しております。正面と裏口はおとりとして使い、右側面の排気口から侵入させた隊をエレベーターのケーブルを使って上部の階に侵入させる計画を立てています。各部屋の様子は、排気口ダクトの中より小型カメラを侵入させ、作戦本部のモニターに転送します」
「よし。まずは、先発隊に中の様子を探らせてから次の作戦を立てよう。通信班は、引き続き電話での犯人との接触を試みてくれ。署長、それでよろしいですね」
警部の隣で仰々しく腕組みをしていた署長は、うむと頷いた。
「狙撃犯は準備しているのか」
「もちろんです。少し距離はありますが、このビルの屋上に配置しています」
「状況が把握でき次第、狙撃でも何でもいい、さっさと犯人を片づけてしまえ」
「しかし署長、もし人質が犯人の側に多数いる場合は・・・」
「多少のことは致し方ない。先程からテレビで、C市警は事件解決までの時間がかかり過ぎるのろまな警察署だと無知な市民が馬鹿な台詞を吐いている」
署長は、部屋の片隅の椅子に腰掛けているハドソン刑事を恨めしそうに振り返った。先の爆弾魔事件について、いつしかC市警は市民からそういうレッテルを貼られているのだ。
「このまま恥の上塗りを重ねるわけにはいかない。ミラーズ社の社長がここに現れる前に、なるだけ事件を解決するんだ。それから、ミラーズ社の関係者をここに入れるな。現場にもだ。関係者や家族が入ってくると、突入時の勘も鈍る。余計な雑音は入れたくない。いいな」
その場にいる全員が「はい」と返事をする。
「では、五分後に先発隊を侵入させます」
第一回目の作戦会議は、SWATチームのリーダーのこの言葉で締めくくられた。
丁度ニューヨークに出張に来ていた英国大使館員ジョイス・テイラーは、空港に向かう車中でそのニュースを聞いた。
ニュースでは、ミラーズ社を解雇された元社員が主犯であるとの報道がなされていたが、テイラーの中では止めようのない胸騒ぎが湧き起こった。
本国では、ジェイク・ニールソンの行方について完全に興味を失いつつあった。
現在中東問題でNATO並びに英国、米国の軍事関係者の動きが活発になっており、各国の大使館員もその調整に駆り出されていた。そのため、一介の脱獄囚・・・しかもゴシップ記事の噂でしかない男の行方など、構っている暇がないといったところだ。英国当局で興味があったのは、あくまでヒースロー空港で殺害された男の近辺から機密情報が漏れた可能性についてであり、その気配がまったくない今となっては、さほど問題ではないと思っているのだ。
── しかし・・・。
もはやテイラーの中では、“それだけの事”では済まなくなっていた。
偶然とはいえ、この事件に関わることになって、自分の国が抱える不幸な歴史をもう一度見直さなくてはならなくなった。そして、『アレクシス・コナーズ』という少年の人生についても。
元を正せば、テイラーの父は北アイルランドの出であった。
しかし父は、長年続く北アイルランド闘争に同胞達と参加していた訳ではなく、イギリス警察の協力者として働き、その報酬としてイギリス本国で新しい名前と身分を保障された、いわば『裏切り者』であった。
そのお陰でテイラーは北アイルランド人だという差別を受けることなく、何不自由なく育ってきた。今の生活があるのは、父親のそういう選択のもとに生み出されたものだった。
今では、一族の誰もがそのことに口を噤み、一族の誰もが完璧なブリティッシュイングリッシュのアクセントで話している。
実家のある近隣の人々も、優秀な大使館員まで輩出したテイラー家が元を正せばアイリッシュであったなどとは想像もしないだろう。
テイラー自身、大学に進学するまで、その事実を知らされていなかった。
そんな家庭の出の自分が、北アイルランドの不幸な時代に翻弄されながら生きた人間達の人生に触れることになろうとは、まったくもって皮肉なことだった。
早い時代に父が家族を連れてイギリス本国に脱出していなければ、自分もその激しい運命に飲み込まれていたかもしれないと思うと、特別な感情が沸き上がってきた。
空港に着いたテイラーは、本来ならワシントンの向けての搭乗ゲートを潜らねばならない筈だった。
しかしテイラーは、ワシントン行きと正反対にある搭乗ゲートをじっと見つめると、チケット販売カウンターに真っ直ぐ向かった。
「いらっしゃいませ」
笑顔の受付スタッフの前にワシントン行きのチケットを差し出し、テイラーは言った。
「目的地を変更したいのだが」
ミラーズ社前では、SWATチームの到着の遅れに、署長が苛立ちを見せていた。
「一体何をやっているんだ」
焦れた署長は、捜査本部のあるビルから外に出てきて、現場担当の警部を怒鳴りつけた。
「現在、渋滞に巻き込まれているそうで・・・。あ、来ました!」
遙か向こうに設営された検問所に、やっと到着したSWAT車両が見えていた。
紺色のバンは、一般車両を押しのけて無条件でゲートを潜ってくる。
その様子を見て、警部がほっと胸を撫で下ろした。
「お待たせして申し訳ありません」
署長はそんな警部をむっすりとした表情で見つめたまま、ぼそぼそと口を開いた。
「モタモタやってると、またマスコミに叩かれるとも限らん。マスコミの騒ぎっぷりを見てみろ、FBIが乗り出してきたらことだ。さっさとこれを片づけるぞ」
「はっ、承知いたしました」
警部が頭を下げた矢先、背後から署長を呼ぶ声がした。
「署長! ミラーズ社の社長から電話が」
「わかった! 今行く!」
署長は去り際、部長を振り返ると、「お客さんの相手をしてくる。それまでに突入体勢を整え、配置状況を私に報告するんだ。いいな」と念押しをして、再び捜査本部のあるビルの三階に取って返した。
窓ガラスに近いデスクに置かれた専用回線の電話を取ると、雑音混じりの声で、『ベルナルド・ミラーズです』と相手が名乗った。
『現在私は休暇中で、直ぐにそちらに戻れない場所にいるのです。部下からの連絡で事件のことを知って。現在はどういう状況になっているのですか?』
署長はウホンと咳払いをすると、質問に答えた。
「残念ながら、二人組の男があなたの会社を占拠しているのは事実です。多数の社員が警備システムの誤作動により社内に閉じこめられています。もちろん、警備システムを誤作動させたのは犯人の仕業で間違いないと思われますが、今は比較的落ち着いています」
受話器の向こうから長い溜息が漏れてきた。『そうですか』というミラーズの声は少し震えていたが、『お手数をおかけしています』という声には威厳が保たれていた。
『私ももちろん、これから直ぐにそちらに向かいますが、何卒よろしくお願いします。どうか、怪我人など出さないように。くれぐれも、社員の無事を優先してください』
署長は受話器を持ったまま大きく頷き、ニコニコと笑顔を浮かべた。
「もちろんです。C市が全米に誇るミラーズ社の社員に何かあったら大変だ。大船に乗った気分でいてください。犯人の正体も我々は既に掴んでいます。特殊救助隊もたった今、編成し終わりました。社長がこちらに到着するころには無事に解決していますよ」
署長はそう言うと、受話器を置いた。
── どうやらミラーズ社の社長も首尾よく説得できた。ここに社長がいないのは返って都合がいい・・・。
署長の頭の中で、ある計算式が浮かび上がる。
── この事件を解決することによって、ミラーズ社に対する大きな借りを作ることができる。そうなれば、次期市長選に出馬しても案外すんなり当選できるかもしれないぞ・・・。
「飛んで火にいる何とやらだな」
署長はそう呟くと、内線ボタンを押して冷たくこう言い放った。
「準備が出来次第突入するぞ。多少の犠牲が出ても致し方あるまい。この規模なら、十人二十人程度なら許される範囲だろう。五分後対策会議を行う。各部署の責任者を集めるように」
そう言う署長の目には、鮮やかに輝き始めたC市の夜景が写り込んでいた。
少し青みがかった画面の片隅に、ヘルメットと防弾服に身を固めた集団の姿が次々とよぎる。その映像と相まって、先程から白熱しているレポーターの声が社長室に響き渡っていた。
マックスは、依然として手足を拘束されたまま、あの恐ろしいベストを着せられソファーに転がされていた。
そのマックスの目の前には、先程どこかで調達してきたテレビが置かれ、緊急特番と化したニュース番組のライブ映像が流れている。
キングストンは、親指の爪を噛みながら、テレビ画面に釘付けになっていた。
経済雑誌に取り上げられていた頃の自分の写真がテレビに映される度に歓声を上げている。
ミラーズ社を追い出されて以後の生活は、完全にキングストンの神経をおかしくしてしまったようだ。「俺が一番なんだ。俺が全てを支配してるんだ」と呟きながらテレビを見つめているその瞳は爛々とした異様な輝きを見せており、マックスの背筋はゾッと鳥肌が立った。
犯罪の主犯格と報道されて嬉しがるような人間など、おおよそまともな神経の持ち主とは言えまい。
一方、ジェイク・ニールソンは随分前に社長室から姿を消したまま、帰ってくる気配はなかった。警察の突入が今か今かと差し迫っているこの時に、その落ち着き振りが逆に怖かった。
時折、キングストンが無線機でジェイクと話をしているようだが、どうやら警備カメラのモニターに変化がある度に報告をしているらしい。
もし警察の突入が始まったら、どんなことになるのか・・・。
客観的に見ても、ジェイクとキングストンに不利な状況であることは一目瞭然だった。
いくら最新の警備システムを逆手にとって守りを固めているとはいっても、所詮多勢に無勢であることには違いない。
── ジムがジェイク・ニールソンと顔を突き合わせる前に、事件が早く解決すればそれに越したことはない。だけど・・・。
マックスは頭を捻って、視線をデスクの隣に移した。
真っ白い顔色をしたシンシアは、いまだ目覚める気配もなく、車いすにしなだれかかっている。
もし本当に警察の突入があるとして、警察は社長室でのこの状況をどれくらい把握しているのだろう。
万が一、警察官が大量に乗り込んできたとしたら、ジェイクとキングストンが真っ先に道連れにする人間は間違いなく自分とシンシアだ。自分だけならまだしも、シンシアの命まで失われてしまったのなら・・・。
マックスの心は激しく痛んだ。
そうなった時のウォレスの悲しみは、計り知れない。
ジェームズ・ウォレスという人は、誰にも得られ難い強さを持っていながら、その心はガラス細工のようにナイーブであった。
これまでの不幸すぎる生い立ちが、彼の本当の姿に鋼の鎧を被せたのだ。
── きっとジムの悲しみを癒すことなど、絶対にできない。そのことでジムが自分達の後を追って、自ら命を絶つようなことになってしまったら・・・。
マックスはギュッと目を瞑った。
── やはり人間に“心”というものがあるのなら、きっと心臓の隣にあるに違いない。今こんなにも、胸が痛い・・・。お前は彼を守ると、あれだけ誓ったじゃないか。あれは偽りだったのか?
マックスの頭の中で、もう一人のマックスの声が響き渡る。
── 何か考えろ。考えるんだ・・・。
マックスは、テレビ画面に映し出されるミラーズ社の社屋映像を見つめながら、奥歯を噛み締めた。
「総員配置に付きました」
作戦本部に、SWATチームのリーダーが報告に現れた。
「よし、いいぞ。まず先発隊をビル内に侵入させ、状況を把握させろ。各フロアの様子、特に犯人が潜伏している最上階の様子を優先的に調べるんだ。ビルの図面は持ってこさせたか」
特殊班班長である警部は、小難しい顔つきでそう言った。
今回の現場に出動している各班のリーダーがぐるりと取り囲んだ大きなデスクの上に、ビルの構造図面が広げられる。
「現在突入班は正面入口と裏口、右側面の三カ所に待機しております。正面と裏口はおとりとして使い、右側面の排気口から侵入させた隊をエレベーターのケーブルを使って上部の階に侵入させる計画を立てています。各部屋の様子は、排気口ダクトの中より小型カメラを侵入させ、作戦本部のモニターに転送します」
「よし。まずは、先発隊に中の様子を探らせてから次の作戦を立てよう。通信班は、引き続き電話での犯人との接触を試みてくれ。署長、それでよろしいですね」
警部の隣で仰々しく腕組みをしていた署長は、うむと頷いた。
「狙撃犯は準備しているのか」
「もちろんです。少し距離はありますが、このビルの屋上に配置しています」
「状況が把握でき次第、狙撃でも何でもいい、さっさと犯人を片づけてしまえ」
「しかし署長、もし人質が犯人の側に多数いる場合は・・・」
「多少のことは致し方ない。先程からテレビで、C市警は事件解決までの時間がかかり過ぎるのろまな警察署だと無知な市民が馬鹿な台詞を吐いている」
署長は、部屋の片隅の椅子に腰掛けているハドソン刑事を恨めしそうに振り返った。先の爆弾魔事件について、いつしかC市警は市民からそういうレッテルを貼られているのだ。
「このまま恥の上塗りを重ねるわけにはいかない。ミラーズ社の社長がここに現れる前に、なるだけ事件を解決するんだ。それから、ミラーズ社の関係者をここに入れるな。現場にもだ。関係者や家族が入ってくると、突入時の勘も鈍る。余計な雑音は入れたくない。いいな」
その場にいる全員が「はい」と返事をする。
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