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act.62
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「マイク! マイク!! ちょっと、そんなところで一服してる場合じゃないわ!」
同僚のベイリーが、廊下の陰で煙草を吹かしているマイク・モーガンを目ざとく見つけてどやした。
「さっきホットコールが入った! 爆発事件がまた発生よ! 崩れたアパートの住人が2、3人運ばれてくる!」
マイクは、まだ長い煙草をコーヒーの入った紙コップに突っ込むと、ベイリーの後を追ってER室に戻った。
「おいおい、一体どうなってる? 昨夜ひとつあったばかりだろ」
「私に訊いたって仕方ないでしょ!」
苛立った声を上げる同僚に、そりゃそうだととぼけながら、ER室の状況をチェックする。
今日は月曜日だから、比較的急患は少ない。3人程度なら、何とかなりそうだ。
救急車のサイレン音が聞えてくる。
マイクは、ベイリーの他に新人のストーンを従えて、救急車止まりに向った。
ジャストのタイミングで、二台の救急車が立て続けに入ってくる。
「モーガン先生! こっちが重症患者です!」
先に入ってきた救急車から、新入りの救急隊員が飛び出てきたなり、そう怒鳴る。
マイクはベイリーを2台目の救急車につくように指示を出すと、1台目の救急車から引き出されるストレッチャーの横についた。
患者は顔面に細かい裂傷を受けており、酸素吸引のチューブ以外は厚いガーゼで覆われている。
「患者は爆発の衝撃で頭部を強打。脳震盪を起している模様です。その他は、顔面に裂傷。それから左腕も上腕骨が完全に折れてます。現場の様子からして、胸骨にもヒビが入っているかもしれません」
「ストーン! CTの準備だ! それからレントゲン室も開けろ! 走れ!!」
若い医者が、廊下を駆けて行く。
マイクは、救急隊員と共にストレッチャーを病院内に押し入れる。
「患者の名前は? わかる?」
患者の意識を効率よく取り戻すためには、患者の名前を呼び続けることが有効だ。それが鉄則である。
馴染みの救急隊員は、「え~」と唸りながら、点滴袋を持ち替え、自分のポケットを探る。
「財布の中に運転免許が入ってました。ええと・・・ローズさんです」
「はぁ?」
マイクがふと足を止めたことに、隊員の方が驚いたようだった。
「え?」
「え、じゃなくて・・・」
「せ、先生!!」
マイクは、血に汚れたガーゼを捲った。患者の顔を確認した途端、マイクは一瞬息を詰め、次の瞬間に顔を醜く歪めた。
「・・・チクショッ!!」
マイクは短く悪態をつくと、いつもより焦った足取りでストレッチャーを押す。
「先生! どうしたんですか?!」
そう言って追いかける救急隊員だったが、厳しい表情をしたマイクの目元が赤く充血しているのを見て、再びぎょっとした。
いつも陽気なマイクの背中が、今はまるで別人のように重々しい空気を背負っていた。
隊員は点滴のチューブが伸び切る前に、ストレッチャーに追いついた。
「一体、誰なんです?」
隊員がそう訊いても、マイクが答える様子はなかった。
「おい! そこどいてくれ!! どけよ!!」
マイクの怒鳴り声は、悲鳴にも似ていた・・・。
廊下は、警察関係者でごった返していた。
その様子を、レイチェルは冷たい壁に凭れたまま、ぼんやりとした目つきで見つめていた。
レイチェルが、家のお手伝いステラから連絡を貰い、取るものも取り合えず新聞社からマックスが収容された病院に駆けつけたのは、丁度1時間前。
レイチェルの母は、事件のショックで寝込んでしまったという。
「大丈夫ですか?」
疲労困憊の色を隠し切れないレイチェルの様子を気遣って、年配の看護師が、彼女のためにコーヒーを運んできてくれた。
「・・・どうも、ありがとう」
レイチェルはコーヒーを受け取り、それを啜ると、ほっと一息をついた。
「もしご気分が悪くなられたのでしたら、毛布をご用意しますわ。仮眠室がありますから、そこでお休みになってくださってもいいんですよ」
レイチェルは静かな微笑を浮かべた。
「お気遣い、ありがとう。本当に大丈夫。今は、従弟から離れたくはないの。病室には、いつになったら入れてもらえるの?」
ガラス越しに、手当てを受けているマックスの姿を見つめながらレイチェルは言った。
「一通り、傷の手当てが終わったら大丈夫だと思いますわ。先生からは、ご説明は受けられました?」
「ええ。それは」
「そう・・・。それでは」
レイチェルは、看護師に礼を言って、再びガラス窓の向こうに目をやった。
マックスの担当医は、レイチェルも知っているマイク・モーガンだった。
ある意味、レイチェルよりマイクの方が取り乱しているように見えた。
幸いなことに、CTスキャンの結果は良好だった。頭骸骨も損傷を受けておらず、脳内部も無事だった。
マックスの怪我は、左上腕骨の骨折と胸骨2本にヒビ。全身打撲。そして顔や手など、衣類に覆われていなかった部分に軽い裂傷を受けていたが、すべてきれいに縫合された。
検査により、左の鼓膜も破れていることも判明したが、どれも時間をかければ治る傷ばかりだった。いずれ意識も回復するだろうとの診断結果だった。
だが問題は、これからである。
激しく身体を壁に打ちつけたショックで、何か後遺症が出てくる可能性も否めなかった。
ただ、本当に幸運だったのは、爆発時に彼が部屋にいなかったこと。そして爆風が強く打ち付ける方向とは微妙に異なる場所に立っていたからだ。
現在、事件のあったアパートメントの住人の一人が行方不明のため、警察も全力を上げて捜索している。
レイチェルは・・・。
レイチェルは、意外にも落ち着いていた。
人間、あまりにショックなことがあり過ぎると、逆に感情が冷めて行くものなのかもしれない。
今、彼女の中には静かな怒りがフツフツと湧き上がっていた。本当に静かな。とても、静かな。
「一通りの手当てが終わりました。お入りくださって結構ですよ」
若い看護師が、レイチェルを病室に招き入れた。
入れ違いにマイク・モーガンが病室を離れる。
「ありがとう、マイク」
マイクは、酷く疲れた顔つきをして微笑を浮かべると、軽くレイチェルを抱きしめ、病室を後にしたのだった。
レイチェルは、マックスのベッドの側にある丸椅子に腰掛けた。
身体中にギブスやらコルセットやらガーゼやらに覆われたマックスの姿は、本当に痛々しいものだった。
今彼は、穏やかな寝息を立てて、眠っている。
意識が戻らないうちは確かに不安だったが、この寝息を聞く限り、朝には意識が戻りそうである。
レイチェルは、傷ついたマックスの手を優しく握り締めた。
そして彼の身に起こった不幸を考える。そして、これから起ころうとしている不幸も・・・。
レイチェルは、一瞬顔を歪ませて、自分の胸のポケットに手を当てた。
── 何て・・・何てことなの・・・。
「レイチェル!!」
ガラス窓をドンドンと叩く音がして、レイチェルは顔を上げた。
「セス・・・!」
制服のままのセス・ピーターズが病室に入ってきた。
久しぶりの再会。
だが、よもやこんな場面での再会になるとは、互いに思っていなかった。
「いいの? こんなところにいて。現場は?」
「その現場がマックスの部屋だと聞いて、血相を変えて飛んできた。彼の容態は?」
「大丈夫よ。意識はまだ戻らないけど、落ち着いてる。命に別状はないって」
「そうか・・・・」
セスは長い息を吐いて、レイチェルの肩に手を置いた。
「君は、大丈夫かい?」
レイチェルは少し微笑んで頷く。
「私は大丈夫よ」
「よかった・・・。正直・・・」
「取り乱してると思った?」
セスはバツが悪そうに頷いた。
日頃のレイチェルを良く知るセスだ。当然だろう。
だが目の前のレイチェルは、今までに見たこともないような落ち着きと物悲しさを湛えた瞳で、静かにマックスを見つめていた。
「今ここで私がしっかりしてなけりゃ、誰が彼を守るというの。マックスは、私の大切な家族なの。家族を守ろうという気持ちは、何より強いのよ」
その言葉には力があった。
レイチェルの真剣な横顔には、セスの心をざわめかすような、寒い予感を呼び起こした。
「・・・捜査の状況はどうなの? ケヴィンの件は?」
「今はまだ何とも。昨日の今日だし・・・。マックスは、ドースンさんと顔見知りだったのかい?」
「ええ。マックスが学生時代から。よく知っていたわ」
「それは・・・、君を通して?」
レイチェルは、セスの方を振り返った。
「それは事情聴取なの?」
セスは少し傷ついた顔をして見せた。
「そうじゃないが・・・。いずれそうなる。それをするのは俺じゃないが・・・。君は被害者の“点”を結ぶ唯一の“線”なんだ。そのうち捜査本部から君の元に誰か来るだろう。もしその前に言っておきたいことがあれば、俺が聞くよ」
レイチェルは首を横に振った。
「今は何も話すことはないわ。マックスのことを考えることで精一杯よ。今はそっとしておいて。お願い」
セスは二、三度頷く。その時、セスの胸ポケットからベルの音が聞こえてきた。
呼び出しだった。
セスは舌打ちをするとレイチェルの手を少し握った。
「ごめん、もう行くよ」
レイチェルはセスの手を握り返して、少し微笑んだ。
「何かあったら、いつでも俺に連絡して。いいね」
「ええ」
「じゃ・・・」
病室を後にするセスの背をレイチェルは見送ったが、ふいに立ち上がって、彼を追った。
「セス!!」
幾人もの人でごった返す廊下の先の広い背中が立ち止まった。振り返る恋人に、レイチェルは言った。
「来てくれて嬉しかった。ありがとう。あなたも頑張って・・・。バーイ」
セスは微笑を浮かべると、「バーイ」と返して人込みの中に姿を消していった。
レイチェルは、セスの姿が完全に見えなくなるまで廊下に立っていた。
そして胸を抑えると、マックスの病室に取って返した。
── 自分は、神に懺悔をしなければならない・・・。
ふいに頬を熱いものが伝った。
レイチェルは胸元から、“あるもの”を取り出す。
それはドースンのデスクに隠されていたもの。
爆弾犯の私記と思える文章をカメラで写した写真が数枚と、そして古びた部屋の鍵・・・。
レイチェルは、この事件のキーパーソンが自分なんかではなく、マックスが心の底から愛する人間であることを知っていて、そしてそのことを偽ったのだった。
同僚のベイリーが、廊下の陰で煙草を吹かしているマイク・モーガンを目ざとく見つけてどやした。
「さっきホットコールが入った! 爆発事件がまた発生よ! 崩れたアパートの住人が2、3人運ばれてくる!」
マイクは、まだ長い煙草をコーヒーの入った紙コップに突っ込むと、ベイリーの後を追ってER室に戻った。
「おいおい、一体どうなってる? 昨夜ひとつあったばかりだろ」
「私に訊いたって仕方ないでしょ!」
苛立った声を上げる同僚に、そりゃそうだととぼけながら、ER室の状況をチェックする。
今日は月曜日だから、比較的急患は少ない。3人程度なら、何とかなりそうだ。
救急車のサイレン音が聞えてくる。
マイクは、ベイリーの他に新人のストーンを従えて、救急車止まりに向った。
ジャストのタイミングで、二台の救急車が立て続けに入ってくる。
「モーガン先生! こっちが重症患者です!」
先に入ってきた救急車から、新入りの救急隊員が飛び出てきたなり、そう怒鳴る。
マイクはベイリーを2台目の救急車につくように指示を出すと、1台目の救急車から引き出されるストレッチャーの横についた。
患者は顔面に細かい裂傷を受けており、酸素吸引のチューブ以外は厚いガーゼで覆われている。
「患者は爆発の衝撃で頭部を強打。脳震盪を起している模様です。その他は、顔面に裂傷。それから左腕も上腕骨が完全に折れてます。現場の様子からして、胸骨にもヒビが入っているかもしれません」
「ストーン! CTの準備だ! それからレントゲン室も開けろ! 走れ!!」
若い医者が、廊下を駆けて行く。
マイクは、救急隊員と共にストレッチャーを病院内に押し入れる。
「患者の名前は? わかる?」
患者の意識を効率よく取り戻すためには、患者の名前を呼び続けることが有効だ。それが鉄則である。
馴染みの救急隊員は、「え~」と唸りながら、点滴袋を持ち替え、自分のポケットを探る。
「財布の中に運転免許が入ってました。ええと・・・ローズさんです」
「はぁ?」
マイクがふと足を止めたことに、隊員の方が驚いたようだった。
「え?」
「え、じゃなくて・・・」
「せ、先生!!」
マイクは、血に汚れたガーゼを捲った。患者の顔を確認した途端、マイクは一瞬息を詰め、次の瞬間に顔を醜く歪めた。
「・・・チクショッ!!」
マイクは短く悪態をつくと、いつもより焦った足取りでストレッチャーを押す。
「先生! どうしたんですか?!」
そう言って追いかける救急隊員だったが、厳しい表情をしたマイクの目元が赤く充血しているのを見て、再びぎょっとした。
いつも陽気なマイクの背中が、今はまるで別人のように重々しい空気を背負っていた。
隊員は点滴のチューブが伸び切る前に、ストレッチャーに追いついた。
「一体、誰なんです?」
隊員がそう訊いても、マイクが答える様子はなかった。
「おい! そこどいてくれ!! どけよ!!」
マイクの怒鳴り声は、悲鳴にも似ていた・・・。
廊下は、警察関係者でごった返していた。
その様子を、レイチェルは冷たい壁に凭れたまま、ぼんやりとした目つきで見つめていた。
レイチェルが、家のお手伝いステラから連絡を貰い、取るものも取り合えず新聞社からマックスが収容された病院に駆けつけたのは、丁度1時間前。
レイチェルの母は、事件のショックで寝込んでしまったという。
「大丈夫ですか?」
疲労困憊の色を隠し切れないレイチェルの様子を気遣って、年配の看護師が、彼女のためにコーヒーを運んできてくれた。
「・・・どうも、ありがとう」
レイチェルはコーヒーを受け取り、それを啜ると、ほっと一息をついた。
「もしご気分が悪くなられたのでしたら、毛布をご用意しますわ。仮眠室がありますから、そこでお休みになってくださってもいいんですよ」
レイチェルは静かな微笑を浮かべた。
「お気遣い、ありがとう。本当に大丈夫。今は、従弟から離れたくはないの。病室には、いつになったら入れてもらえるの?」
ガラス越しに、手当てを受けているマックスの姿を見つめながらレイチェルは言った。
「一通り、傷の手当てが終わったら大丈夫だと思いますわ。先生からは、ご説明は受けられました?」
「ええ。それは」
「そう・・・。それでは」
レイチェルは、看護師に礼を言って、再びガラス窓の向こうに目をやった。
マックスの担当医は、レイチェルも知っているマイク・モーガンだった。
ある意味、レイチェルよりマイクの方が取り乱しているように見えた。
幸いなことに、CTスキャンの結果は良好だった。頭骸骨も損傷を受けておらず、脳内部も無事だった。
マックスの怪我は、左上腕骨の骨折と胸骨2本にヒビ。全身打撲。そして顔や手など、衣類に覆われていなかった部分に軽い裂傷を受けていたが、すべてきれいに縫合された。
検査により、左の鼓膜も破れていることも判明したが、どれも時間をかければ治る傷ばかりだった。いずれ意識も回復するだろうとの診断結果だった。
だが問題は、これからである。
激しく身体を壁に打ちつけたショックで、何か後遺症が出てくる可能性も否めなかった。
ただ、本当に幸運だったのは、爆発時に彼が部屋にいなかったこと。そして爆風が強く打ち付ける方向とは微妙に異なる場所に立っていたからだ。
現在、事件のあったアパートメントの住人の一人が行方不明のため、警察も全力を上げて捜索している。
レイチェルは・・・。
レイチェルは、意外にも落ち着いていた。
人間、あまりにショックなことがあり過ぎると、逆に感情が冷めて行くものなのかもしれない。
今、彼女の中には静かな怒りがフツフツと湧き上がっていた。本当に静かな。とても、静かな。
「一通りの手当てが終わりました。お入りくださって結構ですよ」
若い看護師が、レイチェルを病室に招き入れた。
入れ違いにマイク・モーガンが病室を離れる。
「ありがとう、マイク」
マイクは、酷く疲れた顔つきをして微笑を浮かべると、軽くレイチェルを抱きしめ、病室を後にしたのだった。
レイチェルは、マックスのベッドの側にある丸椅子に腰掛けた。
身体中にギブスやらコルセットやらガーゼやらに覆われたマックスの姿は、本当に痛々しいものだった。
今彼は、穏やかな寝息を立てて、眠っている。
意識が戻らないうちは確かに不安だったが、この寝息を聞く限り、朝には意識が戻りそうである。
レイチェルは、傷ついたマックスの手を優しく握り締めた。
そして彼の身に起こった不幸を考える。そして、これから起ころうとしている不幸も・・・。
レイチェルは、一瞬顔を歪ませて、自分の胸のポケットに手を当てた。
── 何て・・・何てことなの・・・。
「レイチェル!!」
ガラス窓をドンドンと叩く音がして、レイチェルは顔を上げた。
「セス・・・!」
制服のままのセス・ピーターズが病室に入ってきた。
久しぶりの再会。
だが、よもやこんな場面での再会になるとは、互いに思っていなかった。
「いいの? こんなところにいて。現場は?」
「その現場がマックスの部屋だと聞いて、血相を変えて飛んできた。彼の容態は?」
「大丈夫よ。意識はまだ戻らないけど、落ち着いてる。命に別状はないって」
「そうか・・・・」
セスは長い息を吐いて、レイチェルの肩に手を置いた。
「君は、大丈夫かい?」
レイチェルは少し微笑んで頷く。
「私は大丈夫よ」
「よかった・・・。正直・・・」
「取り乱してると思った?」
セスはバツが悪そうに頷いた。
日頃のレイチェルを良く知るセスだ。当然だろう。
だが目の前のレイチェルは、今までに見たこともないような落ち着きと物悲しさを湛えた瞳で、静かにマックスを見つめていた。
「今ここで私がしっかりしてなけりゃ、誰が彼を守るというの。マックスは、私の大切な家族なの。家族を守ろうという気持ちは、何より強いのよ」
その言葉には力があった。
レイチェルの真剣な横顔には、セスの心をざわめかすような、寒い予感を呼び起こした。
「・・・捜査の状況はどうなの? ケヴィンの件は?」
「今はまだ何とも。昨日の今日だし・・・。マックスは、ドースンさんと顔見知りだったのかい?」
「ええ。マックスが学生時代から。よく知っていたわ」
「それは・・・、君を通して?」
レイチェルは、セスの方を振り返った。
「それは事情聴取なの?」
セスは少し傷ついた顔をして見せた。
「そうじゃないが・・・。いずれそうなる。それをするのは俺じゃないが・・・。君は被害者の“点”を結ぶ唯一の“線”なんだ。そのうち捜査本部から君の元に誰か来るだろう。もしその前に言っておきたいことがあれば、俺が聞くよ」
レイチェルは首を横に振った。
「今は何も話すことはないわ。マックスのことを考えることで精一杯よ。今はそっとしておいて。お願い」
セスは二、三度頷く。その時、セスの胸ポケットからベルの音が聞こえてきた。
呼び出しだった。
セスは舌打ちをするとレイチェルの手を少し握った。
「ごめん、もう行くよ」
レイチェルはセスの手を握り返して、少し微笑んだ。
「何かあったら、いつでも俺に連絡して。いいね」
「ええ」
「じゃ・・・」
病室を後にするセスの背をレイチェルは見送ったが、ふいに立ち上がって、彼を追った。
「セス!!」
幾人もの人でごった返す廊下の先の広い背中が立ち止まった。振り返る恋人に、レイチェルは言った。
「来てくれて嬉しかった。ありがとう。あなたも頑張って・・・。バーイ」
セスは微笑を浮かべると、「バーイ」と返して人込みの中に姿を消していった。
レイチェルは、セスの姿が完全に見えなくなるまで廊下に立っていた。
そして胸を抑えると、マックスの病室に取って返した。
── 自分は、神に懺悔をしなければならない・・・。
ふいに頬を熱いものが伝った。
レイチェルは胸元から、“あるもの”を取り出す。
それはドースンのデスクに隠されていたもの。
爆弾犯の私記と思える文章をカメラで写した写真が数枚と、そして古びた部屋の鍵・・・。
レイチェルは、この事件のキーパーソンが自分なんかではなく、マックスが心の底から愛する人間であることを知っていて、そしてそのことを偽ったのだった。
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