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ショーン達一行が乗ったワンボックスカーが、空港の入口近くに横付けされる。
先に到着していたノートのスタッフが、空港警備の人達と一緒に、既に出入口の人員整理を済ませてくれていた。
今回は突発的な来日であったにもかかわらず、エニグマ・ジャパンの効果や連日に渡る力の入った広報活動のせいで、空港にはショーン目当てのファンが早くも陣取っていた。
白いTシャツの上に唯一今回日本で手に入れた・・・ノートのスタッフがプレゼントしてくれたものだ・・・伝統的な日本の染料で染められた濃紺の薄いシャツを羽織り、アンのくれたヴィンテージジーンズに身を包んだショーンが空港に現れると、途端に大きな悲鳴とカメラのシャッター音が空港エントランスに響き渡った。
まさしくスターの洗礼だ。
しっかりした警備のお陰で、ファンがロープを乗り越えてまで押し寄せることはなく、ショーンはファンに笑顔を見せながら、手を振った。
ファンの中には感極まって泣き出す女性もいて、日本でのショーン・クーパー人気はどうやら不動のものになりそうだ。
後ろでシンシアは、ファンとショーンの様子をカメラに収めている。
今回はモノクロ・カラー両方のフィルムでドキュメントタッチの写真が多く撮影されているらしい。この数日間の劇的なショーンの表情の変化を克明に記録しているはずだ。きっと様々な表情のショーンが写っているだろう。
そしてショーンは、足を進めながらキョロキョロと辺りを見回した。
羽柴の言っていたコーヒーショップを探す。
あった。
丁度吹き抜けの二階部分にあったから、気付くのが遅れた。
── あ! いるいる。アハハ、欠伸しながらコーヒー飲んでる。
離れたところでも、愛する人の姿は間違えようがなかった。
── あれ? 隣にいるの、例のハヤト君かな?
羽柴より随分若い青年が、とても驚いたような顔つきでガラスにへばりついている。
目が大きくて、キュートなルックスの青年だ。
彼は、その大きな目を更に大きく見開いて、ショーンを見つめている。
それとは対照的に、羽柴は大人の余裕をかましているのか、頬杖をついて呑気にショーンを見下ろしていた。その顔に穏やかでのんびりとした温かい笑顔が浮かぶのが見えて。
ショーンはつい嬉しくなって、手を振った。
ファンがいる訳でもない場所に向かって唐突に手を振るなんてヤバイかなと思ったが、一瞬のことだったし、誰も気付かないだろう。
あっという間に通り過ぎて、人影のない通路に入った。
「凄い騒ぎだったな」と興奮した様子のノートのスタッフとリサが話し合っている最中、隣を歩いていたシンシアが、ショーンの脇腹を突っついた。
「愛の営み、見ちゃった」
流石はシンシアだ。少しのことも彼女は見逃さないのだ。
「── 目ざといなぁ」
ショーンがそう呟くと、シンシアは楽しそうにクスクスと笑った。
「でも、ショーンの彼・・・ミスター・ハシバだっけ? とてもいい笑顔で笑うのね。ショーンが好きになった気持ちも分かる。あの笑顔に一目惚れしたんでしょ」
そうシンシアに突っ込まれ、ショーンは素直に認めることにした。
「うん、そうだよ。あの笑顔に、一目惚れしたんだ」
そう言ってる側から、まるで走馬燈のように羽柴との出会いから昨夜までの出来事がショーンの脳裡に過ぎる。
ホテル・アストライアでの偶然の出逢い、失声症、ロケットの中身を零してしまったあの夜。クリスマスのプレゼント、初めていれた腰の刺青、チャリティーコンサート。エニグマ、生まれて初めての自分のCDディスク、自分のことを支えてくれたいろんな人々。
── そして、コウ。
生まれて36年かかってコウは俺という人間に出逢って、生まれて19年かかって俺は彼に出逢うことができた。
本当に、長い長い時間。
辛いことも、くじけそうになったこともたくさんあったけど。
でも、それだけに今得られた幸せが凄く凄く大きくて。
フフフとショーンが笑顔を浮かべると、「あ、思い出し笑い。なんだかイヤラシイわよ、その顔」と言われ、ショーンは顔を赤くした。
「私も、外野の余計な視線はなくなったから、仮想彼女は終了しようっと。遠慮なく、ルイとイチャイチャさせてもらいますから」
シンシアはそう言って、随分後ろを歩くルイのところに駆けていった。
ショーンは、嬉しそうに腕を組んで歩くルイとシンシアの様子を振り返りながら思った。
── 今は分かってないだろうけど。君達も確実に苦労すると思うね。
だっていつだったか、ショーンがシンシアと付き合っているとゴシップ記事が出た時、マックスのところに電話をかけて血相を変えられたんだから。
マックスははっきりと言わなかったが、あの後の失笑を聞く限りでは、シンシアは相当の箱入り娘だ。恋愛をマックスとジムに認めてもらうには、結構苦労するかもしれない。
そうなったら今度は、俺がシンシアを慰めることになるのかな?
そう思ったらおかしくて、ショーンは更に笑顔を浮かべたのだった。
機内に、出発前のアナウンスが流れている。
ぼんやりと窓の外を眺めていたショーンは、ふいにフライトアテンダントにウェルカムドリンクを何にするか訊ねられ、パチパチと瞬きした。
通路を挟んで向こう側の座席・・・ファーストクラスは通路の幅も格段にゆったりしている・・・では、ルイとシンシアが楽しそうに話をしながら、ワインを飲んでいる。ファーストクラスはアルコール類もすべてフリーだから、お酒好きのルイなんかは嬉しいだろう。
── いいなぁ・・・。
ショーンは、アルコールを飲んではダメだし、座席はひとりで座ってる。
疲れた身体を休ませるためにひとりでゆっくり座れるように、との拝領だろうが、何だか独りぼっちな感じがして、ちょっと寂しい。しかも、自分が搭乗している下のフロアには、羽柴も乗り込んでいる筈なのに、一緒にいられないなんて。
ショーンの寂しそうな横顔を見て、フライトアテンダントも訝しげに思ったのだろうか。
「お加減は大丈夫ですか?」
そう訊ねられた。
日系の航空会社だったのでフライトアテンダントも日本人女性だったが、やはり英語は流暢だ。
「すみません」
ショーンは苦笑を浮かべると、オレンジジュースを頼んだ。
ファーストクラスともなるとシートも分厚くて座席間の幅もかなり広い。それに隣り合った座席の間すらも少しゆとりがある。座席を倒す時も、後ろの人のことを気にしなくていいから、ゆったりできる。
それ比べてエコノミーは・・・。
── コウは身体も大きいから、きっと凄く窮屈なんだろうなぁ。
ショーンはそう思う。
きちんと足の付いたグラスにカットされたオレンジが添えられたオレンジジュースをショーンが飲み終えた頃、機体が動き始める。
ショーンは深い溜息をついて、座席に付いた小型モニターのチャンネルをパチパチやったり、座席に備え付けられたスリッパを履いたり脱いだり、座席シートに差し込まれた雑誌をパラパラ捲ったりした。── ようは、まったく落ち着かないということだ。
その様子を見かねたシンシアが、通路の向こうから「あんまり寝てないんだから、眠ったら?」と言ってくれた。
それを聞いていたフライトアテンダントが、離陸直前だというのに薄手の毛布とふかふかの枕を追加で持ってきてくれて、ショーンは顔を赤くした。
なんだか、自分が酷く子どもじみていて、恥ずかしい。
ということで、頭をシートに凭れかけさせて一旦は目を閉じたショーンだったが、それでも睡魔は訪れない。
飛行機のエンジン音もしっかり聞こえてくるし、他の人の話し声もしっかり耳に入ってくる。ファーストクラスはエコノミーより格段に静かな筈だが、それでも耳には様々な音が入ってくる。
グンと身体にGがかかって、離陸したことが分かった。
ショーンは薄目を開けて、窓の外を見る。
── サヨナラ、日本。また、来るね・・・。
ここは、コウと真一さんが愛を育んだ国。
今となっては、ショーン自身にも大切な国となった。
みるみる窓の外の街が離れていき、あっという間に空しか見えなくなった。
ショーンはゴロリと頭を転がし、シートベルトマークが点灯している様子をじっと見入った。
── 早く、消えないかなぁ・・・。
何ておぼろげに思う。
今、コウは何してるんだろ。
窓の外を見てるのかな、それとも音楽でも聴いてるのかな。あ、ひょっとしたら、爆睡してるかも。空港でも、大欠伸してたし。
その時のことを思い出して、クスクスと笑う。
羽柴はしっかりと睡眠を取らないと日中が辛いタイプだから、きっと今日なんかは酷いだろう。
昨夜というか今朝は、時間ギリギリまで抱き合ってたし。
羽柴は、結局最後までショーンと身体を繋ぐことはしなかったけれど、でも、ショーンにとっては十分満足できるセックスだった。
満足どころか、本当に翻弄されてしまって。
テクニックもさることながら、羽柴の体力にも目を回してしまった。
ショーンも17歳で初体験をして、それから以後セックスする回数は割と人並み・・・いやそれ以上かもしれない・・・こなしてきたが、あんなに前後見境なくなるほど感じ入ったのは、初めてかもしれない。
最後羽柴に、「よかった?」と訊かれ、そんな質問なんかに答えられるか、とはぐらかしたショーンだったが、本音を言うと『凄くよかった』。本当に。
愛あるセックスって本当に素敵だって思った。
── そりゃ、今までも遊びのつもりのセックスなんてほとんどしてきてないけど。
今までのものとは、愛の度合いが違う。
そう思ったら、益々羽柴の顔が見たくなって、ショーンは毛布の中でウズウズとした。
羽柴が傍にいないとなると、ファーストクラスの素晴らしいサービスやシートも力無く霞んでしまう。
ポーンとふいに音がして、シートベルトのサインが消えた。
ショーンは弾かれるように立ち上がる。
「どこいくの?」
後ろの席のリサに声をかけられた。
ショーンは通路を後ろ向きに歩きながら、「pee pee!」と叫んで周囲の笑顔を誘いながら、通路の先に消えて行った。(pee peeは英語の幼児語で「おしっこ」の意味)
「・・・どうやら長いpeeになりそうね」
シンシアはボソリと呟いて、ルイにそれを聞き返されたのだった。
ショーンが、下のフロアに降りると、そこで鉢合わせした客とぶつかりそうになって、「Sorry」と謝った。相手は若い白人男性で、ショーンが何者か知っているらしく、口をパクパクとさせた。
ショーンはそのまま彼をやり過ごすと、ビジネスクラスのブースを通り抜け、エコノミーを目指した。
ビジネスクラスは羽柴がチケットを取れなかったのもうなずけるぐらい空き席がまったくなく、込み合っていた。
通路を素早く通り抜けるショーンに気付かない人が殆どだったが、偶に気付く人もいて、皆目を丸くして、中には指をさす人までいた。
途中、フライトアテンダント数人が屯しているキッチンやトイレブースをやり過ごし、カーテンを潜ると、目的地についた。
とはいっても、広いのでどこに羽柴がいるか分からない。
ショーンは唇を噛みしめ、エコノミー席を見回した。
こちらはビジネスクラスとは違って、空き席が結構ある。
「── お客様? 如何なされました?」
フライトアテンダントに声をかけられる。
振り返ると、ショーンを怪訝そうに見つめていた。
彼女達スタッフは、今日ショーン・クーパーがファーストクラスに搭乗していることを知っているのだろう。そのショーンが、わざわざエコノミーに姿を表すのが意外なのだ。
「ああ・・・。知り合いがエコノミーに乗ってて・・・」
ショーンはそう言ってエコノミーを見渡したが、ジャンボともなると後ろまでは見えにくい。しかも、赤毛のショーンは目立つのか、エコノミーの客が入口に立つショーンに気づき始め、ざわつき始めた。
ショーンは眉間に皺を寄せて、一旦トイレブースまで下がる。
ショーンが落胆の溜息をつくと、それを見かねたフライトアテンダントが「お知り合いのお名前は、どなたですか?」と声をかけてきた。
「え?」
「座席リストがございますので、よければお調べいたしますが」
それを聞いて、ショーンはパッと顔を明るくして、微笑みを浮かべた。
そう、あの花の香りがしそうな華やかでキュートな微笑みを。
周囲に集まって来ていたフライトアテンダント達もその笑顔に絆されたのか、同じように笑顔を浮かべる。
「コウゾウ ハシバ」
「ハシバ様ですね」
三人のアテンダントが分担してリストを調べてくれる。
「あ! ありました!!」
一番新人と思しきアテンダントが、声を上げた。
「一番後ろの窓際のお席ですね・・・。隣のお席は空席になってますから、後ろまで行かれるとすぐに見つけられると思いますよ」
「ありがとう!」
ショーンに両手を握られて感謝されたアテンダントは、その瞬間職務を忘れたような、普通の女の子の顔つきをして頬を赤らめていた。
ショーンは、再びエコノミーブースに飛び出すと、一番後ろの席まで一気に歩き切った。
ハァと大きく息を吐き、一番最後の席を見渡す。反対側の窓際。
羽柴が、小さな枕を壁際にすげて、完全に眠りこけていた。
── やっぱり、眠ってた・・・
ショーンは、素早く隣の席に滑り込む。
エコノミーからファーストクラスの座席移動は怒られるだろうが、ファーストからエコノミーならまだ大目に見てもらえるだろう。
ショーンが顔を近づけると、すーすーという規則正しい寝息が聞こえてきて、ショーンはふふふと微笑む。
今朝も思ったが羽柴の寝顔はあどけない少年のようで、ショーンのお気に入りだった。
その無防備な様子は、本当に可愛いと思う。
ふと、ショーンの目に羽柴の左手が見えた。
大きくて温かな羽柴の手。
その左手の薬指には、昨日まで二重に填められていた結婚指輪の痕が、まだ白く残ってる。
その指が、羽柴の気持ちの深さを表してくれているようで、ショーンの心の中がじんわりと温かくなった。
── まだコウからは「愛してる」と言われてないけど、でもそんなのいいんだ。
この指を見るだけで、コウの愛情は十分分かる。
彼があの指輪とペンダントを外すまでに、どれほど考え抜いて決心したか、ショーンにはすべて理解できていた。
ショーンは羽柴の左手を撫でると、心の中で「本当にありがとう」と感謝をした。
何度も何度も祈るように。
ふとショーンは顔を上げて、何かを思いついたように瞳を瞬かせる。
ショーンは席を立ち上がると、一番近くのフライトアテンダントを捕まえてお願いをした。
「すみません、輪ゴムありませんか? 二つ欲しいんですけど」
「輪ゴム・・・でございますか?」
「ええ。どんなやつでもいいんです」
フライトアテンダントの後についてキッチンブースまで行くと、フライトアテンダントは引き出しから小さなボックスを取り出した。
「これでよろしいですか?」
そこには茶色い通常の輪ゴムとカラフルな色の輪ゴムが少量ではあるがストックされていた。
ショーンはそこからブルーグリーンの輪ゴムを二つ取ると、「これ貰えますか?」と訊いた。
「ええ、もちろん。どうぞ」
「ありがとう」
ショーンはまた後ろの座席に取って返ると、まず自分の左手薬指にその輪ゴムを三重にして巻き付け、それを目の前に翳してみる。
── うん。ま、ちょっとおもちゃっぽいけど、指輪に見えるかも。
そして羽柴の左手を取ってしばらく考え、薬指ではなく中指に同じ色の輪ゴムを填めた。
何だか、薬指に填めるのは悪いような気がして。
── いつか、この指から痕がなくなった時にまた考えよう・・・。
ショーンはそう思いながら、ゴムを巻き付けられた羽柴の手をじっくりと眺めると、羽柴の手と自分の手をしっかりと絡ませ合い、その手を毛布の下に隠した。
そしてショーンが羽柴の肩に頭を寄り添わせると、さっきまで少しも訪れる気配のなかった睡魔が一気に襲ってきて、ショーンは羽柴もろとも深い睡眠の森に堕ちていった。
── 道理で。食事の時にも席に帰ってこないと思ったら。
シンシアは、エコノミー席の一番後ろで羽柴に凭れかかりながら完全に眠りこけているショーンを発見し、溜息をついた。
「まったく、ファーストクラスではコースで食事が出てくるのよ」
穏やかな寝息を立てているショーンに向かって、そんな愚痴を言っても当然起きる気配はなく。
その子どもみたいに眠っている二人の様子が微笑ましく、シンシアは首にぶら下げたカメラを二人に向けた。
ファインダー越しに見えるその姿は、今朝撮った写真に負けないほど幸せそうで。
「Cheers」
当然返事のない二人に「微笑んで」という写真を撮る時のお決まりの文句を呟きながら、シンシアはシャッターを押したのだった・・・。
追伸。
羽柴がアメリカに発ったその日。
空港で劇的な告白劇をやらかした隼人は、夕刻になってやっと自宅に帰ってきた。
本当なら、杉野と帰って来たかったのだが、彼は仕事をすっとばして空港までやってきていた手前そんなこともできず、途中の駅で別れた。
けれど仕事が終わったら必ず来るからと約束されたので、今日は祝いの晩餐となりそうだった。
当然セックスはなし。
でもキスぐらいはいっかな? なんて思う。
「 ── やっぱ俺って、こらえ性がねぇ~」
なんて言いながら上着を脱いだ隼人だったが、ふと出発前に羽柴が言っていたことを思い出した。
後ろを振り返って、電話機が乗っているチェストの上を見ると、確かに留守電マークが点滅している。
ディスプレイを見ると、一件との表示。
知り合いからは殆ど携帯に電話がかかってくるので、きっとこれは羽柴の言っていた電話に違いなかった。
隼人はおもむろにボタンを押す。
昨日の日付と伝言が吹き込まれた時刻が機械的な声で読み上げられた後、いきなり英語の伝言メッセージが飛び出してきた。
聞くところによると若い男の声で、到底日本人がしゃべっているようには聞こえない流暢過ぎる英語だ。
隼人は、伝言再生が終わった後も、しばし電話機を見つめ続けた。
── どっかで聞いたことのあるような声のようにも感じるけれど。
隼人は、眉間に皺を寄せた。
「・・・・何言ってるか、気持ちいいぐらい、わっかんねぇ~~~~~~~」
ハッハッハッと豪快に笑った後、隼人は鼻の下をポリポリと掻き、「ま、いっか。杉野マンが来たら、訳しても~らおっと」と呟いた。
── 持つべきものは、頭のいい恋人。
「なぁんてなぁ」
と余裕をぶっかましていた隼人が、数時間後に訳してもらった内容を聞いて卒倒したのは、言うまでもない。
Please Say That END.
── 『Don't Speak』の続編と言いながら、その実『Nothing to Lose』の続編でもあったという本作。いかがだったでしょうか?
『Nothing to Lose』の連載が終了してから5年という歳月の後に、本作を書き始めたという経緯があります。実際に羽柴が悩んだ5年と同じ歳月を国沢も費やした上での連載開始でありました。(ちなみに連載期間は約1年間でした)
公開当初は、羽柴の新たな恋に難色を示す方もいらっしゃいましたが、それでも最後まで読んでくださった方もいて、国沢にとっては感慨深い作品でもあります。
むろんこの後、二人は『貫通』まで至るわけですが、その続きは現在サイトで書きくさしの状態でして、小説投稿サイトに移植できる状態ではありません(汗)。
『触覚』の続きもそうなんですが、『プリセイ』の続きもなんとかせねばと思ったりしています・・・。
とにもかくにも。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!(国沢)
先に到着していたノートのスタッフが、空港警備の人達と一緒に、既に出入口の人員整理を済ませてくれていた。
今回は突発的な来日であったにもかかわらず、エニグマ・ジャパンの効果や連日に渡る力の入った広報活動のせいで、空港にはショーン目当てのファンが早くも陣取っていた。
白いTシャツの上に唯一今回日本で手に入れた・・・ノートのスタッフがプレゼントしてくれたものだ・・・伝統的な日本の染料で染められた濃紺の薄いシャツを羽織り、アンのくれたヴィンテージジーンズに身を包んだショーンが空港に現れると、途端に大きな悲鳴とカメラのシャッター音が空港エントランスに響き渡った。
まさしくスターの洗礼だ。
しっかりした警備のお陰で、ファンがロープを乗り越えてまで押し寄せることはなく、ショーンはファンに笑顔を見せながら、手を振った。
ファンの中には感極まって泣き出す女性もいて、日本でのショーン・クーパー人気はどうやら不動のものになりそうだ。
後ろでシンシアは、ファンとショーンの様子をカメラに収めている。
今回はモノクロ・カラー両方のフィルムでドキュメントタッチの写真が多く撮影されているらしい。この数日間の劇的なショーンの表情の変化を克明に記録しているはずだ。きっと様々な表情のショーンが写っているだろう。
そしてショーンは、足を進めながらキョロキョロと辺りを見回した。
羽柴の言っていたコーヒーショップを探す。
あった。
丁度吹き抜けの二階部分にあったから、気付くのが遅れた。
── あ! いるいる。アハハ、欠伸しながらコーヒー飲んでる。
離れたところでも、愛する人の姿は間違えようがなかった。
── あれ? 隣にいるの、例のハヤト君かな?
羽柴より随分若い青年が、とても驚いたような顔つきでガラスにへばりついている。
目が大きくて、キュートなルックスの青年だ。
彼は、その大きな目を更に大きく見開いて、ショーンを見つめている。
それとは対照的に、羽柴は大人の余裕をかましているのか、頬杖をついて呑気にショーンを見下ろしていた。その顔に穏やかでのんびりとした温かい笑顔が浮かぶのが見えて。
ショーンはつい嬉しくなって、手を振った。
ファンがいる訳でもない場所に向かって唐突に手を振るなんてヤバイかなと思ったが、一瞬のことだったし、誰も気付かないだろう。
あっという間に通り過ぎて、人影のない通路に入った。
「凄い騒ぎだったな」と興奮した様子のノートのスタッフとリサが話し合っている最中、隣を歩いていたシンシアが、ショーンの脇腹を突っついた。
「愛の営み、見ちゃった」
流石はシンシアだ。少しのことも彼女は見逃さないのだ。
「── 目ざといなぁ」
ショーンがそう呟くと、シンシアは楽しそうにクスクスと笑った。
「でも、ショーンの彼・・・ミスター・ハシバだっけ? とてもいい笑顔で笑うのね。ショーンが好きになった気持ちも分かる。あの笑顔に一目惚れしたんでしょ」
そうシンシアに突っ込まれ、ショーンは素直に認めることにした。
「うん、そうだよ。あの笑顔に、一目惚れしたんだ」
そう言ってる側から、まるで走馬燈のように羽柴との出会いから昨夜までの出来事がショーンの脳裡に過ぎる。
ホテル・アストライアでの偶然の出逢い、失声症、ロケットの中身を零してしまったあの夜。クリスマスのプレゼント、初めていれた腰の刺青、チャリティーコンサート。エニグマ、生まれて初めての自分のCDディスク、自分のことを支えてくれたいろんな人々。
── そして、コウ。
生まれて36年かかってコウは俺という人間に出逢って、生まれて19年かかって俺は彼に出逢うことができた。
本当に、長い長い時間。
辛いことも、くじけそうになったこともたくさんあったけど。
でも、それだけに今得られた幸せが凄く凄く大きくて。
フフフとショーンが笑顔を浮かべると、「あ、思い出し笑い。なんだかイヤラシイわよ、その顔」と言われ、ショーンは顔を赤くした。
「私も、外野の余計な視線はなくなったから、仮想彼女は終了しようっと。遠慮なく、ルイとイチャイチャさせてもらいますから」
シンシアはそう言って、随分後ろを歩くルイのところに駆けていった。
ショーンは、嬉しそうに腕を組んで歩くルイとシンシアの様子を振り返りながら思った。
── 今は分かってないだろうけど。君達も確実に苦労すると思うね。
だっていつだったか、ショーンがシンシアと付き合っているとゴシップ記事が出た時、マックスのところに電話をかけて血相を変えられたんだから。
マックスははっきりと言わなかったが、あの後の失笑を聞く限りでは、シンシアは相当の箱入り娘だ。恋愛をマックスとジムに認めてもらうには、結構苦労するかもしれない。
そうなったら今度は、俺がシンシアを慰めることになるのかな?
そう思ったらおかしくて、ショーンは更に笑顔を浮かべたのだった。
機内に、出発前のアナウンスが流れている。
ぼんやりと窓の外を眺めていたショーンは、ふいにフライトアテンダントにウェルカムドリンクを何にするか訊ねられ、パチパチと瞬きした。
通路を挟んで向こう側の座席・・・ファーストクラスは通路の幅も格段にゆったりしている・・・では、ルイとシンシアが楽しそうに話をしながら、ワインを飲んでいる。ファーストクラスはアルコール類もすべてフリーだから、お酒好きのルイなんかは嬉しいだろう。
── いいなぁ・・・。
ショーンは、アルコールを飲んではダメだし、座席はひとりで座ってる。
疲れた身体を休ませるためにひとりでゆっくり座れるように、との拝領だろうが、何だか独りぼっちな感じがして、ちょっと寂しい。しかも、自分が搭乗している下のフロアには、羽柴も乗り込んでいる筈なのに、一緒にいられないなんて。
ショーンの寂しそうな横顔を見て、フライトアテンダントも訝しげに思ったのだろうか。
「お加減は大丈夫ですか?」
そう訊ねられた。
日系の航空会社だったのでフライトアテンダントも日本人女性だったが、やはり英語は流暢だ。
「すみません」
ショーンは苦笑を浮かべると、オレンジジュースを頼んだ。
ファーストクラスともなるとシートも分厚くて座席間の幅もかなり広い。それに隣り合った座席の間すらも少しゆとりがある。座席を倒す時も、後ろの人のことを気にしなくていいから、ゆったりできる。
それ比べてエコノミーは・・・。
── コウは身体も大きいから、きっと凄く窮屈なんだろうなぁ。
ショーンはそう思う。
きちんと足の付いたグラスにカットされたオレンジが添えられたオレンジジュースをショーンが飲み終えた頃、機体が動き始める。
ショーンは深い溜息をついて、座席に付いた小型モニターのチャンネルをパチパチやったり、座席に備え付けられたスリッパを履いたり脱いだり、座席シートに差し込まれた雑誌をパラパラ捲ったりした。── ようは、まったく落ち着かないということだ。
その様子を見かねたシンシアが、通路の向こうから「あんまり寝てないんだから、眠ったら?」と言ってくれた。
それを聞いていたフライトアテンダントが、離陸直前だというのに薄手の毛布とふかふかの枕を追加で持ってきてくれて、ショーンは顔を赤くした。
なんだか、自分が酷く子どもじみていて、恥ずかしい。
ということで、頭をシートに凭れかけさせて一旦は目を閉じたショーンだったが、それでも睡魔は訪れない。
飛行機のエンジン音もしっかり聞こえてくるし、他の人の話し声もしっかり耳に入ってくる。ファーストクラスはエコノミーより格段に静かな筈だが、それでも耳には様々な音が入ってくる。
グンと身体にGがかかって、離陸したことが分かった。
ショーンは薄目を開けて、窓の外を見る。
── サヨナラ、日本。また、来るね・・・。
ここは、コウと真一さんが愛を育んだ国。
今となっては、ショーン自身にも大切な国となった。
みるみる窓の外の街が離れていき、あっという間に空しか見えなくなった。
ショーンはゴロリと頭を転がし、シートベルトマークが点灯している様子をじっと見入った。
── 早く、消えないかなぁ・・・。
何ておぼろげに思う。
今、コウは何してるんだろ。
窓の外を見てるのかな、それとも音楽でも聴いてるのかな。あ、ひょっとしたら、爆睡してるかも。空港でも、大欠伸してたし。
その時のことを思い出して、クスクスと笑う。
羽柴はしっかりと睡眠を取らないと日中が辛いタイプだから、きっと今日なんかは酷いだろう。
昨夜というか今朝は、時間ギリギリまで抱き合ってたし。
羽柴は、結局最後までショーンと身体を繋ぐことはしなかったけれど、でも、ショーンにとっては十分満足できるセックスだった。
満足どころか、本当に翻弄されてしまって。
テクニックもさることながら、羽柴の体力にも目を回してしまった。
ショーンも17歳で初体験をして、それから以後セックスする回数は割と人並み・・・いやそれ以上かもしれない・・・こなしてきたが、あんなに前後見境なくなるほど感じ入ったのは、初めてかもしれない。
最後羽柴に、「よかった?」と訊かれ、そんな質問なんかに答えられるか、とはぐらかしたショーンだったが、本音を言うと『凄くよかった』。本当に。
愛あるセックスって本当に素敵だって思った。
── そりゃ、今までも遊びのつもりのセックスなんてほとんどしてきてないけど。
今までのものとは、愛の度合いが違う。
そう思ったら、益々羽柴の顔が見たくなって、ショーンは毛布の中でウズウズとした。
羽柴が傍にいないとなると、ファーストクラスの素晴らしいサービスやシートも力無く霞んでしまう。
ポーンとふいに音がして、シートベルトのサインが消えた。
ショーンは弾かれるように立ち上がる。
「どこいくの?」
後ろの席のリサに声をかけられた。
ショーンは通路を後ろ向きに歩きながら、「pee pee!」と叫んで周囲の笑顔を誘いながら、通路の先に消えて行った。(pee peeは英語の幼児語で「おしっこ」の意味)
「・・・どうやら長いpeeになりそうね」
シンシアはボソリと呟いて、ルイにそれを聞き返されたのだった。
ショーンが、下のフロアに降りると、そこで鉢合わせした客とぶつかりそうになって、「Sorry」と謝った。相手は若い白人男性で、ショーンが何者か知っているらしく、口をパクパクとさせた。
ショーンはそのまま彼をやり過ごすと、ビジネスクラスのブースを通り抜け、エコノミーを目指した。
ビジネスクラスは羽柴がチケットを取れなかったのもうなずけるぐらい空き席がまったくなく、込み合っていた。
通路を素早く通り抜けるショーンに気付かない人が殆どだったが、偶に気付く人もいて、皆目を丸くして、中には指をさす人までいた。
途中、フライトアテンダント数人が屯しているキッチンやトイレブースをやり過ごし、カーテンを潜ると、目的地についた。
とはいっても、広いのでどこに羽柴がいるか分からない。
ショーンは唇を噛みしめ、エコノミー席を見回した。
こちらはビジネスクラスとは違って、空き席が結構ある。
「── お客様? 如何なされました?」
フライトアテンダントに声をかけられる。
振り返ると、ショーンを怪訝そうに見つめていた。
彼女達スタッフは、今日ショーン・クーパーがファーストクラスに搭乗していることを知っているのだろう。そのショーンが、わざわざエコノミーに姿を表すのが意外なのだ。
「ああ・・・。知り合いがエコノミーに乗ってて・・・」
ショーンはそう言ってエコノミーを見渡したが、ジャンボともなると後ろまでは見えにくい。しかも、赤毛のショーンは目立つのか、エコノミーの客が入口に立つショーンに気づき始め、ざわつき始めた。
ショーンは眉間に皺を寄せて、一旦トイレブースまで下がる。
ショーンが落胆の溜息をつくと、それを見かねたフライトアテンダントが「お知り合いのお名前は、どなたですか?」と声をかけてきた。
「え?」
「座席リストがございますので、よければお調べいたしますが」
それを聞いて、ショーンはパッと顔を明るくして、微笑みを浮かべた。
そう、あの花の香りがしそうな華やかでキュートな微笑みを。
周囲に集まって来ていたフライトアテンダント達もその笑顔に絆されたのか、同じように笑顔を浮かべる。
「コウゾウ ハシバ」
「ハシバ様ですね」
三人のアテンダントが分担してリストを調べてくれる。
「あ! ありました!!」
一番新人と思しきアテンダントが、声を上げた。
「一番後ろの窓際のお席ですね・・・。隣のお席は空席になってますから、後ろまで行かれるとすぐに見つけられると思いますよ」
「ありがとう!」
ショーンに両手を握られて感謝されたアテンダントは、その瞬間職務を忘れたような、普通の女の子の顔つきをして頬を赤らめていた。
ショーンは、再びエコノミーブースに飛び出すと、一番後ろの席まで一気に歩き切った。
ハァと大きく息を吐き、一番最後の席を見渡す。反対側の窓際。
羽柴が、小さな枕を壁際にすげて、完全に眠りこけていた。
── やっぱり、眠ってた・・・
ショーンは、素早く隣の席に滑り込む。
エコノミーからファーストクラスの座席移動は怒られるだろうが、ファーストからエコノミーならまだ大目に見てもらえるだろう。
ショーンが顔を近づけると、すーすーという規則正しい寝息が聞こえてきて、ショーンはふふふと微笑む。
今朝も思ったが羽柴の寝顔はあどけない少年のようで、ショーンのお気に入りだった。
その無防備な様子は、本当に可愛いと思う。
ふと、ショーンの目に羽柴の左手が見えた。
大きくて温かな羽柴の手。
その左手の薬指には、昨日まで二重に填められていた結婚指輪の痕が、まだ白く残ってる。
その指が、羽柴の気持ちの深さを表してくれているようで、ショーンの心の中がじんわりと温かくなった。
── まだコウからは「愛してる」と言われてないけど、でもそんなのいいんだ。
この指を見るだけで、コウの愛情は十分分かる。
彼があの指輪とペンダントを外すまでに、どれほど考え抜いて決心したか、ショーンにはすべて理解できていた。
ショーンは羽柴の左手を撫でると、心の中で「本当にありがとう」と感謝をした。
何度も何度も祈るように。
ふとショーンは顔を上げて、何かを思いついたように瞳を瞬かせる。
ショーンは席を立ち上がると、一番近くのフライトアテンダントを捕まえてお願いをした。
「すみません、輪ゴムありませんか? 二つ欲しいんですけど」
「輪ゴム・・・でございますか?」
「ええ。どんなやつでもいいんです」
フライトアテンダントの後についてキッチンブースまで行くと、フライトアテンダントは引き出しから小さなボックスを取り出した。
「これでよろしいですか?」
そこには茶色い通常の輪ゴムとカラフルな色の輪ゴムが少量ではあるがストックされていた。
ショーンはそこからブルーグリーンの輪ゴムを二つ取ると、「これ貰えますか?」と訊いた。
「ええ、もちろん。どうぞ」
「ありがとう」
ショーンはまた後ろの座席に取って返ると、まず自分の左手薬指にその輪ゴムを三重にして巻き付け、それを目の前に翳してみる。
── うん。ま、ちょっとおもちゃっぽいけど、指輪に見えるかも。
そして羽柴の左手を取ってしばらく考え、薬指ではなく中指に同じ色の輪ゴムを填めた。
何だか、薬指に填めるのは悪いような気がして。
── いつか、この指から痕がなくなった時にまた考えよう・・・。
ショーンはそう思いながら、ゴムを巻き付けられた羽柴の手をじっくりと眺めると、羽柴の手と自分の手をしっかりと絡ませ合い、その手を毛布の下に隠した。
そしてショーンが羽柴の肩に頭を寄り添わせると、さっきまで少しも訪れる気配のなかった睡魔が一気に襲ってきて、ショーンは羽柴もろとも深い睡眠の森に堕ちていった。
── 道理で。食事の時にも席に帰ってこないと思ったら。
シンシアは、エコノミー席の一番後ろで羽柴に凭れかかりながら完全に眠りこけているショーンを発見し、溜息をついた。
「まったく、ファーストクラスではコースで食事が出てくるのよ」
穏やかな寝息を立てているショーンに向かって、そんな愚痴を言っても当然起きる気配はなく。
その子どもみたいに眠っている二人の様子が微笑ましく、シンシアは首にぶら下げたカメラを二人に向けた。
ファインダー越しに見えるその姿は、今朝撮った写真に負けないほど幸せそうで。
「Cheers」
当然返事のない二人に「微笑んで」という写真を撮る時のお決まりの文句を呟きながら、シンシアはシャッターを押したのだった・・・。
追伸。
羽柴がアメリカに発ったその日。
空港で劇的な告白劇をやらかした隼人は、夕刻になってやっと自宅に帰ってきた。
本当なら、杉野と帰って来たかったのだが、彼は仕事をすっとばして空港までやってきていた手前そんなこともできず、途中の駅で別れた。
けれど仕事が終わったら必ず来るからと約束されたので、今日は祝いの晩餐となりそうだった。
当然セックスはなし。
でもキスぐらいはいっかな? なんて思う。
「 ── やっぱ俺って、こらえ性がねぇ~」
なんて言いながら上着を脱いだ隼人だったが、ふと出発前に羽柴が言っていたことを思い出した。
後ろを振り返って、電話機が乗っているチェストの上を見ると、確かに留守電マークが点滅している。
ディスプレイを見ると、一件との表示。
知り合いからは殆ど携帯に電話がかかってくるので、きっとこれは羽柴の言っていた電話に違いなかった。
隼人はおもむろにボタンを押す。
昨日の日付と伝言が吹き込まれた時刻が機械的な声で読み上げられた後、いきなり英語の伝言メッセージが飛び出してきた。
聞くところによると若い男の声で、到底日本人がしゃべっているようには聞こえない流暢過ぎる英語だ。
隼人は、伝言再生が終わった後も、しばし電話機を見つめ続けた。
── どっかで聞いたことのあるような声のようにも感じるけれど。
隼人は、眉間に皺を寄せた。
「・・・・何言ってるか、気持ちいいぐらい、わっかんねぇ~~~~~~~」
ハッハッハッと豪快に笑った後、隼人は鼻の下をポリポリと掻き、「ま、いっか。杉野マンが来たら、訳しても~らおっと」と呟いた。
── 持つべきものは、頭のいい恋人。
「なぁんてなぁ」
と余裕をぶっかましていた隼人が、数時間後に訳してもらった内容を聞いて卒倒したのは、言うまでもない。
Please Say That END.
── 『Don't Speak』の続編と言いながら、その実『Nothing to Lose』の続編でもあったという本作。いかがだったでしょうか?
『Nothing to Lose』の連載が終了してから5年という歳月の後に、本作を書き始めたという経緯があります。実際に羽柴が悩んだ5年と同じ歳月を国沢も費やした上での連載開始でありました。(ちなみに連載期間は約1年間でした)
公開当初は、羽柴の新たな恋に難色を示す方もいらっしゃいましたが、それでも最後まで読んでくださった方もいて、国沢にとっては感慨深い作品でもあります。
むろんこの後、二人は『貫通』まで至るわけですが、その続きは現在サイトで書きくさしの状態でして、小説投稿サイトに移植できる状態ではありません(汗)。
『触覚』の続きもそうなんですが、『プリセイ』の続きもなんとかせねばと思ったりしています・・・。
とにもかくにも。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!(国沢)
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