Please Say That

国沢柊青

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act.19

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 翌日。
 クリスマスイブの朝。
 朝食の後、羽柴が後かたづけをしていると、突然後ろからショーンが抱きついて・・・というよりは、飛びついてきた。
 首をグイグイと締め付けられて、羽柴は思わず呻き声を上げる。
「お、おい! 殺す気か?!」
 羽柴が悲鳴を上げると、ショーンはケタケタと笑った。
「ね、今日の予定は? いつ出かけるの?」
 昨日までのヤケに神妙なショーンはどこかに行ってしまったようだ。
 年相応のやんちゃで屈託のない少年のようなショーンの笑顔がそこにあった。
「パーティーは夕方からだ。それまでに差し入れのワインを買わなくちゃいけないから、昼過ぎには出かけようと思うけど」
 首の後ろにショーンをぶら下げたまま、羽柴はリビングに移動する。
 羽柴がソファーに座ろうとするところで、やっとショーンは羽柴の首を解放したが、すぐに今度は膝に頭を乗せてきた。
 新聞を読む羽柴の顔を下からジロジロ見つめてくる。
「・・・なんだい、ショーン。言いたいことがあるのか?」
「ううん、別に」
「ならそんなにじっと見つめないでくれるかな。落ち着かないよ」
「なんで?」
「なんでって言われても・・・」
 まるで俺にお熱をあげているように見えるからだよ、とはとても言えなかった。
 きっとショーンは、また気を使っているのだろう。「例えコウがゲイでも、今までの態度を急変させるつもりはないよ」と。
 ショーン・クーパーは、今時の若者にしては義理堅いところがあるようだ。
 短い時間でも、羽柴に世話になっているという思いが強いのだろう。
 ── 街の物騒なチンピラ達に性的な接触をされるのをあんなに嫌がっていたくせに、ここまで無理して付き合ってくれなくてもいいのにな・・・。
 羽柴はそう思いながらも、ショーンの気遣いを無にしたくもなかった。
 実際、先日の一件があってから変にぎくしゃくしていた空気がなくなって、ホッと胸を撫で下ろしている自分もいる。
 やはりショーンが笑顔を浮かべているのはいい。
 正直、ショーンが泣いてばかりいるのは結構堪える。
「そんな風にベタベタして、また泣きベソかくことになっても知らないからな」
 羽柴がそうやり返すと、ショーンは口を尖らせて「あんな綺麗な恋人のことをまだしっかり愛しているくせに、よくそんなこと言えるよね。襲う気もないくせに」と言った。
 確かに痛いところを突かれ、羽柴はむむむと唸り声を上げる。
 これではまるで形勢逆転だ。
 この子ってこんなにやんちゃだったか?と思わず首を傾げてしまった。
 でも本来のショーンはこういう子なのだろうと思う。
 利発で活発で、時にちょっとクセのある嫌みを言ったりして。
「小さい頃はよっぽど手に負えない子どもだったんだろうな」
 羽柴も負けじと嫌みを込めて言うと、ショーンは一瞬顔を顰めたが、すぐに笑った。
「確かにそうかもね。小さい頃はダッドによく歯向かって家出してた。場所は決まって公園のドラム缶の中で、夜になるとダッドはそこに夕食を紙袋に入れて持って来るんだ。そしたら俺はいつもダッドの首に飛びついてた。本当は好きで好きでしょうがなかったんだ。好きな相手にほど我が儘になっちゃうんだよね、俺って」
「ふ~ん。高校時代もそんなこと繰り返してたのか?」と羽柴が訊くと、ショーンは首を横に振る。
「高校になると随分おとなしくなってたよ。いろいろ悩むことも多かったし・・・。よく考えると、自分を押し殺してたのかもしれない。ギターも我慢してあんまり弾いてなかったし。人に甘えることも器用にできなかったし。でもあの頃の俺は今よりずっと強かった。きっと恐いモノ知らずだったんだよね・・・」
 ショーンはそう言いながら、落ち着きがなさそうに体勢を変える。どうやら腰が痛むらしい。
「どうした、ショーン。痛むのか?」
 新聞を置いた羽柴がそこに触れようとする手を、ショーンに掴まれた。
「この間、コウが大活躍した夜にちょっと腰を打ったみたい。でも大丈夫。シップも貼ったし、痛みはずっと和らいできてるから」
 ショーンはそう言って、羽柴の手を自分の髪に持っていく。
 起き抜けのままのグシャグシャな髪をどうにかしろ、ということらしい。
 羽柴も、要求されるまま髪の毛を撫でつけてやった。
 するとショーンは目を閉じて、随分気持ちよさそうにしている。
 どうやらショーンは、髪を撫でられるのが本当に好きなようだ。
 その内、安心仕切ったようにそのまま眠ってしまった。
 すぅすぅと心地よさそうに寝息を立てている。
 さっきの台詞から察するに、どうやら羽柴が性的な目でショーンを見ていないことを彼は理解してくれているようだ。だからこそ、ここまで安心して羽柴に身を預けているのだろう。
 羽柴は心の中の心配事がひとつ消えてホッしたが、ショーンの寝顔を見て再び顔を顰めた。
 長くて濃い睫が滑らかな頬に影を作って、随分あどけなく見える。
 その寝顔は無防備で文句なく魅力的に見えた。
 男も女もゲイもストレートもまったく区別なし惑っていまいそうな寝顔だ。
「俺相手ならいいが、業界で誰彼構わずこんな調子なら本当に襲われちまうぞ・・・」
 羽柴はガリガリと額を掻いた後、またしみじみとショーンの寝顔を見つめた。
 彼のこんな無防備な顔が見られるのもあと僅かなんだなぁ・・・なんて妙に感傷的な思いが過ぎる。
 もうすぐで、『夢のような話』が、本当に『ただの夢だった』となるのだ。
 羽柴はそんなことを考えて、自嘲気味に苦笑いした。
 ── 俺の方がこんなに未練がましいなんて、どうかしてる。
 羽柴は溜息をつくと再び新聞を手にとって、ショーンの顔に掛からないようにしながら、慎重に新聞のページを捲った。


 ・・・おい・・・ショーン・・・
 遠くで声がする。
 とても温かくて、聞き心地のいい声。
 身体に直接振動となって響いてきて・・・
 グルグルグル。
 ショーンは、パチッと目を覚ました。
 ガバリと身体を起こした途端にズキリと腰が痛み、顔を顰めた。
 羽柴は、突然身体を起こしたショーンに少し驚いたようだ。きょとんとした顔でショーンを見つめている。そんな顔を見て、ショーンも驚いた。
「ひょ、ひょっとして俺、寝ちゃってた?」
 羽柴が頷く。
「え?! 本当? い、今何時?」
「一時だよ」
「えぇ! じゃ、コウ、そのままの体勢で三時間もこうしていたの?」
「お陰で脚が痺れてるよ、今」
 やっといつもの調子を羽柴は取り戻したらしい。本当に痺れているのか、太股をさすっている。
「ご、ごめん・・・」
 ショーンは冷や汗を掻いた。
 あの出来事以来、夜何となく寝付けないでいたために、少し寝不足だったのだ。
 羽柴に髪を撫でられているところまでは覚えているが、そこから先の記憶がない。
 つくづく自分は、羽柴の身体に触れている時の方がリラックスできるんだと痛感してしまった。本当に、いろんな意味で『痛く』感じる。
「途中で起こしてくれてよかったのに・・・」
 ショーンが頭をガリガリ掻きながら言うと、「あんなに気持ちよさそうな寝顔を見せられたら、起こせないよ」と羽柴は肩を竦めた。
「え? でもさっきコウ、起こしてくれたんだよね」
 確かに夢心地に聞いたのは、羽柴の声だった。
 それを聞いて、羽柴が呆れたように笑う。
「だって、君があんまり盛大な音をさせるから・・・」
「音?」
 グルグルルルル。
 ショーンはビクリと身体を飛び上がらせて自分の腹を押さえた。羽柴がそれを見て更に笑う。
 ショーンは耳まで真っ赤になった。
 ── さっき夢心地で聞いていた音って、俺の腹の虫の悲鳴だったってこと?!
 これじゃ、いつか羽柴に「いつも飢えてる訳じゃない」って言ったことが恥ずかしく思えてくる。
 顔を真っ赤にしたまま俯いたショーンの頭を、羽柴がポンポンと軽く叩く。
「昼飯は外で食べようと思ったけど。そんなにお腹空かせたんなら、簡単なパスタ作って食おうか」
 なおも口を尖らせているショーンを見て、羽柴が訊く。
「やっぱ外の方がいい?」
「・・・・コウの方のがいい」
 ショーンは蚊の鳴くような声でそう言った。

 
 結局、ペンネアラビアータを二人で作って食べ、それからワインを仕入れに出かけることになったが、ショーンは先程の気恥ずかしさがまだ残っているせいなのかどうかのか、家に残ってしたいことがあると言ったので、留守番することになった。
 パーティーは夕方からなので、買い物を済ませて一旦家に寄り、ショーンを拾って行ったら丁度の時間になるだろう。
 羽柴がひいきにしている酒屋は、オフィス街の真っ直中にあった。
 世界に名を轟かせているスポーツメーカー・ミラーズ社の本社ビルの近くにある。
 羽柴は、店先に車を止めて酒屋でフルボディーの赤ワインを一本とクリスマス用に梱包されたシャンパンを買った。ついでにツマミになりそうな枝つき干しブドウと干しいちじく、そしてウォッシュチーズも数種類買う。
 その後、ショッピング街に出向き、大人達へのプレゼントを物色した。デリに併設された輸入食品のショップでクリスマスプレゼント用パッケージのスイスの高級チョコレートが売り出されていたので、大人達へのプレゼントとした。
 ロジャーには、大人の分もプレゼントまで買っていると大変なことになるから、と大人へのプレゼントは買ってくるなと毎年言われているが、気を使わない程度の値段のお菓子を買っていくようにしている。それなら、気兼ねなく受け取ってもらえるからだ。もちろん羽柴もプレゼントを毎年もらっているので、これぐらいはしてもいい。
 そうこうしているうちに、良い時間になってきた。
 家に帰るとショーンの出かける準備もできていて、驚くことにショーンはギターを背中に背負った格好で家から出てきた。
「ギターも一緒に行くのかい?」
 羽柴が面食らってそう訊くと、「こいつは俺と一心同体だから」と至極当然といった具合に切り返してきた。
 
 
 新興住宅地では、どの家も華やかなクリスマスの飾り付けを熱心に行っていた。
 ショーンは、「うわ~」と声を上げながら、タクシーの車窓から外を熱心に眺める。
 どの家も本当に幸せそうに見えた。
 もちろん、ロジャー家も華やかなイルミネーションの飾りに彩られている。
 ロジャーの家は、誰もが思い描く理想のアメリカンファミリーで、二階建てのマイホームを構えている。玄関まで続く庭は青々とした芝生で、広い裏庭にはロジャーが5歳になる息子ジミーのために取り付けたバスケットリングとバーベキューグリルが置いてある。飼い犬は牝のゴールデンレトリバーで、名はホーリーと言った。
 ロジャーの妻のジーナは専業主婦で、7歳の娘パティの通う小学校のPTA会の会長をしているしっかり者だ。前はレストランのキッチンで働いていただけあって、料理の腕はプロである。
 クリスマスの日には、毎年ロジャーの両親とロジャーの妹マーサが集まりホームパーティーをするのが恒例で、羽柴も参加し始めて3年になる。文字通り家族同然の付き合いだ。
「さぁ、着いたよ」
 羽柴がタクシーの運転手に声をかけた後、ショーンにそう言うと、ショーンの表情が一瞬緊張で強ばった。「大丈夫だよ」と羽柴が声を掛けると、控えめな笑顔を浮かべた。
 家族へのプレゼントを分け合って持って、ドアベルを鳴らす。
 中から、「コウゾウが来たわ! マーサ、出てくれる?!」というジーナの声が聞こえてきた。すぐにコツコツという足音が聞こえてきて、ドアが開いた。
「メリークリスマ・・・・・」
 笑顔のマーサが、そのままの顔つきで硬直する。
 次の瞬間には、怪訝そうに眉が歪められた。
 その目線の先には、明らかにショーンがいる。
 もちろん、今日のショーンは付け髭もしてないし、髪の毛も隠していない。
「ハイ、マーサ。こちら、友人のショーン」
「初めまして。ショーン・クーパーです」
 ショーンがマーサに向かって手を差し出すと、マーサはその手とショーンの顔を再度見比べて、瞬きを繰り返した。
 次の瞬間。
「キャ ─────────!!」
 マーサは悲鳴を上げて、その場に昏倒してしまったのだった。


 「どうなってるんだよ、おい!」
 着いたなり、ロジャーに腕を取られキッチンに連れて行かれた羽柴は、ロジャーとジーナから早速取り調べを受けることになってしまった。
「あれ、本物?」
 ジーナがキッチンの壁から、リビングをコソコソと覗き込んでいる。
 リビングには、屈託のない幼い子ども達とじゃれるショーンと、顔を真っ赤にしたまま俯いているマーサ・・・彼女の後頭部にはアイスパックが当てられている・・・、今ひとつマーサが倒れた意味が分かっていないロジャーの両親がソファーに座っている。
「正真正銘、ショーン・クーパーだよ」
 羽柴が呆れた声でそう言い、キッチンを去ろうとすると、その腕を二人に掴まれた。
「何だよ!」
「ややや、だから。何でここにショーン・クーパーがいるんだ?」
「俺の友達だから」
「友達って・・・。普通、あんなビッグスターとはそうそうお友達になんかなれないんだぞ?」
「ねぇ、私の格好、おかしくなぁい?」
 ジーナが髪型を直しながらそう呟く。
 ロジャーと羽柴が同時にジーナを見て、羽柴は「おかしくない」と答え、ロジャーは「何を期待してるんだ、オマエ?」と訊き返した。
「とにかく、そんなに浮き足立つことないって。彼は本当に普通の青年なんだ。ただちょっとギターがうまいだけだよ」
「ただ、ちょっとだって?!」
 ロジャーが目を白黒する。
「いいか? この俺だって、バルーンのアルバム全部持ってるんだぞ! バカにするな!」
 どうやらジーナ以上にロジャーの方が完全に舞い上がっているらしい。
 羽柴は苦笑いして、溜息をついた。
「いいから落ち着けよ。彼はスターだけど、凄く気さくなんだ。君達が畏まる必要はまったくない。彼は普段通りの休日を楽しんでいる。だから君たちも普段通りでいいんだ。頼むよ」
 ジーナが「分かったわ」と頷いて、キッチンを出て行く。
 羽柴もその後を追おうとしたが、ロジャーにまた腕を掴まれてしまった。
「なにぃ~?」
 羽柴が振り返ると、ロジャーはポツリと言った。
「普通にするよう努めるけど・・・。サインねだるのだけはオーケーだよな?」
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