Please Say That

国沢柊青

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act.13

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 結局、羽柴とショーンは、デパートでプレゼントを選ぶことにした。
 羽柴の同僚の子へのプレゼントは、ショーンのアドバイスをもらって、今年五歳になる男の子には玩具のブロック・・・組み立てて色んな形ができるカラフルなもの、九歳の女の子にはディズニー映画に出てくる歴代のお姫様がチャーミングに印刷されたダイアリーを購入した。
 一方、ショーンの父親に対するプレゼントは、あれこれ迷ったあげく、腕時計にすることにした。
 店先で長いこと筆談するわけにもいかず、あまり詳細は訊けなかったが、どうやら腕時計にはショーンなりの思い入れがあるらしい。
 自動車修理工だというので、丈夫で耐水性の高い製品にしたらと羽柴がアドバイスして、黒の大振りなデジタル式の腕時計を購入した。登山家が使用するような品物だ。
 クリスマス用のラッピングをしてもらって、ほくほく顔でデパートを出る。
 既に日は暮れかけていて、空は暗い紫色に変化していた。
『俺、こうしてクリスマスプレゼントを実際に自分で買いに行くのって、二年ぶりかも』
 ショーンは忙しなくメモ帳に書き付ける。
「今日は楽しかった?」
 羽柴が訊くと、ショーンは零れんばかりの笑みを浮かべ、大きく頷く。
 ── ああ、髭が邪魔だなぁ。
 なんて口にしたらショーンにどやされそうだと思いつつ、地下鉄の駅まで歩く。
 ふと通りの向こうで楽器屋を目にして、羽柴は足を止めた。
 二、三歩先に進んだショーンが、訝しげに振り返る。
 羽柴は、ショーンを見て言った。
「少し早いが、君にもクリスマスプレゼントを贈りたいな」
 ショーンが眉間に皺を寄せる。
 羽柴は、楽器屋を指さした。
「ギター。買おう」
 途端にショーンが、手と頭を同時に横へ振る。
「何で? プレゼント、欲しくない?」
 ショーンは、口を尖らせ肩を竦める。『そりゃ、欲しいけど・・・』といったような表情だ。
 ショーンは羽柴のところまで戻ってくると、メモ帳を取り出して書き始めた。
『ギターは高価だし、気が引けるよ』
「大丈夫だよ。カードも持ってきてるし、俺、こう見えて稼ぎはあるんだぞ」
『コウが稼ぎあることは、あの部屋を見たら分かるよ。でも・・・』
「でも何?」
『ギターはいっぱい持ってるし、それに俺』
 そこでショーンは一瞬書き淀む。彼は大きく溜息をつくと、『ギターに嫌われちゃってるんだ』と書いた。そうして、悲しげな表情を浮かべ、俯く。
 羽柴はそんな彼の顎を指で捉え、引き上げる。そうして真っ直ぐショーンの瞳を見て言った。
「そんなの、仲直りすればいいじゃないか」
 ショーンが、目を見開く。
「一からやり直せばいい。ショーンがまだギターのこと好きなら」
 ショーンは、激しく瞬きを繰り返した。
 ショーンの気持ちが揺れ動いているのが分かる。
 羽柴はだめ押しをするために、こう切り出した。
「俺がまだ日本にいた頃に付き合ってた恋人に、パソコンをプレゼントを贈ろうとしたら、相手も今のショーンみたいに遠慮してね。そりゃ、口説き落とすのは大変だった」
 落ち着きのなかったショーンの瞳に、しっかりとした光が戻ってくる。
 ショーンは慌てた様子でペンを走らせた。
『あの女の人が言ってた、忘れられない恋人のこと?』
「ああ、そうだ。俺は海外赴任が近づいていたから、遠距離恋愛になって。パソコンでメールをやり合えるようにしたかったんだ。少しでも距離を近づけるために。結果的に、凄く役立ったよ。結構な額の出費だったが、それを越えて余りあるぐらいの幸せをもたらしてくれた。あのプレゼントは恋人への贈り物であると同時に、俺のための贈り物でもあったのさ。俺と、その人とを結ぶ大切な線だった。だから君にも、そんなプレゼントを贈りたいと思うのは、いけないことかな?」
 ショーンが、緩く首を横に振る。
「だから金額なんて、関係ないよね。高くったって、安くったって」
 ショーンが頷く。
「こう言っては君は気分を悪くするかも知れないけれど、やはり君は俺と全く違う世界で最も輝いているスターだ。今はこんなに近くにいるけど、いつかは遠く離れていく。それは俺にだって寂しいことなんだよ」
 ショーンの瞳が瞬いた。
『本当に? 寂しいと思ってくれるの?』
「もちろんだよ。きっと君と過ごした楽しい時間が、夢のように思える時がくるだろう。だから、それは夢じゃなかったって証拠を残しておきたいんだ。君の手元に、俺からプレゼントしたギターがある。そう思うと、少し気分が晴れやかになるんだよ」
 ショーンが唇を噛みしめ、羽柴に抱きついてきた。羽柴は、ショーンの背中をポンポンと叩いてやる。
 ショーンはグスと鼻を鳴らすと、羽柴から離れ、書き付けた。
『絶対大事にするね』
「ああ。そうしてくれると嬉しいな。それより、急ごう。店が閉まっちまう」
 二人して道路を走り渡って、店に飛び込んだ。
 閉店直前の小さな楽器店は客が一人もおらず、若い店員が後かたづけをしている最中だった。
「ギター、見せてもらっていいかな」
 羽柴が声を掛けると、そばかすだらけの店員は、「どうぞ」と気のない返事をしてきた。
 店の右側の壁一面にあるギターコーナーに向かう。
「正直、俺はギターについて何も知らないからなぁ。ショーン、好きなの選んでいいよ」
 ショーンは、キョロキョロとギターを見回し、アコースティックギターのコーナーに足を進める。
 羽柴がショーンの後をついていくと、ショーンはメモ帳を羽柴に見せた。
『そこから、ここの間にあるギターで、コウが好きなの選んで』
 羽柴にメモ帳を持たせ、アコースティックギターが並ぶコーナーの端から端までショーンが走る。
「えぇ? 俺が?」
 むむむと羽柴が唸り声を上げる。
「俺には、どれがいいギターかなんて分からないよ」
 ショーンは笑顔を浮かべて首を横に振る。
『いいギターとかどうとか関係ない。コウが選んでくれたことに意味がある』
「じゃ、見た目で選ぶよ」
 ショーンは頷く。
 羽柴は、一歩下がってギターを眺めた。
 顎に手をやって気難しげにギターを眺めていたが、意外にあっさりと一本のギターに目が止まった。
 そのギターは、羽柴でもよく知っているアコースティックギターの形とは全く違っていて、ボディの上部に葉の模様が施された美しいデザインの代物だった。その模様にあわせて音の出る穴が大小いくつも開いている。まるで工芸品のようなギターだが、触ると木とは違った肌触りを感じた。
 またギターの色が絶妙で、羽柴が一番気に入った点はその色にある。
 ギターのボディはショーンの髪と瞳の色を彷彿とさせる濡れたように光る緋色で、ボディの中心に向かって淡くグラデーションしている。本当に深みのある色だ。まさに『ショーンの色』だと思った。
「これは、どうだい?」
 羽柴がショーンを振り返る。
 ショーンが満面の笑みを浮かべて頷いた。
 ショーンが何やら熱心に書いている。
『オベーションのコレクターズ・シリーズ。毎年限定発売されてるヤツ。アンプに繋げることのできるアコギ。合成樹脂でできてる。凄く繊細で響きのいい音がするよ』
 どうやら、ショーンのお眼鏡にも適うギターを選び出せたらしい。
「すみません」
 羽柴が店員を呼ぶ。
「はい」
 店員がのそのそとやってきた。
「これを購入したいんだが」
 店員は、「ありがとうございます」と言いながら、壁からオベーションを下ろした。
「試しに弾いてみなくていいですか?」
 レジまで辿り着いたところで、そう言われる。
 羽柴は、ショーンと顔を見合わせた。
 ショーンが一瞬不安そうな顔をしてみせる。
 羽柴は、ギターを丁寧に持ってショーンに手渡すと、「弾いてみたら?」と言った。
 その羽柴の優しげな声のトーンに、ショーンの顔から不安がなくなる。
 ショーンがギターを手にとって、レジの横に置いてあるパイプ椅子に目をやると、店員は、「いいですよ、使って下さい」と言った。
 ショーンは椅子に腰掛け、おもむろにギターを抱えると、スッとギターの弦を撫でた。
 最初の挨拶とばかりに、キュッキュッと弦が鳴る。
 ショーンはフッと短く息を吐き出すと、弦を弾いた。
 突然店内に、華やかなギターの音色が響き渡った。
 信じられないような指の動きで、厚みのある音が溢れ出してくる。
 ショーンは即興で弾いているようで、時に激しく時に穏やかにギターを掻き鳴らした。
 興がのってきたのか、時折足を踏みならしたり、ギターのボディを叩いたりしながら、リズムを取る。
 ── まるで、ギターが歌っているみたいだ。しかも、こんなに伸び伸びと、自らを弾ませるように。
 羽柴は思わず息を飲む。
 もちろんアンプを通していない音だったので、それなりの響きしかなかったが、それでも音の洪水に飲み込まれるような迫力がある。
 素人の羽柴でさえ、ショーンのギター捌きがただ事ではないことは、一目瞭然だった。
 羽柴の隣に立っていた店員も、口をあんぐりと開けて、ただただ呆然とショーンの演奏に聴き入っている。
 ── ああ、なんてこった。こんなに凄いだなんて。
 DVDやCDでショーンのギター音の衝撃に十分慣れてきたつもりなのに、ただの試し弾きでこんなにも心を揺り動かされるだなんて。
 ── こんなの、尋常じゃない。
 ゴクリと羽柴は唾を飲み込んだ。
 改めてショーンの桁外れな才能を目の当たりにした。本当に彼が遠い世界のビッグスターなんだということを思い知らされた。
 最後は一際激しく弦を弾き、ふいにショーンが弦をピタリと止めた。
 突然放り出されたような静寂は、即興演奏の艶やかな興奮をまだはらんでいるようで。
 軽く息を吐き、ショーンが顔を上げる。
 それと同時に、羽柴も店員も大きく息を吐き出した。
 羽柴を見るショーンの顔は晴れ晴れとしていて、彼は愛おしそうにギターを撫でた。まるで、波長のあった馬に乗った後、『いい子だ』と語りかけるように。
「あ、ああああ、あの・・・ひょっとして・・・間違えてたら、ごめんなさい・・・」
 さっきまでのほほんとしていた店員が、震える声でショーンを指さす。
「まさか・・・あの、まさか・・・ショーン・クーパーさんじゃないですよね?」
 流石楽器屋の店員をしているだけある。音を聴いただけで彼は、ショーン・クーパーであると答えを弾き出したらしい。
 羽柴はショーンと顔を見合わせた。
 羽柴は、「どうする?」という心配げな視線を送ったが、晴れやかな顔つきをしたショーンは「大丈夫」といった具合に頷いた。
 ショーンは立ち上がってギターをレジカウンターに置くと、付け髭と帽子を取った。
 ヒッと店員が身体を硬直させる。
「や、や、や、やっぱり・・・やっぱり・・・・!!!」
 店員は目を白黒させて呟く。身体は直立不動だ。
「あ、あの! 俺、俺もバンド組んでるんです!! バルーンのカバーもやってます! 俺、ギターなんです!!」
 店員がしどろもどろになって、言う。文法も何もかもぶっ飛んで、変な英語をしゃべっている。
「もしよければ、俺のギターにサ、サインなんかしてもらえませんか?!」
 まるで出来損ないのロボットようなギクシャクした動きで、レジカウンターの奥から、傷だらけのエレキギターを取り出す。
 ショーンは微笑むと、油性のペンがあるかとジェスチャーで示した。
「はい! はい!!」
 店員が即座にペンを取り出す。
 ショーンは、ボディの片隅に今日の日付と『ショーン・クーパー』というサインをした。
「あの、厚かましいんですけど、証拠の写真取っていいですか? 仲間はきっと誰も信じないと思うから・・・」
 店員が申し訳なさそうに言う。
 確かに、ショーンは今まであまりサインをしてきたことがないから、彼のサインを見て信用する一般人は少ないだろう。
 ショーンが頷いてやると、店員は「ちょっ、ちょっと待っててください!」と店を飛び出して行く。
「おいおい。まだギターの支払い済んでないのに、大丈夫なのか?」
 羽柴が半ば呆れて言う。空気が動くのを感じて羽柴が振り返ると、ショーンがフフフと笑っていた。
 思わず羽柴も顔が綻ぶ。
「やっぱり君は凄いスターなんだなぁ。それを知らずに、俺は随分君に失礼なことをしてきちゃったな」
 羽柴が頭を掻くと、ショーンがひじ鉄をしてくる。『何言ってんの』といった具合だ。
「でも大丈夫なのか? 正体バラしちゃって」
 羽柴が心配して訊くと、ショーンは「ん」と頷いた。
『なんか、ここで正体隠すの、フェアじゃないと思って。不必要な嘘をつくのはもう嫌だ』
「・・・そっか・・・。そうだよな」
 羽柴は、微笑んでショーンのぺったりとなってしまっている髪をクシャクシャと掻き乱し、そのあと手櫛で髪を整えた。
 ショーンが気持ちよさそうに目を閉じる。
 その直後、店員が帰ってきた。
 その手には、どこかで仕入れてきたインスタントカメラが握られている。
「あ、あの撮ってもらっていいですか?!」
 カメラをグイッと押しつけられる格好になった羽柴は、少々渋い顔をしながらカメラを構える。
 店員はショーンと並び、ギターを前に掲げてファインダーに収まった。
 レンズ越しのショーンの微笑みは、お世辞抜きでキュートだった。
 ── こりゃ、この店員の子の周りは、大騒ぎになるな。
 そう思いながらも、羽柴はシャッターを切った。
 感激で涙ぐむ店員相手に支払いを済ませ、おまけにメーカーがプレミアで作っているTシャツまで押しつけられ、大泣きする店員に店の外まで見送られた。
 ── もうあの店行くのよそう。
 羽柴は何となくそう思いながら、傍らでギターケースを抱えるショーンを見た。
 ショーンは、嬉しくて仕方がないのか、ニヤニヤした顔を時折飲み込みながらも、またすぐにニヤけて、ギターケースを身体の前に抱え、しきりに撫でまくっている。
「どうやら、ギターと仲直りはできたらしいな」
 羽柴がそう言うと、ショーンは照れくさそうに微笑んだのだった。


 それから以後、羽柴の部屋でショーンはギターを常に抱えて過ごした。
 まるで恋人をギターに奪われた気分になった羽柴だが、以前にも増して屈託のない表情を浮かべるショーンに、微笑まざるを得なかった。
 時にショーンは、しゃべれない声の変わりに、ギターの音を使って返事をしてくるようになった。それが的確にショーンの気持ちを伝えてくるのだから、全く脱帽してしまう。
 休み明け、会社に通い始めた羽柴だが、家に帰るとショーンが出迎えてくれるようになった。
 時には、簡単な料理を準備してくれている時もあり、益々不思議な感じがする。
 小さい頃から育ての父親を助けて自炊をしていたこともあるそうで、羽柴ほどではないが、普通に食べられる程度の家庭料理は作れるようだった。
 巷のCDショップでバルーンのDVDがモニターに映っていたり、職場のカフェテリアで流れているラジオ番組でバルーンの曲が取り上げられているのを聴いたりすると、多方面から絶賛されているバルーンのギタリストが、今羽柴の自宅にいて、ギターを背負ってマッシュポテトを作っているだなんて、誰が想像するだろう。
 ── 俺だってまだ信じられないぐらいだ。
 羽柴は内心苦笑いしながら、今夜はどうやってショーンをからかってやろうか、と思いを巡らせるのだった。まるで少年が、好きな女の子をどうやって苛めて気を惹こうかと企んでいるみたいに。
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