魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ

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第4章 魔女の館と想いの錯綜

2話(7)

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俺はあまりの衝撃に、ギルバートを支えていた右手の力が抜けてしまった。
今しがた聞こえてきたそのセリフが、信じられなかった。

ギルバートは突然浮いた背中に驚き、頭を打つ前に思わず————といったように、俺の腰に両手を回した。
抱き着かれたその身体に、ギルバートの温かな温度を感じていた。

「……何か不満か」

ギルバートは俺に抱き着いたまま、視線を上げて俺の顔を見た。


理解が追い付いたと同時に————突然、零れる笑みを抑えきれず、上を向いた。




「わかった、よ。…………ギル」






俺は恥ずかしくなりそうな心を必死に抑えて、そう呟く。




————しかし、その声に応答はない。



「……ギル?」



再びそう呼びかけるが、やはり応答はない。

俺は視線をギルバートに戻す。

ギルバートは腰に抱き着き、俺の身体に顔を埋めていた。
腰に回された手には相変わらず力が籠っていて、離れようとしなかった。

ギルバートの耳が、ほんのりと赤く染まっているように見えた。


「……ちょっと、赤くなってないか?」
「!」


俺の腰に当てられた手の力が、ぎゅっと込められたのがわかる。


「何を言うんだ、お前は……」

「ギル」

「……」




「……なんで今、ギルって呼ぶの許してくれたんだ?」

すると、ギルバートはゆっくりと俺の腰から離れた。
それから————あろうことか、真っすぐにピンと伸びた姿勢で立ち上がったのだ。

脳への理解が追い付かない。

————どういうことだ? 

さっき、あんなに右足から血が出ていたというのに。

俺はギルバートの右足に目を向けると、もうその血は収まっているようだった。



「……お前と話す無駄な時間が、少しでも短くなるだろ」

「え? ギル……足は」

「お前の魔力をたった今大量に奪った。この程度の足の傷、魔力があれば直ぐに治せる」

ぽかんとする俺を見下ろす、そのギルバートの視線は挑発的なものだった。
もうその表情は————いつもと変わらない冷静なギルバートそのものだった。

「……やっぱり、全くかわいくないね。ギル」

「お前に言われたくは、ないな」






「どうして、俺の石を奪ったんだ?」

俺はギルバートの余裕な表情を崩したくて、そう尋ねた。
実際、その理由の核心はわからずじまいだったのだ。



「……」



ギルバートは予想通り、先ほどの表情を崩した。
ギルバートは何か考え込むように視線を上に向けた。


「……なんで、だろうな」

「……はぁ?」

そう呟くギルバートは嘘を言っているという風でもなく、本当に理解していないといったような顔であった。

「強いて言うならば……お前に意地悪をしたかったんだろう」

「……意地悪?」

「……ああ。余りにお前の行動が身勝手だからだ。……でも、もういい」



「……え?」





「……ふふ」




それから、ギルバートは声を漏らして————笑った。


「……馬鹿みたいだ……はははっ」


今までに聞いたことのないギルバートの————笑い声だった。
何かが吹っ切れたような————その晴れやかな表情は過去の鏡の世界で見るギルバートの顔とも違うものだった。

————先ほどから、驚かされることばかりだ。

「そんな笑った顔、初めて見たよ」






「……やっぱり、お前のことが、大嫌いだ…………はは、」





そう言ってギルバートはまた笑う。

ひとしきり笑ったギルバートは「……ふぅ」とため息を吐くと、突然鋭い視線をキリッと俺に向けた。
それから一度、部屋の奥に視線を向けると、壁の穴の向こうの暗闇を指差した。


「……早く行けよ。あいつは、あの奥だ。……お前1人で行くべきだろう」

「……ああ。うん」




あの先に————サムがいる。

その顔が頭に浮かぶ。

急に心臓がドキ、ドキ、と脈打つのを感じていた。


俺は————サムに会って、なんて声をかけたらいいのか。


残すは————サムだけ、なのだ。







「……ありがとう。行ってくるよ。早くこの城を出よう」


俺は壁の奥へと足を進める。

先ほどまでの明るい部屋から一歩壁の穴に入ると、一気に視界が暗くなった。



ガタリ、と瓦礫を踏む自身の足音だけが聞こえる。







「……なぁ!」





その時、後ろからギルバートの大きな声が聞こえた。
俺はその声に後ろを振り返る。



暗闇の向こうの————光の中に、ギルバートの姿がある。



「お前が作ってくれる料理……好きだった。……久々に何かを食べて美味いとそう思った。……誰かと食べるのも、悪くないもんだな」



「……ギル? 何の話を」



「また俺のために……作ってくれるか?」




料理————?

確かに、ギルバートの家で俺は料理を作っていた。
俺が作ったようなものを、ギルバートが口にしている。
てっきり拒否されると思っていた当時は、確かに驚いたものだが。

まさか————気に入られていたとは。



ただ、今それをギルバートが口にしたこと。
そして————先ほどの、あの笑顔。

俺にはわからなかったが、きっとそれは何かギルバートにとって————大きな意味があるのだろうと思った。




「……お安い御用だよ! ……また食べような、ギル!」













「……待っているからな。……頑張れよ」





そう声が聞こえた時、もう視線の向こうにギルバートの姿はなくなっていた。




————“頑張れよ”



その声が暗闇の中で、耳にこびりついていた。




俺は振り向くのを止めて、前を向いた。



目の前の視界は真っ暗闇だった。

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