魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ

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第3章 闘技場とハーレム

番外編2:サムの幼い記憶

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サムという少年は、日々の生活に満足していた。

学校の授業の成績は、クラスの中で一番。
授業の合間の休み時間、帰り道。
周りにはいつも友達がたくさんいた。

家に帰れば温かいご飯が待っているし、温かいベッドでゆっくり熟睡できる。



―――だから、日常に何の不満もなかった。



今日もまた、そんなありふれた一日を終えるために帰路に着いていた。

「剣術の授業、サムがやっぱ一番凄かったな! 俺もあんな風になりてぇ~」
「いや、そんなことないよ」

そしていつものようにサムは、クラスの友達と並んで歩く。
背負ったカバンはサムのものだけ、ずっしりとその重量が感じられて、肩が凝りそうだ。

律儀に全てを持って帰る必要なんてないんだけどな、とサムは苦笑する。
公園の横を通ろうとしたその時、少年たちの無邪気な声が聞こえてきた。

「やーい、オトコオンナ」
「キモいんだよ、もやし」

―――誰かを責めている。
そんな空気を敏感に察知する。

「ごめんな、ちょっと」

サムは友達にそう声をかけると、公園の入り口までそろそろと歩く。
そして入口から、身を乗り出して中をそっと覗き込む。

―――少年が3人。

自分と同い年くらいだろうか。

1人は砂場に手をついて、倒れている。
それを2人が上から見下ろしている。

状況から察するに、公園の砂場に1人が突き飛ばされているようだった。

―――弱い者いじめ、か。

その瞬間、サムは自分の中の正義感が燃えていくのを感じていた。
少年はこちらに背を向けていて顔は見えない。
しかし突き飛ばした相手から視線を背けようとしない強い姿勢が、こちらからでもわかる。

「ふっざけんなよ……!」

その時、突き飛ばされた少年が突然勢いよく立ち上がると、目の前の二人に体当たりをした。
しかし少年たちはぐっと力を込めて、それを受け止めると、2人がかりで羽交い絞めにする。
その顔に意地の悪い笑みが浮かぶ。

―――その顔に見覚えがあることを思い出した。

(あいつらは、隣のクラスの奴らか。とすれば倒れているのは?)

「……こいつバッカだな、ウゼェんだよ」

ドンッとまた少年が押されて、砂場に尻もちをついた。
その瞬間、突き飛ばされた少年の顔が見えた。

(あれは……同じクラスの、エル!?)

サムはその衝撃で、身体がビクッと反応するのを感じていた。
それから公園の中に入ると、葉を踏まないように、土の上だけをつま先でそろそろと歩いていく。

(大丈夫、気づかれてない)

そのままゆっくりと歩いて、2人の後ろまで来た。
背中が視界に入る。
また一歩、一歩と、近づいていく。

それから、右手と左手を伸ばして、思いっきり―――ドン、と押した。
両の手の平に確かな感触があった。
目の前にいた二人は「ウワッ」と声を上げ、膝をついてその場に倒れた。

「イッテェ……!」
「誰だよ、おい!」

押された2人が後ろを振り向いてサムの顔を見る。
その顔を見た瞬間―――2人は先ほどの剣幕を失い、バツの悪そうな顔をした。

「エルをバカにしてんじゃねぇよ! お前らのほうが、よっぽどバカだからな!」

2人はエルの方を一度だけ睨む。
それから口々にぶつぶつ言いながらも、走り去っていった。
エルはサムが現れたのが意外だったのか、しばらく呆けていた。

サムはエルを助け起こそうと手を伸ばした。

「おーい! 何してんだよ、サム行こうぜ!」

公園の外から、先ほど一緒に帰っていた友達が呼びかける。
サムは目の前にいるエルを見つめた。
右の肘が赤く擦りむけて、うっすらと血が滲んでいる。

「先帰っててくれー!」

サムは公園の外の方に向けて大声で呼びかけた。
それから呆けているエルの手を掴むと、起き上がらせる。
握った手の平からパラパラと食い込んだ砂粒が地面に落ちていく。

「……大丈夫か?」

サムは笑顔を浮かべるが、エルはぎこちない顔を浮かべるだけだった。
エルはクラスの中でもほとんど話したことのないやつだった。
いや、そもそも誰かと話している所をほとんど見たことがない。

「……うん」

そう小さく聞こえた声に安堵して、サムはすぐそばにあった水道を指差した。

サムが蛇口をひねると、水が流れ出して、地面の排水溝から水が勢いよく跳ねる。
少し水を弱めてから、サムはエルの肘を優しく持ち、砂と血を洗い流していく。
その腕は今にも折れてしまいそうな程、か細い。

エルは初めに一度、痛そうな顔をしたが、それからは黙ってサムに従っていた。

それから二人は横にあったブランコに腰掛けた。
公園に立つ大きな時計はもう夕方を示していて、空は少しずつオレンジ色に染まっている。

「こうやってエルと話すことは初めてかもしれないね」
「……名前、知ってるんだ」
「え、エルの名前てこと?」

思わずサムは声を出して笑ってしまう。

「そりゃ、知ってるよ、クラスメイトだからね」
「……ふうん」

エルが口を尖らせて、少しだけブランコを漕ぐ。
誰も居ない静かな公園で、キィキィと鎖が軋む音が響く。

「……よく、ああいう風に絡まれるのか?」

サムが次にそう声をかけると、エルはブランコを両足で止めた。
それからサムを見ずに、地面を見つめながら、口を開いた。

「……強く、なりたいんだ」

それはおそらく肯定だった。
そして、その言葉には何か別の強い意思を感じた。

「……あんな奴らに負けないくらい? やり返したい?」
「違う!」

地面の砂がザッと音を立てた。
エルはブランコから立ち上がると、サムの真正面に立った。

「……え?」
「強くなって、誰かの役に……憧れるような人に……だ、から……」

エルの目から涙が零れ落ちて、1滴、2滴と地面を濡らしていく。
拳を強く握りしめて、腕が震えているのがわかる。

「……僕は……君みたいに、なりたい」

それはサムが予期もしていなかった言葉だった。
サムは自分の唇が少し震えているのがわかった。
次になんて声をかければいいのかわからなくて、自分が座るブランコと自身の影を見つめていた。
立っているエルの影は、やけに大きく見えた。

俯いていたエルが顔をゆっくりと上げた。

「……強くなって、将来は村の警備隊に入ってやるんだ」

エルはブランコに座るサムの顔を真正面から見つめていた。
ゆらゆらと揺れる瞳からは、もう涙は零れていなかった。
その瞳からは確かな信念のようなものが感じられた。



―――その瞬間、日常の風景がサムの頭によぎっていく。



―――朝、母の作ってくれた目玉焼き。

―――剣術の授業では、褒められていい気がした。

―――帰り道に友達と話していたことは。

―――教室の端と端で飛び交う、くだらない日常の言葉は。



―――そんな日常の中で未来のことなど、考えたことがあったか?



―――教室の隅で小さく丸まっていたエルという少年を、自分は本当はどう思っていたのか?



サムは急に自分が責められているような、ここに居てはいけないような気がした。


「……そろそろ帰ろっか」


気付けばそう声に出していた。
エルはいつもの大人しそうな表情に戻ると小さく頷いた。
そして踵を返すと、ブランコに座ったままのサムを置いてエルは歩き出す。

「……俺も、将来は警備隊に入ろうかな」

そう呟いた声はエルには届いていなかった。

サムはエルが既に遠く離れたところにいるのに気付いて、慌ててブランコから立ち上がる。
その瞬間、キィキィとブランコの鎖が揺れる音がする。

「エルー!」

大きな声で呼びかける。
するとエルは慌てて、後ろを振り返った。

「俺ら……友達になろうな!」

その声にエルは呆けたような顔をしていた。

しかし、すぐに見る見るうちに笑顔になっていった。
それから両方の手をメガホンのように口に当てる。

「うん!」

遠くからでも、そんなエルの嬉しそうな笑顔はよく見えた。
初めて笑ったエルの顔を見て、サムはなぜだか自分の胸がドキリとしたのを感じていた。
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