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第2章 召喚術師と黒魔術師
ユウリの家(2)
しおりを挟む「ワタクシの家系は薬を生業とする調合師の一家でございます。ワタクシも、また娘……坊ちゃまの母親も同様でございました。娘は旅先で出会った召喚術師の青年と恋に落ち、坊ちゃまを授かりました。……しかし、坊ちゃまが生まれた間もなく、坊ちゃまの父君は旅先の事故で命を落としました」
おじいさんは感情を押し殺すように、淡々とその話を続けていく。
「娘はあまりのショックに、この屋敷に閉じこもってしまいました。坊ちゃまの事すらも、お相手にできないほどに。次第に娘は熱心に実験室に籠るようになりました。ワタクシは少しずつ前向きになっていたのだと思っていたのですが……まさか、あんなことになっていたとは」
「あんなこと……っていうのは」
「……禁忌に触れたのです」
俺は、庭に目線を向けるとユウリがまだ水やりを終える気配がないことを確認した。
「ある日ワタクシは突然、実験室から派手にガラスのようなものが割れる音を聞きました。慌てて駆け付けると、そこにはナイフを持つ娘と必死に抵抗する坊ちゃまの姿がございました。娘は、坊ちゃまの"血"を使って、父君を生き返らせる薬を作ろうとしたのです。唯一、父君の血を継いだ坊ちゃまの血でしか、できないことでした」
俺の口は開いたままであった。
先ほどの実験室の風景を思い出す。
母の思い出だと語ったあの場所で―――ユウリと、母親は。
「ワタクシはそれを止めるため、ナイフを取り上げました。坊ちゃまは無事でしたが、禁忌に触れた娘はその場で息を引き取りました。坊ちゃまはまだ小さかったため、覚えてはいないでしょうが」
その話は余りにも衝撃的で、俺は言葉を失っていた。
おじいさんは、まるで決意を固めるかのように口を結んだ。
「ど…どうして、俺にそんな話を」
「魔女の事を街で聞き込みして回っている方々がいるというのは、貴方様方のことですな」
唐突に今までと違う内容に、俺は話の方向性が見えず戸惑っていた。
おじいさんは真剣な眼差しを俺に向ける。
「来たばかりの方に申し上げることではなく、これはワタクシの我が儘でしかございません。誠に勝手なお願いであることは重々承知しております」
次に告げられた一言は俺が全く予想だにしない言葉であった。
「どうか、あの子を旅に連れて行っていただけないでしょうか」
そう言うと、おじいさんは頭を深々と下げた。
「身内贔屓ですがあの子は薬の調合に関しては天才的です。ワタクシでももう正直教えることがないほどに。きっと貴方様方のお役に立てると思います。……それに、ワタクシももう長くはございません。あのように世間を知らず自由に育ってしまったあの子に、広い世界を見てほしいのです」
「顔を上げてください!」
ユウリを旅に連れて行く?
まだユウリの家の衝撃的な話を整理しきれず、俺の頭は混乱していた。
「余りにも突飛な話で、正直戸惑っています。……どうか、少し、考える時間をください」
そう言うと、おじいさんはゆっくり顔を上げた。
俺はそう言うことが精一杯であった。
あまりにもユウリの過去が悲しくて、唇を噛みしめていた。
「それから」
そう言って、おじいさんは俺のポケットに、そっと一枚の折り畳んだ紙を入れた。
「魔女に関して有力な情報を得られるかはわかりませんが、こちらに行ってみると宜しいかと思います。……これはワタクシのただの好意としてお受け取りください。あの子に一時でも笑顔を取り戻してくれた貴方様に。ワタクシの名を告げれば、悪いようにはされないでしょう」
*
それから戻ってきたユウリと楽しくお茶を飲み、おじいさんと3人でカードゲームをして楽しく過ごした。
その実、あっという間に時間は過ぎていった。
しかし俺の頭の中では、先程までのおじいさんの話が離れなかった。
外が完全に暗くなる前に、俺は帰る事にした。
家の門の前で、俺は別れを告げようとしたところで、もう少しだけユウリと話をしたい気分になった。
「なぁ、今日はそういえば会えなかったけど、ルイさ。元気か?」
俺がそう言うと、ユウリは笑顔でうん! と元気よく答えた。
その天使のような笑みを見て、俺は思わず―――愛しい気持ちが溢れた。
抱きしめてやりたい。
「ルイはね……お父さんがくれた、最初で最後の贈り物なの。だから居なくなっちゃってあんなに慌ててしまって。昨日はごめんなさい」
ユウリのあまりに真っすぐに俺を見つめるその瞳に、思わず俺は目を逸らした。
「いや、いいんだよ。こうしてユウリに会えたからさ」
思ったより小さい声になってしまった。
道は夕日でオレンジに染まっている。
夕日に照らされてできたユウリの影は、俺の陰よりもずっと小さかった。
「ねぇ、おにぃは旅をしているんだよね。……ココから、いなくなっちゃうんだよね。おにぃも」
俺は余りにも切なそうな声音に顔をあげた。
「……あぁ、そうだな」
ユウリの顔は夕日の光に反射して眩しく、その表情はよく見えなかった。
「……ばいばい、またね。おにぃ」
そして、俺が動けないでいると、ユウリは先に家に戻っていった。
玄関の扉を開けるまで、俺はその背中を見守り続けていた。
ユウリ、幸せにしてやりてえな。
俺の中の気持ちはいつの間にか固まっていた。
おじいさんは感情を押し殺すように、淡々とその話を続けていく。
「娘はあまりのショックに、この屋敷に閉じこもってしまいました。坊ちゃまの事すらも、お相手にできないほどに。次第に娘は熱心に実験室に籠るようになりました。ワタクシは少しずつ前向きになっていたのだと思っていたのですが……まさか、あんなことになっていたとは」
「あんなこと……っていうのは」
「……禁忌に触れたのです」
俺は、庭に目線を向けるとユウリがまだ水やりを終える気配がないことを確認した。
「ある日ワタクシは突然、実験室から派手にガラスのようなものが割れる音を聞きました。慌てて駆け付けると、そこにはナイフを持つ娘と必死に抵抗する坊ちゃまの姿がございました。娘は、坊ちゃまの"血"を使って、父君を生き返らせる薬を作ろうとしたのです。唯一、父君の血を継いだ坊ちゃまの血でしか、できないことでした」
俺の口は開いたままであった。
先ほどの実験室の風景を思い出す。
母の思い出だと語ったあの場所で―――ユウリと、母親は。
「ワタクシはそれを止めるため、ナイフを取り上げました。坊ちゃまは無事でしたが、禁忌に触れた娘はその場で息を引き取りました。坊ちゃまはまだ小さかったため、覚えてはいないでしょうが」
その話は余りにも衝撃的で、俺は言葉を失っていた。
おじいさんは、まるで決意を固めるかのように口を結んだ。
「ど…どうして、俺にそんな話を」
「魔女の事を街で聞き込みして回っている方々がいるというのは、貴方様方のことですな」
唐突に今までと違う内容に、俺は話の方向性が見えず戸惑っていた。
おじいさんは真剣な眼差しを俺に向ける。
「来たばかりの方に申し上げることではなく、これはワタクシの我が儘でしかございません。誠に勝手なお願いであることは重々承知しております」
次に告げられた一言は俺が全く予想だにしない言葉であった。
「どうか、あの子を旅に連れて行っていただけないでしょうか」
そう言うと、おじいさんは頭を深々と下げた。
「身内贔屓ですがあの子は薬の調合に関しては天才的です。ワタクシでももう正直教えることがないほどに。きっと貴方様方のお役に立てると思います。……それに、ワタクシももう長くはございません。あのように世間を知らず自由に育ってしまったあの子に、広い世界を見てほしいのです」
「顔を上げてください!」
ユウリを旅に連れて行く?
まだユウリの家の衝撃的な話を整理しきれず、俺の頭は混乱していた。
「余りにも突飛な話で、正直戸惑っています。……どうか、少し、考える時間をください」
そう言うと、おじいさんはゆっくり顔を上げた。
俺はそう言うことが精一杯であった。
あまりにもユウリの過去が悲しくて、唇を噛みしめていた。
「それから」
そう言って、おじいさんは俺のポケットに、そっと一枚の折り畳んだ紙を入れた。
「魔女に関して有力な情報を得られるかはわかりませんが、こちらに行ってみると宜しいかと思います。……これはワタクシのただの好意としてお受け取りください。あの子に一時でも笑顔を取り戻してくれた貴方様に。ワタクシの名を告げれば、悪いようにはされないでしょう」
*
それから戻ってきたユウリと楽しくお茶を飲み、おじいさんと3人でカードゲームをして楽しく過ごした。
その実、あっという間に時間は過ぎていった。
しかし俺の頭の中では、先程までのおじいさんの話が離れなかった。
外が完全に暗くなる前に、俺は帰る事にした。
家の門の前で、俺は別れを告げようとしたところで、もう少しだけユウリと話をしたい気分になった。
「なぁ、今日はそういえば会えなかったけど、ルイさ。元気か?」
俺がそう言うと、ユウリは笑顔でうん! と元気よく答えた。
その天使のような笑みを見て、俺は思わず―――愛しい気持ちが溢れた。
抱きしめてやりたい。
「ルイはね……お父さんがくれた、最初で最後の贈り物なの。だから居なくなっちゃってあんなに慌ててしまって。昨日はごめんなさい」
ユウリのあまりに真っすぐに俺を見つめるその瞳に、思わず俺は目を逸らした。
「いや、いいんだよ。こうしてユウリに会えたからさ」
思ったより小さい声になってしまった。
道は夕日でオレンジに染まっている。
夕日に照らされてできたユウリの影は、俺の陰よりもずっと小さかった。
「ねぇ、おにぃは旅をしているんだよね。……ココから、いなくなっちゃうんだよね。おにぃも」
俺は余りにも切なそうな声音に顔をあげた。
「……あぁ、そうだな」
ユウリの顔は夕日の光に反射して眩しく、その表情はよく見えなかった。
「……ばいばい、またね。おにぃ」
そして、俺が動けないでいると、ユウリは先に家に戻っていった。
玄関の扉を開けるまで、俺はその背中を見守り続けていた。
ユウリ、幸せにしてやりてえな。
俺の中の気持ちはいつの間にか固まっていた。
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