うみのない街

東風花

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初詣

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「美海ちゃ~ん。福の神様が来たわよ~」

 無遠慮な声を高らかに上げながら現れたのは、美海の母、美智だった。

「ゲッ! 出たわね疫病神」

 嫌悪感を隠そうともせず、紬は吐き捨てるように言った。

「相変わらず辛辣ねぇ」

 ニコニコと、まるで無垢な少女のような笑顔で美智は美海のそばにすり寄った。
 紬は私の耳元で、悪態をつく。

「そういや忘れてたわ。例年、年越しに初詣だけしに来てすぐ帰るんだったっけ。覚えてたら来る時期ずらしたのに」

「ママ、美海ちゃんの顔をみなきゃ年越せないのよ~」

 美智の声は、ネコナデ声と言う表現がピッタリくる声だ。

「よく言うわ。あれでいい母親したつもりになってんのよ」

 今度は聞こえるような声で、吐き捨てるように言った紬の声に気づいたのだろうか? 美智はこちらに顔を向け、とぼけた声でこう言うのだ。

「あら? りんちゃん。紬ちゃんとも仲良くしてくれてるんだ~。ありがとうね~」

 私この人苦手だ。
 だけど、あのおっさんが、心の底から愛した人なんだ。複雑な感情がモヤモヤと私の暗い穴を満たしていく。

「ねねっ! 美海ちゃんたちは初詣行かないの~?」

 ぶりっこじみた声と動作を平気でする美智は、己の年齢を忘れているのだろうか?
 あのおっさんが、50手前なんだからこの人だっていい年だろうに。

「明日の朝にでも行くつもりよ? 美智さんはもう帰るの?」

「そうねぇ。大吉ちゃんに会ったらすぐ帰るわ。大吉ちゃ~ん! どこ~?」

 美智は、軽やかな足取りで気まぐれな猫を探しに家の奥へと消えていった。

「今年も、徹夜で高速飛ばす気なのね? 本当に落ち着かない人ね」

 そう言いながら、美海は台所に向かった。

「美海ちゃん、母親のこと、名前で呼んでるの?」

 紬に尋ねると、紬はため息をついた。

「お母さんて呼ばれるの嫌がるのよ。それに、血がつながってるってだけで親子になれるわけじゃないのよ? りんちゃんはよく分かってるでしょ?」

 あの二人の顔が浮かんですぐ消えた。
 紬の言う通り、あのおっさんはともかく、母親だとされる女性とは親子だとは思えない。

「でも、親子って何だろうね?」

 紬の声は珍しく神妙だった。

「血のつながりは嫌でも切れなくて、いつまでもまとわりついてくるし、でも、私にとって親は、美海ちゃんなんだよ。姉であり初めて家族の愛を教えてくれた親なんだ」

 私も、美海と紬は好きだよ。恥ずかしいから声には出せないけどね。

「私、この子のことは何があっても手放さないけどね!」

 紬は、大きなおなかを優しくなでながら、いつものいたずらっぽい笑顔を見せた。
 ああ、いいなぁ。この優しい笑顔が、ずっと消えませんようにと、そう願わずにはいられない。
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