カエル王子と闇落ち聖女

涼暮 月

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11.聖女の真実

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 ある日、王子が書簡を持って訪ねてきた。
 
「なに?これ」
「国王からだ。先日のお礼をしたく、王城へ来てほしいとのことだよ」
 
 えっあの橋のこと?何故バレてるの?こっそりやったはずなのに。王子が言ったの?
 私は橋を直した後も王子と共にその周辺に通い、被害があったあたりを全部直して回っていた。でもこっそりやってたんだよ。

「黒いフードを被ったカエル顔の男と異国の女が連れ立っているのが目撃されていて、市井の間で噂になっているそうだ」

 あ、それは。見たら忘れられないでしょうね。噂になるわね。伝説になるかもしれない。

「それに君の作ったあの橋はこの国にないものだしね。皆感謝してるよ。君のことを闇落ち聖女と呼ぶ人はもういないよ」

 そうかな?王子はカエル顔のままなのに?
 私はなんだか可笑しくなって少し笑った。

「気が進まないけど、行くわ」
「いいのか?」
「うん」

 数日後、豪華な四頭立ての馬車がやってきた。ドアに王家の紋章が入った御者付きの馬車だ。
 私と王子はそれに乗って王城へ行った。

 案内されたのは、最初に召喚された場所。王族しか入ることができない礼拝堂だった。
 なんだ。立派な謁見の場に案内されるのかと思った。誰にも会わなくていいからいいけど。

「聖女よ、よく来てくれた。ここには我々三人しかいない故、畏まった会話は不要だ。先の大雨による土砂災害では甚大な被害が出ていたが、そなたのおかげで迅速に復興できたと聞いている。改めて、この国の代表としてお礼申し上げる」

「お役に立てて幸いです」

 礼拝堂の厳かな雰囲気の中、国王は丁寧にお礼を言ってくれた。相変わらず困り顔ね。

「エドワード、そなたも聖女を支えてよくやってくれたそうだな」

「いいえ、私は何も。全て聖女のお心あってのことでした」

 国王はおや、という顔をした。王子はちょっと成長したかもしれない、という顔ね。大正解だよ。

「聖女は元の世界へ戻りたいのであったな。これで、願えば戻ることができるだろう。引き留めはしない。無謀な召喚で聖女には多大な迷惑をかけてしまったな。すまなかった。どうか許してほしい。この度の礼に望む物があればなんなりと申せよ」

 ん?今なんて言った?

 戻れる???
 
「……あの、私って本当に戻れるんですか?」
 
 え……私は本当は元の世界には戻れないと思っていた。みんな嘘をついていて、だからできれば王子と結婚するようにって圧をかけてるんだと思ってた!そうじゃないの?!
 王子も驚いた顔をしている。

「戻れる。……儂の知っている聖女は元の世界に戻った」
「え?」
「これは誰も知らないことだが、儂も聖女を降臨させたのだ」
 えええええええ!

「儂の場合は、先の戦で先王が命を落としたために一人で儀式を行った。聖女はすぐにでも元の世界へ戻りたいと切望しており、儂の願いを叶えてすぐに戻っていったのだ」

 なに?その新事実!
 
「だからそなたも帰れるはずだ」
「……」
 
 私が衝撃で動けなくなっていると、カエル王子が国王に詰め寄った。
「父上が聖女が降ろされていたこと、何故私にまで隠されていたのですか?」
「……それが聖女の望みであった。そして今後聖女の降臨儀式は止めるようにと。だから聖女召喚の書物は封印されていたんだ。だが、お前は禁を犯して聖女召喚の書を見つけてしまった。お前にどうしてもとせがまれて、止めることができなかったのだ」
「僕が……功を焦って……」
「儂もお前が可愛くて、止めることができなかった。同罪だ」

 当時の国王はまだ16歳と若く、降ろされてた聖女はずいぶん年上の優しくて美しい人だったそうだ。召喚されたことに怒っていたが、国王のことを哀れに思い力を貸してくれて、先の戦争を終わらせたらしい。

「聖女は、儂の困った顔を見ると助けてあげたくなると言っていた。母性に溢れた美しい人だった」

 お母さんだったのかな。だからすぐ帰りたかったのね。

 国王は私を見て残念そうに言った。
「お主は、儂のこの顔を見ても何も思わないようだな」
 
 あったりまえでしょー!あなた全然可哀想じゃないから!こんなおじさんの困り顔を見て、情にほだされるなんてことあるもんか!
 私はちょっとムッとして、このおじさんが困り顔をできなくなればいいのに!!!と思った。

「……聖女召喚の儀式は今度こそ止めてもらっていいですか」

「あいわかった」

「では、関連書物は全て燃やしてしまいますね!!!」

 国王の手元にある古文書がボッと音を立てて燃えた。

「あっ」

 国王と王子はちょっと残念そうな顔をしたけど、こんなものが残ってるからだめなのよ。

「私、いったん平屋に戻ります。いずれ姿を消すとと思いますが、その時までに王子の顔も戻してあげますね」

 国王はホッとしたように、重ねてお礼を言ってくれた。


 ◇ ◇ ◇


 帰り道、豪華な馬車に揺られながら私は国王の言ったことを思い返していた。

 先代の聖女は、力を使った後すぐに元居た場所へ帰っていったんだ。
 すごくすごく帰りたかったんだろうな。
 
 窓の外を見慣れた田園風景が流れていく。全くなじみのない風景だったはずだけどここに来てからもう2年が過ぎている。
 
 私が本気で帰りたかったら、元の世界にすぐ帰れるんだ。
 
 私はここに来る前にいた、日本の小さなアパートの一室を思い出す。ベッドとタブレットとスマホ。それがあればどこだって快適に暮らせた。それしかなかった。就職を機に友達とは遠く離れてしまい、実家は兄が結婚して同居している。就職氷河期でどこでもいいからと受けた会社は自動車のディーラーで、入社して研修が終わったらすぐ田舎の支社に配属された。土地勘が無い場所でアパートを借り、職場には年の離れた女性のほかは営業マンが数人で特に親しい人もできず、何もないまま日々はあっという間に流れていく。
 だから、それほど戻りたい場所じゃない。
 ううん、本当は、もっと違う場所へ行きたかった。なにか、どこかもっと楽しいところへ行きたいと思っていた。
 だから。

 だから私はこの世界へ来ちゃったんだ。
 呼ばれて、私はそれを掴んで、ここへ来たんだ。

 王子のせいなんかじゃないんだ。

 私は隣に座る王子の顔をジッと見つめた。

「どうしたの?ユイ」

「王子の顔、戻してあげるね。今ならできると思う。王子、ごめんね、本当にごめんなさい」

 やつあたりして。
 勝手に怒って。
 いじわるしてごめんなさい。

「ユイ?どうしたの?」

 涙がぼろぼろと止まらなくなり、私は両手に顔をうずめて泣き続けた。


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