カエル王子と闇落ち聖女

涼暮 月

文字の大きさ
上 下
10 / 13

10.王子の悔恨

しおりを挟む
「僕は失敗したんだ」  

 ある日の午後、私は前日に焼いたパウンドケーキを持て余し、王子を招いてお茶をしていた。一人だとホールサイズのケーキは全然減らなくて、そのうち飽きちゃうんだよね。王子たくさん食べてくれないかな。
 
 紅茶を淹れてケーキを切り分ける。今日はお天気も良くてお茶会日和だ。
 和やかにお茶の時間を楽しんでいたと思ったら、突然王子が語り始めた。
 王子ってまだ病んでるのかな。顔を見てもイマイチ分からないんだよね。カエルだから。

「国王、僕の父はすごくやり手でね。数々の功績を上げてこの国を発展させてきた。我が国は小さいけれど隣国ともうまくやっていて、父の代になって戦争や争いごとが起こったことはないんだ」
「へえ、いつもあんな困った顔してるくせに。やり手なんだ」
「うん。内政もすごく上手くて、貴族の勢力争いなんかもそつなく治めてる。僕は父を尊敬してるんだ」
「そうなんだ」
「僕も父みたいになりたくて、すごく頑張っていたんだよね」
「ふーん」
「でもできなかった」
 王子は顎が胸につくくらいうなだれていた。
 
「聖女には優しく大切にすべし。誠心誠意努めれば必ず願いは叶う、そう書いてあったのに。僕はできなかった。僕は失敗したんだ」
 
 は?
 失敗って私のこと?
 それって私の前で言うこと?おいおい正気か王子!?
  
「失敗って私のことだよね。ごめんなさいね、失敗作で!!!」

 苛立ちが怒りに変わり、ぐん、と室内の温度が下がった気がした。
 
「え?ち、ちがうよ!ユイのことじゃない!うわっ寒い!ちょっとユイやめてくれ!」
「うるさいわ!カエルって冬眠するんだっけ?寒いならお家に帰って冬眠してろ!」
「ちがうって!ごめん!怒らないで!ユイは悪くないって!!僕が悪い!ごめん!ごめんなさい!!」

 王子がめちゃくちゃ謝るので、ちょっと大人げなかったかなと思って私は怒りを鎮めた。

「は~。ユイってさあ」
「なに?!?」
「いえ、なんでもないです」

 すっかり凍えてしまった体を温めるため、もう一度お茶を淹れた。

 熱いお茶をふうふう言って飲みながら、王子は再び話し始めた。
 
「ユイ、怒らないで聞いてほしい。僕はユイを責める気持ちは全然ないからね。分かってね」

 私がすぐ怒るみたいに言わないでよね。

「僕は幼いころから優秀だと言われていた。あの父の子だと周囲も期待していたし、僕もその期待に十分に応えていたと思う。僕は才能もあったし、努力もできた。思ったことは何でもできたし、それはすごく自信になった。でも僕はそれに驕り高ぶることなく、よい王になるためにずっと頑張っていた」

 へえ。そうなんだ。
 
 「僕は僕より弱い者に対して許し、施すことをずっとしてきた。それをするべき立場にあると思っていたし、そうしたいと思っていた」

 うんうん。立派だね。
 
 「逆の立場になってみてそうされると僕はすごく傷ついた。それでユイの気持ちが少し分かった気がした」

 ……。
 
 「この顔になってから、人に疎まれ、嫌がられることの辛さが分かった。仕事もなくなり、そうすると何を話していいか分からなくなった。みじめで、身の置き所が無かった。とても孤独だったよ」

 王子は顔をあげる。まっすぐに私を見つめる瞳には誠実さがあった。

「ユイ、君を傷つけてすまなかった」

 私は目の縁がじんわりと熱くなって、鼻の奥がツンとする。窓から入ってくる風は夏草のにおいがした。

「うん」
 

 
 ◇ ◇ ◇


 
 季節の変わり目のせいか、数日間強い雨が降り続き、やっと明けたかという日のことだった。
 ドアがノックされ、開けると王子が白毛の馬を伴って立っていた。
 
「ユイ、この長雨で地盤が弛んで、土砂崩れがあったみたいなんだ。西の山の方なんだが橋が崩れてしまったようで、僕が様子を見てくることになった。この辺りは大丈夫だと思うが、僕がいない間は戸締りをしっかりしてあまり出歩かないようにしてほしい」

 さすが王子。王子が乗る馬はやっぱり白馬なんだな。王子はまだ王子として仕事をしているんだ。偉いな。そうだ、私のこの平屋だってきっと王子が手配したり様々なことをフォローしてくれていたんだろう。ちゃんと働いてるんだ。なんかお世話になりっぱなしで申し訳ない。などとぼんやり考えていたら自然と口が動いた。

「私も行こうかな」

 王子はゆっくり振り向いた。
「王子、私も連れてってよ」
「ユイ……現場は危ないよ。その、何かしてくれようと思っているのか?」
「何ができるか、できるかどうか分からないから、こっそり私を運んでくれる?」
 
 王子の馬を一頭立ての小さな二輪馬車につないで乗せてもらい現場に着いた。想像していたより大きな河川で、辺りはまだ完全に水が引いておらず、橋は落ち、倒木で道が通れなくなっていたり道の半分が崩落している状態だった。
 
 どうしよう。自分の意志で力を使うことができるかな。やったことないけど、できるかな。
 不安になり王子の顔を見ると、その顔はカエルで。
 私はなんだか申し訳ない気持ちがぶわっと湧いてきて、すんなり力を使うことができた。
 木製の橋だったようだが、私は崩れる前の橋を見てなかったので再現することはできなかった。雨にも風にも強い橋をお願いします、と祈って目を開けると眼鏡橋みたいなアーチ形の立派な石橋ができていた。
 
 橋を見ながら王子はなんども私にお礼を言った。
「聖女、ありがとう。君は素晴らしい聖女だ。これで民は大いに助かるだろう。とても嬉しい。ありがとう、全て君のおかげだ。この国のためにありがとう」

 私はちょっと感動した。
 こんななりになっても、中身は変わらない。王子は立派な王子だ。

 もう日が落ちかけていた。夕暮れの中で赤く染まる王子を見て私は言った。

「あなたは立派な王子だよ。失敗なんてしていない。あなたはずっと、何も変わっていない。立派な王子だよ」

「ありがとう」
 王子は大きな瞳を潤ませて、くしゃりと笑った。


 帰りの馬車で私はひどく疲れてぐったりとしていた。
 背もたれに頭を預け目を閉じてうつらうつらしながら考える。
 
 綺麗になった橋を見て、王子のカエルになった顔を見て。
 私は自分が恐ろしい。
 この力はなんだろう。
 早くここから逃げ出したい。
 元の自分に戻りたい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

祝☆聖女召喚!そして国が滅びました☆

ラララキヲ
ファンタジー
 魔物の被害に疲れた国は異世界の少女に救いを求めた。 『聖女召喚』  そして世界で始めてその召喚は成功する。呼び出された少女を見て呼び出した者たちは……  そして呼び出された聖女は考える。彼女には彼女の求めるものがあったのだ……── ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。

死にかけ令嬢の逆転

ぽんぽこ狸
恋愛
 難しい顔をしたお医者様に今年も余命一年と宣告され、私はその言葉にも慣れてしまい何も思わずに、彼を見送る。  部屋に戻ってきた侍女には、昨年も、一昨年も余命一年と判断されて死にかけているのにどうしてまだ生きているのかと問われて返す言葉も見つからない。  しかしそれでも、私は必死に生きていて将来を誓っている婚約者のアレクシスもいるし、仕事もしている。  だからこそ生きられるだけ生きなければと気持ちを切り替えた。  けれどもそんな矢先、アレクシスから呼び出され、私の体を理由に婚約破棄を言い渡される。すでに新しい相手は決まっているらしく、それは美しく健康な王女リオノーラだった。  彼女に勝てる要素が一つもない私はそのまま追い出され、実家からも見捨てられ、どうしようもない状況に心が折れかけていると、見覚えのある男性が現れ「私を手助けしたい」と言ったのだった。  こちらの作品は第18回恋愛小説大賞にエントリーさせていただいております。よろしければ投票ボタンをぽちっと押していただけますと、大変うれしいです。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

【完結】べつに平凡な令嬢……のはずなのに、なにかと殿下に可愛がれているんです

朝日みらい
恋愛
アシェリー・へーボンハスは平凡な公爵令嬢である。 取り立てて人目を惹く容姿でもないし……令嬢らしくちゃんと着飾っている、普通の令嬢の内の1人である。 フィリップ・デーニッツ王太子殿下に密かに憧れているが、会ったのは宴会の席であいさつした程度で、 王太子妃候補になれるほど家格は高くない。 本人も素敵な王太子殿下との恋を夢見るだけで、自分の立場はキチンと理解しているつもり。 だから、まさか王太子殿下に嫁ぐなんて夢にも思わず、王妃教育も怠けている。 そんなアシェリーが、宮廷内の貴重な蔵書をたくさん読めると、軽い気持ちで『次期王太子妃の婚約選考会』に参加してみたら、なんと王太子殿下に見初められ…。 王妃候補として王宮に住み始めたアシュリーの、まさかのアツアツの日々が始まる?!

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

処理中です...