カエル王子と闇落ち聖女

涼暮 月

文字の大きさ
上 下
8 / 13

8.闇落ち聖女のひきこもり

しおりを挟む
 それから私は、王城の裏手に広がる森の奥に建てられた簡素な作りの平屋を与えられ、そこに移り住んだ。
 王城から歩いて半日はかかる距離だそうだが何も問題はない。
 部屋の中は王城のものより質素で寝室と食堂の他に部屋が2つあった。一人で寝るだけだから十分すぎるくらいだ。食堂に行くといつでも何か食べられるものが置いてあったので、お腹がすくと何か食べた。

 私はすごく体が怠くて、ここに移ってしばらくの間、起き上がるのも億劫なくらいだった。寝て、起きて、ぼんやりして、食事をしたらまたうとうとして、そんな風にしていたら1か月があっという間に過ぎていった。

 
 
 ある日の夜、ドアをノックする音が聞こえ、私は久しぶりに玄関のドアを開けた。
 そこには黒いマントに黒いフードをかぶったカエルがいた。

「……私は誰にも会いたくないし、話したくないの」
 
「聖女よ、すまなかった」

 カエルは玄関で土下座した。

「君が僕に会いたくないのは承知の上で、どうか聞いてほしい」

 私は空を見上げ、星を見ていた。

「君にしてきた数々のこと、本当に申し訳なかった。私の視野が狭かったせいで君に辛い思いをさせたこと、反省し心から謝罪したい」

 いつの間にか季節が変わっている。夜の秋の風は少し肌寒いくらいだ。
 
「どうか許してもらえないだろうか。これから誠心誠意、聖女に尽くし、聖女を支えていきたいんだ。せめてそれだけは許してほしい。君の気が済むまで、僕は何をされても甘んじるよ。だからどうか顔を元に戻してくれないか。頼む」

 カエルの顔をした王太子は土下座したまま顔を上げた。暗闇の中を緑色の顔がぼんやりと浮かんでいる。カエルだわ。
 
「元の顔が分からない」

 私がそう答えると、王太子しくしく泣き出した。

「許してもらえるまで、毎日だってここへ来るよ」

「もう来ないで。私は誰とも話したくないし誰の顔も見たくないの」


 それから私は再びベッドにもぐりこんだ。
 王太子は翌日もやって来たようだが、私はもうドアを開けなかった。ドアは外から開けることはできないようだった。
 

 ◇ ◇ ◇
 
 
 寝て、起きて、ぼんやりして、食事をしたらまたうとうとして。ある時ふと寒さを覚えて目覚めると、窓の外は雪景色となっていた。

 久しぶりに頭がすっきりして体が軽い。私は暖を取ろうと、部屋に備え付けてある暖炉に近づいた。
 なんとこの世界にもマッチは存在していて、私は見よう見まねで暖炉の横に積んであった薪を組み乾燥した葉を載せて火を起こした。上手くできてちょっと嬉しい。暖かくなるとお腹が空いてきたので、食堂へ行くと軽食が置いてあった。いつもありがとうございます、と自然に思え、手を合わせていただきますと唱える。

 お腹もいっぱいになり、さて、と思っているとドアがノックされた。
 玄関のドアを開けると、木枯らしが吹きすさぶ中、カエルが立っていた。

「久しぶりね、王太子」
「もう王太子じゃない。ただの王子だ」
「どういうこと?」
「従弟のヘンリーが新しく皇太子に立てられた」
「そう」

 カエルの王太子はカエルの王子様になったようだ。
 王子はちょっと痩せたみたいで、すさんだ雰囲気になっていた。

「この顔では王にはなれないそうだ。……中身は僕のままなのに、カエルの顔ではダメなんだそうだ」

 そうでしょうね。

「なあ、これは君の力なんだろう?君がやったことだよね。頼むよ、元の顔に戻してくれ」

「分からないわ。私には聖女の力なんてない。無能聖女なんでしょう?」

「あんな噂!どうして君の耳に入ったんだ!くそっ!どうして僕を信じてくれなかったんだ……その力を、僕に教えてくれなかったんだ……」

「勝手なことばかり言わないでよ。あなたのそういう独善的なとこ、うんざり」

 カエルはびっくりしたのか大きな目を真ん丸にした。

「え……?」

「自分勝手、独りよがり、自己中心的。私のこと、利用することしか考えてなかったよね!」

「そんなことはない!誤解だ!聖女、聞いてくれ!」

「嫌よ」

「話せば分かるから……話し合おう。僕の言うことを聞いてくれないか。頼む」

「私の言うことを聞いてくれないのに?」

「だから、聖女……」
 
「あなた、私が会いたくない、話したくないと言っているのに、こうしてずけずけと私の前に現れて、勝手なことを言っている。わかる?私のことものすごく軽く扱っている。バカにしてるわ。そんな人、私だって嫌いよ。顔も見たくないわ!」

 王子は絶句した。
 
「それは……だから……」

「あなたは私がいなくて困っているんでしょ?でも私はあなたがいなくても困らないの。あなたなんて要らないの!」

 呆然と立ち尽くすカエルに私は思い切り怒りをぶつけた。
 
「あなたなんて大嫌い!さっさと出て行って!!!」

 次の瞬間、王子は玄関ドアの外にいた。
 
 王子は慌ててドアに縋り、ドンドンと打ち付けた。
「ごめん!僕が悪かった!!許してくれ!ユイ!」

 私は暗くなった部屋で耳を防ぐ。
 
 言いたいことを言ってやったわ。すっきりした。
 あの人のこと、本当に嫌い。大嫌い。気持ち悪いわ。顔も見たくない。
 私にあんな扱いをして、私の自尊心を粉々にした。
 カエルになって、苦労してるみたいだけど、いい気味だわ。

 私は独りなのだから、一人にさせて。
  
 私が傷ついたら、誰かを傷つけてしまう。
 もう誰も傷つけたくない。
 私はもう誰にも嫌われたくないの。

 ひとりでいさせて。
 

 
 
「どうして?何がそんなに悪かったんだ。ユイ、教えてくれ」

 外から聞こえる王子の声がだんだんと小さくなる。

「僕がしたことはそれほど罪深いことだったろうか。このような罰を受けるほどのことだったのだろうか」

 
 分からないわ。でも私は傷ついたの。


「僕はそんなに悪いことをしただろうか」

 
 王子のか細い声に、少し胸が痛んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

祝☆聖女召喚!そして国が滅びました☆

ラララキヲ
ファンタジー
 魔物の被害に疲れた国は異世界の少女に救いを求めた。 『聖女召喚』  そして世界で始めてその召喚は成功する。呼び出された少女を見て呼び出した者たちは……  そして呼び出された聖女は考える。彼女には彼女の求めるものがあったのだ……── ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

【完結】べつに平凡な令嬢……のはずなのに、なにかと殿下に可愛がれているんです

朝日みらい
恋愛
アシェリー・へーボンハスは平凡な公爵令嬢である。 取り立てて人目を惹く容姿でもないし……令嬢らしくちゃんと着飾っている、普通の令嬢の内の1人である。 フィリップ・デーニッツ王太子殿下に密かに憧れているが、会ったのは宴会の席であいさつした程度で、 王太子妃候補になれるほど家格は高くない。 本人も素敵な王太子殿下との恋を夢見るだけで、自分の立場はキチンと理解しているつもり。 だから、まさか王太子殿下に嫁ぐなんて夢にも思わず、王妃教育も怠けている。 そんなアシェリーが、宮廷内の貴重な蔵書をたくさん読めると、軽い気持ちで『次期王太子妃の婚約選考会』に参加してみたら、なんと王太子殿下に見初められ…。 王妃候補として王宮に住み始めたアシュリーの、まさかのアツアツの日々が始まる?!

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない

金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ! 小説家になろうにも書いてます。

【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」

まほりろ
恋愛
 聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。  だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗 り換えた。 「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」  聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。  そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。 「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿しています。 ※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。 ※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。 ※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。 ※二章はアルファポリス先行投稿です! ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます! ※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17 ※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。

処理中です...