カエル王子と闇落ち聖女

涼暮 月

文字の大きさ
上 下
6 / 13

6.赤い染み

しおりを挟む
 私が王家のパーティーに出席するのは2回目だった。
 1回目は、私がこの国に召喚されて間もない頃、聖女のお披露目会として催されたパーティー。
 今回はシーズンの始まりを祝うパーティだ。

 侍女に着つけられたドレスは聖女をイメージしたのか白くシンプルなつくりで、ドレスに合わせたネックレスとイヤリングには王家の色に合わせた淡い緑色の石が付いている。
 初めてドレスを着た時は嬉しかったしときめいたけど、着つけはコルセットをギュウギュウに絞められて苦しいし、重くて動きづらくてすぐ根を上げた。
 ああ、やだなあ。イヤリングは重くて耳たぶが痛いしドレスは風通しが悪くてじっとり暑い。レースの部分がチクチク肌を刺して不快だ。髪を結うためにあちこち刺されたピンが頭皮を刺す。

 今すぐに全部脱いじゃいたい。シャワーを浴びてさっぱりしたいよ。

 時間になると王太子が迎えに来て、私達は並んで会場に入った。
「聖女ユイ、ドレスがよく似合っているね。あれから体調は戻ったかな?今日は楽しんでほしい」
 王太子は私を見てニコリと笑う。

「……きも」
「なにか言ったかい?」
「いえ、よろしくお願いします」

 パーティー会場となる大広間は美しく飾りたてられ、天井には豪華なシャンデリアが吊るされている。聖女を伴って現れた王太子に、貴族たちが続々と集まってきた。
 貴族たちへの対応は王子がしてくれるから、私は隣に立っているだけ。唇の両端をわずかに上に向け、微笑のような表情をして時が過ぎるのを待つ。貴族は王太子と話しながらこれが噂の、無能な聖女かという目を私に向けてクスクス笑う。
 ああ、早く終わらないかなあ。
 
 人の列が途絶えると、王太子は私に言った。
「聖女ユイ。しばらくあなたの傍を離れますがすぐに戻ります」
「はい」

 残された護衛と共に壁際でぼんやりしていると、見知らぬ令嬢がやってきて、ワインをぶっかけられた。
「さっさとここから立ち去りなさいよ!本当なら今日ここは王太子様とマーガレット様の婚約発表の場だったのよ。許せないわ。無能聖女のくせに!あなたなんて来なければよかったのに!」

 白いドレスが真っ赤に染まっていく。まるで血のようだ。
 広がっていく赤い染みを見ていると、私はだんだんムカついてきた。

 私は影で無能聖女と噂されているらしい。私は王城の奥に軟禁されていて王太子以外と話していないのに。誰がそれを言い始めたの?誰が広めているの?この広間にいる貴族たちの嘲りの浮かんだ目。理不尽じゃない?
 来なければよかったって、私だってそう思うわ。
 こんなところに来たくなかった。
 
 それまで私の中にあった白々とした空虚感がじわじわと赤い怒りに変わっていく。
 
 なんだこれ。
  
 私は顔を上げ、空になったワイングラスを持つ令嬢を睨みつけた。
 「な、なによ」
 令嬢は髪をくるくるに巻いてリボンや宝石でゴテゴテと飾り付けそれに埋もれた顔は醜くゆがんでいる。嫌な顔!その装飾もその髪型もあなたにはもったいないわ!
 くっそー!禿げろ!!! 
 
 こみ上げる怒りのまま、私は踵をかえし大広間の最奥を目指して駆けだした。

 あの人、私の何を許せないって?は?部外者のあんたに一切関係ないでしょ?義憤に駆られて?バカにすんな!
 腹立つ!腹立つ!

 背後から叫び声のようなものが聞こえてきたが、私はかまわずまっすぐ大広間の最奥にある壇上へ向かう。

 こんなことになったのは全部、国王と王太子のせいだ。
 二人きりの場で王太子に何を言っても、私の思うようには伝わらない。
 だからこの場で、皆の前で、国王に、はっきり言ってやる。

「国王、失礼します!」

 壇上には玉座に座った国王がいた。
 
 私はゆっくり壇上に上がる。白いドレスに血が飛び散ったような姿の私を見て、貴族たちは批判がましい声をあげた。
 
 こんな姿で堂々とこの場にいられるなんて信じられない。不敬だ。恥ずかしくないのか。不吉だ。
 
 玉座に座っている国王は驚いた顔をし、私に言った。
「どうしたのだ、その姿は。怪我ではないのか?誰か、早く聖女に着替えを!」
 
「いいえ、結構です!」

 壇上から、青い顔をした王太子が慌ててこちらに駆けてくるのが見える。私の怒りは爆発寸前だった。

 私は息を吸い、広間にいる貴族に向かって大きな声で話し出した。

「みなさん、聞いてください!私は異世界から召喚された聖女です!
 この世界は、私が元いた世界と全然違います!食事は不味いし、価値観も全然違う!」

 ざわざわとしていた大広間は急に静かになり、私の声が響いていく。

「そこの女は私のドレスにワインをかけました。信じられない!私のいた国にはそんな失礼な人はいません!」

 私が先程までいた壁側の方を指さすと、キャーッと悲鳴が上がる。見ると、そこには半狂乱になった丸坊主の令嬢がいた。
 あら?さっきの令嬢よね?坊主だったの?まあ、スッキリしちゃって……あなたもしかしてカツラだったの?カツラが取れちゃったの?
 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
 
「その女が言っていました。王太子には婚約者がいるのに、私のせいで別れたと!
 でも、それってすっごい迷惑なんですよ!分かりますか?私は王太子と結婚なんてしたくないんです!」

 静まり返った群衆に向けて私は声を張り上げる。

「私の国と、この国は価値感が違います!皆さんは私にはすごく醜く見えます!」

 王太子が壇上に上がってきた。真っ青な顔をして、私に手を伸ばす。
 イヤ!触らないで!!

「王太子の顔は、私にはカエルのようです!!!すごく気持ち悪いです!!私、カエルと結婚するなんて無理!絶対嫌です!」

 ギャーーーーーー!!!という声がホールのあちこちで上がった。

 
横を見ると、すらりとした体躯でフォーマルなフルイブニングの正装をした王太子が、アオガエルの顔をして立っていた。
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

祝☆聖女召喚!そして国が滅びました☆

ラララキヲ
ファンタジー
 魔物の被害に疲れた国は異世界の少女に救いを求めた。 『聖女召喚』  そして世界で始めてその召喚は成功する。呼び出された少女を見て呼び出した者たちは……  そして呼び出された聖女は考える。彼女には彼女の求めるものがあったのだ……── ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

【完結】べつに平凡な令嬢……のはずなのに、なにかと殿下に可愛がれているんです

朝日みらい
恋愛
アシェリー・へーボンハスは平凡な公爵令嬢である。 取り立てて人目を惹く容姿でもないし……令嬢らしくちゃんと着飾っている、普通の令嬢の内の1人である。 フィリップ・デーニッツ王太子殿下に密かに憧れているが、会ったのは宴会の席であいさつした程度で、 王太子妃候補になれるほど家格は高くない。 本人も素敵な王太子殿下との恋を夢見るだけで、自分の立場はキチンと理解しているつもり。 だから、まさか王太子殿下に嫁ぐなんて夢にも思わず、王妃教育も怠けている。 そんなアシェリーが、宮廷内の貴重な蔵書をたくさん読めると、軽い気持ちで『次期王太子妃の婚約選考会』に参加してみたら、なんと王太子殿下に見初められ…。 王妃候補として王宮に住み始めたアシュリーの、まさかのアツアツの日々が始まる?!

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない

金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ! 小説家になろうにも書いてます。

【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」

まほりろ
恋愛
 聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。  だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗 り換えた。 「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」  聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。  そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。 「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿しています。 ※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。 ※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。 ※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。 ※二章はアルファポリス先行投稿です! ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます! ※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17 ※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。

処理中です...