カエル王子と闇落ち聖女

涼暮 月

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2.幸福の予感は穴を埋める

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 私が目覚めた場所は、王族が住む城の一番奥に作られた礼拝堂だった。
 ここに入れるのは王族のみとされ、礼拝堂への入り口は城内から通じる一箇所しかない。
 私はこの礼拝堂から最も近くに作られた客室を与えられ、暮らすことになった。部屋は広く、続きの間もあり侍女が3人、護衛騎士が2人常についてくれていた。

「聖女ユイ、おはようございます」
「エドワード!」
 王太子は毎日私に会いに来てくれた。
 
「何か困ったことはないかい?」
「いいえ。皆さん親切でよくしてくれる。あ、食事なんだけど、一人じゃつまらないから一緒に食べたいって誘ったらダメだと言われちゃった。ねえ、どうしてダメなの?」
 
 ここへ来てしばらくの間は慣れないことばかりで一人で食事をすることも気にならなかったが、だんだんとこの生活に慣れてくると寂しく、つまらないと思うようになっていた。誰かとお喋りしながらごはんを食べたいよ。
「身分も違うし、彼らも職務中だからね。でもユイの気持ちも分かるよ。これからできる限り昼食はユイと一緒にここで取ることにしよう」
「えっエドワードが?」
「嫌かな?」
「ううん!嬉しい」

「そうだ、聖女の能力に関することが記された本が新しく見つかったんだ。一緒に読んでみよう」
「うん!ありがとう」
「心配しなくていいからね。一緒に色々試してみよう」

 聖女として呼ばれた私だが、私にどんな能力があるのかは未だに分からなかった。
 だいたい、今この国に困ったことなんてないのだ。災害も、飢饉もパンデミックもない。私がなぜここにいるのか誰も分からないし、私だって分からないよ!聖女って何?私は何ができるの?何をすればいいの?!?

 でもこうしてエドワードがつきっきりで優しくしてくれるのは悪くない。あのお顔で微笑まれて、がんばろうねと言われるとポーッとなってしまう。だってすっごく顔がいいんだもん!こんなイケメンをこんな近くで見ちゃっていいのかな?!かっこいい~~~!って、心がウキウキして気持ちが少し上がる。
 二人で並んで書物を読んだり(文字は読めた。言葉も通じるんだからそんなものか)、聖女の能力と言われるものを試してみたりした。
「聖女は奇跡を起こしたり傷ついた人を癒したりするって書いてあるけど、全然ピンとこないんだよね」
「焦らないで、僕が支えていくから、ゆっくりやっていこう」
 
 エドワードは映画の主人公みたいな顔をして私につきっきりで新しい生活をフォローしてくれていた。
 よかった、エドワードみたいな人がいてくれて。
 ここは何もかもが私のいた日本と違っていて、エドワードが一緒にいてくれなかったらすごく困ってしまったと思う。エドワードは私の希望も丁寧に聞いてくれて私に合わせた生活方法を整えてくれて、私はなんとかこの生活になじめそうだと思い始めていた。

 でも一人になると時々すごく寂しくなった。

 私に与えられた部屋で私のために整えられた部屋だけど、急に目の前にあるもの全てが初めて見る景色のように思えて、私は宙に浮かんでいるように心もとなく不安になる。足は地面についていなく、手を伸ばしても何もつかめない。ぼんやり霞んだ空間の中で私に繋がるものは何もなく、怖くてたまらなくなる。
 
「うっ……」
 急に感情が高ぶって嗚咽がこみあげる。
 寂しさと孤独が体の芯に刺さって、涙がぼろぼろと零れ、止まらない。こわいよ、さびしいよ。
 
 私の居場所へ戻して。私がいるべき場所へ。私がいてもいい場所へ。


 
 ◇ ◇ ◇


 次の日の朝、部屋に来たエドワードは私をじっと見て言った。

「ユイ。昨日泣いた?」

 私の目元は少し赤く腫れていたかもしれない。
 気づかれちゃった。ちょっと気まずいけど、なんだかホッとした気にもなる。
「…………」

 するとエドワードは私の手を掬い上げるように両手に取った。
「辛い時はいつでも僕を呼んでください」

「はい……」

 それからエドワードは私を礼拝堂の奥側にある中庭へと連れて行ってくれた。
「ここは僕たちしか入れないようにしてあるから安心してほしい。そろそろ外に出たい頃かと思っていたんだ。ここで、聖女の能力を試すのもいいと思ってね」
 庭には木や茂みがきれいに整えられていて小さいけれど花壇もあった。花壇にはペニチュアのような花が植えられ、青、赤、白、紫、ピンク、黄とカラフルに彩られていた。
「綺麗!」
「花が好き?」
「うん!たくさんの色があって綺麗だね。……すごくキレイ」
 色とりどりの花は私の心に沁み込んで、悲しい気持ちを癒してくれた。

「そう、よかった。元気を出して、これからも一緒にがんばろうね」
「うん!」

 ありがとう、エドワード。
 私、エドワードのためにもがんばりたい。

「ねえ、エドワードは私がどんな力が使えたらいいと思う?」
「ええ?……うーん、そうだなあ。国民のために、この国が良くなるような力だと僕も嬉しいな」
「そっか!」

 それってどんな力かな?私にはさっぱり分からない。
 でもエドワードが喜んでくれるような能力があったらいいと思う。

「私、もっとがんばるね!エドワードが渡してくれた訓練メニュー、明日から2倍にする!」
 
 エドワードは驚いた顔をして、それから目元に微笑をたたえてうなづいてくれた。柔和だわ。かっこいい!

「ユイ、ありがとう。貴女はこの国にとって特別な存在だ。この国を代表して、貴女を心から歓迎し、大切にすると誓うよ」

 木漏れ日の中、微笑むエドワードはまさに物語の中の王子様だった。
 
 私は感動した。視界全てが映画で見たプロポーズのシーンみたいにキラキラしている。
 胸が高まる。何か分からない希望が膨らみ、鼓動が響き渡る鐘のように鳴っていた。
 
 その幸福の予感は、私の胸に空いた穴をすこし埋めてくれるような気がした。
 
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