1 / 13
1.召喚された聖女
しおりを挟む
「聖女様」
呼ばれて振り向くと、ワイングラスから投げられるように赤い液体が向かってくるのが見えた。
パシャ、と音がして私の胸元に赤ワインが浴びせられ、白いドレスに赤いシミがゆっくり広がっていく。
「まあ、大変」
空になったワイングラスを手にした令嬢は言った。
「せっかくのドレスが台無しですわ。早くお着替えになったほうがよろしいですわね。」
この人誰だろう。
慌てるそぶりもなくじっとその場を動かない私に焦れたのか、令嬢は私に近づいて囁く。
「さっさとここから立ち去りなさいよ。……本当なら今日ここは王太子様とマーガレット様の婚約発表の場だったの。許せないわ。無能聖女のくせに!あなたなんて来なければよかった!!」
本日は王家が主宰するシーズン初めのパーティーだ。
私は朝から侍女に囲まれて着慣れないドレスを着つけられ、王太子のエスコートで会場となる大広間に入っていた。
200年ぶりにこの王国に現れた聖女に、貴族たちは次々とあいさつしに来る。対応は王子がしてくれるから、私は隣に立って唇の両端をわずかに上に向け、微笑のような表情をして時が過ぎるのを待つだけ。あ~つまらないよ早くおうちへ帰りたいよ。
王太子が振り向いて私に言う。
「聖女ユイ。しばらく離れますがすぐに戻ります」
「はい」
ユイは私の名前だ。
そう。私は200年ぶりにこの国に召喚された聖女なのである。
なにそれ。
それから残された護衛と共に壁際でぼんやりしていたら、見知らぬ令嬢がやってきて赤ワインをぶっかけられたわけ。
なんだそれ。
◇ ◇ ◇
私は日本で暮らす23歳の会社員だった。新卒で就職難の中どこでもいいと決めた会社に勤める独り暮らしの独身女性。そんな私がある日目覚めたのは、固くて冷たい石の棺の上だった。
「え、ここどこ?まさか路上?私昨日どこで寝ちゃったの?」
ガバリと起き上がると、異国の男性が二人、驚いた顔で私を見ていた。親子ほど年が離れていて、ゴスロリの男性版みたいな服装をしている。アンデルセンの童話に出てくる人みたいな。中世ヨーロッパみたいな。
「せ、成功した……!?」
「え!?」
「聖女様!」
「は?」
「ようこそ我が国にお越しくださいました!!」
親子ほど年の離れた二人は私に向かってひざまずき、恭しく言った。
えっなにこれ!こわい!
そんな風にして、私はこの国に召喚された。
「せ、聖女ってなんですか?私は何をするために呼ばれたんですか?」
「それが……」
この国には王家に代々伝わる聖女召喚の儀式というものがあり、一子相伝の神事として30年に一度、その時の王と王太子の二人で行われることが決められているそうだ。
「歴史書によると、我が国に最後に聖女が降臨されたと記されているのは180年前のことで、以来聖女が現れることはなかったとある。現在では立太子の前に行われる通過儀礼の一つとされている」
「つまり……特に必要もなく私は呼ばれたということですね」
「……我々は聖女の降臨を歓迎する」
いやいやいや。
王家に代々伝わる神事だが、儀式は形骸化していたのだろう。
歳をとった方の男はあまりにびっくりしたのか目を見開いたままだ。まさか本当に聖女が来てしまうなんて!という顔よ。困っているのね。この人が国王か。
若い方の男はすぐに気を取り直したようで、彼が主に話をしてくれる。優秀そうなオーラがでてるわ。この人が王太子ね。
「それで、私は元居た場所に帰ることができるんですか?」
とりあえず、一番大切なことを聞こう。
「王家に伝わる古文書には、聖女はこちらでの使命が終われば望みはかなえられるとある。聖女が帰国を望めば戻ることも可能だろう」
「使命……」
「聖女は奇跡を起こし、国を救うと書かれている。貴方もきっと何か力があるのだろう。ぜひその力で我が国を救っていただきたい」
「そんな漠然とした……」
私は泣きたくなる。
私どうしよう。どうしたらいいの。こんな意味のないことでここに呼ばれちゃってどうするの。
だいたいここって安全な場所なの?空気は吸って大丈夫?水は飲めるの?変な病気にかかってすぐ死んじゃうとかないよね???
私が不安で泣きそうな顔をしているからか、若い方の男が近づいてきた。
「心配しないでください。私がお傍におります」
え、この人すっごいイケメン。
切れ長な目に綺麗な平衡二重、スッと通った鼻筋、キュートなあひる口に薄い唇、ちょっとだけ私の推してたアイドルに似てる気がする!同じ金髪碧眼なのに、お父様とは印象が違うわね。お母様が美人なのかな。いいな。
「聖女様?」
今にも零れそうだった涙が止まり、彼の顔をまじまじと見ていると、怪訝な顔をされてしまった。
「あ、はい!」
私はちょっと恥ずかしくなって赤くなった頬に手をやった。
彼はそんな私をジッと見つめて、それから二コリと微笑んだ。
「私はエドワードと申します。聖女、お名前を教えてくださいますか」
「……私の名前は、ユイ。ユイと呼んでください」
そうして私の聖女ライフが始まった。
呼ばれて振り向くと、ワイングラスから投げられるように赤い液体が向かってくるのが見えた。
パシャ、と音がして私の胸元に赤ワインが浴びせられ、白いドレスに赤いシミがゆっくり広がっていく。
「まあ、大変」
空になったワイングラスを手にした令嬢は言った。
「せっかくのドレスが台無しですわ。早くお着替えになったほうがよろしいですわね。」
この人誰だろう。
慌てるそぶりもなくじっとその場を動かない私に焦れたのか、令嬢は私に近づいて囁く。
「さっさとここから立ち去りなさいよ。……本当なら今日ここは王太子様とマーガレット様の婚約発表の場だったの。許せないわ。無能聖女のくせに!あなたなんて来なければよかった!!」
本日は王家が主宰するシーズン初めのパーティーだ。
私は朝から侍女に囲まれて着慣れないドレスを着つけられ、王太子のエスコートで会場となる大広間に入っていた。
200年ぶりにこの王国に現れた聖女に、貴族たちは次々とあいさつしに来る。対応は王子がしてくれるから、私は隣に立って唇の両端をわずかに上に向け、微笑のような表情をして時が過ぎるのを待つだけ。あ~つまらないよ早くおうちへ帰りたいよ。
王太子が振り向いて私に言う。
「聖女ユイ。しばらく離れますがすぐに戻ります」
「はい」
ユイは私の名前だ。
そう。私は200年ぶりにこの国に召喚された聖女なのである。
なにそれ。
それから残された護衛と共に壁際でぼんやりしていたら、見知らぬ令嬢がやってきて赤ワインをぶっかけられたわけ。
なんだそれ。
◇ ◇ ◇
私は日本で暮らす23歳の会社員だった。新卒で就職難の中どこでもいいと決めた会社に勤める独り暮らしの独身女性。そんな私がある日目覚めたのは、固くて冷たい石の棺の上だった。
「え、ここどこ?まさか路上?私昨日どこで寝ちゃったの?」
ガバリと起き上がると、異国の男性が二人、驚いた顔で私を見ていた。親子ほど年が離れていて、ゴスロリの男性版みたいな服装をしている。アンデルセンの童話に出てくる人みたいな。中世ヨーロッパみたいな。
「せ、成功した……!?」
「え!?」
「聖女様!」
「は?」
「ようこそ我が国にお越しくださいました!!」
親子ほど年の離れた二人は私に向かってひざまずき、恭しく言った。
えっなにこれ!こわい!
そんな風にして、私はこの国に召喚された。
「せ、聖女ってなんですか?私は何をするために呼ばれたんですか?」
「それが……」
この国には王家に代々伝わる聖女召喚の儀式というものがあり、一子相伝の神事として30年に一度、その時の王と王太子の二人で行われることが決められているそうだ。
「歴史書によると、我が国に最後に聖女が降臨されたと記されているのは180年前のことで、以来聖女が現れることはなかったとある。現在では立太子の前に行われる通過儀礼の一つとされている」
「つまり……特に必要もなく私は呼ばれたということですね」
「……我々は聖女の降臨を歓迎する」
いやいやいや。
王家に代々伝わる神事だが、儀式は形骸化していたのだろう。
歳をとった方の男はあまりにびっくりしたのか目を見開いたままだ。まさか本当に聖女が来てしまうなんて!という顔よ。困っているのね。この人が国王か。
若い方の男はすぐに気を取り直したようで、彼が主に話をしてくれる。優秀そうなオーラがでてるわ。この人が王太子ね。
「それで、私は元居た場所に帰ることができるんですか?」
とりあえず、一番大切なことを聞こう。
「王家に伝わる古文書には、聖女はこちらでの使命が終われば望みはかなえられるとある。聖女が帰国を望めば戻ることも可能だろう」
「使命……」
「聖女は奇跡を起こし、国を救うと書かれている。貴方もきっと何か力があるのだろう。ぜひその力で我が国を救っていただきたい」
「そんな漠然とした……」
私は泣きたくなる。
私どうしよう。どうしたらいいの。こんな意味のないことでここに呼ばれちゃってどうするの。
だいたいここって安全な場所なの?空気は吸って大丈夫?水は飲めるの?変な病気にかかってすぐ死んじゃうとかないよね???
私が不安で泣きそうな顔をしているからか、若い方の男が近づいてきた。
「心配しないでください。私がお傍におります」
え、この人すっごいイケメン。
切れ長な目に綺麗な平衡二重、スッと通った鼻筋、キュートなあひる口に薄い唇、ちょっとだけ私の推してたアイドルに似てる気がする!同じ金髪碧眼なのに、お父様とは印象が違うわね。お母様が美人なのかな。いいな。
「聖女様?」
今にも零れそうだった涙が止まり、彼の顔をまじまじと見ていると、怪訝な顔をされてしまった。
「あ、はい!」
私はちょっと恥ずかしくなって赤くなった頬に手をやった。
彼はそんな私をジッと見つめて、それから二コリと微笑んだ。
「私はエドワードと申します。聖女、お名前を教えてくださいますか」
「……私の名前は、ユイ。ユイと呼んでください」
そうして私の聖女ライフが始まった。
3
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

【完結】べつに平凡な令嬢……のはずなのに、なにかと殿下に可愛がれているんです
朝日みらい
恋愛
アシェリー・へーボンハスは平凡な公爵令嬢である。
取り立てて人目を惹く容姿でもないし……令嬢らしくちゃんと着飾っている、普通の令嬢の内の1人である。
フィリップ・デーニッツ王太子殿下に密かに憧れているが、会ったのは宴会の席であいさつした程度で、
王太子妃候補になれるほど家格は高くない。
本人も素敵な王太子殿下との恋を夢見るだけで、自分の立場はキチンと理解しているつもり。
だから、まさか王太子殿下に嫁ぐなんて夢にも思わず、王妃教育も怠けている。
そんなアシェリーが、宮廷内の貴重な蔵書をたくさん読めると、軽い気持ちで『次期王太子妃の婚約選考会』に参加してみたら、なんと王太子殿下に見初められ…。
王妃候補として王宮に住み始めたアシュリーの、まさかのアツアツの日々が始まる?!

【完結】悪役令嬢の反撃の日々
くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない
金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ!
小説家になろうにも書いてます。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません
黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。
でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。
知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。
学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。
いったい、何を考えているの?!
仕方ない。現実を見せてあげましょう。
と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。
「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」
突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。
普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。
※わりと見切り発車です。すみません。
※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)
第12回ネット小説大賞 小説部門入賞!
書籍化作業進行中
(宝島社様から大幅加筆したものを出版予定です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる