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新人戦
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それから、週末になる度に魔王城へ出掛けては新人戦に向けて修行をした。
修行と言っても基本的な身体の動かし方や受け身の取り方、武器の扱い方など必要最低限のことを習っただけだけれど、戦闘服の性能も相まって素人同然の動きよりはマシになった気がする。
ボンバーくんとマッドちゃんとの共闘訓練もしたけれど、能力に統一性がないのでどう戦ったらいいのか掴めていないのが現状だ。
対戦相手の魔法少女のこともわからないし、作戦を立てようがない。
そしてそもそもこっちは作戦の立て方もわからないようなひよっこだった。
ボンバーくんもマッドちゃんも1対1の戦いの経験しかなく、団体戦は初めてらしい。
こんな状態で新人戦に参加して大丈夫なのだろうか。
不安ばかりが募る。
あんなに嫌がっていた魔王軍に入隊させられ、あまつさえ人外のスキンシップに巻き込まれているのに、ちゃんと戦えるのかなんて地球人の私には縁遠いはずだった問題に真剣に悩んでいる。
それはもう、心労がたたるほどに。
そんなこんなであっという間に月を跨ぎ、いよいよ新人戦が来週にまで差し迫った最後の訓練で私たち3人はこう結論づけた。
行き当たりばったりで行こう。
そして、勝つために最大限努力はしよう。
以上。
要するに、考えることを放棄した。
そもそも魔王軍が戦っているのは娯楽のためだ。
主に魔王の娯楽のため。
明確な信念とか目的とか目標とかは基本ない。
もちろん例外はいるようで、巷で人気のミッドナイトは好意を寄せている魔法少女に見初められないがために強さを求めてアピールをしているとかいないとか、出所のわからない噂が流れているのを知っている。
噂大好きマッドちゃんが教えてくれた。
「別に、みんながみんな遊び半分で戦ってる訳じゃないよー。勝てば嬉しいし負ければ悔しいのは当然でしょー。戦いに真剣に向き合ってる連中の方が多いんじゃないかなー。私だって勝てるなら勝ちたいしさー、で、みんなに誉めてもらうのー」
「勝った後のお菓子は格別なんだな。勝利の味のために僕はがんばるんだな」
2人なりの戦う理由。
聞くひとが聞けば笑われるかもしれないが、私はすごいなと思う。
言葉の中にちゃんとした意思を感じる。
お願いされ断れず、流されるままここまで行き着いた私とは違う。
訓練だって正直なあなあで始めた。
逃げられないから仕方ないって、諦めた。
でも、それってきっといいことじゃない。
きっかけは仕方ないにしろ、そこから先は私の意思で決めなきゃいけないんだ。
だから、私は決めた。
この新しい友達のために私は戦う。
2人のささやかな願いのために。
戦うのは怖い。
勝つ自信もない。
それでも、精一杯やれることはやろうと決めた。
『新人戦でわたしくしがポイントを稼げるように!そして勝利を収められるように!』
フローラルフラワーの言葉を思い出す。
あれは、私に負けろと言っていた。
自分の糧になれとお願いされたのだ。
そう考えると、今更ながら腹が立つ。
何様だ。
人のことを何だて思ってるんだ。
勝手すぎる。
胸の中で沸々と怒りの熱が沸いてくる。
お互いに手合わせしていたボンバーくんとマッドちゃんが、私の様子に気がついて手を止める。
「大丈夫ー?」
「具合悪いんだな」
「違うの大丈夫。心配かけてごめんね。魔王軍に入隊するきっかけになった魔法少女のこと考えてたら腹が立っちゃって」
あはは、と苦笑いを浮かべる。
「……」
「……」
私の言葉に暫しボンバーくんとマッドちゃんが目を合わせ黙る。
と、
「私はその魔法少女に感謝だなー。おかげで未来に会えたしー」
「だなだな。未来にとってはよくないことだったかも知れないけど、少なくとも僕たちは嬉しいんだな」
笑顔でそんなことを言ってくれた。
「ボンバーくん、マッドちゃん」
ぽっと出の地球人である私にそんなことを言ってくれるなんて。
素直に嬉しい。
「ありがとう」
改めて2人のために頑張ろう。
そう心に誓った。
この日、最後の訓練は早々に切り上げられ、激励会というなの親睦会で魔族の街に遊びに行った。
見たことない景色、見慣れない街並み、食べなれない食べ物。
全てが新鮮で刺激的だった。
「それじゃあ、新人戦頑張ってこー」
お洒落なカフェのテラスで、蛍光色のよくわからないドリンクで乾杯をする。
がんばろう。
がんばって戦おう。
「また3人で遊びに行こう」
「もちろんー。次は打ち上げだねー」
「だなだな」
「その時はクロくんも呼んでいい?」
「クロー?」
「いつも私の送り迎えしてくれる人なの」
「あぁ、あのクローンかー。いいよー。人数は多いほうが楽しいだろうしー」
「だなだな」
「ありがとう」
こうして楽しい時間はあっという間に過ぎ、ついでに言えば1週間もあっという間に過ぎ、とうとう新人戦当日がやってきた。
新人戦当日。
私たちは魔王の部屋にいた。
面接の時と同じで玉座に足を組んで座っている魔王は相変わらず圧倒的なオーラを放っている。
両隣にいるボンバーくんとマッドちゃんが魔王に向かって跪くので、私も習って跪く。
別に忠誠を誓っているわけでもないのだが、雇い主みたいなものだし仕方ない。
「今日はいよいよ新人戦だな。楽しみにしているぞ」
魔王が楽しそうに笑う。
「魔王様の期待に応えられるよう精一杯戦って参ります」
真剣な表情でマッドちゃんが答える。
そんな横で、私はマッドちゃんが普通にしかも敬語で話したことに驚いていた。
「今日の新人戦のルールはいつも通り魔王軍チームと魔法少女チームどちらかの3名全員が戦闘不能になった時点で終了だ。降参も認める。使用していいのは固有能力にみなので気を付けるように」
「かしこまりましただな」
「それから未来」
「は、はい?」
急に自分に話しかけられて動揺する。
「今日はフゥーチャーと名乗れ」
「フゥ、フゥーチャー……」
「認識阻害がかかっていても名前を呼ばれたら意味がないからな」
「は、はい」
フゥーチャーって、未来そのままなんだけど。
大丈夫かな?
一抹の不安を抱くが魔王が言っていることなのでそのまま従うことにする。
「それでは、健闘を祈る」
その言葉を最後に視界に霞がかかり景色が変わる。
薄暗い、倉庫の中のようだった。
大きなコンテナがいくつも積み重なっていて、見たところかなりの広さがありそうだ。
魔王の能力で試合会場に瞬間移動をしたらしい。
「試合会場はいつもランダムなんだー。どこになるかは誰にもわからないから、多分魔王様と魔法女王が決めてるんだと思うー」
マッドちゃんが周囲を確認しながら教えてくれる。
「こんにちは、魔王軍のみなさん!」
どうしたものかと悩んでいると、急に上から声が降ってきた。
見上げると、魔法少女が3人コンテナの上に立っている。
そのうちのひとりは私がここにいる原因を作った魔法少女――フローラルフラワーだった。
「本日の新人戦の相手を務めさせていただく魔法少女チームです。わたくしはフローラルフラワー。お見知りおきを」
「アイスネージュと申します。お手柔らかにお願いいたしますわ」
「ボクはクリスタルライト。よろしくね!」
ふわふわきらきらぶりぶりの衣装3人組がドヤ顔で見降ろしてくる。
かわいいなー、と素直に思う。
こちらにはない花がそこにはあった。
「私はマッド。魔王軍の新人戦チームのひとりだよー」
「僕はボンバーなんだな」
「私はみ――フゥーチャー」
こちらも負けじとドヤ顔で返す。
「それでは、自己紹介も済んだことですし、早速戦いを始めましょう!」
その言葉を合図に、魔法少女たちが胸のブローチから魔法のステッキを取り出した。
「先手必勝、行かせてもらいます! フローラルシャワー!」
フローラルフラワーがステッキを振り上げると、部屋中に色とりどりの花が空中に浮かぶ。
その花がだんだんと集まり巨大な蛇の形になった。
「行きますよ!」
フローラルフラワーがステッキを振り下ろすと、その動作に合わせて花の蛇が襲い掛かってきた。
「え、え、え?」
急なことに身体が動かず身を固めることしかできない。
ボンバーくんとマッドちゃんはさっさとその場から離れたらしい。
今蛇の目先には私しかいない。
容赦なく頭上から蛇が突撃してくる。
何とか顔の前のクロスさせた腕で防御し、頭を守るように蹲った。
がさがさがさと耳元で花がすれる音が聞こえる。
花のいい匂いが私の周りに充満する。
「……」
なんの音もなくなったので目をゆっくりと開くと、あたりには大量の花が落ちているだけだった。
夢の国のような、随分とかわいらしい光景になっている。
考えるまでもなく、床に散らばってる花はさっき私を襲った蛇だろう。
それがバラバラになって動かない。
ただの花だ。
未だにコンテナの上に立っているフローラルフラワーに困惑の視線を送ると、何とも言えない表情で目を反らされた。
「フローラ……これ」
「やはりあなた未来なんですね。今日はフゥーチャーと呼ぶべきですか。どうでした? わたくしの固有魔法は」
「えーっと、インパクトはあったけど、その、肝心の攻撃力が……」
「そうです、そうですよ。あなたの言いたいことはわかります」
フローラルフラワーは一呼吸置き、そして泣き出した。
「わたくしの固有魔法は花を操ること! 花を操るだけで攻撃力なんてないんです! うわーん!」
泣いているフローラルフラワーにどんな言葉をかけていいのかわからない。
魔法少女って確か肉弾戦も強かったはず。
ルールは固有能力のみを使うことだけど、それは瞬間移動とかを使うなってことで肉弾戦はまた別のはずだ。
この前の魔法少女と魔王軍の戦いを見た時も、殴り合いはしていた。
ひたすら自分の固有魔法が使えないことについて嘆いているフローラルフラワーがそのことに気が付いたら面倒くさいことになる。
こっちは地球人で戦闘とは無縁の生活を送っていた女子中学生だ。
戦わないで済むならそのほうが絶対にいい。
ぎゅっと、ハンマーを握る。
これで殴ればきっと気絶するはずだ。
魔法少女の防御力も魔王軍とそんない変わらないらしいし、武器の威力もボンバーくんとマッドちゃんの協力でどの程度かも把握している。
当たれば十中八九こちらの勝ちだ。
いまや座り込んで涙を流すフローラルフラワー。
こんな丸見えの位置からそっと近づくことは不可能だから、一気に距離を詰めて仕留めよう。
そう決めてからの行動は早かった。
一気に走り出し、コンテナの前で跳躍し飛び上がる。
戦闘服のおかげで身体能力が向上しているので、コツをつかめば数メートルは跳躍できる。
あっという間にフローラルフラワーの頭上を取る。
あとはこのまま重力に任せてハンマーを振り下ろすだけだ。
「フローラ、ごめん!」
謝りながら振り下ろそうとした瞬間――。
「ボンバー!」
ボンバーくんの声。
その声に続いて暴風に襲われあらぬ方向に吹き飛ばされてしまう。
上手く着地できずにコンテナに背中を打ち付け地面に落ちた。
「うっ……」
ちょっと苦しいけど思ったより痛くない。
「ボンバーくん!」
そんなことより、ボンバーくんのところに行かなければ。
今のはボンバーくんの固有能力だ。
自分の身体を爆弾にして爆発させる。
爆発したあとは10秒くらい動けなくなる弱点があるので、そこを魔法少女に狙われたら終わりだ。
きっと戦闘不能にされてしまう。
声と爆風の起こった方に向かって走る。
コンテナが多く視界を遮られるのでなかなか見つけ出せない。
「ボンバーくん!」
「戦いのさなかに大声を出すのは少々不用心ではありませんか」
静かな声。
周りの温度が数度下がったような気がする。
振り返ると、無表情のアイスネージュが静かに立っていた。
手には青色のステッキが握られている。
「あなたが地球人の方のようですわね。会ったばかりの魔王軍を心配するなんてお人よしですわ」
「友達を心配するのは当たり前でしょ」
「お友達? それはまた奇妙ですわ」
アイスネージュの瞳が細められる。
氷の彫刻を目の前にしているような美しさを放つ魔法少女だ。
なんだか人間味がなくて怖い。
一歩後ずさる。
そんな私にアイスネージュが小さく笑った。
「あら、私怖かったかしら。ごめんなさいね。それでは早急に決着をつけましょう。アイス――」
魔法を唱えかけた時、コンクリートの床が揺らめきだしアイスネージュの足が地面に沈み始めた。
マッドちゃんだ!
咄嗟に思う。
マッドちゃんは泥になって地面の形状を自由に変えられる能力を持っている。
「戦い中に長話するのは不用心じゃないー?」
地面から顔だけを出したマッドちゃんがにんまりと笑う。
「マッドちゃん!」
「やっほー、フゥーチャー。ボンバーなら大丈夫。地面に隠して移動させたからー」
「あら、そうですか。その言葉そのままお返ししますわ。アイスウェーブ」
淡々と発動した魔法は、私たちの周囲の床を一瞬で凍らせた。
「やばー」
地面から出られなくなったマッドちゃんが困惑の声を上げる。
一方のアイスネージュはというと、自分の周りだけ凍らせていないのか、あっさり地面から足を抜いて自由になる。
「このまま凍らせれば戦闘不能になるかしら?」
「ちょっと!」
アイスネージュが再び魔法をかけようとしたとき、どこからともなく声が聞こえてきた。
「ボクまで凍っちゃってるんだけど!」
「あら、ごめんあそばせ。姿が見えなかったものですから」
クリスタルライトの声に、アイスネージュは悪びれる風もなく答えながら視線を動かす。
いまだ!
こちらから気がそれた隙にハンマーで地面を叩き、氷を砕く。
「息止めてー」
反応する前にマッドちゃんに腕を掴まれ地面に引きずり込まれる。
地面の中の冷たさが全身を包む。
真っ暗闇に息のできない恐怖が沸き上がるが、マッドちゃんに掴まれた部分のじんわりとした温かみのおかげでなんとか耐えることができた。
「もう大丈夫だよー」
地上に出て息を吸う。
数秒のことだったのに、体感時間はとても長かった。
辺りを確認すると四方をコンテナに囲まれた倉庫の一角。
そこにはボンバーくんがいて安心したように笑っていた。
「2人とも無事だったんだな」
「フゥーチャーのおかげでなんとかねー」
マッドちゃんが答える。
「さっきのところからは少し距離があるから時間稼ぎはできたかなー」
「ボンバーくんは大丈夫だった?」
「マッドが助けてくれたからなんとか大丈夫だったんだな。クリスタルライトっていう魔法少女は透明になる魔法を使うんだな。だから爆発して倒そうとしたんだな」
「じゃあ、アイスネージュって魔法少女の近くにいたのはクリスタルライトだねー。声しか聞こえなかったもんー」
「倒せなかったんだな。ごめんなんだな」
「気にしない気にしないー。こっちも3人無事だしどうにかなるってー」
これで相手の魔法少女たちの能力がわかった。
フローラルフラワーは花を操り、アイスネージュは周りを凍らせる。
クリスタルライトは透明化。
そしてこっちの能力もあちらにばれていて、残っている人数も変わりない。
状況的にはどっこいどっこいか。
ここが見つかるのも時間の問題だし、早く次の行動に移さなくては。
「あの、思いついたことがあるんだけど――」
上手くいくかわからないけれど、これならきっとひとりくらいは戦闘不能にできるはず。
「準備はいい?」
「いつでも大丈夫なんだな」
「いくよ!」
「だな!」
ボンバーくんの足元を狙ってハンマーを振る。
それを踏み台にボンバーくんが空中に飛んで行った。
「ボンバー!」
天井近くまで飛び上がったところで爆発すると、抱えていたマッドちゃん特製泥人形が木っ端みじんになり倉庫の中に泥の雨を降らせた。
急いでコンテナの上に上がって魔法少女たちの居場所を探す。
「格好の的ですわ。アイスウェーブ!」
空中で動けないまま落ちていくボンバーくんにアイスネージュが近づき魔法を放つ。
成すすべなく凍り付くボンバーくん。
ここまでは計画通り。
アイスネージュもいい位置に来てくれた。
完全に落ちてくるボンバーくんに意識を持っていかれているアイスネージュの背後を取り、思いっきりハンマーで殴りつける。
「きゃっ!?」
悲鳴とともにアイスネージュの身体が吹っ飛び、コンテナにめり込む形で動きを止める。
ちょっとやりすぎたかな。
でも今は気にしてる場合じゃない。
地面に落ちる前にボンバーくんを受け止めようと走り出す。
「ぐえっ」
しかし、戦闘服を着ていても上から落ちてくる大きな身体を受け止めるのには無理があったようで、受け止めきれずに下敷きになってしまった。
なんとか上に乗っているボンバーくんをよけて起き上がる。
凍ってはいるが、怪我はなさそうだ。
アイスネージュを確認すると完全に気を失っているらしく倒れている。
これでひとりずつが戦闘不能。
マッドちゃんのほうはどうなっただろう。
「フゥーチャー」
奥からマッドちゃんが歩いてくるのが見えた。
背中には気絶したクリスタルライトを背負っている。
「こっちはうまくいったよー。そっちは?」
「こっちもひとり戦闘不能にしたよ」
泥だらけのクリスタリライトを地面に下す。
ボンバーくんが爆発して降らせた泥の雨だ。
予想通り泥をかぶったクリスタルライトは透明でも居場所がわかったらしい。
場所がわかればあとは地面に潜ったマッドちゃんが近づき、泥の状態になって身体を覆えば酸欠で気絶させられると考えての作戦だった。
あとはフローラルフラワーだけ。
正直ここからは残ったメンバーで力押しすることしか考えていない。
魔法に攻撃力はなくとも、肉弾戦にどれだけの実力があるのか全く予想がつかないのだ。
フローラルフラワーを探そうと上を見上げると、コンテナの上で私たちの様子を見ていたらしい彼女と目が合った。
「いた!」
「ひぃっ」
思わず指させば、フローラルフラワーが後ずさる。
「このまま一気に――」
「降参します!」
「……えっ?」
戦闘態勢のまま構えれば、涙声でフローラルフラワーが再び叫んだ。
「だから、降参します!」
腹の底からの叫びに呆気に取られているうちに、私たちはあっというまに魔王の部屋に戻っていた。
えっ?
どういうこと?
「おめでとう!」
呆けていた私とマッドちゃんを、魔王が思いっきり抱きしめる。
「よく頑張ったな。2人戦闘不能でひとりは降参。こちらは2人残っていたから今回の新人戦は我々魔王軍の勝利だぞ!」
ボンバーくんの氷を一瞬で溶かした魔王は、私たちにしたのと同様に彼のことも抱きしめて労いの言葉を送った。
「終わったんですか?」
「ああ」
「本当に?」
「もちろん」
「こんなにあっさり?」
「勝敗が決まったら解散する手はずだからな」
「はぁ……」
なんだか拍子抜けだ。
しかも最後の相手だったフローラルフラワーは降参という形で決着がついたのか。
「未来、やったねー!」
マッドちゃんが抱き着いてくる。
「私たち勝ったんだよー。初勝利ー」
「うん、そうだね。そうだよね!」
「だな! みんな頑張ったんだな!」
復活したボンバーくんも加わり3人で円を作り喜び合う。
最後は予想外の結末だったが、新人戦で勝利を収めたことには変わりない。
作戦をたて、それを実行し、きちんと成果を出した。
凄いことだ。
喜んでいいことだ。
私たち3人で協力して勝ち取った勝利に嬉しくないわけがない!
「やったね!」
「やったよー!」
「やっただな!」
3人で喜び合う。
何かに勝つってこんなに嬉しいんだ。
しばし勝利の余韻に浸り、改めて魔王から褒めてもらえた私たちはほくほくで魔王の部屋を後にした。
そして身体の疲れを忘れてしまうぐらいに上がってしまったテンションそのままに、約束していた打ち上げをするために街に繰り出した。
途中、クロくんを捕まえることも忘れない。
この日、時間の許す限り4人で食べて遊んで楽しんだ。
クロくんは終始静かに私たちに付き合ってくれたが、時折笑顔を見せたことを考えるに彼なりに楽しんでいたように思う。
「本日はお疲れ様でした」
人目につかないよう家の裏に瞬間移動をしてもらった時、クロくんがそんな言葉をかけてくれた。
「今日は疲れたでしょうから、ゆっくり休んでください」
「うん、ありがとう」
ぺこり、と頭を下げてクロくんが消える。
家の中に入ると気が緩んだのか一気に脱力感と疲労感に襲われた。
なんとか自分の部屋までたどり着き、ベッドに倒れこむ。
そのまま眠りにつくまで10秒もかからなかった。
この後、夕飯の準備ができたからとお母さんに起こされるまで、私は夢を見ることもなくぐっすり眠った。
修行と言っても基本的な身体の動かし方や受け身の取り方、武器の扱い方など必要最低限のことを習っただけだけれど、戦闘服の性能も相まって素人同然の動きよりはマシになった気がする。
ボンバーくんとマッドちゃんとの共闘訓練もしたけれど、能力に統一性がないのでどう戦ったらいいのか掴めていないのが現状だ。
対戦相手の魔法少女のこともわからないし、作戦を立てようがない。
そしてそもそもこっちは作戦の立て方もわからないようなひよっこだった。
ボンバーくんもマッドちゃんも1対1の戦いの経験しかなく、団体戦は初めてらしい。
こんな状態で新人戦に参加して大丈夫なのだろうか。
不安ばかりが募る。
あんなに嫌がっていた魔王軍に入隊させられ、あまつさえ人外のスキンシップに巻き込まれているのに、ちゃんと戦えるのかなんて地球人の私には縁遠いはずだった問題に真剣に悩んでいる。
それはもう、心労がたたるほどに。
そんなこんなであっという間に月を跨ぎ、いよいよ新人戦が来週にまで差し迫った最後の訓練で私たち3人はこう結論づけた。
行き当たりばったりで行こう。
そして、勝つために最大限努力はしよう。
以上。
要するに、考えることを放棄した。
そもそも魔王軍が戦っているのは娯楽のためだ。
主に魔王の娯楽のため。
明確な信念とか目的とか目標とかは基本ない。
もちろん例外はいるようで、巷で人気のミッドナイトは好意を寄せている魔法少女に見初められないがために強さを求めてアピールをしているとかいないとか、出所のわからない噂が流れているのを知っている。
噂大好きマッドちゃんが教えてくれた。
「別に、みんながみんな遊び半分で戦ってる訳じゃないよー。勝てば嬉しいし負ければ悔しいのは当然でしょー。戦いに真剣に向き合ってる連中の方が多いんじゃないかなー。私だって勝てるなら勝ちたいしさー、で、みんなに誉めてもらうのー」
「勝った後のお菓子は格別なんだな。勝利の味のために僕はがんばるんだな」
2人なりの戦う理由。
聞くひとが聞けば笑われるかもしれないが、私はすごいなと思う。
言葉の中にちゃんとした意思を感じる。
お願いされ断れず、流されるままここまで行き着いた私とは違う。
訓練だって正直なあなあで始めた。
逃げられないから仕方ないって、諦めた。
でも、それってきっといいことじゃない。
きっかけは仕方ないにしろ、そこから先は私の意思で決めなきゃいけないんだ。
だから、私は決めた。
この新しい友達のために私は戦う。
2人のささやかな願いのために。
戦うのは怖い。
勝つ自信もない。
それでも、精一杯やれることはやろうと決めた。
『新人戦でわたしくしがポイントを稼げるように!そして勝利を収められるように!』
フローラルフラワーの言葉を思い出す。
あれは、私に負けろと言っていた。
自分の糧になれとお願いされたのだ。
そう考えると、今更ながら腹が立つ。
何様だ。
人のことを何だて思ってるんだ。
勝手すぎる。
胸の中で沸々と怒りの熱が沸いてくる。
お互いに手合わせしていたボンバーくんとマッドちゃんが、私の様子に気がついて手を止める。
「大丈夫ー?」
「具合悪いんだな」
「違うの大丈夫。心配かけてごめんね。魔王軍に入隊するきっかけになった魔法少女のこと考えてたら腹が立っちゃって」
あはは、と苦笑いを浮かべる。
「……」
「……」
私の言葉に暫しボンバーくんとマッドちゃんが目を合わせ黙る。
と、
「私はその魔法少女に感謝だなー。おかげで未来に会えたしー」
「だなだな。未来にとってはよくないことだったかも知れないけど、少なくとも僕たちは嬉しいんだな」
笑顔でそんなことを言ってくれた。
「ボンバーくん、マッドちゃん」
ぽっと出の地球人である私にそんなことを言ってくれるなんて。
素直に嬉しい。
「ありがとう」
改めて2人のために頑張ろう。
そう心に誓った。
この日、最後の訓練は早々に切り上げられ、激励会というなの親睦会で魔族の街に遊びに行った。
見たことない景色、見慣れない街並み、食べなれない食べ物。
全てが新鮮で刺激的だった。
「それじゃあ、新人戦頑張ってこー」
お洒落なカフェのテラスで、蛍光色のよくわからないドリンクで乾杯をする。
がんばろう。
がんばって戦おう。
「また3人で遊びに行こう」
「もちろんー。次は打ち上げだねー」
「だなだな」
「その時はクロくんも呼んでいい?」
「クロー?」
「いつも私の送り迎えしてくれる人なの」
「あぁ、あのクローンかー。いいよー。人数は多いほうが楽しいだろうしー」
「だなだな」
「ありがとう」
こうして楽しい時間はあっという間に過ぎ、ついでに言えば1週間もあっという間に過ぎ、とうとう新人戦当日がやってきた。
新人戦当日。
私たちは魔王の部屋にいた。
面接の時と同じで玉座に足を組んで座っている魔王は相変わらず圧倒的なオーラを放っている。
両隣にいるボンバーくんとマッドちゃんが魔王に向かって跪くので、私も習って跪く。
別に忠誠を誓っているわけでもないのだが、雇い主みたいなものだし仕方ない。
「今日はいよいよ新人戦だな。楽しみにしているぞ」
魔王が楽しそうに笑う。
「魔王様の期待に応えられるよう精一杯戦って参ります」
真剣な表情でマッドちゃんが答える。
そんな横で、私はマッドちゃんが普通にしかも敬語で話したことに驚いていた。
「今日の新人戦のルールはいつも通り魔王軍チームと魔法少女チームどちらかの3名全員が戦闘不能になった時点で終了だ。降参も認める。使用していいのは固有能力にみなので気を付けるように」
「かしこまりましただな」
「それから未来」
「は、はい?」
急に自分に話しかけられて動揺する。
「今日はフゥーチャーと名乗れ」
「フゥ、フゥーチャー……」
「認識阻害がかかっていても名前を呼ばれたら意味がないからな」
「は、はい」
フゥーチャーって、未来そのままなんだけど。
大丈夫かな?
一抹の不安を抱くが魔王が言っていることなのでそのまま従うことにする。
「それでは、健闘を祈る」
その言葉を最後に視界に霞がかかり景色が変わる。
薄暗い、倉庫の中のようだった。
大きなコンテナがいくつも積み重なっていて、見たところかなりの広さがありそうだ。
魔王の能力で試合会場に瞬間移動をしたらしい。
「試合会場はいつもランダムなんだー。どこになるかは誰にもわからないから、多分魔王様と魔法女王が決めてるんだと思うー」
マッドちゃんが周囲を確認しながら教えてくれる。
「こんにちは、魔王軍のみなさん!」
どうしたものかと悩んでいると、急に上から声が降ってきた。
見上げると、魔法少女が3人コンテナの上に立っている。
そのうちのひとりは私がここにいる原因を作った魔法少女――フローラルフラワーだった。
「本日の新人戦の相手を務めさせていただく魔法少女チームです。わたくしはフローラルフラワー。お見知りおきを」
「アイスネージュと申します。お手柔らかにお願いいたしますわ」
「ボクはクリスタルライト。よろしくね!」
ふわふわきらきらぶりぶりの衣装3人組がドヤ顔で見降ろしてくる。
かわいいなー、と素直に思う。
こちらにはない花がそこにはあった。
「私はマッド。魔王軍の新人戦チームのひとりだよー」
「僕はボンバーなんだな」
「私はみ――フゥーチャー」
こちらも負けじとドヤ顔で返す。
「それでは、自己紹介も済んだことですし、早速戦いを始めましょう!」
その言葉を合図に、魔法少女たちが胸のブローチから魔法のステッキを取り出した。
「先手必勝、行かせてもらいます! フローラルシャワー!」
フローラルフラワーがステッキを振り上げると、部屋中に色とりどりの花が空中に浮かぶ。
その花がだんだんと集まり巨大な蛇の形になった。
「行きますよ!」
フローラルフラワーがステッキを振り下ろすと、その動作に合わせて花の蛇が襲い掛かってきた。
「え、え、え?」
急なことに身体が動かず身を固めることしかできない。
ボンバーくんとマッドちゃんはさっさとその場から離れたらしい。
今蛇の目先には私しかいない。
容赦なく頭上から蛇が突撃してくる。
何とか顔の前のクロスさせた腕で防御し、頭を守るように蹲った。
がさがさがさと耳元で花がすれる音が聞こえる。
花のいい匂いが私の周りに充満する。
「……」
なんの音もなくなったので目をゆっくりと開くと、あたりには大量の花が落ちているだけだった。
夢の国のような、随分とかわいらしい光景になっている。
考えるまでもなく、床に散らばってる花はさっき私を襲った蛇だろう。
それがバラバラになって動かない。
ただの花だ。
未だにコンテナの上に立っているフローラルフラワーに困惑の視線を送ると、何とも言えない表情で目を反らされた。
「フローラ……これ」
「やはりあなた未来なんですね。今日はフゥーチャーと呼ぶべきですか。どうでした? わたくしの固有魔法は」
「えーっと、インパクトはあったけど、その、肝心の攻撃力が……」
「そうです、そうですよ。あなたの言いたいことはわかります」
フローラルフラワーは一呼吸置き、そして泣き出した。
「わたくしの固有魔法は花を操ること! 花を操るだけで攻撃力なんてないんです! うわーん!」
泣いているフローラルフラワーにどんな言葉をかけていいのかわからない。
魔法少女って確か肉弾戦も強かったはず。
ルールは固有能力のみを使うことだけど、それは瞬間移動とかを使うなってことで肉弾戦はまた別のはずだ。
この前の魔法少女と魔王軍の戦いを見た時も、殴り合いはしていた。
ひたすら自分の固有魔法が使えないことについて嘆いているフローラルフラワーがそのことに気が付いたら面倒くさいことになる。
こっちは地球人で戦闘とは無縁の生活を送っていた女子中学生だ。
戦わないで済むならそのほうが絶対にいい。
ぎゅっと、ハンマーを握る。
これで殴ればきっと気絶するはずだ。
魔法少女の防御力も魔王軍とそんない変わらないらしいし、武器の威力もボンバーくんとマッドちゃんの協力でどの程度かも把握している。
当たれば十中八九こちらの勝ちだ。
いまや座り込んで涙を流すフローラルフラワー。
こんな丸見えの位置からそっと近づくことは不可能だから、一気に距離を詰めて仕留めよう。
そう決めてからの行動は早かった。
一気に走り出し、コンテナの前で跳躍し飛び上がる。
戦闘服のおかげで身体能力が向上しているので、コツをつかめば数メートルは跳躍できる。
あっという間にフローラルフラワーの頭上を取る。
あとはこのまま重力に任せてハンマーを振り下ろすだけだ。
「フローラ、ごめん!」
謝りながら振り下ろそうとした瞬間――。
「ボンバー!」
ボンバーくんの声。
その声に続いて暴風に襲われあらぬ方向に吹き飛ばされてしまう。
上手く着地できずにコンテナに背中を打ち付け地面に落ちた。
「うっ……」
ちょっと苦しいけど思ったより痛くない。
「ボンバーくん!」
そんなことより、ボンバーくんのところに行かなければ。
今のはボンバーくんの固有能力だ。
自分の身体を爆弾にして爆発させる。
爆発したあとは10秒くらい動けなくなる弱点があるので、そこを魔法少女に狙われたら終わりだ。
きっと戦闘不能にされてしまう。
声と爆風の起こった方に向かって走る。
コンテナが多く視界を遮られるのでなかなか見つけ出せない。
「ボンバーくん!」
「戦いのさなかに大声を出すのは少々不用心ではありませんか」
静かな声。
周りの温度が数度下がったような気がする。
振り返ると、無表情のアイスネージュが静かに立っていた。
手には青色のステッキが握られている。
「あなたが地球人の方のようですわね。会ったばかりの魔王軍を心配するなんてお人よしですわ」
「友達を心配するのは当たり前でしょ」
「お友達? それはまた奇妙ですわ」
アイスネージュの瞳が細められる。
氷の彫刻を目の前にしているような美しさを放つ魔法少女だ。
なんだか人間味がなくて怖い。
一歩後ずさる。
そんな私にアイスネージュが小さく笑った。
「あら、私怖かったかしら。ごめんなさいね。それでは早急に決着をつけましょう。アイス――」
魔法を唱えかけた時、コンクリートの床が揺らめきだしアイスネージュの足が地面に沈み始めた。
マッドちゃんだ!
咄嗟に思う。
マッドちゃんは泥になって地面の形状を自由に変えられる能力を持っている。
「戦い中に長話するのは不用心じゃないー?」
地面から顔だけを出したマッドちゃんがにんまりと笑う。
「マッドちゃん!」
「やっほー、フゥーチャー。ボンバーなら大丈夫。地面に隠して移動させたからー」
「あら、そうですか。その言葉そのままお返ししますわ。アイスウェーブ」
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こちらから気がそれた隙にハンマーで地面を叩き、氷を砕く。
「息止めてー」
反応する前にマッドちゃんに腕を掴まれ地面に引きずり込まれる。
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「フゥーチャーのおかげでなんとかねー」
マッドちゃんが答える。
「さっきのところからは少し距離があるから時間稼ぎはできたかなー」
「ボンバーくんは大丈夫だった?」
「マッドが助けてくれたからなんとか大丈夫だったんだな。クリスタルライトっていう魔法少女は透明になる魔法を使うんだな。だから爆発して倒そうとしたんだな」
「じゃあ、アイスネージュって魔法少女の近くにいたのはクリスタルライトだねー。声しか聞こえなかったもんー」
「倒せなかったんだな。ごめんなんだな」
「気にしない気にしないー。こっちも3人無事だしどうにかなるってー」
これで相手の魔法少女たちの能力がわかった。
フローラルフラワーは花を操り、アイスネージュは周りを凍らせる。
クリスタルライトは透明化。
そしてこっちの能力もあちらにばれていて、残っている人数も変わりない。
状況的にはどっこいどっこいか。
ここが見つかるのも時間の問題だし、早く次の行動に移さなくては。
「あの、思いついたことがあるんだけど――」
上手くいくかわからないけれど、これならきっとひとりくらいは戦闘不能にできるはず。
「準備はいい?」
「いつでも大丈夫なんだな」
「いくよ!」
「だな!」
ボンバーくんの足元を狙ってハンマーを振る。
それを踏み台にボンバーくんが空中に飛んで行った。
「ボンバー!」
天井近くまで飛び上がったところで爆発すると、抱えていたマッドちゃん特製泥人形が木っ端みじんになり倉庫の中に泥の雨を降らせた。
急いでコンテナの上に上がって魔法少女たちの居場所を探す。
「格好の的ですわ。アイスウェーブ!」
空中で動けないまま落ちていくボンバーくんにアイスネージュが近づき魔法を放つ。
成すすべなく凍り付くボンバーくん。
ここまでは計画通り。
アイスネージュもいい位置に来てくれた。
完全に落ちてくるボンバーくんに意識を持っていかれているアイスネージュの背後を取り、思いっきりハンマーで殴りつける。
「きゃっ!?」
悲鳴とともにアイスネージュの身体が吹っ飛び、コンテナにめり込む形で動きを止める。
ちょっとやりすぎたかな。
でも今は気にしてる場合じゃない。
地面に落ちる前にボンバーくんを受け止めようと走り出す。
「ぐえっ」
しかし、戦闘服を着ていても上から落ちてくる大きな身体を受け止めるのには無理があったようで、受け止めきれずに下敷きになってしまった。
なんとか上に乗っているボンバーくんをよけて起き上がる。
凍ってはいるが、怪我はなさそうだ。
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これでひとりずつが戦闘不能。
マッドちゃんのほうはどうなっただろう。
「フゥーチャー」
奥からマッドちゃんが歩いてくるのが見えた。
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「こっちもひとり戦闘不能にしたよ」
泥だらけのクリスタリライトを地面に下す。
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場所がわかればあとは地面に潜ったマッドちゃんが近づき、泥の状態になって身体を覆えば酸欠で気絶させられると考えての作戦だった。
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正直ここからは残ったメンバーで力押しすることしか考えていない。
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「いた!」
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「降参します!」
「……えっ?」
戦闘態勢のまま構えれば、涙声でフローラルフラワーが再び叫んだ。
「だから、降参します!」
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どういうこと?
「おめでとう!」
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「終わったんですか?」
「ああ」
「本当に?」
「もちろん」
「こんなにあっさり?」
「勝敗が決まったら解散する手はずだからな」
「はぁ……」
なんだか拍子抜けだ。
しかも最後の相手だったフローラルフラワーは降参という形で決着がついたのか。
「未来、やったねー!」
マッドちゃんが抱き着いてくる。
「私たち勝ったんだよー。初勝利ー」
「うん、そうだね。そうだよね!」
「だな! みんな頑張ったんだな!」
復活したボンバーくんも加わり3人で円を作り喜び合う。
最後は予想外の結末だったが、新人戦で勝利を収めたことには変わりない。
作戦をたて、それを実行し、きちんと成果を出した。
凄いことだ。
喜んでいいことだ。
私たち3人で協力して勝ち取った勝利に嬉しくないわけがない!
「やったね!」
「やったよー!」
「やっただな!」
3人で喜び合う。
何かに勝つってこんなに嬉しいんだ。
しばし勝利の余韻に浸り、改めて魔王から褒めてもらえた私たちはほくほくで魔王の部屋を後にした。
そして身体の疲れを忘れてしまうぐらいに上がってしまったテンションそのままに、約束していた打ち上げをするために街に繰り出した。
途中、クロくんを捕まえることも忘れない。
この日、時間の許す限り4人で食べて遊んで楽しんだ。
クロくんは終始静かに私たちに付き合ってくれたが、時折笑顔を見せたことを考えるに彼なりに楽しんでいたように思う。
「本日はお疲れ様でした」
人目につかないよう家の裏に瞬間移動をしてもらった時、クロくんがそんな言葉をかけてくれた。
「今日は疲れたでしょうから、ゆっくり休んでください」
「うん、ありがとう」
ぺこり、と頭を下げてクロくんが消える。
家の中に入ると気が緩んだのか一気に脱力感と疲労感に襲われた。
なんとか自分の部屋までたどり着き、ベッドに倒れこむ。
そのまま眠りにつくまで10秒もかからなかった。
この後、夕飯の準備ができたからとお母さんに起こされるまで、私は夢を見ることもなくぐっすり眠った。
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