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魔法少女フローラルフラワー
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スマホのアラームが鳴った。
お気に入りの歌手の曲で目が覚めるのは気分がいい。
窓の向こうに広がるのが青空だったらもっといい。
私、高橋未来。
今年で14歳になる中学生だ。
まだ眠たい目をこすりながら階段を降りてリビングへの扉を開けるとお母さんが朝食の用意をしてくれていた。
トーストとベーコンエッグ、ちょっぴり苦手なブロッコリーとプチトマトがいろどりを添えている。
「お母さん、おはよう」
「おはよう、未来」
フライパンを洗うお母さんの背中を眺めながら朝食の置かれている席につく。
目の前はお父さんの席だけど、今は誰も座っていない。
お皿もないから今日は早出なのだろう。
工場勤務のお父さんは出勤時間がまちまちで、こんな風に顔を合わせない日も少なくない。
トーストをかじりながらつけっぱなしのテレビを見る。
「また魔法少女と魔王軍か……」
画面には『今度は商業施設で 魔法少女VS魔王軍』と書かれたポップな見出しと、激しく動き回る魔法少女と魔王軍が映し出されていた。
今回はブルーフェアリー対ミッドナイトの対決だったらしい。
魔法や肉弾戦で激しくぶつかり合う戦いの背景が、よく家族や友達と遊びに行っている商業施設というのがなんとなく違和感があって不思議だった。
「どっちが勝ったって?」
「ブルーフェアリーだって」
「あら、うれしい。お母さんオーロラベールが好きだからうれしいわ。こういうの推しって言うんでしょ。やだー、未来見て。いっつも行くカフェの看板が映ってる」
洗濯物をたたみ始めたお母さんがテレビを見ながらはしゃいでいる。
「未来は? お気に入りの人がいたりするの?」
「私は別に……。でもクラスではミッドナイトが人気かな」
「確かに、クールでかっこいいものね」
中学生は悪役に憧れたりする年ごろなのか、私の通っている中学校では魔王軍派の方が多いような気がする。
私はどっちが好きとかはないけれど、フリフリでカラフルな魔法少女は少し幼女向けのような気がして、シックで落ち着いた衣装の魔王軍の方が好感が持てた。
朝食を食べ終え、お皿を洗う。
中学生になってから自分の使った食器は自分で洗うようになった。
面倒くさいと思うことの方が多いけど、大人になった気分にひたれるので悪くはない。
身支度を整え時間通りに家を出る。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
季節は初夏。
心地よい風が身体を包む。
魔法少女と魔王軍の戦いが始まって半年。
世界は相変わらず平和な時間が流れている。
魔法少女と魔王軍が日本にやってきたのは今から半年前。
日本中が新しい年に期待しのんびりとお正月を過ごしていた元旦だった。
突如、日本海に2つの巨大UFOが出現した。
それぞれ魔法少女と魔王軍と名乗った軍団は日本が両者の戦いの場に選ばれたと通告し、国の領海に居座った。
もちろん、デマだと信じていた人間も少なくない。
しかし、魔法少女と魔王軍の激しい戦いは一瞬にして国民を混乱と恐怖の渦へと突き落とした。
魔法少女と魔王軍の戦いは約1週間に1回のペースで行われ、戦場は完全なランダム。
有名な山の時もあれば今回のような商業施設、人通りの多い大きな交差点や住宅街なんかでも戦いは繰り広げられ、避難するにもどこに逃げていいのかわからない状況にただ怯えるだけの日々が続いた。
そんな状況が3週間ほど過ぎた頃、誰かが気づいた。
被害、でてなくない?
そう、魔法少女と魔王軍の戦いでの被害は一切でていなかったのだ。
死人はともかくけが人すら出ていない。
壊れた建物は次の日にはすっかり元通りに修復されている。
戦いのとき以外は国民への接触もなくUFOは大人しく海の上を漂っているだけ。
これ、安全なんじゃない?
1か月目でそんな疑念が広まり、2か月目で確信に変わり、3か月目にはアイドル化が始まった。
テレビ局や動画配信者がこぞって戦いを世の中に流し始め、どこから入手したのか容姿や名前も知れ渡ることになった。
元来、二次元作品文化が根深く浸透している国民性のためこんなにあっさり受け入れられたのだと、どこかの専門家が言っていた気がする。
そんなこんなで異星人? の来襲から約半年、私たちは以前と変わらない生活を送っていた。
学校からの帰り道。
親友のみったんとしーちゃんと別れていつもの通学路をひとりで歩く。
クラスではやはりブルーフェアリー対ミッドナイトの話で持ち切りだった。
魔王軍推しの生徒が多いせいか悔しそうな声が目立ったが、みんな総じて楽しんだようだった。
「ん?」
道端にきらりと光るものが目に入った。
落とし物かと近づくと、ピンクの宝石とリボンがついたブローチだった。
随分とかわいらしいデザインにどこかの女の子が落としたのかなと拾い上げる。
きれいな状態にきっと大切にしていたのだろうと推察し、近所の交番に届けることにした。
「すみません」
「うぐっ、えっ」
「あのねぇ、泣いてるばかりじゃお巡りさんもどうすることもできないよ」
「だってぇ……」
「あのー」
「落とし物が届いたら連絡するから、住所と電話番号書いてもらえるかな」
「うぐぅ、わ、わかんないぃ。電話も持ってないしぃ」
「今時スマホを持ってないなんて珍しいね。お父さん、お母さんの電話番号は? 家に固定電話……はもうあんまり置いてないんだっけ」
「わ、わだじの……」
「あ、あの!」
いたたまれない空気の中、思い切って声をあげる。
このままではいつまで経ってもふたりの会話が終わらないような気がした。
狭い交番の中には書類の収まった棚と机がふたつ、来客用のソファと小さいテーブルが壁際に置いてあり、お飾り程度の観葉植物が所在なさげにうなだれていた。
机を挟んで中年のお巡りさんが泣きじゃくる女の子になにかと話しかけていたところに飛び込んでいったので、ふたりの視線が一気に私に注がれた。
「君も落とし物かな?」
少し疲れた様子でお巡りさんが立ち上がる。
ただ単に目の前の女の子から離れたかっただけかもしれないが。
「いえ、落とし物を拾ったので届けに来ました。女の子のブローチだと思うんですけど。これ、道に落ちてて――」
「私のブローチ!」
すべて言い切る前にポケットから取り出したブローチは突進してきた女の子に奪い取られていた。
「私のブローチだ!」
さっきまで泣きじゃくり枯れかけの花のつぼみがごとくしおれていた女の子は、今や喜びのあまり水を得た魚のようにそこら中を飛び跳ねている。
小さい女の子じゃなかったな。
目の前ではしゃいでいる女の子は私と同年代か少し下くらいの年齢で、背丈は頭ひとつ分低い。
髪も服もド派手なピンクを基調とし、フリルやリボンがふんだんにあしらわれていた。
3、4歳くらいの子を想像していたので現実とのギャップに少々面食らう。
でも、あんなに喜んでいる姿を見ると悪い気はしなく、やはり届けてよかったし持ち主に返せて嬉しい気持ちが大きかった。
「よかったね」
「はい! ありがとうございます」
満面の笑みのありがとうに、こちらこそありがとうございます。
女の子の笑顔につられて、私も小さく笑い返した。
「お世話になりました」
事の成り行きを部屋の奥で見守っていたお巡りさんに、女の子が深々とお辞儀をする。
「無事に見つかってよかったよ」なんて言いながら、お見送りをしてくれた。
「その恰好とっても似合ってるね。魔法少女みたい。好きなの? 魔法少女」
「お気に入りの戦闘服を褒められるのはうれしいですけど、魔法少女自体はあまり好きではないですね。なにせわたくしのライバルですから」
「ライバル?」
交番を後にして、さっき会ったばかりの女の子と並んで歩く。
きっと帰り道が一緒なんだななんて考えながら会話をしていれば、青春マンガとかでしか出てこなさそうな単語が聞こえ立ち止まる。
「あぁ、申し遅れました。わたくしフローラルフラワーと申します。しがない魔法少女のひとりです。お見知りおきを。あなたのお名前は?」
え、今なんて言った?
魔法少女ってあの魔法少女?
でも確かに魔法少女らしい恰好はしてるし……。
「私? 私は高橋未来」
「それでは未来、改めてお礼を言わせてください。わたくしの大切なブローチを見つけてくれてありがとうございました」
差し出された手を反射的に握り返す。
「ま、魔法少女って泣きじゃくるんだ」
「魔法少女だって泣きますよ。必死なときはそれはもう恥ずかしげもなく。地球外生命体ってだけで生命ですから」
それはそうか。
「あなたにはとても感謝しています。このブローチがないとわたくしは魔法少女の能力を使うことができませんし、母船への連絡とか位置情報とか個人情報のすべてが入っていると言っても過言ではありません。あなた方の文化でいうところのスマートフォンですね」
「スマホで変身はできないけどね」
まさか知らないうちに魔法少女を助けることになっていたなんて。
しかも、本物の魔法少女を。
画面越しでしか見たことのない人物と、対面して生の声で話してる。
これって、とっても貴重なことなんじゃないの!?
心臓がどきどきする。
その間にフローラルフラワーはブローチを大事そうに胸へと付け直していた。
「さすがに半年も母船に閉じこもっていると外の空気を吸いたくなりまして、こっそり抜け出して散歩をしていたらうっかりブローチを失くしてしまいました。このままだとホームレスになるしかないと絶望したものです」
「ホームレスってそれは心配しすぎでしょ。ほかの魔法少女が探してくれるんじゃない?」
「どうでしょうね。さっきも言いましたが魔法少女同士は基本ライバル関係なので。魔王軍との対戦結果のスコアでランクが決まるんですよ。まぁ、同じランクで寄り集まったり上下関係はあってもみんなで仲良くとはなかなか。魔法少女の世界も甘くないんですよね」
フローラルフラワーが苦笑いしながらため息をつく。
そんな世知辛いのか魔法少女。
まるでクラスのカースト制度みたいで生々しい。
どこの世界でも女性同士はなにかとあるようだ。
「じゃあさ、フローラルフラワーのランクはどのくらいなの?」
「わたくしのランクは一番下ですね。というか、まだ魔王軍と戦っていない新人なのでランクの上がりようがないというか……。地球には補欠としてメンバーに入っただけなので実力もそんなには。なので来月行われる新人マッチ戦では絶対に活躍したくて、あわよくば勝ってランクを上げたいんです! だってわたくしの夢は――」
急に勢いづいたフローラルフラワーは大声で言う。
「魔法少女の女王になることですから!」
……大きくでたなぁ。
お姫様はともかく女王様か。
その後、フローラルフラワーは嬉々として女王の特権を駆使した将来設計を話し始めた。
要約すると可愛いお城を建てて大好きなお菓子を食べながら悠々自適に暮らしたいらしい。
魔法少女の世界では女王が絶対的なルールだそうで、魔法少女はあくまでも女王の配下でしもべ。
女王になるには地球を含めた様々な星で行われる魔王軍との戦いでポイントを稼ぎランクを上げ、最高ランクに到達したところで女王と対戦をし勝利した魔法少女が次の女王になれるらしい。
現女王は魔法の実力も確かなもので、ここ何十年も世代交代はしていないとのこと。
それは魔法少女たちの仲が比較的よくないことも頷ける。
きっとほかの魔法少女も女王の座を狙って戦っているのだろう。
すべての権限が与えられるというのはただの中学生の私からしても魅力的だった。
私だったらとりあえず学校のテストを廃止する。
フローラルフラワーの妄想話はなかなか終わることなく膨らむばかりで、立ち話もなんだからと通りかかった公園のベンチに腰を下ろして耳を傾ける。
空はすっかりオレンジ色に染まり、気温の変化で公園の土の匂いが濃くなった。
そろそろ家に帰りたい。
終わりの見えない話を途中から聞き流しながら、明日提出しなければいけない宿題を思い出す。
今日の晩御飯はハンバーグだってお母さん言ってたな。
我が家のハンバーグは私が「太るから食べたくない」と言った日から豆腐ハンバーグになった。
ヘルシーで罪悪感なく食べられる私のお気に入りだ。
「ねぇ、フローラルフラワー」
「フローラでけっこうですよ。魔法少女ネームは長いでしょう」
「じゃあ、フローラ……」
「とにかく、わたくしの夢を実現させるためにはランクをあげければならないのです。そのためには――」
「私そろそろ帰らないと」
「散歩というのは建前で、本当は戦力になる人材を探していたのですがそんなに簡単には見つからず。故に来月の新人戦でわたくしよりも弱い相手に当たることが望ましく……あっ!」
フローラが急に世紀の大発見でもしたかのような笑顔でベンチから立ち上がる。
「未来!」
「は、はい!」
「あなた、運動神経は?」
「……体育の授業はほとんど2だけど」
「体力はありまして?」
「あんまり。去年の体力測定も散々だった」
「お人よしですか?」
「まぁ、落ちてたブローチを交番に届ける程度にはお人よしかな……」
自分でお人よしと言うのはなんだか気が引けるけれど。
「未来!」
「なに!?」
両手を握られ引き寄せられる。
「わたくしのために魔王軍に入隊していただけませんか!? 新人戦でわたしくしがポイントを稼げるように! そして勝利を収められるように!」
「……え」
えええぇぇえぇ!?
私の叫びが口から出ることなく脳内で爆発してショートした。
なにがどうしてそうなった!?
お気に入りの歌手の曲で目が覚めるのは気分がいい。
窓の向こうに広がるのが青空だったらもっといい。
私、高橋未来。
今年で14歳になる中学生だ。
まだ眠たい目をこすりながら階段を降りてリビングへの扉を開けるとお母さんが朝食の用意をしてくれていた。
トーストとベーコンエッグ、ちょっぴり苦手なブロッコリーとプチトマトがいろどりを添えている。
「お母さん、おはよう」
「おはよう、未来」
フライパンを洗うお母さんの背中を眺めながら朝食の置かれている席につく。
目の前はお父さんの席だけど、今は誰も座っていない。
お皿もないから今日は早出なのだろう。
工場勤務のお父さんは出勤時間がまちまちで、こんな風に顔を合わせない日も少なくない。
トーストをかじりながらつけっぱなしのテレビを見る。
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今回はブルーフェアリー対ミッドナイトの対決だったらしい。
魔法や肉弾戦で激しくぶつかり合う戦いの背景が、よく家族や友達と遊びに行っている商業施設というのがなんとなく違和感があって不思議だった。
「どっちが勝ったって?」
「ブルーフェアリーだって」
「あら、うれしい。お母さんオーロラベールが好きだからうれしいわ。こういうの推しって言うんでしょ。やだー、未来見て。いっつも行くカフェの看板が映ってる」
洗濯物をたたみ始めたお母さんがテレビを見ながらはしゃいでいる。
「未来は? お気に入りの人がいたりするの?」
「私は別に……。でもクラスではミッドナイトが人気かな」
「確かに、クールでかっこいいものね」
中学生は悪役に憧れたりする年ごろなのか、私の通っている中学校では魔王軍派の方が多いような気がする。
私はどっちが好きとかはないけれど、フリフリでカラフルな魔法少女は少し幼女向けのような気がして、シックで落ち着いた衣装の魔王軍の方が好感が持てた。
朝食を食べ終え、お皿を洗う。
中学生になってから自分の使った食器は自分で洗うようになった。
面倒くさいと思うことの方が多いけど、大人になった気分にひたれるので悪くはない。
身支度を整え時間通りに家を出る。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
季節は初夏。
心地よい風が身体を包む。
魔法少女と魔王軍の戦いが始まって半年。
世界は相変わらず平和な時間が流れている。
魔法少女と魔王軍が日本にやってきたのは今から半年前。
日本中が新しい年に期待しのんびりとお正月を過ごしていた元旦だった。
突如、日本海に2つの巨大UFOが出現した。
それぞれ魔法少女と魔王軍と名乗った軍団は日本が両者の戦いの場に選ばれたと通告し、国の領海に居座った。
もちろん、デマだと信じていた人間も少なくない。
しかし、魔法少女と魔王軍の激しい戦いは一瞬にして国民を混乱と恐怖の渦へと突き落とした。
魔法少女と魔王軍の戦いは約1週間に1回のペースで行われ、戦場は完全なランダム。
有名な山の時もあれば今回のような商業施設、人通りの多い大きな交差点や住宅街なんかでも戦いは繰り広げられ、避難するにもどこに逃げていいのかわからない状況にただ怯えるだけの日々が続いた。
そんな状況が3週間ほど過ぎた頃、誰かが気づいた。
被害、でてなくない?
そう、魔法少女と魔王軍の戦いでの被害は一切でていなかったのだ。
死人はともかくけが人すら出ていない。
壊れた建物は次の日にはすっかり元通りに修復されている。
戦いのとき以外は国民への接触もなくUFOは大人しく海の上を漂っているだけ。
これ、安全なんじゃない?
1か月目でそんな疑念が広まり、2か月目で確信に変わり、3か月目にはアイドル化が始まった。
テレビ局や動画配信者がこぞって戦いを世の中に流し始め、どこから入手したのか容姿や名前も知れ渡ることになった。
元来、二次元作品文化が根深く浸透している国民性のためこんなにあっさり受け入れられたのだと、どこかの専門家が言っていた気がする。
そんなこんなで異星人? の来襲から約半年、私たちは以前と変わらない生活を送っていた。
学校からの帰り道。
親友のみったんとしーちゃんと別れていつもの通学路をひとりで歩く。
クラスではやはりブルーフェアリー対ミッドナイトの話で持ち切りだった。
魔王軍推しの生徒が多いせいか悔しそうな声が目立ったが、みんな総じて楽しんだようだった。
「ん?」
道端にきらりと光るものが目に入った。
落とし物かと近づくと、ピンクの宝石とリボンがついたブローチだった。
随分とかわいらしいデザインにどこかの女の子が落としたのかなと拾い上げる。
きれいな状態にきっと大切にしていたのだろうと推察し、近所の交番に届けることにした。
「すみません」
「うぐっ、えっ」
「あのねぇ、泣いてるばかりじゃお巡りさんもどうすることもできないよ」
「だってぇ……」
「あのー」
「落とし物が届いたら連絡するから、住所と電話番号書いてもらえるかな」
「うぐぅ、わ、わかんないぃ。電話も持ってないしぃ」
「今時スマホを持ってないなんて珍しいね。お父さん、お母さんの電話番号は? 家に固定電話……はもうあんまり置いてないんだっけ」
「わ、わだじの……」
「あ、あの!」
いたたまれない空気の中、思い切って声をあげる。
このままではいつまで経ってもふたりの会話が終わらないような気がした。
狭い交番の中には書類の収まった棚と机がふたつ、来客用のソファと小さいテーブルが壁際に置いてあり、お飾り程度の観葉植物が所在なさげにうなだれていた。
机を挟んで中年のお巡りさんが泣きじゃくる女の子になにかと話しかけていたところに飛び込んでいったので、ふたりの視線が一気に私に注がれた。
「君も落とし物かな?」
少し疲れた様子でお巡りさんが立ち上がる。
ただ単に目の前の女の子から離れたかっただけかもしれないが。
「いえ、落とし物を拾ったので届けに来ました。女の子のブローチだと思うんですけど。これ、道に落ちてて――」
「私のブローチ!」
すべて言い切る前にポケットから取り出したブローチは突進してきた女の子に奪い取られていた。
「私のブローチだ!」
さっきまで泣きじゃくり枯れかけの花のつぼみがごとくしおれていた女の子は、今や喜びのあまり水を得た魚のようにそこら中を飛び跳ねている。
小さい女の子じゃなかったな。
目の前ではしゃいでいる女の子は私と同年代か少し下くらいの年齢で、背丈は頭ひとつ分低い。
髪も服もド派手なピンクを基調とし、フリルやリボンがふんだんにあしらわれていた。
3、4歳くらいの子を想像していたので現実とのギャップに少々面食らう。
でも、あんなに喜んでいる姿を見ると悪い気はしなく、やはり届けてよかったし持ち主に返せて嬉しい気持ちが大きかった。
「よかったね」
「はい! ありがとうございます」
満面の笑みのありがとうに、こちらこそありがとうございます。
女の子の笑顔につられて、私も小さく笑い返した。
「お世話になりました」
事の成り行きを部屋の奥で見守っていたお巡りさんに、女の子が深々とお辞儀をする。
「無事に見つかってよかったよ」なんて言いながら、お見送りをしてくれた。
「その恰好とっても似合ってるね。魔法少女みたい。好きなの? 魔法少女」
「お気に入りの戦闘服を褒められるのはうれしいですけど、魔法少女自体はあまり好きではないですね。なにせわたくしのライバルですから」
「ライバル?」
交番を後にして、さっき会ったばかりの女の子と並んで歩く。
きっと帰り道が一緒なんだななんて考えながら会話をしていれば、青春マンガとかでしか出てこなさそうな単語が聞こえ立ち止まる。
「あぁ、申し遅れました。わたくしフローラルフラワーと申します。しがない魔法少女のひとりです。お見知りおきを。あなたのお名前は?」
え、今なんて言った?
魔法少女ってあの魔法少女?
でも確かに魔法少女らしい恰好はしてるし……。
「私? 私は高橋未来」
「それでは未来、改めてお礼を言わせてください。わたくしの大切なブローチを見つけてくれてありがとうございました」
差し出された手を反射的に握り返す。
「ま、魔法少女って泣きじゃくるんだ」
「魔法少女だって泣きますよ。必死なときはそれはもう恥ずかしげもなく。地球外生命体ってだけで生命ですから」
それはそうか。
「あなたにはとても感謝しています。このブローチがないとわたくしは魔法少女の能力を使うことができませんし、母船への連絡とか位置情報とか個人情報のすべてが入っていると言っても過言ではありません。あなた方の文化でいうところのスマートフォンですね」
「スマホで変身はできないけどね」
まさか知らないうちに魔法少女を助けることになっていたなんて。
しかも、本物の魔法少女を。
画面越しでしか見たことのない人物と、対面して生の声で話してる。
これって、とっても貴重なことなんじゃないの!?
心臓がどきどきする。
その間にフローラルフラワーはブローチを大事そうに胸へと付け直していた。
「さすがに半年も母船に閉じこもっていると外の空気を吸いたくなりまして、こっそり抜け出して散歩をしていたらうっかりブローチを失くしてしまいました。このままだとホームレスになるしかないと絶望したものです」
「ホームレスってそれは心配しすぎでしょ。ほかの魔法少女が探してくれるんじゃない?」
「どうでしょうね。さっきも言いましたが魔法少女同士は基本ライバル関係なので。魔王軍との対戦結果のスコアでランクが決まるんですよ。まぁ、同じランクで寄り集まったり上下関係はあってもみんなで仲良くとはなかなか。魔法少女の世界も甘くないんですよね」
フローラルフラワーが苦笑いしながらため息をつく。
そんな世知辛いのか魔法少女。
まるでクラスのカースト制度みたいで生々しい。
どこの世界でも女性同士はなにかとあるようだ。
「じゃあさ、フローラルフラワーのランクはどのくらいなの?」
「わたくしのランクは一番下ですね。というか、まだ魔王軍と戦っていない新人なのでランクの上がりようがないというか……。地球には補欠としてメンバーに入っただけなので実力もそんなには。なので来月行われる新人マッチ戦では絶対に活躍したくて、あわよくば勝ってランクを上げたいんです! だってわたくしの夢は――」
急に勢いづいたフローラルフラワーは大声で言う。
「魔法少女の女王になることですから!」
……大きくでたなぁ。
お姫様はともかく女王様か。
その後、フローラルフラワーは嬉々として女王の特権を駆使した将来設計を話し始めた。
要約すると可愛いお城を建てて大好きなお菓子を食べながら悠々自適に暮らしたいらしい。
魔法少女の世界では女王が絶対的なルールだそうで、魔法少女はあくまでも女王の配下でしもべ。
女王になるには地球を含めた様々な星で行われる魔王軍との戦いでポイントを稼ぎランクを上げ、最高ランクに到達したところで女王と対戦をし勝利した魔法少女が次の女王になれるらしい。
現女王は魔法の実力も確かなもので、ここ何十年も世代交代はしていないとのこと。
それは魔法少女たちの仲が比較的よくないことも頷ける。
きっとほかの魔法少女も女王の座を狙って戦っているのだろう。
すべての権限が与えられるというのはただの中学生の私からしても魅力的だった。
私だったらとりあえず学校のテストを廃止する。
フローラルフラワーの妄想話はなかなか終わることなく膨らむばかりで、立ち話もなんだからと通りかかった公園のベンチに腰を下ろして耳を傾ける。
空はすっかりオレンジ色に染まり、気温の変化で公園の土の匂いが濃くなった。
そろそろ家に帰りたい。
終わりの見えない話を途中から聞き流しながら、明日提出しなければいけない宿題を思い出す。
今日の晩御飯はハンバーグだってお母さん言ってたな。
我が家のハンバーグは私が「太るから食べたくない」と言った日から豆腐ハンバーグになった。
ヘルシーで罪悪感なく食べられる私のお気に入りだ。
「ねぇ、フローラルフラワー」
「フローラでけっこうですよ。魔法少女ネームは長いでしょう」
「じゃあ、フローラ……」
「とにかく、わたくしの夢を実現させるためにはランクをあげければならないのです。そのためには――」
「私そろそろ帰らないと」
「散歩というのは建前で、本当は戦力になる人材を探していたのですがそんなに簡単には見つからず。故に来月の新人戦でわたくしよりも弱い相手に当たることが望ましく……あっ!」
フローラが急に世紀の大発見でもしたかのような笑顔でベンチから立ち上がる。
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「は、はい!」
「あなた、運動神経は?」
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「お人よしですか?」
「まぁ、落ちてたブローチを交番に届ける程度にはお人よしかな……」
自分でお人よしと言うのはなんだか気が引けるけれど。
「未来!」
「なに!?」
両手を握られ引き寄せられる。
「わたくしのために魔王軍に入隊していただけませんか!? 新人戦でわたしくしがポイントを稼げるように! そして勝利を収められるように!」
「……え」
えええぇぇえぇ!?
私の叫びが口から出ることなく脳内で爆発してショートした。
なにがどうしてそうなった!?
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