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安易な言葉の結末⓷

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「はぁ……」
 陽太はとぼとぼと来た道を戻っていた。
 あの後陽太ができたことと言えば、いじめと万引きのことを正直に親に話すよう促すことだけだった。
 殴られた件も体育の授業でボールが当たったと誤魔化したらしい。
 いじめだけでなく暴力沙汰にまで発展してしまっているし、ここはもう大人の力が必要だ。
 自分のことで親を巻き込むことに抵抗を示していたメイだったが、強要されたとは言え窃盗の罪を犯したことには変わりない。
 学校や警察が関わることだって出てくるだろう。
 どうにかしてやりたい気持ちは山々だが、陽太も世間一般で言えば子供の部類で、これらのことを全て解決できる知恵も能力も持っていない。
 ここまで事が発展してしまった原因の一端は自分にもあると自覚がある分、この状況が情けなくてたまらない。
「はぁ……」
 再びため息を吐く。
 メイを助けると決めたはいいが、どうすればいいのかさっぱりだ。
 つくづく無力な自分が嫌になる。
『なにもできない人間なんだね』
 そんな言葉がふと浮かぶ。
 ーーなにもできない。
 ーー……確かにな。
 そんな風に罵られならが自分はいじめられていたのだろうか。
 少しずつ、少しずつではあるが、ふと失くした記憶の断片が蘇る時がある。
 そのほとんどがいじめに対する内容のようで、思い出して気分のいいものではなかった。
 ーー両親に相談とかしたのかな。
 過去の行動に思いを巡らせる。
 メイには勇気を出して正直に打ち明けて欲しい。
 真実を告げることは彼女にとってとても辛いことだとは思うが、大切な娘が置かれている状況を知れば、過程はどうあれきっとメイの為になる行動をしてくれるはずだ。
 ーー俺は俺でできることをやろう。
 証拠探しなんてどうだろう。
 現状、メイがいじめられている確固たる証拠はない。
 クラスメイト辺りが知っているかもしれないが、メイの話を聞く限り、グルになって見てみぬフリを決め込んでいるらしい。
 万引きに関しても実行したのはあくまでもメイ。
 防犯カメラがあったとしても、映っているのはメイだけだ。
 彼女が万引きの強要を主張しても、証拠がないことを理由にしらばっくれられるのが目に見えている。
 暴力に関しても同じこと。
 わざわざ人気のないところを選んで呼び出しているので、第三者の目撃はまず望めなかった。
 ここまで考えて、証拠を集めること自体が難しいと気がつく。
 ーー中学生に変装して学校内を探るか。
 漫画のような発想をしていた時、ぐいっと誰かに腕を捕まれ引っ張れた。
「うわっ!?」
 完全に油断していたので抵抗もできずに、すんなりと隣にあった公園の生垣の中に引きずり込まれる。
「急にごめんなさい」
 犯人が開口一番に謝罪する。
 ショートカットに大きな丸メガネの真面目そうな少女だった。
 メイと同じ中学校の制服を身につけている。
「お兄さんはメイちゃんの彼氏さんですか?」
「違います」
「えっ?」
 少女の顔に驚きが浮かぶ。
 予想外の答えだったらしく、じゃああなたは誰?と表情に書いてあった。
 こちらこそあなたは誰?状態である。
「メイとはちょっとした知り合い程度の仲だけど……」
「そうなんですか……」
 少し残念そうに少女はうつむく。
「君は?」
「私は、その……メイちゃんの元友達というか……」
 モゴモゴと口ごもる少女にピンとくる。
「メイと友達だったっていう、いじめグループの子?」
「メイちゃんから何か聞いてますか?」
「前は仲がよかったぐらいは聞いたけど」
「そうですか……」
 少女はこの近所に住んでいるらしく、習い事に向かう途中でメイの自宅から出てくる陽太を見かけたそうだ。
 陽太を見て、あの日メイの万引きを止めた人物だと気がついた少女は、メイと知り合いで自宅から出てきたことから勝手に彼氏だと思い込んだらしい。
 だからと言って、どうして公園に連れ込む事態になったのか問うと、
「メイちゃんを助けて欲しくて……」
 気まずそうに顔を曇らせた。
 彼女曰く、メイのことを嫌っていじめに加担しているわけではないのだそうだ。
 彼女の父親はメイたちが通う中学校の教師をしており、今にして思うとそれが理由で例のグループに声をかけられたのだという。
 今まで経験したことのない明るく鮮やかな世界に魅了された彼女は自然とメイとは関わらなくなった。
「最初は純粋に楽しかったんです。お洒落して遊びに行ったり、学校でも目立つグループにいるとなんだか自分が特別な存在に思えて」
 しかし、そんな楽しい時間はあっという間に終わりを告げる。
「友達のよしみでテスト問題を教えろって、親なんだから内容くらいわかるだろって。冗談交じりだったのがだんだん脅しみたいになって。私どんくさいし父親は用心深い性格だし、問題の内容なんかわかりませんでした」
 言い訳するな。
 嘘つき。
 嘘じゃないなら、証明しろ。
 そこで迫られたのが万引きで、彼女は逆らえず実行した。
 万引きに成功するとグループの子たちは途端に優しくなった。
 そして暫くするとまた理由をつけて冷たくなるの繰り返しなのだそうだ。
「そんな時、メイちゃんが『あの子たちとはこれ以上付き合わないほうがいい』って言ってくれて。でも、私、無視しました。それどころかリーダーの子に告げ口しました。そうしたらいじめの対象がメイちゃんになって……。私、嬉しかった」
 苦痛から解放された喜びで罪悪感も感じることなく、グループの一員としていじめに加担していた矢先、メイの顔の怪我を見た。
「リーダーの子が自慢げに動画を見せながら『お兄ちゃんがやった』って。そこでようやくマズイって思って」
 こんな自分に一度は寄り添おうとしてくれたことを思い出し、急激に罪悪感に襲われた彼女だったが、その後の万引きを止める勇気まではなかった。
 それでも日に日に弱っていくメイを心配していたところに陽太を目撃し、勢いのまま腕を掴んでいたそうだ。
 万引きを止めた陽太なら力になってくれると考えて。
 勝手な話である。
 自分勝手過ぎて、怒りを通り越して呆れてしまう。
 それでもきっと、心配する気持ちに嘘はないのだろうと思い直す。
 でなければ、知らない相手とコンタクトをとろうとまではしないはずだ。
 見てみぬフリだってできたのに、彼女はこうして行動した。
 メイを助けて欲しいと言った。
 結局は自分を罪悪感から救おうとする行為だとしても、相手を思いやる気持ちがなければできないことだろう。
「わかったよ」
 少女の話を聞き終え、陽太は言った。
「メイのこと、俺もどうにかしたいって思ってたから。君に言われなくても助けたいって思ってた」
 陽太の言葉に、少女の表情が少しだけ安堵の色に染まる。
「ありがとうございます。私、もう、どうしたらいいのかわからなくて。このままじゃメイちゃんがもっと酷い目に遭うかもって思ったらーー」
「もういいよ」
 彼女の胸のうちを聞いたところで得られるものはなにもない。
 冷たいかもしれないが、この後はどうせ殺されるだの自殺するだの勝手な妄想の産物が沸いて出てくるだけだ。
 その妄想の産物を現実にしないために行動を起こすのだから。
「だから、俺が君に協力するから、君も俺に協力して欲しい」
「私が、協力……。役に立ちますか?」
「君が頑張ってくれたらきっと。どうかな?」
「……わかりました。私、がんばります」
「それじゃあ早速、お願いがあるんだがーー」
 先ほど思い付いたことを彼女に伝えると、驚きと困惑が見てとれる。
「だ、大丈夫ですか? その、情報は集めやすいと思います。自分が一番だって思ってるし、信頼できる後ろ楯もあるから。案外ガードはゆるいので。でも、この先は……」
「そこからは俺がやるから大丈夫。君を巻き込んだりはしないから」
「でも、やっぱり……」
「いいから、いいから。絶対になんとかするって」
「……どうしてそこまでしてくれるんですか?」
 一歩も引かない陽太の態度に疑問を抱いたらしい。
「万引きの時が初対面だったんですね。それだけの相手にここまでしますか、普通」
 ーー頼って信じて、今度は疑うか。
 これが多感な時期というやつか。
「もう後悔したくない。ただ、それだけだ」
 少女の視線に怯むことなく言いきる。
「本当に、それだけだ」
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