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陰と陽の鬼⓶

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 鳥居を潜った先は、小さな繁華街だった。
 三人は今、ビルとビルの間に造られた小さな社の前に立っている。
 石段も数段しかなく、こんなところにどんな神様が祭られているのか甚だ不思議である。
 飲み屋やカラオケ屋の明かりが眩しい。
 仕事帰りのサラリーマンや飲み会でもするのだろう若者たちの姿が目立つ。
 目立つと言えば……。
 陽太は慌てて角を手で隠した。
 スーツやラフな格好ばかりのこんな場所で角を生やした中華服の輩は完全に浮くはずだ。
 慌ててウーとマオマオを盗み見ると、二人ともちゃっかりフードで角を隠していた。
「それはずるいだろ!」
 思わず声に出して訴える。
「あぁ、これか? 大丈夫だって。案外気に留められたりしないもんだぞ。大体は飲み屋の店員がコスプレして客引きしてるって思われて終わりって感じだし」
「しっかりフード被っておいて説得力ないだろ」
「ははっ!」
 面白そうに笑うウーだが、陽太は何も面白くない。
 確かに、こんな風体の三人が集まっているのに一向に視線が集まる様子もないし、立ち止まる人もいない。
 ――自意識過剰なんだろうか。
 自分の感覚がおかしいのかと一抹の不安を覚える。
「ごめんごめん、そこまで気にしてあげられてなかった。よかったらこれでも巻いて」
 黙った陽太を気分を害したと勘違いしたらしいマオマオが、首に巻いていたスカーフを差し出しながら謝る。
「ヨータの角は小さいからこれで十分隠せると思うんだけど」
「……小さい」
 なんだろう、ちょっと傷ついた。
 確かに今まで出会った鬼たちと比べると陽太の角は小さいと思う。
 だが、小さいからといって生活に今のところ不便はないし不都合もない。
 でも、なぜだろう。
 やっぱり、ちょっと傷ついた。
 自分の言葉で陽太が落ち込んでいるとはつゆにも思わないマオマオが、てきぱきとスカーフを頭に巻いてくれたおかげで、陽太もようやく角を隠すことができた。
「そんじゃ、行こうぜ!」
 意気揚々とウーが歩き出す。
 確かに、こんな格好でも人目を引くことはほとんどなかった。
 着ぐるみが客引きをしているような空間では、中華服などそこまで目立つ部類には入らないらしい。
「ヨータ、ヨータ」
 先を歩いていたウーが立ち止まり、手招きをしている。
 どうしたのかと近づくと、ある一点を見るように指をさしている。
「……」
 促されるまま指の先を視線で追うと、肩に黒い靄を乗せた中年のサラリーマンがこちらに向かって歩いてきているところだった。
「なんだ、あれ?」
 チラチラと目のようなものも見える。
 サラリーマンには見えていないようで、疲れ切った表情を浮かべているだけだ。
「あれは陰の鬼」
 路地に身を寄せながら、マオマオが説明してくれた。
「私たちとは違って人の形をとらずに人間に取り憑く鬼を陰の鬼って呼んでるの。あのおっさんに憑いてるのがそう。ちなみに私たちは陽の鬼っていうんだって」
「で、その陰の鬼を狩るのが俺たちの仕事ってわけ」
「狩る?」
「そう、陰の鬼は取り憑いた人間の生気を吸い取ってその存在を維持してる。生気を吸われた人間は徐々に弱っていっていずれ命を落とすことになる。病気や自殺なんかの形でね。それを未然に食い止めるために、私たちが陰の鬼を狩ってるの」
「まぁ、見てろって」
 言うや否や、路地から出たウーは真っすぐにサラリーマンの方へ向かい、すれ違いざまに陰の鬼を振り払うように右手を動かした。
 瞬間、黒い靄は霧散して消えていく。
 サラリーマンからすればこめかみに少年の手が掠った程度の印象だろう。
 少し怪訝そうな表情をしたがそれだけで、歩調を変えることなく歩き去っていった。
「こんなもんよ!」
 戻ってきたウーがドヤ顔で胸を張る。
 陽太としてはあまりにもあっさりとことが済んでしまったため、これが凄いことなのかそうでないのか今一つ判断できず、反応らしい反応もなくウーを見つめ返すことしかできなかった。
「そんなに凄かったか?」
 黙る陽太に何を勘違いしたのか、照れたように頬を掻くウーの右手を見てようやく陽太が反応を示す。
「その手!?」
 ウーの右手は黒い鱗にびっしりと覆われ、長く鋭い爪が伸びていた。
 人間の手とは似ても似つかない巨大な爬虫類を連想させるそれに、驚き思わず後ずさる。
「かっこいいだろ」
 どこが、とは流石に言わなかった。
「ウーの能力だよ」
 状況を理解できていない陽太と説明する気のないウーを見かねて、マオマオが口を開く。
「陽の鬼、というより人間から転生した鬼には個々に能力があってね、ウーは四肢を他の動物のものに変えられる能力を持ってるってわけ。もちろん、私にも能力があるし、ヨータにもある」
「……俺にも? 俺の手も変えられるのか?」
「それはあくまでもウー個人の能力かな。能力は鬼それぞれだから、ヨータの能力がどんなものかは開花してみないとわからないのよ。私も能力の開花には結構時間がかかったし」
「俺は早かったぞ! 早くハンターになりたくて気合い入れたら開花したからな」
「皆が皆あんなみたいにはいかないの」
 マオマオが軽く窘める。
 二人の話によると、元人間の鬼は個々に能力を持って転生するらしい。
 これは純粋な鬼は持っていない陰の鬼を消滅させられる唯一の方法で、能力を使って陰の鬼退治をする鬼のことをハンターと呼び、ひとつの職業として確立しているそうだ。
 もちろん、先ほど実際に陰の鬼を狩ったウーとマオマオもハンターだ。
 陰の鬼を野放しにしてしまうと人間の生気を無制限に吸って成長し増殖してしまうので、ハンターはとても重要な役割を担っているという。
 もちろん、仕事にしているだけあって収入源もある。
 ウーが見せてくれたのは、すっかり元に戻った手に握られていた角。
 陰の鬼を倒すと角だけが残るらしく、これを換金して収入にしているとのことだった。
「ヨータも能力が開花すればスカウトされるぜ、きっと」
「さっきの陰の鬼は生まれたばかりでほとんど現象みたいなものだったけど、生気を吸って成長した陰の鬼は陽の鬼を襲う習性もあるから、人間の世界に来るときは気を付けるんだよ」
「……わかった」
 さっきの陰の鬼を見る限り危険そうなイメージはないけれど、その道のプロが言うのだから素直に従った方がいいだろう。
 ――本当に俺にも能力があるのか?
 全く実感がない。
 鬼になった実感も乏しいのに、そこに加えて能力とは。
 鬼とは本当に不思議な生き物である。
「よし、それじゃあ見回りの続きしようぜ!」
 拳を振り上げたウーがずんずんと街中を進んでいく。
「ウーっていつもあんな感じなのか?」
「基本あんな感じだけど、今日は特に張り切ってるね」
 ウーの変わらない勢いに戸惑いながらマオマオに問いかければ、困ったような笑顔が返ってきた。
「弟分ができて嬉しいんじゃない?」
「弟分? 俺が?」
 ――なんで?
 そんなやりとりは一つもなかったし、そもそもそこまで仲良くなってない。
 マオマオの接し方を見るにウーの方がよっぽど弟属性が強そうだが、彼の中で陽太の存在がどう処理されているのか謎である。
 ――まぁ、先輩は先輩か。
 鬼としてはウーの方が確実に先輩なので、弟分と言われても仕方がないかもしれないなと思いなおす。
「仲良くしてくれると嬉しいな」
「ウーと? それともマオマオと?」
「私たち二人と。特にウーと仲良くしてくれたら私はとっても嬉しい」
「……わかったよ。仲良くできるかはまだわからないけど、善処はする」
「ありがとう、あの子は私にとっての正義のヒーローだから、このまま笑っていてほしいんだ」
 ヒーローが笑顔にするのではなく、ヒーローを笑顔にする。
 なんだか不思議な考えだなと思ったが、マオマオがあまりにも幸せそうに言うものだから、雰囲気に呑まれて何も言えなかった。
「おーい、置いてくぞー!」
「今行くから待ってて! さ、行こうかヨータ。陰の鬼狩りはこれからだよ」
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