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少年はこうして鬼になった。⓷
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赤いライトが点滅する。
踏切の音が鳴り響く。
遮断機がゆっくりと降りてくる。
砂利の敷き詰められた線路。
まぶしい。
白いライトが迫ってくる。
振動。
電車だ。
クラクションが鳴って――。
そこで目が覚めた。
一瞬自分がどこにいるのかわからなくなる。
見覚えのない部屋。
数分考えて、事実ほぼ見覚えがなくて正解なのだと思い出す。
昨日入ったばかりの部屋で、すぐに眠ってしまったのだから仕方がない。
記憶は曖昧だが、あのまま倒れこむように眠ってしまったらしい。
ゆっくりと起き上がる。
うつ伏せのまま寝ていたせいで首と腰が少し痛かった。
部屋の中を見回すとベッド以外は何もない部屋だった。
風呂とトイレが別なのが嬉しい。
カーテンを開けると昨日と変わらず中華風の建物が並ぶ街が広がっていたが、赤提灯が消えているので雰囲気が違って見える。
これからどうしようか。
相変わらず記憶は戻っておらず、自分が何者なのかは思い出せない。
そういえば、さっき見た映像は失くした記憶の断片だろうか。
夢というには妙にリアルでリャオから聞いていた状況とも合致する。
――あのまま俺は電車に撥ねられて死んだのか。
自分の死の状況を冷静に分析する。
気持ちのいいものではなかったが、なにせ生前の記憶がないのでそれ以上の感情は芽生えない。
――とりあえず、シャワーでも浴びるか。
さっき気が付いたことだが、洗面所には数日分の衣服が畳んで置かれていた。
ご丁寧に普段着に寝巻、下着まで一式揃っている。
シャンプーなどの消耗品も必要最低限用意してくれていたらしく、数日は生活に困らないだろう。
さっとシャワーを浴びて汚れを洗い流す。
洋服も綺麗なものに着替えれば、気分まですっきりしたように感じられた。
一息つくと急に空腹を感じた。
昨日はまったく食欲が湧かなかったが、どうやら徐々に身体が環境に慣れ始めているらしい。
「おはようございます。と言ってももうお昼ですが。ゆっくり眠れたみたいですね」
一階に下りるとリャオが出迎えてくれた。
談話室と思われる空間には他の鬼はおらず、今は陽太とリャオの二人だけらしい。
「うん、昨晩よりは顔色がいいですね。不眠は心配なさそうですが、食欲はありますか?」
「えっと、……実は、少しお腹が空いてて」
「それはいい傾向ですね。僕も丁度お昼にしようと思っていたので一緒にどうですか?」
「……ぜひ」
「それでは、座って待っていてください。すぐに作りますので」
台所に消えるリャオに言われた通り、ダイニングテーブルの椅子に腰かける。
ただ待っているのも落ちつかなかったが、ほかにやることもできることもないので黙って座っているしかない。
そうして待っていると三十分もしないでリャオがやってきた。
両手に持ったお盆には、美味しそうに湯気を立てるお粥の入ったどんぶりと蓮華が乗っている。
「消化にいいものがいいと思いまして」
白ごまと小葱がトッピングされたシンプルなお粥だ。
「いただきます」
口に含むと海鮮系の出汁の風味が広がる。
塩気も丁度良く、食べ進めるたびに胃から身体全体がほかほかと温まっていき、あっという間に食べ終えてしまった。
リャオのどんぶりにはまだ半分ほどのお粥が残っている。
「こちそうさまでした」
掻き込むように食べてしまったことに気恥ずかしさを感じたが、リャオが特段気にしていなさそうで安心した。
「昨日いた人たちは?」
「ほかの住人ですか? 学校や仕事に行ってますよ。夜勤務組はまだ寝てますね」
「鬼なのに学校や仕事があるのか?」
「鬼には鬼の社会がありますから。普通に社会生活送ってますよ」
そんなものなのか。
まぁ、こんなにちゃんとした街で生活しているのならおかしな話ではないか。
鬼が島に住んでるわけでもなし。
「記憶の方はどうですか? 何か思いだしましたか?」
「あぁ……電車に撥ねられる直前のことは思い出したかも。ほんとうにそれだけだけど」
「そうですか。僕の方でも調べようとは思っているのですが、これはこれで忙しいので申し訳ないですが少し時間が掛かりそうです」
「いや、そこまで考えてもらってこちらこそ申し訳ない。今のところ記憶がなくて不便なことはないし、こっちこそ衣食住まで面倒見てもらって。お金とかはどうしたら……」
部屋を出る前に財布の中身を確認したが、数千円しか入っていなかった。
学生なので大金は持っていないだろうと予想はしていたが、思っていた以上に持ち金が少ない。
こんな状況でこれからの生活はどうしたらいいのだろう。
そして、鬼の世界の通貨が円なのかもわからない。
「今はそこまで気にしないでいいですよ。しばらくの間の生活費くらい賄える収入はありますから。ここでの生活に慣れて稼げるようになったら返してください」
「でも……」
「ここの住人のほとんどは陽太君と同じく人間からの転生組なんですよ。彼らのサポートも大家としての僕の役目ですし、正直言うとそういった鬼をサポートするための補助金制度もあるので本当に心配しなくていいですよ」
鬼の世界の福祉制度が充実していた。
驚いている陽太をよそにリャオが続ける。
「本当なら今日は街中を案内しようかと考えていたのですが、予定が入って難しくなってしまいました。すみません」
「いや、こっちこそわざわざ気を使ってもらって。気分転換もかねて自分で街中を散策してみるよ。ありがとう」
料理のお礼に食器を洗い、陽太は鬼人街を見て回るため外出した。
ポケットに財布とスマホを入れておく。
リャオの説明でここは日本の鬼人街なので通貨は円でいいらしい。
海外にもその土地土地で鬼の集落があるらしかった。
スマホの中身はまだ詳しく調べていないが、パスワードはなく顔認証でロックが解除されるのは確認していたので、何かあった時のためにリャオの連絡先を登録しておいた。
「さて」
右も左もわからないが、とりあえず歩いてみよう。
何か記憶のヒントになることに出会えるかもしれない。
小さな期待を胸に、陽太は鬼人街を進んで行った。
踏切の音が鳴り響く。
遮断機がゆっくりと降りてくる。
砂利の敷き詰められた線路。
まぶしい。
白いライトが迫ってくる。
振動。
電車だ。
クラクションが鳴って――。
そこで目が覚めた。
一瞬自分がどこにいるのかわからなくなる。
見覚えのない部屋。
数分考えて、事実ほぼ見覚えがなくて正解なのだと思い出す。
昨日入ったばかりの部屋で、すぐに眠ってしまったのだから仕方がない。
記憶は曖昧だが、あのまま倒れこむように眠ってしまったらしい。
ゆっくりと起き上がる。
うつ伏せのまま寝ていたせいで首と腰が少し痛かった。
部屋の中を見回すとベッド以外は何もない部屋だった。
風呂とトイレが別なのが嬉しい。
カーテンを開けると昨日と変わらず中華風の建物が並ぶ街が広がっていたが、赤提灯が消えているので雰囲気が違って見える。
これからどうしようか。
相変わらず記憶は戻っておらず、自分が何者なのかは思い出せない。
そういえば、さっき見た映像は失くした記憶の断片だろうか。
夢というには妙にリアルでリャオから聞いていた状況とも合致する。
――あのまま俺は電車に撥ねられて死んだのか。
自分の死の状況を冷静に分析する。
気持ちのいいものではなかったが、なにせ生前の記憶がないのでそれ以上の感情は芽生えない。
――とりあえず、シャワーでも浴びるか。
さっき気が付いたことだが、洗面所には数日分の衣服が畳んで置かれていた。
ご丁寧に普段着に寝巻、下着まで一式揃っている。
シャンプーなどの消耗品も必要最低限用意してくれていたらしく、数日は生活に困らないだろう。
さっとシャワーを浴びて汚れを洗い流す。
洋服も綺麗なものに着替えれば、気分まですっきりしたように感じられた。
一息つくと急に空腹を感じた。
昨日はまったく食欲が湧かなかったが、どうやら徐々に身体が環境に慣れ始めているらしい。
「おはようございます。と言ってももうお昼ですが。ゆっくり眠れたみたいですね」
一階に下りるとリャオが出迎えてくれた。
談話室と思われる空間には他の鬼はおらず、今は陽太とリャオの二人だけらしい。
「うん、昨晩よりは顔色がいいですね。不眠は心配なさそうですが、食欲はありますか?」
「えっと、……実は、少しお腹が空いてて」
「それはいい傾向ですね。僕も丁度お昼にしようと思っていたので一緒にどうですか?」
「……ぜひ」
「それでは、座って待っていてください。すぐに作りますので」
台所に消えるリャオに言われた通り、ダイニングテーブルの椅子に腰かける。
ただ待っているのも落ちつかなかったが、ほかにやることもできることもないので黙って座っているしかない。
そうして待っていると三十分もしないでリャオがやってきた。
両手に持ったお盆には、美味しそうに湯気を立てるお粥の入ったどんぶりと蓮華が乗っている。
「消化にいいものがいいと思いまして」
白ごまと小葱がトッピングされたシンプルなお粥だ。
「いただきます」
口に含むと海鮮系の出汁の風味が広がる。
塩気も丁度良く、食べ進めるたびに胃から身体全体がほかほかと温まっていき、あっという間に食べ終えてしまった。
リャオのどんぶりにはまだ半分ほどのお粥が残っている。
「こちそうさまでした」
掻き込むように食べてしまったことに気恥ずかしさを感じたが、リャオが特段気にしていなさそうで安心した。
「昨日いた人たちは?」
「ほかの住人ですか? 学校や仕事に行ってますよ。夜勤務組はまだ寝てますね」
「鬼なのに学校や仕事があるのか?」
「鬼には鬼の社会がありますから。普通に社会生活送ってますよ」
そんなものなのか。
まぁ、こんなにちゃんとした街で生活しているのならおかしな話ではないか。
鬼が島に住んでるわけでもなし。
「記憶の方はどうですか? 何か思いだしましたか?」
「あぁ……電車に撥ねられる直前のことは思い出したかも。ほんとうにそれだけだけど」
「そうですか。僕の方でも調べようとは思っているのですが、これはこれで忙しいので申し訳ないですが少し時間が掛かりそうです」
「いや、そこまで考えてもらってこちらこそ申し訳ない。今のところ記憶がなくて不便なことはないし、こっちこそ衣食住まで面倒見てもらって。お金とかはどうしたら……」
部屋を出る前に財布の中身を確認したが、数千円しか入っていなかった。
学生なので大金は持っていないだろうと予想はしていたが、思っていた以上に持ち金が少ない。
こんな状況でこれからの生活はどうしたらいいのだろう。
そして、鬼の世界の通貨が円なのかもわからない。
「今はそこまで気にしないでいいですよ。しばらくの間の生活費くらい賄える収入はありますから。ここでの生活に慣れて稼げるようになったら返してください」
「でも……」
「ここの住人のほとんどは陽太君と同じく人間からの転生組なんですよ。彼らのサポートも大家としての僕の役目ですし、正直言うとそういった鬼をサポートするための補助金制度もあるので本当に心配しなくていいですよ」
鬼の世界の福祉制度が充実していた。
驚いている陽太をよそにリャオが続ける。
「本当なら今日は街中を案内しようかと考えていたのですが、予定が入って難しくなってしまいました。すみません」
「いや、こっちこそわざわざ気を使ってもらって。気分転換もかねて自分で街中を散策してみるよ。ありがとう」
料理のお礼に食器を洗い、陽太は鬼人街を見て回るため外出した。
ポケットに財布とスマホを入れておく。
リャオの説明でここは日本の鬼人街なので通貨は円でいいらしい。
海外にもその土地土地で鬼の集落があるらしかった。
スマホの中身はまだ詳しく調べていないが、パスワードはなく顔認証でロックが解除されるのは確認していたので、何かあった時のためにリャオの連絡先を登録しておいた。
「さて」
右も左もわからないが、とりあえず歩いてみよう。
何か記憶のヒントになることに出会えるかもしれない。
小さな期待を胸に、陽太は鬼人街を進んで行った。
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