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少年はこうして鬼になった。⓶

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 それからしばらく、陽太とリャオは淡々と夜道を歩き続けた。
 その間、二人に会話はない。
 人見知りや気まずさからくる無言ではなく、ただ単に話すことがなかった。
 わからないことが多すぎて話すべき内容が見つからない陽太と、甲斐甲斐しく質問や説明をしようとする意思がないリャオの組み合わせの結果だったにすぎない。
 ――まぁ、ついて行けばなんとかなるだろ。
 最初の数分こそどう声をかけようか悩んでいた陽太だったが、なにせ記憶がないので話題がない。
 知り合ったばかりの相手と続く見込みのない会話をするくらないなら、黙っていたほうがマシな気がした。
 幸い、陽太の思ったとおり夜道を進むリャオの足取りに迷いはなく、薄暗い中を一定のリズムで歩いていく。
 鬼の本拠地とやらに向かっているのだろう。
 何かするならそれからでも遅くはない。
 元の性格はわからないが、ありがたいことにリャオに対して特に緊張をすることもなく、夜の散歩程度の認識で歩を進められるのが気楽でよかった。
 ――俺は、どんな人間だったんだろう。
 話すことがなければ、自ずと記憶喪失について考えてしまう。
 人間として死に、鬼として転生し、何も覚えていない。
 だったら、ここに存在しているのはただの鬼という化け物ということか。
 ――人間とか食べてたらどうしよう。
 ここまで大きなパニックに陥っていない陽太だったが、やはり不安は不安だった。
 何もわからないことほど不安と恐怖を煽るものはない。
 人間を襲うのか、恐ろしい力を持っているのか、我を忘れて暴れだしたり、殺人を起こしたり。
 鬼のイメージのせいでどんなに頑張ってもマイナスのイメージを払拭することができない。
 爪も分厚く鋭く頑丈そうだ。
 舌で口内をなぞってみたが、犬歯部分が発達しているのか明らかに牙と思しき尖りが舌に当たった。
 体力もある気がする。
 ここまで小一時間経つが一度も休憩せず歩き続けても疲れは感じない。
 息切れもなければ足の痛みもないし、うっすらと汗を掻くこともなかった。
 人によってはこんなものなのかもしれないが、なにせ今の陽太にはそれを比べるだけの判断材料がない。
 ここまで考えて、思考をすることも今の自分には限界があると悟った陽太は、これ以上余計なことは考えないよう永遠に続く疑問の波を打ち切り、周りの景色に視線を向けることで気を紛らわせることにした。
 陽太が倒れていた踏切は比較的住宅街に近い場所に設置されていたらしく、気が付けば線路沿いに並ぶ民家の数が少しずつ増えてきており、少し遠くに視線を送れば民家の群衆も見て取れた。
 どうやらこの線路は住宅街と国道の堺になっているらしい。
 時間は深夜を回った頃で、電気がついている家はほとんどない。
 静まり返った世界の中で街灯の光を追うように歩いていく。
 通行人もいなければ走り去る車もなく、この世界には自分とリャオしか存在していなのではないかと錯覚する。
 住宅街を抜けると山に突き当たった。
 山沿いに歩き続けると、大人二人がようやく並んで通れるくらいの幅の石段が現れた。
 石段の脇には灯りもなく、木々の枝と葉でできた影のせいで途中からぷっつりと途切れているように見える。
「もうすぐですよ」
 石段を上り始めたリャオが久方ぶりに声を発する。
 その手にはスマホが握られており、ライト機能で足元を照らしていた。
 なんとなく情緒が損なわれた感が否めなかったが、転んで怪我をするよりマシだ。
 そういえばと、ズボンのポケットを確かめると尻ポケットに自分の物と思われるスマホが入っていることが判明した。
 これは大きな収穫だ。
「歩きスマホは危険ですよ」
 早速、操作しようとする陽太をリャオが窘める。
「ここから転がり落ちたら流石に痛いと思いますよ」
 振り返ったリャオの視線を追って振り返ると、上ってきた石段がほぼ垂直になっているのがわかった。
 下から見上げた時はそこまでには感じなかったが、かなり急な傾斜になっている。
 確かに、ここから落ちたら危険だろう。
 リャオの注意に大人しく従い、黙ってスマホを元の尻ポケットに仕舞った。
 段差が高めに設計された石段は所々にヒビがあり、その隙間から雑草が生えている。
 苔に覆われた部分もあり、時々そこで滑りながらも上り続ければようやく終わりが見えてきた。
 闇夜に浮かぶ鳥居が現れたのだ。
 鳥居の奥は木々が伐採され開けており、月の光が邪魔されることなく届いているので、鳥居が朱色だということも目視できる程度には明るかった。
「ささっ、行きますよ」
 リャオに手首を摑まれ、引かれる形で鳥居を潜る。
「――っ!?」
 瞬間、一気に明るくなったせいで視界が白に染まり、痛みで反射的に目を瞑る。
 先ほどまで静寂ばかり拾っていた鼓膜に喧騒が届く。
「……」
 恐る恐る目を開くとそこには、無数の赤提灯が灯る幻想的な街だった。
 棚田状に造られた街は石畳から続く石段や坂道が目立ち、高低差のある中華風の建物が立ち並ぶ。
 窓から漏れる明かりは温かなオレンジ色で、道を挟むように設置された赤提灯と相まって、街中を暖色に染め上げている。
 道行く人々の服装も建物と同様に中華風で、そしてその全員が、頭に角を生やしていた。
「ようこそ、鬼人街へ!」
 リャオが指し示す頭上には大きなアーチがあり、達筆な文字で『鬼人街』と書かれている。
「鬼人街」
 アーチの文字を反芻するように読み上げる。
「そうです。ここが鬼の本拠地。鬼の住む街です」
 鬼の住む街。
 鬼人街。
 民家に商店、飲食店。
 ぱっと観察しただけだが、確かにこの街だけで生活に必要な建物は揃っているようだ。
 自分と同じ鬼しかいない空間に少し怯む。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。ここの鬼たちは基本的に温厚ですから。街の見学や説明はまた明日にしましょうか。まずは家に帰りましょう」
「家……」
「帰るところくらいありますよ」
 再び歩き出すリャオの後ろに慌てて着いて行く。
 メインストリートと思われる広くて活気のある通りを進めば、様々な店や鬼に目移りしてしまう。
 鳥のように落ち着きなく視線を動かす陽太を、リャオが時折面白そうに見ては静かに笑う。
 そうしているうちに辿り着いたのは一件の建物。
 二階建ての小さな旅館のような雰囲気だ。
 四方の端が反り上がった瓦屋根に赤提灯が飾られ、窓や玄関の戸にはモダンな格子細工が施されている。
 促されるように中に入り玄関を抜けると、ソファやテレビのあるリビングルームのような空間に出た。
 瞬間、こちらに集中する視線。
 鬼数人が寛いでいたらしく、外で見たものよりラフな格好が目立つ。
「えっと……」
「はいはい、彼らの紹介もまた今度ということで。個別の部屋は全部二階にありますので」
 テレビの音だけが虚しく響く様に思わず声が漏れるが、リャオが半強制的に陽太の背中を押して二階に向かう。
「部屋って、俺の部屋?」
「そうですよ。掃除しておくように事前連絡は済ませてますので、綺麗なはずです」
 二階に上がって一番奥の部屋の前に到着し、いつの間に用意したのか鍵を渡される。
「今日からここが陽太君の部屋で、この建物が家です。僕だけは大家として一階の部屋を使っているので、何かあれば来てください。一応食事も用意してますが食べますか?」
「ありがとう。……折角だけど、遠慮しとく。食欲がなくて」
「わかりました。気にしなくても大丈夫ですからね。鬼に成り立ての頃は身体の変化に機能が追い付かなくて、不眠や食欲不振は珍しくないので」
 そういうものなのか。
 初めてこれが普通だと説明されて少し安心する。
「今日はゆっくり休んでください。また明日、ゆっくり話しましょう」
「あ、あの!」
 去っていくリャオの背中に話しかける。
「今日はいろいろありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げる陽太にリャオは、
「お休みなさい」
 とだけ告げて階段を下りて行った。
 部屋の中は簡素だが清潔感のあるワンルームだった。
 真っ直ぐベットに倒れ込む。
 ーー部屋の中を確認して、風呂に入って寝る準備をして……。
 ーーそらからスマホを調べて……。
 やりたいこと、やらなくてはいけないことが頭の中でぐるぐる回るが、肝心の身体が動かない。
 ベットの柔らかさとシーツの匂いに目蓋が落ちる。
 あっという間に眠りに落ちた陽太には、不眠の心配はなさそうだった。
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