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9・まどろみ
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数分か、数十分か。
自分でも知らぬうちにまどろんだパメラは、変わらぬ波の音に目を覚ました。首だけそっと巡らせて、ボスの様子を伺う。どうやらボスも眠っているらしい。目の前の胸が、規則正しく上下している。
左肩には、撃たれたときの包帯が残っている。傷に障らなかっただろうか。血が滲んだりはしていないようで、パメラは少し安心した。
ボスを起こさないように、そっと身体を反転させる。
それにしても今夜のことは、どうしたらいいのだろう? ボスに抱かれたことは、後悔していない。むしろ一生の思い出として、大事にしまっておきたいくらいだ。
それより、これのせいでコルデラーラを辞めさせられたりしないだろうか。ボスに色仕掛けで迫ったとか、身体を差し出して出世を狙ったとか、そんなふうに思われるのはまっぴらだ。でも自分は、こういう世界でしか生きて行けない。ならば……。
「何を考えている?」
ふいに頭の上から物憂げな声がして、パメラは顔を上げた。
「いえ、別に大したことでは」
「ほう」
慌てて身体を起こそうとしたが、その前にロドリゴの腕が後ろからパメラの腰を抱いた。
「君のことだ、コルデラーラを辞めるとかなんとか考えていたんだろう?」
「えっ」
ぎょっとして振り向いたが、ロドリゴはからかうように笑っているだけで、特に機嫌を損ねたようではない。
「ボス、どうして」
「ロドリゴだというのに。―――まったく頑固な女だな」
「でも……」
「俺は自分の女にまで『ボス』呼ばわりはさせない」
「えっ」
「逃げられると思うなよ」
ロドリゴの腕に力が籠もり、首筋に唇が押し当てられた。
「や、ボ……、えっと、あの」
言い淀んだパメラに、ロドリゴは喉の奥で低く笑った。
「また言おうとしたな。何回分か、覚悟しろ」
「えっ、待っ……! あぁ」
首筋へのキスは幾度も幾度も同じところへ繰り返された。永遠に続くのではないかと思うほど長いキスに、パメラは震えた。
どれくらい経ったのか、ふと気づくと唇が離れていた。パメラはくるりと身体を返され、ボスの腕に包み込まれる。
「傍にいろ、パメラ」
再び眠りに落ちるパメラに、ボスの低い囁きが聞こえた。
この稼業をしていると、自然と夜が遅くなる。
夜明けに目を覚ましたのは、波音のせいか。
ロドリゴはベッドに起き上がり、次第に白んでゆく空と海を見ていた。横にはパメラが、体を丸めるようにして眠っている。
―――若いほうが深く眠れるというのは、本当だな。
まああれだけ啼かせれば、無理もない。乱れた黒髪の間に自分のつけた赤い印を見出して、ロドリゴはにやりと笑った。
若くしてコルデラーラのボスに昇り詰めた男、ロドリゴ。彼は昔から、女に不自由したことがない。コルデラーラのボスである自分に色目を使う女は、今でも沢山いる。
だが彼の場合、女を傍に置くということは、常に弱みを抱えることにもなりかねない。組織が成長するにつれ、ロドリゴは女を深く関わらせようとしなくなっていた。
しかしながら組織と比例して表の顔もそれなりに成長すると、パートナーが必要な場合も増える。ちょうどパメラという人材がいたこともあり、護衛も兼ねた策として「愛人」を置くことにした。
パメラはまさに「愛人」にうってつけだった。ボスの愛人に相応しい外見はもちろん、常に冷静で腕も立つ。
ところが彼女と常に共に行動するうちに、ロドリゴはどうも妙な気分になってきた。
「愛人」として外にいる限り、パメラは妖艶な笑みを浮かべ、ロドリゴにぴったりと寄り添っている。しかし「任務」が終わるとすっと瞳から熱が冷め、生真面目に頭を下げて出てゆく。
どうにもそれが物足りなかった。あの熱を帯びた瞳を、ずっと自分に向けさせたい。
それでもロドリゴは、若い時のように無闇に手を伸ばしたりはしない。少しずつパメラに触れる度合いを増し、親密な雰囲気を楽しんだ。花は咲ききってから、果実は十分に熟れてから手折らなくては堪能できないではないか。
この半月ほどか、パメラの様子が少し変わった。そう、あの夢見がちなお嬢ちゃんに会った頃か。
いつもなら頬を寄せようが腰を抱こうがビクともしないパメラが、かっと頬を赤らめた。彼女はバレていないと思っているようだが、そのくらい気づけないようではこの地位には立っていられない。
そして自分が襲撃されたあの日だ。あんな真っ青なパメラは初めて見た。これまでだって傷を負ったことなど何度もあるし、もっと重症だったこともある。どれほど動揺したのか、たぶん彼女は自分でも分かっていないだろう。思わず口元が緩んでしまうのを抑えられなかった。
幸い傷は軽く、襲撃の後始末もすぐに済んだ。ならば、もう迷うことはない。
「数日別邸で休養する。―――パメラ、一緒に来い」
これは言わば宣言だった。当のパメラだけが、意味を理解していなかったが。
ブランケットから覗く胸元が規則正しく上下するのを眺め、そんなことを思い出していると、パメラの睫毛が震えた。
「ん……」
「おはよう、パメラ」
とろんとした瞳が焦点を結ぶまえに、額に軽く口づけた。
「おはようござ……、え!? いやあぁあ!!」
「まあ、そうなるだろうとは思ったがね」
ブランケットを顔まで引き上げたパメラの手が、真っ赤になっている。
―――まあいい、あと二日ある。なんなら予定を変えたっていい。
この初心な「愛人」を、完全に落としてやろう。ロドリゴは心の中で舌なめずりをしながら、ブランケットを剥ぎ取った。
自分でも知らぬうちにまどろんだパメラは、変わらぬ波の音に目を覚ました。首だけそっと巡らせて、ボスの様子を伺う。どうやらボスも眠っているらしい。目の前の胸が、規則正しく上下している。
左肩には、撃たれたときの包帯が残っている。傷に障らなかっただろうか。血が滲んだりはしていないようで、パメラは少し安心した。
ボスを起こさないように、そっと身体を反転させる。
それにしても今夜のことは、どうしたらいいのだろう? ボスに抱かれたことは、後悔していない。むしろ一生の思い出として、大事にしまっておきたいくらいだ。
それより、これのせいでコルデラーラを辞めさせられたりしないだろうか。ボスに色仕掛けで迫ったとか、身体を差し出して出世を狙ったとか、そんなふうに思われるのはまっぴらだ。でも自分は、こういう世界でしか生きて行けない。ならば……。
「何を考えている?」
ふいに頭の上から物憂げな声がして、パメラは顔を上げた。
「いえ、別に大したことでは」
「ほう」
慌てて身体を起こそうとしたが、その前にロドリゴの腕が後ろからパメラの腰を抱いた。
「君のことだ、コルデラーラを辞めるとかなんとか考えていたんだろう?」
「えっ」
ぎょっとして振り向いたが、ロドリゴはからかうように笑っているだけで、特に機嫌を損ねたようではない。
「ボス、どうして」
「ロドリゴだというのに。―――まったく頑固な女だな」
「でも……」
「俺は自分の女にまで『ボス』呼ばわりはさせない」
「えっ」
「逃げられると思うなよ」
ロドリゴの腕に力が籠もり、首筋に唇が押し当てられた。
「や、ボ……、えっと、あの」
言い淀んだパメラに、ロドリゴは喉の奥で低く笑った。
「また言おうとしたな。何回分か、覚悟しろ」
「えっ、待っ……! あぁ」
首筋へのキスは幾度も幾度も同じところへ繰り返された。永遠に続くのではないかと思うほど長いキスに、パメラは震えた。
どれくらい経ったのか、ふと気づくと唇が離れていた。パメラはくるりと身体を返され、ボスの腕に包み込まれる。
「傍にいろ、パメラ」
再び眠りに落ちるパメラに、ボスの低い囁きが聞こえた。
この稼業をしていると、自然と夜が遅くなる。
夜明けに目を覚ましたのは、波音のせいか。
ロドリゴはベッドに起き上がり、次第に白んでゆく空と海を見ていた。横にはパメラが、体を丸めるようにして眠っている。
―――若いほうが深く眠れるというのは、本当だな。
まああれだけ啼かせれば、無理もない。乱れた黒髪の間に自分のつけた赤い印を見出して、ロドリゴはにやりと笑った。
若くしてコルデラーラのボスに昇り詰めた男、ロドリゴ。彼は昔から、女に不自由したことがない。コルデラーラのボスである自分に色目を使う女は、今でも沢山いる。
だが彼の場合、女を傍に置くということは、常に弱みを抱えることにもなりかねない。組織が成長するにつれ、ロドリゴは女を深く関わらせようとしなくなっていた。
しかしながら組織と比例して表の顔もそれなりに成長すると、パートナーが必要な場合も増える。ちょうどパメラという人材がいたこともあり、護衛も兼ねた策として「愛人」を置くことにした。
パメラはまさに「愛人」にうってつけだった。ボスの愛人に相応しい外見はもちろん、常に冷静で腕も立つ。
ところが彼女と常に共に行動するうちに、ロドリゴはどうも妙な気分になってきた。
「愛人」として外にいる限り、パメラは妖艶な笑みを浮かべ、ロドリゴにぴったりと寄り添っている。しかし「任務」が終わるとすっと瞳から熱が冷め、生真面目に頭を下げて出てゆく。
どうにもそれが物足りなかった。あの熱を帯びた瞳を、ずっと自分に向けさせたい。
それでもロドリゴは、若い時のように無闇に手を伸ばしたりはしない。少しずつパメラに触れる度合いを増し、親密な雰囲気を楽しんだ。花は咲ききってから、果実は十分に熟れてから手折らなくては堪能できないではないか。
この半月ほどか、パメラの様子が少し変わった。そう、あの夢見がちなお嬢ちゃんに会った頃か。
いつもなら頬を寄せようが腰を抱こうがビクともしないパメラが、かっと頬を赤らめた。彼女はバレていないと思っているようだが、そのくらい気づけないようではこの地位には立っていられない。
そして自分が襲撃されたあの日だ。あんな真っ青なパメラは初めて見た。これまでだって傷を負ったことなど何度もあるし、もっと重症だったこともある。どれほど動揺したのか、たぶん彼女は自分でも分かっていないだろう。思わず口元が緩んでしまうのを抑えられなかった。
幸い傷は軽く、襲撃の後始末もすぐに済んだ。ならば、もう迷うことはない。
「数日別邸で休養する。―――パメラ、一緒に来い」
これは言わば宣言だった。当のパメラだけが、意味を理解していなかったが。
ブランケットから覗く胸元が規則正しく上下するのを眺め、そんなことを思い出していると、パメラの睫毛が震えた。
「ん……」
「おはよう、パメラ」
とろんとした瞳が焦点を結ぶまえに、額に軽く口づけた。
「おはようござ……、え!? いやあぁあ!!」
「まあ、そうなるだろうとは思ったがね」
ブランケットを顔まで引き上げたパメラの手が、真っ赤になっている。
―――まあいい、あと二日ある。なんなら予定を変えたっていい。
この初心な「愛人」を、完全に落としてやろう。ロドリゴは心の中で舌なめずりをしながら、ブランケットを剥ぎ取った。
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