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7・弟じゃなかったみたいです 前
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過ぎてみれば、時の流れは早い。
それでも私はこの一年、今までになくゆったりと過ごしていた。というのは、あまり頻繁に社交の場へ出て、求婚されても困るから。体調がすぐれないという理由で出席したりしなかったりの私にはさすがに求婚しづらいのか、お断りに苦労することも多くなかった。
その間に、やはり国王陛下からお父様へ内々でお話があった。お兄様の言ったとおり、これはもう断れない。私は最後にもう一度ため息をついて、すべてを受け入れた。
―――仕方ないわ。見た目だけで相手を選んだら、ローズムンド様のところみたいにド変態に当たったかもしれないもの。クリスなら、少なくともそれはないでしょう。お兄様の言うとおり、わがまま言って贅沢してやるわ、ふんっ!
クリスは言ったとおり、本当に毎日手紙をよこした。そうそう使いを走らせるわけにはいかないので、実際は数日分ずつ、しかも王宮経由でまとめて届けられるのだけれど。伯母君様の伝手で王立学院へ入学し、毎日忙しくしているようだ。
それでも、たとえ短くても本当に毎日私のためにペンをとっていたことは分かる。いつしか私は、隣国から届く便りを心待ちにするようになっていた。
そしていよいよ、遊学中だった第三王子クリスが帰還したという知らせが駆け巡った。当初一年だった予定は当人の希望でさらに二月ほど伸ばされ、王宮では王子の帰還の祝いと成人の祝いを併せて行うことに決められた。
戻ったクリスはあれこれ忙しいようで、帰還して一週間になるけれどまだ会っていない。帰還してからは手紙もなくなってしまったので、私はほんの少し拍子抜けしたような、気が抜けたような、そんな気分で過ごしていた。
その夜、ベッドに入っていた私は、扉の軋む音に目を覚ました。慌てて跳ね起きて、胸元にシーツを引き寄せる。
「誰っ!?」
まさか、今の私のところに来るような男性がいるはずは……?
「姉さま、僕だよ」
部屋へ入って来た人影は、月明りを背にこちらへ近づいてくる。それは懐かしい声、でも記憶より少しだけ低い、落ち着いた声音で……。
「クリス!」
「久しぶりだね、マリィ姉さま」
ベッドの横まできたクリスは、胸に手を当てて一人前の男のように礼をした。その姿は、一年前とは別人のように変わっている。
「すごく、背が伸びたのね……」
成長期とはいえ、一年ちょっとで驚くほど背が伸びている。ジェラールお兄様と、もうそれほど変わらないかもしれない。剣と乗馬に励んでいると聞いてはいたけれど、筋肉もついて立派な身体つきに見える。どこから見ても、もう少年ではなかった。
クリスはふっと微笑んで首をかしげた。
「どうかな? 少しは姉さまに釣り合う男になれたと思う?」
その笑顔も、確かにクリスなんだけど……、でも急に大人びたせいか、知らない人みたいに見える。
「顔を、見せて……?」
思わず伸ばした手を取って、クリスはベッドに腰を下ろした。それからその手を、自分の頬へ導く。夜道を歩いてきたからか、クリスの肌はひんやりしていた。
「気が済むまでどうぞ」
そう言って悪戯っぽく笑った。その顔は知っている。
「ああ、あんまり大人に見えたから……。でも安心したわ、ちゃんと私の知ってるクリスね」
「それは姉さま、褒めてるの?」
「もちろんよ。--お帰りなさい、クリス」
「ただいま、マリィ姉さま」
頬の手をそっと外したクリスは、そのまま掌に唇をつけた。
「あっ……」
「会いたかった」
まだその手を掴んだまま、クリスが私を見る。
「陛下……父上から話が行ったそうだね。まだ僕を怒ってる?」
「……いいえ。そんなこと、言えるわけないじゃないの」
「本当に正直だね、姉さまは。変わってないな」
肩を震わせて笑うクリスに手を取られたままで、私は少し居心地が悪くなって身動ぎした。その時になって初めて、自分が薄い寝衣一枚なのを思い出す。そして、こうしてクリスがこの部屋へ来た意味を。
「クリス、あの……もしかして」
私の中途半端な問いの意味を、クリスは取り違えなかった。
「もちろん、ダンドリュー侯爵には了承を得ているよ」
それはつまり、そういうことだ。この国の貴族の、ちょっと変わった慣習。
―――んもう、お父様ったら。一言くらい言っておいてくれたらいいじゃないの!
「言ったら姉さまが怒ると思ったんじゃないの」
「……」
反論できない。そして、どうしてクリスは私の考えが分かったのかしら?
「だって僕、姉さまのことしか見てなかったし。姉さまのことばかり考えてたからね」
「なっ……」
かっと頬に血が昇る。口を開きかけたまま、私は何も言えなくなってしまった。
それでも私はこの一年、今までになくゆったりと過ごしていた。というのは、あまり頻繁に社交の場へ出て、求婚されても困るから。体調がすぐれないという理由で出席したりしなかったりの私にはさすがに求婚しづらいのか、お断りに苦労することも多くなかった。
その間に、やはり国王陛下からお父様へ内々でお話があった。お兄様の言ったとおり、これはもう断れない。私は最後にもう一度ため息をついて、すべてを受け入れた。
―――仕方ないわ。見た目だけで相手を選んだら、ローズムンド様のところみたいにド変態に当たったかもしれないもの。クリスなら、少なくともそれはないでしょう。お兄様の言うとおり、わがまま言って贅沢してやるわ、ふんっ!
クリスは言ったとおり、本当に毎日手紙をよこした。そうそう使いを走らせるわけにはいかないので、実際は数日分ずつ、しかも王宮経由でまとめて届けられるのだけれど。伯母君様の伝手で王立学院へ入学し、毎日忙しくしているようだ。
それでも、たとえ短くても本当に毎日私のためにペンをとっていたことは分かる。いつしか私は、隣国から届く便りを心待ちにするようになっていた。
そしていよいよ、遊学中だった第三王子クリスが帰還したという知らせが駆け巡った。当初一年だった予定は当人の希望でさらに二月ほど伸ばされ、王宮では王子の帰還の祝いと成人の祝いを併せて行うことに決められた。
戻ったクリスはあれこれ忙しいようで、帰還して一週間になるけれどまだ会っていない。帰還してからは手紙もなくなってしまったので、私はほんの少し拍子抜けしたような、気が抜けたような、そんな気分で過ごしていた。
その夜、ベッドに入っていた私は、扉の軋む音に目を覚ました。慌てて跳ね起きて、胸元にシーツを引き寄せる。
「誰っ!?」
まさか、今の私のところに来るような男性がいるはずは……?
「姉さま、僕だよ」
部屋へ入って来た人影は、月明りを背にこちらへ近づいてくる。それは懐かしい声、でも記憶より少しだけ低い、落ち着いた声音で……。
「クリス!」
「久しぶりだね、マリィ姉さま」
ベッドの横まできたクリスは、胸に手を当てて一人前の男のように礼をした。その姿は、一年前とは別人のように変わっている。
「すごく、背が伸びたのね……」
成長期とはいえ、一年ちょっとで驚くほど背が伸びている。ジェラールお兄様と、もうそれほど変わらないかもしれない。剣と乗馬に励んでいると聞いてはいたけれど、筋肉もついて立派な身体つきに見える。どこから見ても、もう少年ではなかった。
クリスはふっと微笑んで首をかしげた。
「どうかな? 少しは姉さまに釣り合う男になれたと思う?」
その笑顔も、確かにクリスなんだけど……、でも急に大人びたせいか、知らない人みたいに見える。
「顔を、見せて……?」
思わず伸ばした手を取って、クリスはベッドに腰を下ろした。それからその手を、自分の頬へ導く。夜道を歩いてきたからか、クリスの肌はひんやりしていた。
「気が済むまでどうぞ」
そう言って悪戯っぽく笑った。その顔は知っている。
「ああ、あんまり大人に見えたから……。でも安心したわ、ちゃんと私の知ってるクリスね」
「それは姉さま、褒めてるの?」
「もちろんよ。--お帰りなさい、クリス」
「ただいま、マリィ姉さま」
頬の手をそっと外したクリスは、そのまま掌に唇をつけた。
「あっ……」
「会いたかった」
まだその手を掴んだまま、クリスが私を見る。
「陛下……父上から話が行ったそうだね。まだ僕を怒ってる?」
「……いいえ。そんなこと、言えるわけないじゃないの」
「本当に正直だね、姉さまは。変わってないな」
肩を震わせて笑うクリスに手を取られたままで、私は少し居心地が悪くなって身動ぎした。その時になって初めて、自分が薄い寝衣一枚なのを思い出す。そして、こうしてクリスがこの部屋へ来た意味を。
「クリス、あの……もしかして」
私の中途半端な問いの意味を、クリスは取り違えなかった。
「もちろん、ダンドリュー侯爵には了承を得ているよ」
それはつまり、そういうことだ。この国の貴族の、ちょっと変わった慣習。
―――んもう、お父様ったら。一言くらい言っておいてくれたらいいじゃないの!
「言ったら姉さまが怒ると思ったんじゃないの」
「……」
反論できない。そして、どうしてクリスは私の考えが分かったのかしら?
「だって僕、姉さまのことしか見てなかったし。姉さまのことばかり考えてたからね」
「なっ……」
かっと頬に血が昇る。口を開きかけたまま、私は何も言えなくなってしまった。
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