弟王子に狙われました

砂月美乃

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5・弟王子の策略……ですか? 前

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 クリスは発見者であるジェラールお兄様に殴られた。
 それは当然。成人前とはいえ王子ともあろうものが、強引に妹に手を出そうとしたのだから。ちなみにお兄様は痕を残すほど馬鹿ではないし、そのくらいで立場に響いたりもしない。

 とは言ってもこの国は、結婚前に男性が女性の部屋を訪ねるのだって普通とされている国。未遂だったこともあり、実は私自身はさほどダメージを受けたことにならない。まあ無理やりには違いないから、クリスに会う機会があれば、一発くらいはひっぱたいてやりたいけれど……これは私の気持ちの問題。

 ではクリスの問題は何かというと、「未成年」と「強引に」というところ、それだけだ。あと付け加えるならば、クリスは王子という立場にも関わらず軽率な行動をとったことを咎められるだろう。


「マリレーヌ、いいか」

 三日後の夕食後、王宮から戻ったジェラールお兄様が、私のところにやって来た。私はお父様に言われて外出を控えていたので、その後どうなったのか何も聞いていなかった。

 まず、クリスは近いうちに隣国へ「見聞を深めるために」旅立つことになった。成人するまでの約一年間、いわば私から離すのが目的なのだそうだ。そこには国王陛下の姉君様、つまりクリスの伯母様が嫁いでいらして、みっちり鍛えなおして下さるという。

 そう言えばお兄様がそっと教えてくれたのだけれど、男性は成人前とはいえ合意の上なら、こっそり女性と関係を持つこともなくはないのだとか。
 ちなみに「お兄様もそうだったの?」と聞いたら、にやりと笑って答えなかった。
 でも、万事おおらかなこの国でも、同意なく無理やりというのは恥ずべきこととされている。

「でも、幼いころから王子教育を叩き込まれてきたクリスが、いったいなぜあんなことをしたんですの……?」

 私はそれが不思議だった。王子たちは、小さな頃から常に自分を律することを課されているから。
 するとお兄さまは苦い顔をした。

「ガキのくせにやたらとずる賢い奴だからな、あれは」
「え?」

 意味が分からず首をかしげた私に、お兄さまは座り直して聞いた。

「マリレーヌ、おまえはクリスのことをどう思う」
「どう思うと言われても……。例えるなら大切な弟です。お兄さまのおっしゃる意味が、男性として見られるかということなら、ノーと言うしかありませんわ」
「だろうな。まあ落ち着いて聞いてくれ」

そう言ってお兄様は話し始めた。

「おまえがどう思うかはさておき、あれはおまえが好きなんだ。」

それはこの前の様子で分かったので、私はただ頷いた。

「お兄様。私が結婚する前にというのは分かりますけど。あそこで無理をとおして、それでどうするつもりだったんです?」

 無理やり抱いたら、私がクリスの言うとおりになるとでも思ったのかしら? さっきも言ったとおりのお国柄、女性の処女性はそれほど重要視されていないというのに。

「だから、そこがあいつの悪知恵なんだ」

 ことを大げさにして、自分がどれだけ思い詰めているかを知らしめる。それがクリスの狙いだった。
 つまり、誰かに見つけられるのを前提にしていたということ。私は気づいていなかったけれど、クリスはあちこちで人の目に留まるようにしていたらしい。だからこそお兄様も、あのタイミングで私たちを見つけ出せたのだ。

 それからお兄様の言ったことに、私は言葉を失った。なんとクリスの狙いは、ほぼ成功していたのだった。
 お得意の天使の涙を駆使して「姉さまが結婚しちゃうと思ったら耐えられなくて……」とやったらしい。親馬鹿で知られる国王陛下はすっかりクリスに同情し、私さえ承諾するならば、第三王子の妃に迎えても良いと言い出しているという。

「なんてこと……」

私はがっくりとうなだれた。横でお兄様も深いため息をついている。

 ―――やられた。クリスがそんなあざとい手を使うなんて……!

私もお兄様に負けずに長いため息を吐き出して、それから顔を上げる。

「それで、お兄様。私に選択肢はありますの?」
「……まあ、ないだろうな」

 やっぱり。もう一度盛大なため息をつく私を、お兄様は憐れむような目で見ている。
 国王陛下のお声がかりを、断れる者などいない。まして王族に迎えられるのだから、感涙にむせびこそすれ、断るなどどいう不敬なことは許されない。

「お兄様、ちょっと耳を塞いでいて下さいませ」
「……? ああ」
「―――あのクソガキ!!」

お兄様は肩を震わせたけれど、懸命にも無表情を保った。

「もういいですわ、お兄様」
「……」
「それで、お兄様。私はどうしたらいいんですの」

 いくぶん投げやりに、私は尋ねた。まんまとクリスの策にはまり、もう逃げられないと分かった今、お兄様の前でまで淑女ぶってなどいられない。

「あとで父上たちとも相談はするが、しばらくは病気にでもなるしかないだろうな。このまま社交の場に出続けていては、相手を決めない理由を勘繰られてしまう」
「……ええ」
「クリスが戻ったら、第三王子の妃候補として発表する。四つ年上ということで多少は騒がれるだろうが、陛下がその気なら通るだろう」
「……そうですわね」

目も合わせようとしない私に、お兄様が苦笑した。

「……何と言うか、まあ……。自棄やけになるなよ。せいぜいわがままを言ってやれ」
「……」


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