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3・弟王子が牙をむきました 前
しおりを挟むえ、と思う間に両手を絡め取られた。その時やっとクリスの意図を察してもがいたけれど、もう力では敵わない。
「―――マリィ姉さま」
「や、クリス、だめ……ん!」
クリスの金髪が頬にさらりとかかり、冷たい唇が触れた。思わず引き結んだ私の唇に、クリスは何度も何度も口づける。
「ん……。姉さま……」
溢れる思いをそのままぶつけるように、何度も性急に押し付けられていた唇は、次第にゆっくりと啄むような、柔らかいものに変わった。
「んん……!」
私は押さえ込まれた両手を、思わずぎゅっと握りしめた。
その瞬間、手首を握る力がほんの少しだけ緩んだ気がしたけれど、クリスは止める様子はない。そのまま唇が喉を辿り、首元をなぞり、夜会のために広く開けてある胸の谷間に降りてくる。
「や、だめ、クリス……。やめて」
「嫌だよ。僕が好きって言ったじゃないか」
「やぁっ……!」
ドレスからのぞく胸のふくらみに舌を這わされ、私は自分でも思ってもみない声をあげてしまった。クリスは喉の奥でくすりと笑うと、レースの縁にそってちろちろと舐めてゆく。
「違うのクリス……やだ、やめ……!」
「弟なんて、もうたくさんだ」
「……あっ!」
ちりっ、と小さな痛みが走った。クリスが唇できつく吸ったらしい。
「ほら姉さま、印をつけてあげたよ。姉さまの白い肌に映えて、とても綺麗だ」
「な……っ」
逃れようと身体を捩るけれど、クリスは私の抵抗などものともせずに胸元に顔を埋めている。ちりっ、ちりっとさらに痛みを感じ、私は絶望的な気持ちになった。胸元にこんな痕をつけられて、どんな顔をして夜会の場に戻ったらいいの? それに、信じたくはないけど……もしも、クリスが……?
「クリス、お願いよ! やめて……!」
「姉さま……。そんなに僕が嫌なの?」
その声に、私ははっとする。顔を上げたクリスの目に、みるみる涙が滲んできた。
「やっぱり僕では、姉さまを苦しめることしかできないの……?」
「―――ちがっ、違うのクリス……!」
私は慌てた。どうしても昔から、クリスの涙には弱いのだ。泣かせたかったわけでも、まして決して嫌いなわけではない。男性としてではないけれど、むしろ彼ほど大事な人はいないというのに。
「ああ、お願い泣かないで……! 違うの、あなたを嫌いなんじゃないのに」
「だって、僕じゃダメだって」
「だから、それは……っ!」
アクアマリンのような瞳から今にも零れ落ちそうな涙に、私はすっかり狼狽えてしまった。
「……姉さまに嫌われたら、僕は……」
「嫌いだなんて、言ってな……」
「じゃあ、いいんだね?」
潤んだ瞳が細められ、まるでころりと裏返したみたいに、天使の笑みが浮かぶ。
―――待って、これは……!
頭の中に警報が鳴り響き、慌てて身を起こそうとしたけれど、やはり無理だった。いつの間にか両手は頭の上で一つにまとめられ、空いた手がドレスの肩をするりと下げた。零れ出た胸をクリスの手が包む。
「やだあっ、嘘!」
「もう聞かないよ、姉さま」
―――忘れていた。天使の泣き顔の効果を自覚したクリスは、ウソ泣きの天才になったんだ……! 八歳になったころから、私は何度それに騙されてお願いを聞いてやったことか。ああ、久しぶりに会ったからか、また完全に騙されてしまった。
「もう、また騙したのねっ?」
口づけようとするのを振り切って睨むと、クリスは無邪気に微笑んだ。
「何のこと? 何も嘘なんかついてない。僕が姉さまを好きなのは本当だもの」
「そういう意味じゃ……!」
「ダメ。もう聞かないって言った」
「待っ……んぅ!」
口を塞ぐように強引にされた口付けは、とても可愛かったクリスと同じ人とは思えなかった。
「だめ、クリス……! 馬鹿あっ」
ソファに組み敷かれ、私は必死にクリスの胸を押した。けれど本人も言っていた通り、もはや弟ではありえないクリスに、体力でかなうわけがない。
両手で私の頬を挟んだクリスが、さらに深くのしかかって、私の顔を仰向かせる。そうされると嫌でも緩んでしまう唇を割って、ぬるりと舌が入ってきた。
「んっ!」
それは私の知る口付けとは、全く違う。まるで飢えた獣に、口から食べられてしまいそうだった。
―――嘘、こんなの……知らない。
クリスが私の舌を絡めとり、吸い上げる。濡れた唇が音をたて、口の端から零れた。
―――やだ、どうして……? 何も考えられなくなる……。
必死で突っ張っていた手からも力が抜けて、気付けばクリスのシャツを掴んでいるだけだ。
ちゅ、と音をたてて、クリスの唇が離れた。
「あ……」
私は声も出ない。頬が熱くて、息も弾んでいる。それになぜかぐったりして、力が入らない。クリスはそんな私を見て微笑んだ。
「可愛い。姉さまのそんな顔、初めて見るね。……だめだ、我慢できなくなる」
「え……?」
何を、言っているの? 私がまだぼんやりしているうちに、クリスは手を回して、背中のボタンを外してしまった。腰までドレスを押し下げられ、さすがに慌てる。
「ちょっと、クリスやめて!」
「嫌だね。もう姉さまの言うとおりにはしてあげないよ」
クリスの両手が私の胸を包み、親指で頂を擦った。
「ああっ!」
痛いようなくすぐったいような、想像もしなかった感覚に私は思わず声をあげてしまった。なに、これ……? 触れられると、こんなふうになるの……?
クリスはそんな私を見て笑った。そしてふくらみをそっと寄せるように捏ね、先端を何度もくりくりと転がす。私はその度に小さく声をあげて、痺れるように走る感覚に耐える。
「良かった、姉さま。ちゃんと僕の手でも感じてくれるんだね」
「え!?」
―――私……感じてるの? クリスに? 嘘よ、いくら大好きなクリスだからって……、そういう『好き』じゃないのに。
「……クリス、それは……いけないことで」
「待てないよ。―――僕が成人するまで、あと一年ちょっと」
「あ……あっ!」
ぎゅっと寄せた胸に唇が寄せられ、私は抑えることもできずまた声をあげてしまった。クリスは胸元に顔を埋めるようにして話し続ける。その唇の動きが、私を時折びくりと震えさせ、そんな自分が情けなくて泣きたくなった。
「分かってるでしょ? あと一年も、姉さまは待っていられない。ダンドリュー家惣領の結婚が済んだ今、姉さまは社交界中の注目の的だもの。侯爵だって、もうこれ以上は待たないはずだよ」
確かに、お父様にもそろそろ相手を決めるよう言われたばかりだった。それにしても、クリスがそんなことを言うとは思わなかった。子供だと思っていたのに、いつの間にか、社交界の事情にまで詳しくなっていたなんて……。
「だから、今のうちに手に入れることにしたんだ、姉さま」
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