2 / 11
2・かわいい弟だと思っていました 後
しおりを挟む
「クリス、何を言ってるの」
「だって姉さま、僕のこと好きでしょ?」
「もちろんあなたのことは好きよ。でもクリス、そういうのとは違うでしょう」
私はもちろんクリスが冗談を言っているのだと思い、笑って窘めた。ところがクリスは引かなかった。
「姉さま、僕は本気だよ」
「クリス」
「さっき、そういう人はいないって言ったよね。姉さまは、好きでもない相手のものになれるの? そいつに抱かれて平気なの?」
「もう、クリスったら。子供がそんなこと言うものじゃないわ」
弟のようなクリスにそんなことを言われるとは、思ってもみなかった。気まずくなって視線を逸らした私に、クリスはさらに言った。
「僕はもう子供じゃないよ、マリィ姉さま」
きっぱりした声音に、私は振り返ってクリスを見る。
生真面目な瞳は、並んで座っていても私のほうが見上げている。肩もしっかりして、体つきも変わった。そういえば、鈴を転がすようだった声も、いつの間にか若々しい男の声になっている。
「……そうね、クリス。もう十六歳ですものね。でも、そういう話は成人してからするものだわ」
「そんなの形式だよ、姉さま」
「そういうわけには……」
するとクリスが急に身を乗り出して、私の手を掴んだ。
「そんな余裕はないんだ」
「ちょっと、クリス……?」
「成人するのを待ってたら、姉さまは誰かのものになってしまう」
「……え?」
クリスが何を言っているのか分からないうちに、掴んだ手をぐっと引っぱられる。
「姉さまが、好きなんだ」
その声にはっと気がついたころには、私はクリスに抱きしめられていた。
―――え、ちょっとこれ……? クリス?
慌てて身を起こそうとしたけれど、クリスのしなやかな腕はびくともしない。
「ちょっと、クリス……! 離して」
「嫌だよ。ようやく姉さまをこの腕に抱いたんだもの」
「な、何を言ってるの?」
「ああ、姉さまいい匂い……」
さらに腕をきつく巻かれ、首筋に顔を埋められる。そこまでされて私はやっと、クリスがどうやら本気らしいと気がついた。
「待って、クリス! だめ、離してっ! そ、それに、こんなところでもし誰か来たら……!」
「……分かったよ、姉さま」
そう言ってクリスは顔を上げたけれど、まだ腕を緩めてはくれない。
「姉さまが逃げずに、僕の話を聞いてくれるなら」
「話?」
「そう。約束してくれるなら、今はやめる」
今ってなに? とは思ったけれど、とりあえずクリスに落ち着いてもらわなくてはならない。
「分かったわ、約束する。ちゃんと話を聞くから」
「約束だよ、マリィ姉さま」
やっと腕を緩めてくれたので顔を上げると、クリスと目が合った。に、と笑ったその顔は、とても天使には思えなかった。
そのままクリスに導かれ、私はテラスを通ってすぐの部屋へ案内された。私室ではなく来客用の談話室かなにかのようで、私は少しほっとする。クリスは私を長椅子に掛けさせると、自分も隣に腰を下ろした。
「……」
クリスが黙っているので、私は何も言い出せない。だって、さっきのクリスは……。
「……僕がまだほんの小さな子供だったころ、兄妹揃って僕たちの遊び相手として王宮に呼ばれ……。兄上たちについて行けずに泣く僕を慰めてくれた、綺麗で優しい女の子。それが姉さま、君だよ」
私は黙って頷く。初めて会ったのは、たぶんクリスが三歳か四歳のとき。絵の中の天使が出て来たのかと思ったくらい、クリスは本当に愛らしかった。
「僕はマリィ姉さまが大好きだったから、ずっと一緒にいられると思ってた。なのに、姉さまは先に大人になってしまって……。今では『社交界の薔薇』なんて言われて、沢山の男に狙われているんだ」
「だって……、それは仕方ないことだわ」
「ずるいよ姉さま、そんな言い方は。それじゃ僕には、チャンスすら与えられない。ただ年下だっていうだけで」
「待って、クリス。落ち着いて」
「待たないよ」
「あっ!」
トン、と背中に衝撃を感じ、目の前に天井のレリーフが広がった。その視界を塞ぐように、クリスが覆いかぶさってくる。
「逃がさないよ、姉さま」
「だって姉さま、僕のこと好きでしょ?」
「もちろんあなたのことは好きよ。でもクリス、そういうのとは違うでしょう」
私はもちろんクリスが冗談を言っているのだと思い、笑って窘めた。ところがクリスは引かなかった。
「姉さま、僕は本気だよ」
「クリス」
「さっき、そういう人はいないって言ったよね。姉さまは、好きでもない相手のものになれるの? そいつに抱かれて平気なの?」
「もう、クリスったら。子供がそんなこと言うものじゃないわ」
弟のようなクリスにそんなことを言われるとは、思ってもみなかった。気まずくなって視線を逸らした私に、クリスはさらに言った。
「僕はもう子供じゃないよ、マリィ姉さま」
きっぱりした声音に、私は振り返ってクリスを見る。
生真面目な瞳は、並んで座っていても私のほうが見上げている。肩もしっかりして、体つきも変わった。そういえば、鈴を転がすようだった声も、いつの間にか若々しい男の声になっている。
「……そうね、クリス。もう十六歳ですものね。でも、そういう話は成人してからするものだわ」
「そんなの形式だよ、姉さま」
「そういうわけには……」
するとクリスが急に身を乗り出して、私の手を掴んだ。
「そんな余裕はないんだ」
「ちょっと、クリス……?」
「成人するのを待ってたら、姉さまは誰かのものになってしまう」
「……え?」
クリスが何を言っているのか分からないうちに、掴んだ手をぐっと引っぱられる。
「姉さまが、好きなんだ」
その声にはっと気がついたころには、私はクリスに抱きしめられていた。
―――え、ちょっとこれ……? クリス?
慌てて身を起こそうとしたけれど、クリスのしなやかな腕はびくともしない。
「ちょっと、クリス……! 離して」
「嫌だよ。ようやく姉さまをこの腕に抱いたんだもの」
「な、何を言ってるの?」
「ああ、姉さまいい匂い……」
さらに腕をきつく巻かれ、首筋に顔を埋められる。そこまでされて私はやっと、クリスがどうやら本気らしいと気がついた。
「待って、クリス! だめ、離してっ! そ、それに、こんなところでもし誰か来たら……!」
「……分かったよ、姉さま」
そう言ってクリスは顔を上げたけれど、まだ腕を緩めてはくれない。
「姉さまが逃げずに、僕の話を聞いてくれるなら」
「話?」
「そう。約束してくれるなら、今はやめる」
今ってなに? とは思ったけれど、とりあえずクリスに落ち着いてもらわなくてはならない。
「分かったわ、約束する。ちゃんと話を聞くから」
「約束だよ、マリィ姉さま」
やっと腕を緩めてくれたので顔を上げると、クリスと目が合った。に、と笑ったその顔は、とても天使には思えなかった。
そのままクリスに導かれ、私はテラスを通ってすぐの部屋へ案内された。私室ではなく来客用の談話室かなにかのようで、私は少しほっとする。クリスは私を長椅子に掛けさせると、自分も隣に腰を下ろした。
「……」
クリスが黙っているので、私は何も言い出せない。だって、さっきのクリスは……。
「……僕がまだほんの小さな子供だったころ、兄妹揃って僕たちの遊び相手として王宮に呼ばれ……。兄上たちについて行けずに泣く僕を慰めてくれた、綺麗で優しい女の子。それが姉さま、君だよ」
私は黙って頷く。初めて会ったのは、たぶんクリスが三歳か四歳のとき。絵の中の天使が出て来たのかと思ったくらい、クリスは本当に愛らしかった。
「僕はマリィ姉さまが大好きだったから、ずっと一緒にいられると思ってた。なのに、姉さまは先に大人になってしまって……。今では『社交界の薔薇』なんて言われて、沢山の男に狙われているんだ」
「だって……、それは仕方ないことだわ」
「ずるいよ姉さま、そんな言い方は。それじゃ僕には、チャンスすら与えられない。ただ年下だっていうだけで」
「待って、クリス。落ち着いて」
「待たないよ」
「あっ!」
トン、と背中に衝撃を感じ、目の前に天井のレリーフが広がった。その視界を塞ぐように、クリスが覆いかぶさってくる。
「逃がさないよ、姉さま」
10
お気に入りに追加
928
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫
梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。
それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。
飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!?
※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。
★他サイトからの転載てす★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初恋の呪縛
緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」
王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。
※ 全6話完結予定
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
貧乏子爵令嬢ですが、愛人にならないなら家を潰すと脅されました。それは困る!
よーこ
恋愛
図書室での読書が大好きな子爵令嬢。
ところが最近、図書室で騒ぐ令嬢が現れた。
その令嬢の目的は一人の見目の良い伯爵令息で……。
短編です。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる