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2・かわいい弟だと思っていました 後
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「クリス、何を言ってるの」
「だって姉さま、僕のこと好きでしょ?」
「もちろんあなたのことは好きよ。でもクリス、そういうのとは違うでしょう」
私はもちろんクリスが冗談を言っているのだと思い、笑って窘めた。ところがクリスは引かなかった。
「姉さま、僕は本気だよ」
「クリス」
「さっき、そういう人はいないって言ったよね。姉さまは、好きでもない相手のものになれるの? そいつに抱かれて平気なの?」
「もう、クリスったら。子供がそんなこと言うものじゃないわ」
弟のようなクリスにそんなことを言われるとは、思ってもみなかった。気まずくなって視線を逸らした私に、クリスはさらに言った。
「僕はもう子供じゃないよ、マリィ姉さま」
きっぱりした声音に、私は振り返ってクリスを見る。
生真面目な瞳は、並んで座っていても私のほうが見上げている。肩もしっかりして、体つきも変わった。そういえば、鈴を転がすようだった声も、いつの間にか若々しい男の声になっている。
「……そうね、クリス。もう十六歳ですものね。でも、そういう話は成人してからするものだわ」
「そんなの形式だよ、姉さま」
「そういうわけには……」
するとクリスが急に身を乗り出して、私の手を掴んだ。
「そんな余裕はないんだ」
「ちょっと、クリス……?」
「成人するのを待ってたら、姉さまは誰かのものになってしまう」
「……え?」
クリスが何を言っているのか分からないうちに、掴んだ手をぐっと引っぱられる。
「姉さまが、好きなんだ」
その声にはっと気がついたころには、私はクリスに抱きしめられていた。
―――え、ちょっとこれ……? クリス?
慌てて身を起こそうとしたけれど、クリスのしなやかな腕はびくともしない。
「ちょっと、クリス……! 離して」
「嫌だよ。ようやく姉さまをこの腕に抱いたんだもの」
「な、何を言ってるの?」
「ああ、姉さまいい匂い……」
さらに腕をきつく巻かれ、首筋に顔を埋められる。そこまでされて私はやっと、クリスがどうやら本気らしいと気がついた。
「待って、クリス! だめ、離してっ! そ、それに、こんなところでもし誰か来たら……!」
「……分かったよ、姉さま」
そう言ってクリスは顔を上げたけれど、まだ腕を緩めてはくれない。
「姉さまが逃げずに、僕の話を聞いてくれるなら」
「話?」
「そう。約束してくれるなら、今はやめる」
今ってなに? とは思ったけれど、とりあえずクリスに落ち着いてもらわなくてはならない。
「分かったわ、約束する。ちゃんと話を聞くから」
「約束だよ、マリィ姉さま」
やっと腕を緩めてくれたので顔を上げると、クリスと目が合った。に、と笑ったその顔は、とても天使には思えなかった。
そのままクリスに導かれ、私はテラスを通ってすぐの部屋へ案内された。私室ではなく来客用の談話室かなにかのようで、私は少しほっとする。クリスは私を長椅子に掛けさせると、自分も隣に腰を下ろした。
「……」
クリスが黙っているので、私は何も言い出せない。だって、さっきのクリスは……。
「……僕がまだほんの小さな子供だったころ、兄妹揃って僕たちの遊び相手として王宮に呼ばれ……。兄上たちについて行けずに泣く僕を慰めてくれた、綺麗で優しい女の子。それが姉さま、君だよ」
私は黙って頷く。初めて会ったのは、たぶんクリスが三歳か四歳のとき。絵の中の天使が出て来たのかと思ったくらい、クリスは本当に愛らしかった。
「僕はマリィ姉さまが大好きだったから、ずっと一緒にいられると思ってた。なのに、姉さまは先に大人になってしまって……。今では『社交界の薔薇』なんて言われて、沢山の男に狙われているんだ」
「だって……、それは仕方ないことだわ」
「ずるいよ姉さま、そんな言い方は。それじゃ僕には、チャンスすら与えられない。ただ年下だっていうだけで」
「待って、クリス。落ち着いて」
「待たないよ」
「あっ!」
トン、と背中に衝撃を感じ、目の前に天井のレリーフが広がった。その視界を塞ぐように、クリスが覆いかぶさってくる。
「逃がさないよ、姉さま」
「だって姉さま、僕のこと好きでしょ?」
「もちろんあなたのことは好きよ。でもクリス、そういうのとは違うでしょう」
私はもちろんクリスが冗談を言っているのだと思い、笑って窘めた。ところがクリスは引かなかった。
「姉さま、僕は本気だよ」
「クリス」
「さっき、そういう人はいないって言ったよね。姉さまは、好きでもない相手のものになれるの? そいつに抱かれて平気なの?」
「もう、クリスったら。子供がそんなこと言うものじゃないわ」
弟のようなクリスにそんなことを言われるとは、思ってもみなかった。気まずくなって視線を逸らした私に、クリスはさらに言った。
「僕はもう子供じゃないよ、マリィ姉さま」
きっぱりした声音に、私は振り返ってクリスを見る。
生真面目な瞳は、並んで座っていても私のほうが見上げている。肩もしっかりして、体つきも変わった。そういえば、鈴を転がすようだった声も、いつの間にか若々しい男の声になっている。
「……そうね、クリス。もう十六歳ですものね。でも、そういう話は成人してからするものだわ」
「そんなの形式だよ、姉さま」
「そういうわけには……」
するとクリスが急に身を乗り出して、私の手を掴んだ。
「そんな余裕はないんだ」
「ちょっと、クリス……?」
「成人するのを待ってたら、姉さまは誰かのものになってしまう」
「……え?」
クリスが何を言っているのか分からないうちに、掴んだ手をぐっと引っぱられる。
「姉さまが、好きなんだ」
その声にはっと気がついたころには、私はクリスに抱きしめられていた。
―――え、ちょっとこれ……? クリス?
慌てて身を起こそうとしたけれど、クリスのしなやかな腕はびくともしない。
「ちょっと、クリス……! 離して」
「嫌だよ。ようやく姉さまをこの腕に抱いたんだもの」
「な、何を言ってるの?」
「ああ、姉さまいい匂い……」
さらに腕をきつく巻かれ、首筋に顔を埋められる。そこまでされて私はやっと、クリスがどうやら本気らしいと気がついた。
「待って、クリス! だめ、離してっ! そ、それに、こんなところでもし誰か来たら……!」
「……分かったよ、姉さま」
そう言ってクリスは顔を上げたけれど、まだ腕を緩めてはくれない。
「姉さまが逃げずに、僕の話を聞いてくれるなら」
「話?」
「そう。約束してくれるなら、今はやめる」
今ってなに? とは思ったけれど、とりあえずクリスに落ち着いてもらわなくてはならない。
「分かったわ、約束する。ちゃんと話を聞くから」
「約束だよ、マリィ姉さま」
やっと腕を緩めてくれたので顔を上げると、クリスと目が合った。に、と笑ったその顔は、とても天使には思えなかった。
そのままクリスに導かれ、私はテラスを通ってすぐの部屋へ案内された。私室ではなく来客用の談話室かなにかのようで、私は少しほっとする。クリスは私を長椅子に掛けさせると、自分も隣に腰を下ろした。
「……」
クリスが黙っているので、私は何も言い出せない。だって、さっきのクリスは……。
「……僕がまだほんの小さな子供だったころ、兄妹揃って僕たちの遊び相手として王宮に呼ばれ……。兄上たちについて行けずに泣く僕を慰めてくれた、綺麗で優しい女の子。それが姉さま、君だよ」
私は黙って頷く。初めて会ったのは、たぶんクリスが三歳か四歳のとき。絵の中の天使が出て来たのかと思ったくらい、クリスは本当に愛らしかった。
「僕はマリィ姉さまが大好きだったから、ずっと一緒にいられると思ってた。なのに、姉さまは先に大人になってしまって……。今では『社交界の薔薇』なんて言われて、沢山の男に狙われているんだ」
「だって……、それは仕方ないことだわ」
「ずるいよ姉さま、そんな言い方は。それじゃ僕には、チャンスすら与えられない。ただ年下だっていうだけで」
「待って、クリス。落ち着いて」
「待たないよ」
「あっ!」
トン、と背中に衝撃を感じ、目の前に天井のレリーフが広がった。その視界を塞ぐように、クリスが覆いかぶさってくる。
「逃がさないよ、姉さま」
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