弟王子に狙われました

砂月美乃

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1・かわいい弟だと思っていました 前

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「マリレーヌ嬢、私と結婚してください」

 目の前に跪く男性を、私は冷めた気持ちで見下ろした。もう、これで何人目? どうして皆、ダンスを二・三曲踊ったくらいで、こうも簡単に私を口説けると思っているのかしら?

「お気持ち嬉しゅうございます、ルフォール様」

 ルフォール様は三男とはいえ公爵家のお方、プライドを傷つけないよう、断るのも大変。
 恥ずかしげに俯いて、限界までぐっと息をつめる。苦しくて震えるくらいまで我慢して、ゆっくり顔を上げると、感激に真っ赤になって目を潤ませた、純情乙女の出来上がり。

 私はダンドリュー侯爵家の娘、マリレーヌ。
 自分で言うのも何だけれど、今の社交界で結婚したい女性ナンバーワンといったら私に決まってる。髪は金髪でこそないけれど、艶やかな黒髪、ミルクのような肌、輝くエメラルドの瞳。天使を思わせる微笑みと、しとやかな立ち居振舞いは羨望の的。家柄は問題ないし、お父様は宰相、お兄さまは皇太子殿下の側近。どう、文句のつけようがないでしょ?
 十八歳で社交界へデビューしてからもうすぐ二年。「社交界の薔薇」と謳われ、ダンスの誘いも結婚の申し込みも、それこそ降るようにある。残念ながら今のところ全て笑顔でお断りしているけれど、群がる男は減る気配がない。

 最近、とくに求婚が激しいのには理由がある。
 去年、第二王子のリュシアン殿下が突然激しい恋をした。
 その婚儀の日取りが決まったころ、今度は兄のジェラールが突然結婚すると言い出した。お兄さまは両親もびっくりするスピードで、殿下より先に結婚式を捩じ込んだ。

 そう! このお兄さまを見て育ったせいで、私の理想がどれだけ高くなったか。その辺の甘やかされた貴族のお坊ちゃまなんて、ちっとも素敵に見えない。私の結婚が決まらないのは、ほとんどこれが原因なのだ。
 ああ、念のため言っておくけれど、お兄さまに恋するなんてことは絶対にない。私はこれでも現実的な娘なのだ。ただ素敵すぎる兄が身内にいると困るというだけの話だから、誤解しないでいただきたい。

 話がそれた。その後殿下の婚儀も先日無事に済み、今はそれまで時期を控えていた貴族たちの、ちょっとした結婚ラッシュになっている。そうすると当然「結婚したい女性ナンバーワン」が槍玉にあがるわけで……。
 しかも兄が結婚したからにはそろそろ妹もだろう、なんて余計な気を回される。もう、本当に迷惑極まりない。



 持てる技術の全てを駆使してルフォール様にお断りをした私は、少し一人になりたくて歩いていた。ダンスもお喋りも嫌いではないし、結婚したくないわけじゃない。でもいつもギラギラした目で見られてばかりというのも、やっぱり疲れる。
 王宮の中庭に面した廊下の端で、月を見上げてため息をついた私は、足音に気付いて振り返った。

「こんばんは、マリィ姉さま」
「まあ、クリス!」

 そこに立っていたのは、第三王子のクリスだった。月明かりをうけて輝くふわふわの金髪に、王妃様そっくりの優しい美貌、まさに天使と謳われるに相応しい。

「どうしたの、こんなところで? まあ、また背が伸びたのではなくて?」

 兄のジェラールが王太子殿下の学友だったこともあり、私も子供のころは王宮へ連れて行かれ、殿下方と遊んだことがある。四つ年下のクリス殿下はとりわけ私に懐いてくれて、私も天使のような可愛い弟がいるようで、王宮へ行くのが大好きだった。
 私がデビューしてからはそういうことはなくなっていたし、クリスは成人前なので、夜会には最初だけ顔を出しても、ダンスが始まると退席する。だから挨拶以外にこうして話すのは、実に二年ぶりくらいだった。

「僕だってもうすぐ大人だからね、マリィ姉さま」
「本当ね、いつの間に追い越されたのかしら?」

 私は小柄なほうなので、私を追い越したとはいっても、クリスはまだまだ線も細く、少年の体つきだ。ジェラールお兄様と比べたら、まだ頭一つぶん以上差があるだろう。それでも得意げに笑って私を見下ろすクリスに、私はさっきまでの憂鬱が溶けていくのを感じていた。

「姉さま、少し散歩しようよ」

 そう言って紳士ぶって手を差し出すクリスに、私は微笑んだ。幼いころには私が手を引いて、庭を駆け回ったものだ。あの頃のクリスは泣き虫で、私はそのたびに姉ぶって宥め、頭を撫でた。涙で潤んだ瞳で私を見上げてにっこり笑うクリスが、それはそれは可愛かったのを覚えている。

「少しだけね」

 差し出された手は、背丈と同じく私より大きくなっている。私は年月の重みを感じながらそっとその手をとった。
 想い出話に興じながら懐かしい庭を歩き回っているうちに、いつの間にか私たちは王子たちの私室がある棟のほうへ来てしまっていた。勝手知ったる王宮で子供のころは気にしなかったけれど、今は控えなくてはならない行動だ。

「クリス、私もう戻らないと」
「大丈夫だよ姉さま、僕が一緒なんだから。それに、会えたの久しぶりなんだもの。もう少しだけ。ね?」

 無邪気に笑うクリスに、私もそれ以上強くは言えなかった。
 近くのベンチに並んで座る。

「マリィ姉さま、兄上様のご結婚おめでとう。姉さまは、まだそういう話はないの?」
「残念ながら、まだ決まっていないわ」
「どうして? 毎日のように求婚されているって、女官たちが噂しているよ?」

 私は思わず苦笑した。クリスの耳に入るなんて、いったいどれだけ噂されているのかしら?

「だって、どの方もピンと来ないんですもの……」

 子供のクリスにあからさまに言うこともないと、曖昧に返事を返したけれど、クリスの追及はやまない。

「ピンと来ないって、どういうこと? 姉さまは好きな人はいないの?」
「いないわ。早く誰か、素敵な方に会えるといいんだけど」

 するとクリスがくるりと向き直った。昔、何かをおねだりしたときのように目を輝かせ、私の顔を覗き込む。

「なら姉さま、僕と結婚してよ」


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