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4・勇者ケント 上
しおりを挟む「陛下? 陛下、どうなさいました?」
アードンの声に、私ははっと我にかえった。
「……ああ、何でもないわ」
「はあ……」
いくら配下一の宰相とはいえ、まさか言うわけにはいかない。私は適当に取り繕って、アードンを下がらせた。
◆◇◆
夕暮れの街、帰宅を急ぐ人々の中を、私は大股歩きで駅に向かっていた。少し離れて背の大きな男が、ぐっと眉をよせた顔でついてくる。
「もう、ついてこないでよ!」
―――やだ、もう絶対、謙斗の顔なんか見たくない。
合コンで知り合って付き合い始めた謙斗は、優しい人だと思っていた。付き合って半年ちょっと、ゲームが好きすぎて、夢中になると私を忘れてしまうけど、それ以外はとくに不満もなかったのに。
謙斗の浮気を知ってしまったのは、本当に偶然だった。食事中、謙斗がテーブルの上にスマホを置きっぱなしにしていたところへ、アホ女が露骨なSNSを送ってきただけのこと。
『また一緒にホテル行こうね』
ばっちり見てしまった。私はもちろん謙斗を問い詰めたけれど、謙斗は何やかやと言い訳ばかりして、話にならない。
「謙斗の馬鹿っ! 浮気なんて最低っ!」
思わず大声を出してしまった私は、周りの人が振り返るのを感じて慌てた。恥ずかしいのと腹立ちとで店を飛び出し、まっすぐ駅へ向かった。ところが、気づいたら謙斗が私を追って来ている。
怒りでいっぱいだった私は、とにかくもう謙斗の顔も見たくなかった。
―――浮気なんて許せない、絶対別れてやる。
駅が見えたところで、私は駆け出した。幸いというか、人混みのせいで謙斗は駅前の信号に引っかかった。私はその隙に駅に駆け込む。
―――そうだ、電車に飛び乗っちゃえばいい。
怒りとショックで逆上していた私は、それしか考えられなかった。そして発車メロディを頼りに階段を駆け降りようとし、その途中で足が縺れて……。
薄れゆく意識の底に、階段の上で呆然と私を見下ろしている謙斗の姿が映っていた。
◆◇◆
「―――ああっ!」
「陛下、落ち着かれませ」
悲鳴をあげて目覚めた私が見たのは、心配そうに見下ろす侍女のエリーだった。いつもならピンと立っている緑色の耳が、へにゃりと垂れている。どうやら私は部屋へ戻った後、ソファで眠ってしまったらしい。
「夢……」
「起き上がられますか」
エリーは私にショールをかけ、水のグラスを手渡してくれた。一息に呷ってグラスを返して、私は尋ねる。
「私、長いこと寝ていた?」
「いいえ。たまたま参りましたら、うなされておいでのようでしたので」
「そう、驚かせたわね、変な夢を見たみたい。もう大丈夫よ」
そう言って笑ってみせる私を、エリーは心配そうに見る。私は女王なのだから、本当はこんな心配をかけちゃいけない。
なんとかエリーを安心させて出て行かせた後、私は立ち上がって部屋を歩き回った。本当は、とても落ち着いて座ってなんかいられなかった。
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