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4・あたしはシャルロット 後

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「シャルロット!! 無事だったかい!?」
馬車が止まるなり飛び出してきたのは、優しげな顔を不安に歪め、かなり取り乱した様子の中年男性だった。今朝から増えてきた知識によると、あれがあたし―――シャルロットの父、クラルティエ子爵らしい。

「ああ、王宮で倒れたと使いを貰った時には……もう私も死んでしまうかと思ったよ!」
そう言って馬車から降りたあたしを抱きしめて、ぐりぐりと削れそうな頬擦りをしている。うん、ものすごい親バカなんだっけ。

「お父様、苦しいです」
自分でも驚いたけど、自然に「お父様」と口から出た。繭さんに聞いてた通りだけど、なんだかあっという間にこの世界に取り込まれていくみたいで、ちょっと怖い。


 すると横からのどかな笑い声がした。
「あなた、見ての通り元気そうですわ。可哀想ですからもう離してあげて下さいな」
 ―――あ、これが「お母様」ね。
シャルロットの金髪はこの人譲りなんだろう。細身で色白な、年齢を感じさせない美女。
 もともと貴族の娘ではないけれど、お父様に見初められて熱烈アプローチを受けて嫁いできた。今じゃ完全なバカップル夫婦、とシャルロットは思っていたらしい。

 お父様の頬擦り攻撃のおかげで、あたしは逆にその辺りを整理する時間が出来た。いろいろ「思い出せて」きたので、これなら何とかやれるかもしれない。
 まだあたしを離そうとしないお父様を促して、あたしは家に入って行った。






 2日も経つと、あたしはかなり「シャルロット」でいることに違和感がなくなっていた。こちらのドレスの着方も、様々なマナーも、もともと知っていたみたいに身についている。実際そうなんだろうけど。

 どういう理由なのかは分かるわけないけど、この世界で生まれ育った「シャルロット」に、あたし「森口瑞季」がするっと融合しちゃったみたいな感じだった。
 シャルロットの知識と記憶はあたしの知識と記憶になって、何の不自由も感じられない。


「シャルロット、そろそろお礼に伺わなくてはね」
その日の午後、お茶を飲みながらお父様が言った。
「お礼?」
「ダンドリュー家のジェラール様とフェリシア様にだよ。この前倒れた時、世話になったのだろう?」
 ああ、そうか。あたしが頷くと、お父様もこくこくと頷きながら続けた。
「では明日にでも伺うことにしようか」


「誠に感謝申し上げっ……!」
お父様の親バカ全開の挨拶を、ダンドリュー侯爵様とフェリシア様は笑って受けてくれた。
「いやクラルティエ殿、当然のことでしょう。息子にもお気持ちは伝えておきますから、もうそのくらいで」

 あの時のイケメン……ジェラール様は、王太子殿下の側近をしている。予め訪問予定は伝えてあったんだけど、帰りが間に合わなくなったらしい。

 ようやくお父様が立ち上がったところで、フェリシア様が言った。
「お義父様、クラルティエ子爵様。もしよろしければ、シャルロット様をお茶にお誘いしたいのですが? あの時に親しくなりましたの」





「ええっ、本当にそうなの? だっていつものリュシアン様からはそんな気配は全然……?」
「本当なの。だから最初のうちはもう、どうやって逃げようかと……」
 その1時間後、もちろんお父様には先に帰ってもらい、フェリシアこと繭さんとあたしは夢中になって話していた。繭さんがこちらへ来た時の話を聞いて驚いたり、ここ半年くらいの日本のニュースに繭さんが驚いたり。
 ちなみにあたしが一番びっくりしたのは、繭さんが日本では27歳になるってことだった。歳近かったんだ……。


 そこへノックの音がした。
「お義兄様、お帰りなさいませ」
入ってきたのはジェラール様、あの時のイケメンだ。あたしはすぐに立ち上がった。

「シャルロット嬢、わざわざいらして下さったのに申し訳ない。お元気そうで良かった」
「わたくしこそ、あの時は大変お世話になりましたのにご挨拶が遅れまして……」
繭さんも言ってたけど、この世界本当に便利だわ。難しい挨拶とか、言いたいことが口から勝手に出るんだもの。

 礼儀に従ってあたしが手を差し出すと、ジェラール様は軽く握ってそこに口づける。あたしには初めてのことで心臓が跳ねるけど、どうにか押し隠した。
 だってこの人、かっこいいんだもの。めちゃくちゃイケメンのくせに表情が甘すぎない、むしろ鋭いくらいなところもいい。何て言うか、豹みたいなイメージ。


 ジェラール様の分もお茶が運ばれた。繭さん、いやもうフェリシアでいいか……彼女はダンドリュー家の養女だと社交界では知られている。でもジェラール様ととても仲が良くて、見ていて気持ちがいい。当然似てはいないけど美男美女だし、社交界デビューのダンスをジェラール様と踊り、とても綺麗だったのを「シャルロット」も覚えている。
「シャルロット嬢?」
気が付くとその美男美女があたしをのぞきこんでいた。

「す、すみません。―――お2人がとても仲がいいので、素敵だなあ、などと考えて……」
するとフェリシアは花が咲くように笑った。
「そうなの、この家の方は皆良い方なのよ」
 ジェラール様は何も言わないけれど、かすかに口元を綻ばせてフェリシアを見ている。それこそ宮廷では見られないだろう顔に、あたしの鼓動がまた跳ねる。
 ―――うわあああ、いい表情……!


 そこへ扉が開き、メイドさんが手紙を持って入って来た。
「フェリシア様、殿下からお手紙です。使いの方が仰るには、至急お返事をいただきたいと……」
フェリシアは首をかしげて手紙を受け取り、ジェラール様を振り返る。
「お義兄様、ちょっと失礼しますのでお相手をお願いします。ごめんなさい、シャルロット様」
咄嗟に返事が出来ないうちに、フェリシアは足早に出て行ってしまった。
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