竜の末裔と生贄の花嫁

砂月美乃

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48・守りたいもの 前

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「……皆はこの後どうするんですか?」

まだ明るい山道を歩きながら、アメリアは尋ねた。館を出てから口数が少なくなってしまったヴィルフリートに代わって、フーゴが答える。

「アンヌたちのように、近くに身寄りがある者はそこへ行きます。身寄りがなくても、新しい家を買えるくらいのお給金はいただいてましたからね、ご心配はいりませんよ。私や二コラは、いずれ王都へ帰ります。もともとギュンター子爵様の部下ですから」
「レオノーラさんは?」
「レオノーラ、ですか」

 なぜか口ごもるフーゴを不思議そうに見上げると、横でヴィルフリートがくすりと笑った。

「アメリア、心配ない。一番腕の立つ男がついているからね。レオノーラのためにも、なるべく早く返してやらなくてはな」
「ヴィルフリート様、なぜそれを」
「馬鹿だな、私は誰よりも耳がいいんだぞ」
「あ……」

やや強面なフーゴの耳が、わずかに赤くなっている。それを見てやっとアメリアにも分かった。

「そうだったのですね」
「……迂闊でした。まさかヴィルフリート様がご存じだったとは」

 ヴィルフリートが笑った。思えばヴィルフリートは、今日初めて笑ったのではなかったか。

「フーゴさん、レオノーラさんをよろしくね」

アメリアの言葉に、フーゴが首まで赤くなった。





 日が落ちてきたが、灯りをつけるわけにはいかない。幸い月が出ているので、足元が見えないということもない。

「お二人とも、大丈夫ですか」

 たびたびフーゴが気遣ったが、散歩が趣味というヴィルフリートはもちろん、王都にいた頃にはドレスの仕立てを習うために邸を抜け出していたアメリアも、思った以上に健脚だった。ただアメリアは夜道を歩くのは初めてで、何度か木の根につまずいてしまい、その度にヴィルフリートに支えてもらっていた。

「アメリア、その先は段になっている」
「右に大きな石があるから気を付けて」

ヴィルフリートが夜目が効くのは本当で、彼の注意がなかったら、今頃は歩けなかっただろう。



「アメリア様、少し休みますか」

フーゴが振り返って問いかけたとき、ヴィルフリートが片手をあげた。

「フーゴ、下から人が来る。かなり人数が多そうだ」
「ついに来ましたか。では、お二人はこちらへ」

 二人は道をそれ、斜面を少し登った茂みの陰に身をひそめた。フーゴがその前の木によじ登る。
 アメリアには何も聞こえなかったが、ヴィルフリートの耳は確かだ。しばらくすると、木々の隙間からちらちらと灯りが見えてきた。驚くことに馬車の音もする。

「やはり私を、無理矢理にでも連れてゆく計画のようだな」

ヴィルフリートが呟いた。アメリアは答えず、きゅっと手を握りしめる。指先がひどく冷たい。唾を飲み込む音が、やけに耳に響いた。
 つづら折りの道を辿って男たちが姿を現すころには、アメリアにはずいぶん長い時間が経ったように感じられた。
 男たちはまさか知られているとは思いもしないのか、特に足音を忍ばせるでもなく、時折言葉を交わしながら歩いてくる。馬車の中は分からないが、歩いている者だけで十人はいるだろうか。

「おい、まだ先なのか」
「は、はい。もう少しかかります」

おどおどと答えているのは、脅されて案内させられているというマルコだろう。

「本当に、そんな化け物がいるのか」
「お、俺は知りません。そんなものに会ったこともねえんで……」
「ちっ、役に立たねえな。いいか、灯りが見えるほど近づく前に、間違いなく知らせるんだぜ」

歩いている男たちは、金で雇われたものか。それぞれ年季の入った武器を身につけ、逞しい体つきをしているようだ。

 灯りが遠ざかり、馬のひづめの音が聞こえなくなるまで待ってから、フーゴが枝から飛び降りた。

「ヴィルフリート様、思ったより数が多いですね」
「二コラとエクムントで応戦できるのか。後の者は、自分を守るのがせいぜいだろう」
「ええ、ちょっと厳しいかと」

 フーゴは眉を寄せた。長年共にいた仲間たちと、レオノーラがいる。案ずる気持ちはヴィルフリートもアメリアも同じだ。

「フーゴ、行ってやれ」

フーゴがはっと顔を上げた。

「しかし、ヴィルフリート様」
「私も行きたいくらいだ。だが私が姿を見せてはまずいだろう。……この先に、川でもあるのか?」

フーゴは驚いたが、ヴィルフリートの感覚が鋭いのは分かっている。

「はい、もう少し降りて行き、少し道を逸れると」
「……なら、その近くで待っている。行って、皆を守ってやってくれ」
「私からもお願いします、フーゴさん」

 僅かに躊躇ったが、フーゴは頷いた。肩にかけていた荷物をヴィルフリートに渡すと、音もなく闇に消えた。

「……さあ、アメリア」
「はい」

時折振り返りながら、二人は月明りの下を歩いていった。



「アメリア、大丈夫か」

アメリアは決して弱音を吐かないが、さすがに足を引きずりだした。それでもどうにか道を下ってくると、アメリアの耳にも小さな水音が聞こえた。

「こっちのようだ」

 ヴィルフリートの手を借りてようやく辿りついたのは、雪解け水が集まったらしい小川だった。二人は喉を潤し、ヴィルフリートは布を濡らして、アメリアの疲れた足を拭った。

「ヴィル様、自分で……」

そう言いつつも、疲れ果てたアメリアは結局されるままだ。

 いくらなんでも、水場のすぐ横では目立ちすぎるだろう。ヴィルフリートは辺りを見回し、少し離れた大木の根元にアメリアを連れて行った。

「おいで、少し休むといい」

毛布でもあればいいのだが、生憎そんなものまで持ち出していない。ヴィルフリートはアメリアを膝に抱いた。

「皆、大丈夫でしょうか」
「ああ、フーゴが間に合えば大丈夫だ。あれは本当に腕が立つのだから」
「……はい……」

 緊張と、やはり慣れぬ山歩きで疲労困憊していたのだろう。アメリアは目を閉じたと思うと、すうっと眠りにおちてしまった。


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