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43・竜の望み 後
しおりを挟む結局二人は長椅子に移り、本を開いた。昨日の続きには、歴代の主な「末裔」の素性や「特徴」の様子、番に関わることなどが記録されていた。
「どうやらこの本を書き、例の手記を隠した人物は……ギュンター子爵家の先祖のようだな」
この著者は二冊の本を作り、一冊には王家の目に触れることを考慮し、いくらか手を加えた。これがギュンター子爵家に伝わる本だろう。そして「もう一冊には隠すことなくすべての事情を書き込み、例の手記と共に娘に託す」最後のページに、そのような書き込みがなされていた。
「つまり、著者の娘さんは……『花嫁』だったのですね」
「そういうことになるのだろうな」
「そしてここへ、この本を持って来たのですね」
アメリアは見るともなしに、ぱらぱらとページをめくった。
「竜の特徴」についての記述がある。最初の赤子のころは鱗が全身を覆ったり、角や翼があったりしたが、この本の時代には、例えば鱗は次第に範囲を狭め、身体の一部程度になっているようだった。ヴィルフリートに至っては二の腕のさらに一部、十枚ほどでしかない。明らかに減っている。
もし本当に呪いなのだとしても、もしかしたら時代を経て力が弱まっているのではないか。
それを言うと、ヴィルフリートも頷いた。
「そうかもしれない。なにしろ書かれたとおりだとしたら、すでに一千年を経ているのだからね」
「一千年もの長い間、残る想い……。ヴィル様、エルナ様の竜は、何を望んでいらしたのでしょう……?」
「望む、とは?」
ヴィルフリートは首をかしげたが、アメリアも上手く説明できない。
「エルナ様が亡くなられた時期は明らかにされていませんけど、番の竜には、きっとそれが分かったのですよね」
「ああ、本物の竜なら不思議はないな。番を失うことがどれほどの衝撃か、私にも察せられる」
ヴィルフリートの声が揺れるのを感じて、アメリアは心が痛んだ。その肩にそっと寄り添って、せめて体温を分かち合う。
「でもその頃、王太子レオン様は、まだ成人されてなかったですよね? レオン様がお子を授かる見込みなどなかったのに、どうして竜は……ゲオルグ様やレオン様に、何もしなかったのでしょう? どうしてレオン様が王太子妃を迎えて、その方が身ごもられるまで待っていたのでしょう?」
考えもしなかったことで、ヴィルフリートは黙ってアメリアの言葉を待った。その様子を見て、アメリアにある考えが頭に浮かんだ。
「ヴィル様、ヴィル様はとても穏やかで、優しい方です。もしかして、竜は……末裔の方も……みんなそうなのではありませんか」
ヴィルフリートは目を丸くした。
「……何故そんなことを言うのか、私には分からないが……。ここには歴代の「末裔」たちの書いたものも多く残っている。言われてみれば、穏やかな性格が多いようだ」
アメリアは頷いた。ぼんやりとした思い付きが、なんとなく固まってきたような気がする。
「エルナ様の竜も、きっとそうだったのではと思うのです。具合を悪くされた番を、返してあげるくらいなのですもの」
「……確かにそうだ。では、なぜこんなことに」
「上手く言えないんです。でも、エルナ様を大切にしてほしかったに違いないと……」
当の竜ではないのだから、もちろん想像することしかできないのは分かっている。でもヴィルフリートを前にして「竜」というものを想像すると、これまでと全く見方が変わってしまう。
「エルナ様のためを思って返したのに、亡くなってしまわれた。ゲオルグ王にそれを悔いる気持ちがあるなら、その証をみたい……と。そう考えませんか?」
「アメリア?」
「少しでもエルナ様に悪かったと思うのなら、竜を思い起こさせる子が生まれたらどうするか……。その子を迷わず王に戴くはず……というか、もしや……そうして、示してほしかったのでは……?」
アメリアの話について行けず、ヴィルフリートは首をかしげる。
「待ってくれアメリア。どういうことだ」
「……うまく言えません。多分当時の竜は、きっと今ほど人間と意思の疎通ができなかったんだと思います。それでも、もしこれが呪いだというなら何をもってそれが解けるのか……?」
「まさか」
「はい、何の根拠もありません。でもそんな気がするんです。竜の末裔が王冠を戴けば、この呪いが解けるのでは、と」
ヴィルフリートの背中を、冷たい汗が伝った。なぜアメリアがそんなことを言い出したのか、彼には理解がつかなかった。
「アメリア、まさか君は……?」
自分に王都へ行き、王になれというのか……? 信じられない思いで、ヴィルフリートはおそるおそる口を開いた。
「君は私に……」
「まさか、そんなこと絶対言いません!」
思いがけない剣幕で言い返され、ヴィルフリートはかえって面食らった。言ったではないか、「竜の末裔」が王冠を戴けば、と。
「エルナ様の竜からしたら、というだけです。それとヴィル様のお考えとは別です。たとえ国王陛下が頭をお下げになっても、私にはヴィル様のお気持ちの方が大切ですから」
一気にまくし立てるのを呆気にとられて聞いていると、アメリアは急に下を向いた。
「ごめんなさい、確実にそうだというわけでもないのに、こんな大事なことを……」
「……いや、私も君の考えは合っているように思う。だが、もちろん王になどならない」
俯いていたアメリアが、ぱっと顔を上げた。その目は涙に潤んでいる。
「よ、良かった……。もしヴィル様が王になられたら、きっと私はお傍においてもらえないと……」
「……この短い間に、そんなことまで考えたのか?」
敢えて笑って、ヴィルフリートはアメリアを引き寄せた。
仮に王都へ行ったとて、自分が番であるアメリアを手放せるわけがない。だがアメリアが一瞬でそこまで思い詰めるほど、王宮というところは難しいところなのだろう。
「大丈夫だ。私もアメリア……君以上に大切なものなどいない。忘れたのか、私たちは番同士なんだよ」
腕の中のアメリアが、何度も何度も頷く。
「アメリア、私は……王になどならない。そのせいで、例えこの国を亡ぼすことになろうとも。このままここで、君だけのために生きる。そんな身勝手な私と、この先も共に生きてくれるか」
「ヴィル様……!」
アメリアが涙に濡れた顔を上げた。
「はい、もちろんです。私も、ヴィル様と……!」
ひとまずこれ以上、この本に触れることはしない。王都でどのような騒ぎになろうとも、王宮の権謀には近寄らない。二人はそう決め、できる限りいつも通りに暮らそうと話し合った。
しかし王宮の動きは、すでに二人の逃れられないところまで迫ってきていた。
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