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41・王国の闇 後
しおりを挟む「アメリア、あまり一度に考えてはいけない。今日はもう、ここまでにしよう」
「……はい」
ヴィルフリートに促されて立ち上がったとき、アメリアはその本の装丁が綻びているのに気がついた。
以前、棚から落ちたときに? 貴重な本なのに、傷つけてしまっただろうか?
「ヴィル様、待って。―――ここ……」
テーブルに置いてそっと広げる。果たして綴じ目が緩んで、内張りの紙がずれているようだ。貼り直せば大丈夫かと綴じ目を確かめた指先に、奇妙な凹凸が触れた。
「ヴィル様」
目で示すと、ヴィルフリートもすぐに分かったらしい。細いナイフを手に取ると、注意深く紙を剥いでいく。半分ほど剥がしたところで、折りたたまれた二枚の羊皮紙らしいものが見つかった。
ヴィルフリートはためらわず、一枚目の紙を開いた。
それは落ち着きを欠いた調子の走り書きで、古い本の間からとんでもない手記をみつけてしまったこと、内容が本当だとしたら恐ろしくて、とても表に出す勇気がないこと。といって処分してしまうわけにもいかず、ちょうど役目のために記した本があるのでその中に隠す、といったことが書かれていた。
「するとこのもう一枚が、その手記ということだろうか」
「そのようですね。いったい何が……」
「これは……相当古そうな」
そっと広げてみると、アメリアの手に乗るほどの大きさだった。インクも薄くなっている上に、どうやら非常に古い書体のようで、アメリアにはほとんど読めない。
「ヴィル様、読めますか?」
「待ってくれ、ええと……」
はるかに古い時代のものらしく、さすがのヴィルフリートも苦労した。しかしそれは、驚くべきものだった。
「いや、まさか……何かの間違いか? そんな」
「……ヴィル様?」
「これを信じるなら―――この古い方は約千年前。初代ゲオルグの、孫にあたる女性が書いたことになる」
「ええっ?」
「とにかく読んでみよう」
そんなことがあり得るだろうか。おそらく本は、何百年か後のものだ。そこへそんな古いものを封じ込めたと……?
『妾は王女ヘルーガ。国王レオンを父に、亡き先王ゲオルグを祖父にもつ身。命あるうちに、書き残しておきたいことがある―――』
それは、古めかしい言葉遣いで、そんなふうに始まっていた。しかしヴィルフリートが苦労して読み進むうち、二人とも顔色が悪くなった。
「アメリア、君はもう知らなくていい。後は私が」
「いいえ! 私も聞きます。教えてください」
初代国王ゲオルグが差し出した妹姫の名は、エルナと言った。ちなみにこの時代の「竜」とは、伝説通りの、翼をもつ本物の竜だ。
兄によって、心ならずも竜に捧げられたエルナには、人ならざるものの愛は重すぎたのか。半年ほどで身体を壊し、城へ返された。ところが心も身体も傷ついていた妹を、あろうことかゲオルグは執拗に犯したのだという。
『竜に抱かれたエルナ様と身体を重ねることで、祖父ゲオルグはその力を得ようと考えたのだろう』
ヘルーガはそう推察していた。
エルナはそれがもとで完全に正気を失ってしまい、人形のように心を閉ざした。そして城の奥に幽閉されているうちに、自ら命を絶ったという。
『何故誰も分からぬのか。竜は生涯ただ一組の相手、すなわち番としか交わらぬという。ということは、かの竜にとってエルナ様は、まさしく番であったのだ。
しかし残念ながら人間のエルナ様にはその愛を理解するは叶わず、病んでしまわれた。竜も番の命を失うよりはと、泣く泣く城へ返したに違いない。まさかあのようなことになり、亡くなってしまうとは思いもせずに。
つまり、父たる王レオンが頭を悩ませておるこの事態は、番を失った竜と、祖父ゲオルグに好き勝手に弄ばれしエルナ様、二人の恨みが原因。今のように、竜の特徴を持つ子を片端から殺したとて、何も解決はせぬ』
ヴィルフリートは二枚の紙を元通り折りたたむと、そっと綴じ目の間へしまった。そして黙って立ち上がり、元の棚へ戻した。
「ヴィル様……」
「今度こそ、今日はもうやめよう。……嫌な思いをさせたね、アメリア」
「いいえ、でも」
「黙って。あとは明日にしよう」
このまま話を置くのも落ち着かないが、ヴィルフリートの気持ちも痛いほど察せられた。
引き寄せ合うように互いに手を回し、抱き合って体温を分かち合う。アメリアの髪に顔を埋めるヴィルフリートの腕が、いつもよりきつかった。
「アメリア……」
「ヴィル様、私は……」
言いかけた言葉を、アメリアは飲み込んだ。そのまま目を閉じて、ヴィルフリートの胸に額をつける。
―――私は、あなたをお守りしたいのです。
自分には、なんの力もないけれど。もうこれ以上、この人が辛い思いをしないで済むように。
窓の外から二人を見下ろす一番星に、アメリアはそっと祈った。
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