竜の末裔と生贄の花嫁

砂月美乃

文字の大きさ
上 下
17 / 50

17・初めての夜は 後 ☆

しおりを挟む
 顔を寄せ、アメリアの香りを感じる。その途端、ヴィルフリートはアメリアのことしか考えられなくなった。すぐにも奪ってしまいたい気持ちを必死で押さえつけ、それでも本能に突き動かされるようにアメリアの唇を求める。

 ―――ああ、なんて……!

 初めて味わうアメリアの唇は、今まで味わったどんなものよりも甘いと思った。身体中の感覚が、アメリアを求めて暴走し始める。鼻いっぱいにアメリアの香りを吸い込み、果実のような唇を味わう。初めての口づけに思わず洩らすアメリアの息と、激しく音をたてる鼓動までもを、彼の敏感な耳がとらえた。そしてそっと触れた頬の吸い付くような手触りに、ヴィルフリートは我を忘れてその感覚を楽しんだ。


 アメリアは轟くような自分の胸の音を聞いていた。

 身分を隠して町に出入りしていた時、同じ年ごろの娘たちの内緒話を耳にすることは何度かあった。町の娘たちは自分たちよりも自由に恋愛を楽しんでいるようで、好きな相手との口づけがいかに素敵だったか、あるいは親の目を盗んで二人きりで過ごした夜が、いかに素晴らしかったか。そんなことを楽しげに語り合っていたのを、羨ましく思っていたのを覚えている。

 ―――あれはきっと、何か別の話だったに違いないわ。

 アメリアは混乱した頭の中でそんなことを思った。そんなロマンチックな感情など微塵も湧いてこないし、むしろどうしたらいいのか全く分からず、ただじっとヴィルフリートの口づけを受けていた。

 ―――『初めては辛いそうですよ』って、ラウラが言ってたけど……?

 それ以上考える余裕などあるわけがなく、アメリアは初めての夜への恐れと緊張に、さらに身を強張らせた。


 アメリアの香りに酔ったようになっていたヴィルフリートは、もちろんアメリアのそんな状態には気づかなかった。何度も何度も口づけを繰り返し、アメリアが息苦しくなって口を開くと、さらにアメリアを味わおうと舌を忍び込ませる。

「!?」

 腕の中の身体がびくっと震え、手足を強張らせたのが分かった。ヴィルフリートの頭のどこかで警鐘が鳴り響いたが、舌が感じ取ったアメリアの口中の柔らかさに、すぐにそれも忘れてしまう。
 早くも下腹に熱が集まり始めている気がする。ヴィルフリートの身体中がアメリアを求めてざわめき始めていた。

「んっ……!」

 その時聞こえたアメリアの声に、ヴィルフリートは耳を奪われた。


 アメリアは戸惑っていた。口づけと言うのは、文字通り唇を合わせるものだとしか思っていなかった。それなのに、ヴィルフリートの舌が自分の咥内を探り尽くそうとせんばかりに動き回り、舌を絡ませてきたのだ。最初は驚きに心臓が止まるかと思ったが、いつかくすぐったいような、それでいてもっとほしいような……そんな知らない感覚が芽生えてきていた。

 ―――ああ、これ……何? やだ、変な感じ……。

 やめてほしいのか、続けてほしいのか分からない。アメリアは、自分でも知らないうちに声を漏らしていた。ほんの小さな声だったけれど、とうてい自分の声とは思えなかった。

  
 ヴィルフリートはその声が何なのか分かった。ほんのわずかな声だったが、完全に彼を魅了した。可憐な唇から洩れるあの声をもっと聞きたい、そう思った。
 そして華奢な身体を暴こうと、ヴィルフリートはアメリアの白い寝衣に手をかけた。

「あっ……!」

 アメリアはついに来たと身をすくめた。ああ、町になど行かなければ良かった。何も知らない方が、いっそ楽だったかもしれない。
 ヴィルフリートの手が、ゆっくりと前のボタンを外していく。

「アメリア……。なんて、美しいんだ……」

 ヴィルフリートの囁くような声が聞こえたが、アメリアは目を開けることが出来なかった。胸元がすべてはだけられ、目をぎゅっと閉じていても、なぜかヴィルフリートに見られていることが分かる。それを意識するだけで、アメリアは恥ずかしさに震えてしまった。


 ヴィルフリートは目の前の白い身体に目を奪われた。
 なよやかな身体のライン、迂闊に触れたら壊れてしまいそうな、細い頸と腰。そして何より二つの膨らみが、彼の目を惹き付けてやまない。

「ああ、アメリア……」

 ヴィルフリートの陶酔したような声が聞こえる。だがもうアメリアにはもう限界だった。今日初めて会った相手といきなり同衾することも、その夫たる存在が人間ひとならざる身だということも。そして思いがけない口づけの刺激も。
 それでもヴィルフリートに組み敷かれている以上、逃げることは出来ない。自分は全て覚悟してきたのではなかったか。ところが実際のアメリアは、きつく目を閉じて、ただ震えることしか出来なかった。


 吸い寄せられるようにアメリアの乳房に手を伸ばそうとして、ヴィルフリートは初めて、アメリアが小鳥のように震えていることに気がついた。見るときゅっと目を閉じて、まるで耐えるような表情をしている。
 ヴィルフリートは以前フリッツが言っていたことを思い出した。

 ―――そういえば、女性は初めての時は怖がることもあると……。

 目の前で甘い香りを放つ身体。彼さえその気になれば、もはや彼のものも同然だ。
 だが、彼は大きく息を吐いた。


「アメリア」

 寝衣の胸元を軽く合わせ、ヴィルフリートは身を起こした。

「アメリア、目を開けて」

 ヴィルフリートが離れた気配に、アメリアはそっと目を開けて不思議そうな顔をする。

「今日はもう休もう」

「え……?」

「信じられないだろうが、ひと目見た時から、私にはたった一人の伴侶なんだ。―――だが、君にはそうじゃないことはよく分かっている。だから、無理をしなくていい」

 ―――ヴィルフリート様……?

 何を言おうとしているのか。アメリアが理解しきらないうちに、ヴィルフリートは、アメリアの手をそっと包みこんだ。

「あ、あの私……何かお気に障ることをしてしまったのでしょうか?」

 ようやくアメリアが言葉を絞り出すと、ヴィルフリートは首を振って微笑んだ。
  
「言っただろう。君に無理をしてほしくないんだ。私の大切な伴侶だからね。……もう少し、出来れば君が私を好きになってくれたら……。それからでいい」

「ヴィルフリート様……」

 アメリアは何と言って良いか分からなかった。初夜に夫となる人のほうからそんなことを言われてしまって、花嫁としては失格なのではないか? それでもヴィルフリートの言葉は心底アメリアのことを考えてくれているようで、ほっとしたことも事実だった。

「ただ……出来ればこのままで、いいかな?」

 ヴィルフリートが横になり、再度アメリアの手を取った。

「あ……、はい、ヴィルフリート様」

「ではおやすみ、アメリア。よい夢を」

 そう言ってヴィルフリートが目を閉じる。本当に眠ってしまったのか、それともアメリアに気を遣ってくれたのかは分からない。

「……お休みなさいませ、ヴィルフリート様」

 当分眠れそうにないと思いつつ、アメリアはそっと囁き返した。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

仮面夫婦のはずが執着溺愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
仮面夫婦のはずが執着溺愛されちゃいました

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...