竜の末裔と生贄の花嫁

砂月美乃

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14・図書室で 前

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 立ち上がったヴィルフリートは……どこにも「竜」らしいところは見えなかった。確かに髪と瞳は普通の人と違う。でもそれは色が違うというだけだし、想像していたような爪や牙はないようだ。

 そして何より、アメリアに微笑みかける顔は優しい。アメリアは強張る身体から、少しだけ緊張が解けるのを感じた。
 そこで初めて自分が、夫となる相手に挨拶もせずに立ち尽くしていたことに気がついた。

「し、失礼致しました、ヴィルフリート様。アメリアでございます」

 慌てて頭を下げて挨拶をするが、普通なら続くはずの『末永くよろしくお願い致します』という言葉が、その時はどうしても口から出せなかった。


 ヴィルフリートはそんな逡巡など気が付かないようで、口元に笑みを浮かべ、ひたすらアメリアを見つめている。そんな相手にどうしていいか分からず思わず下を向くと、レオノーラが笑った。

「ヴィルフリート様、お茶をお持ちします。どうぞアメリア様を座らせておあげなさいませ」

 そう声をかけられると、ヴィルフリートは初めて気が付いたように頷いた。


 その後向かい合ってお茶を飲んだが、横で見ているレオノーラが思わず苦笑してしまうほど、二人の会話は弾まなかった。
 アメリアが緊張して口数が少ないのは分かるが、ヴィルフリートまでが黙り込んでしまうのでは話にならない。もっともヴィルフリートのほうは始終うっとりとアメリアを見つめているので、決して気まずいわけではなさそうだったが。





 竜の「つがい」への無条件な恋慕というのは本当なのだわ、とレオノーラは思った。話に聞いていただけだったが、実際目の当たりにするとやはり驚く。


 昨日の夕方、眠るアメリアの部屋から出てきたヴィルフリートは……完全に恋する男になっていた。
 自室へ戻っても膝の上に広げられた本のページが繰られることはなく、時折ドアの方を見ては溜息をつく。

「ヴィルフリート様、もう一度会いに行かれては?」

 見かねたレオノーラが声をかけたが、ヴィルフリートは首を振るだけだった。


 そして一夜明けて、間もなくアメリアも目覚めるだろうと身支度をさせようとして、レオノーラはまた驚かされた。

「それではなく、明るい色の方が良くはないか?」

 今まで主が、用意された服に注文をつけたことなど一度もなかった。服に拘ったところで、別に今までは見せるような相手もいなかったと言ってしまえばそうかも知れないが。それでも少しでも良く見せようと思うくらい、アメリアに惹かれているのだ。


 ―――ヴィルフリート様も、これで幸せになれる。

 乳母として、ヴィルフリートを赤子の時から慈しみ育てあげてきたレオノーラは、目を閉じて主の幸せを祈るのだった。


 それでも、黙って座っているばかりではどうにもならない。二人の様子に流石に不安を感じたレオノーラは、ヴィルフリートに「竜の城」を案内するように勧めた。

「これからはアメリア様の城でもあるのです。ヴィルフリート様、よく説明して差し上げて下さいね」

 そしてそっとヴィルフリートにいくつか耳打ちをした。

「黙って見とれているのでは、アメリア様が困ってしまわれます。城を案内しながら、好きなものや気になることなど聞いてさしあげるのですよ」

 主とはいえ、彼にとってレオノーラは母親と変わらない。生真面目な顔で頷くヴィルフリートに励ますように笑いかけて、レオノーラは二人を送り出した。





「ええと……では上から行こうか」

 城を案内するなどということをやったこともないヴィルフリートは、正直何を言っていいのか分からなかった。ちなみにレオノーラは「寝室は開けてはいけません」と言っていたので、

「この奥には夫婦の寝室がある」

 とだけ言って通り過ぎた。結局、他の部屋もさらりと説明するだけで通り過ぎ、相変わらず気詰まりなまま一階へ降りてくる。


「ここは図書室だ」

「図書室、ですか?」

 アメリアがヴィルフリートを見上げた。初めてアメリアの方から目を合わせてくれて、ヴィルフリートは自然に口元をほころばせた。

「ああ。中を見たいか?」

「はい、ぜひ!」

 アメリアの目が輝いた。



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