竜の末裔と生贄の花嫁

砂月美乃

文字の大きさ
上 下
13 / 50

13・対面 後

しおりを挟む


 靄がかかったような、ひどくぼんやりとした目覚めだった。
 やけに重い頭を上げて、アメリアはそろそろと身を起こす。―――知らない部屋だ。

「……?」

 外は明るく、鳥のさえずりが聞こえる。朝なのだろうか。

 ―――ええと……確か、馬車を降りて、着替えをして……それから……?
 途中で急に眠くなったところまでは覚えている。まさか、そのまま眠ってしまったのかしら?


 そこへドアが開いて、誰かが入ってきた。

「お目覚めになりましたか。おはようございます、アメリア様」

「レオノーラさん……?」

 やはり朝なのか。アメリアが怪訝な顔をしていたからか、レオノーラはすまなそうに微笑んだ。

「説明は後程。まずはお召し替えをしましょうね」


 身支度を整えたアメリアに、レオノーラは軽い食事を持ってきてくれた。

「アメリア様には申し訳なかったのですが、この『竜の館』の場所を秘密にするために、眠り薬を飲んでいただきました」

 レオノーラの話に、アメリアはスープを掬う手が止まってしまう。

 驚くことに、実は自分が本当に「花嫁」になるかどうか、ここへ来るまで確実ではなかったという。そしてまさか眠っている間に連れてこられ、既に「竜」に目通りさせられていたとは、思いもしなかった。

「では、もしも私が『花嫁』ではなかったら……?」

「その場合に備えて、眠っていていただく必要があったのです」

 今までの娘もそうだったが、ヴィルフリートが「この娘ではない」と判断した場合は、実はそっと親許へ返されていたという。もともと自分の娘が「竜の花嫁」になったと触れ回るような親はなかったし、秘密裏に王都を出てきていたから、元の暮らしに戻り、ほとんどの娘がもう他のところに嫁いでいるらしい。

「ただ、王都でこちらのことや、主のことを話されては困ります。ですから眠っていていただく必要があるのです」

 ならば、自分ももしかしたら今頃は、家に返されていくところだったのか。ただ普通の娘と違って、アメリアはそれが幸せかどうかは分からない。役に立たなかったと伯爵にがっかりされるのが目に浮かぶようだった。
 思わず黙り込んでしまったアメリアに、レオノーラは嬉しそうに言った。

「ですが貴女様こそが『花嫁』なのです。さあ、今度こそ主がお待ちですよ」





 社交界に出ていなかったアメリアは、王家の姫君たちが着るようなドレスなど見たこともなかった。だが布の手触り、仕立ての美しさ、凝っていながら品の良いデザインなど、ハンナに教えを受けたからこそ分かる。おそらく最高級のドレスだ。それが自分のサイズにぴったり合って仕立てられていることに驚きながら、アメリアはレオノーラについて歩いていた。
 それはアメリアの最後の現実逃避だったのかもしれない。これから自分が誰に会うのか、考えるのが恐ろしかったから。

「さあ、こちらです」

 美しい装飾のされた扉の前で立ち止まり、レオノーラが振り返る。途端にアメリアの心臓が音をたて、脚が竦んでしまった。ついにこれから「竜」に会うのだ。しかも「花嫁」として。

「そんなに緊張することはありません。大丈夫、優しいお方です。―――ヴィルフリート様、お連れしました」

 そして扉を開け、アメリアの背中を押すようにして入って行った。


 正面の長椅子に座る人影が見えたが、アメリアはどうしてもそちらに視線を向けられなかった。自分の足元に目を落とし、促されるままに歩みを進める。
 異形のものではない、とギュンター子爵は言っていた。でも、「竜の特徴しるし」がどこかにあるのだ。それを見てしまったら、自分が落ち着いていられるか分からない。

「さあ、アメリア様。ヴィルフリート様ですよ」

 アメリアは両手を固く組み合わせた。このままではいけない、挨拶をしなくては。そう思うのに身体が動かない。
 そこへ落ち着いた声が聞こえた。

「こちらを向いてくれないか」

 一瞬、びくりと身体を強張らせ……、アメリアは恐る恐る顔を上げた。涼やかで、優しそうな声だ。でも、ああ、どうか恐ろしい姿ではありませんように……!


 床からそっと目線を上げて行く。すらりとした脚、膝の上に軽く握られた手が目に入る。服は王都の若い貴族の男性が着ているものと大差なかった。体格も普通というか、むしろやや細めに見えて恐ろしさは感じられない。
 そしてとうとう正面を向いた。子爵の言うとおりの薄い色合いの髪が、顔を縁取って肩の辺りまで垂れている。

 アメリアは息を呑んだ。
 彼女のものよりも淡い、黄金きん色の瞳。春の日だまりにたゆたう、淡く優しい光の色だ。

「ようやく会えた、我が妻。私がヴィルフリートだ」

 そして立ち上がり、アメリアに手を差し述べた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

処理中です...