竜の末裔と生贄の花嫁

砂月美乃

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4・アメリアの計画 前

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「お嬢様、本気ですか?」

「ええ、お願いラウラ。どうしてもやりたいの」

「……まあ、お嬢様はもともと刺繍もなさってたから、すぐにお上手になるとは思いますけど……。でも伯爵家のお嬢様が、なんだってわざわざ仕立てなんて習おうと思うんです?」

「あら、だって、自分で出来たら素敵じゃない?」


 それは、十六歳の誕生日を迎える少し前。アメリアは侍女のラウラにある願い事をした。ラウラは王都の生まれで商人の娘。アメリアより四つ年上で、町の事もいろいろ知っていて顔も広い。
 いわゆる貴族のお嬢様向けのちゃんとした教育を受けた侍女ではないので、少々ガサツで間の抜けたところもあるけれど、アメリアにはかえって付き合いやすかった。





「仕立てを習いたい」 
 なぜアメリアがそんなことを考えるようになったか。

 アメリアの身に起こった大きな変化は、まずは三歳のとき。自分では覚えてさえいないが、母のエリーゼがカレンベルク伯爵に下賜されたことだ。全く愛情などない間柄ではあったが、アメリアには義父ができた。


 次はアメリアが十歳のとき。
 子供のころから面倒を見てくれていた乳母が、伯爵によって郷里に帰された。母親よりよほど慕っていたので、アメリアは数日泣き暮らした。

 その後、代わりに教育係が付けられたが、これはやたらと厳しい女だった。二言目には「貴族のお嬢様らしく」「伯爵様の名を汚さぬよう」などと言われ、息が詰まるような思いをしたものだ。

 その他に、耳にタコが出来るほど言われた言葉がある。
「身分の高い方々の婚姻は、お家のためにするものです」
 決して好きになれない教育係だったけれど、悔しいが反論出来なかった。何しろ義父があの伯爵だ。カレンベルク家の役に立たせる以外に、アメリアに何の意味があるのか。

 だからと言って、好きな相手と結婚できるとは夢にも思えないし、だとすれば両親のような、冷えきった仮面夫婦になるしかない。それでも結婚出来れば良いほうで、最悪の場合、以前の母のように誰かの愛人にされる可能性も否定出来ない。

しかし自分で人生を選べないことは、教育係などに言われなくても、幼いころからはっきり分かっていた。
どうしたら、少しでも辛くないだろう。全く興味の持てない教育係のお説教を聞きながら、アメリアは必死に考えていた。


 ―――仕方ない、誰と結婚させられてもとりあえず我慢する。でもその後はどうなるか、誰にも分からない。一度結婚してしまえば、もうお義父様の言うことは聞かなくていいはず。それならその時こそ、自分のしたいようにするわ。
 世間知らずな娘の、甘い考えに過ぎなかったかもしれない。だが、アメリアは真剣だった。

 ―――離婚されるかもしれないし、追い出されるかもしれない。そうなった時に、町の人みたいに手に職がないと生きて行かれないわよね。

 当時十三歳だったアメリアは、一人で外出はさせてもらえなかった。仕方ないので、邸の中で出来ることを頑張ることにした。

「アメリアお嬢様、最近は刺繍に読書、それに書き取りも努力されていますね。大変結構です」

 教育係が偉そうに笑ったが、アメリアは決して伯爵令嬢としての未来のために頑張った訳ではなかった。

 ―――襟元やハンカチーフに刺繍を入れたものは、町の人も使ってる。刺繍が上手なら、これで食べていけるかもしれないわ。

 アメリアのすべての努力は、「ひとり立ち」に向けたものだった。ちなみに書き取りは、世の中には「代書」という職業があると知ったからだし、どんな職に就くにも知識はあったほうが良いから、読書にも励んでいただけだ。

 ついでに見た目も、見苦しいよりはいくらか有利だろうと思い、お手入れや化粧、ドレスの着こなしなども真剣に学んだ。これも、普通の貴族の娘とは完全に違う理由だったけれど。





 ところでプライドの高い教育係は、求める給金も高かったらしい。伯爵はアメリアが十四歳になると「もう教育係という歳でもなかろう」と、初めて奉公に出る口を探していたラウラを格安で雇って、アメリアの侍女にした。これが、アメリアの最大の転機になった。
 

 人の好いラウラに味方になってもらうために、アメリアは彼女が喜びそうな小さな贈り物やお菓子などを贈った。それから、いつもの仕事ぶりを褒め、たびたび感謝を伝えた。自分でも小細工が過ぎると思ったけれど、ラウラが素直に喜んでくれるのが純粋に嬉しくて、いつかアメリアの癒しにもなっていた。

 気のいいラウラは喜んで、少しくらいの無理なら聞いてくれるようになる。おかげでアメリアは、前より自由にいろいろなことが出来るようになった。



 それからはや二年。万事おおらかでちょっと抜けたラウラに、自分が思っているよりもアメリアは助けられていた。

 家にいても家族で顔を合わせることも少なく、会っても挨拶しかしないようなカレンベルク家において、ラウラは主人との距離感など全く気に掛けず、実に気さくに話しかける。初めこそびっくりしていたアメリアだが、ラウラとの付き合い方を覚えてからは、密かに考えていた計画が着々と進みはじめたのだった。


 アメリアの密かな計画。それは「一人でも生きていける知識や技術を身につける」こと。およそ貴族の令嬢が考え付くことではないが、アメリアは本気だった。


 まずは、ラウラの服を借りてお忍びで街へ出かけた。次第に街の様子に慣れ、街の女性がたくましく働く姿にも触れて、アメリアはますます知識の習得に励んだ。
 ラウラの両親に協力してもらい、邸では絶対に入れない厨房で、料理も教えてもらった。家族に関心を持たれていないのが却って幸いして、部屋にいなくても気付かれることはなかった。


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