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画面に映し出された一人の青年。
画面越しでも感じ取れる、ただならぬ雰囲気。
まだあどけなさが残る顔立ちにもかかわらず、その瞳には深く沈んだ静かな情熱。
舞台に立つその姿は自然と観客の視線を奪い、まるで自分だけの世界を作り出しているようだった。
「……すごい」
憐は瞬きを忘れたまま、青年の一挙手一投足を追った。粗削りでありながらも見応えのあるパフォーマンス。動きの一つひとつが力強く、まるで彼の中に眠る可能性が未来を約束しているかのようだった。
そして、極上の歌声。芯のある透き通ったその声に、憐は心を打ち抜かれた。
アイドルには興味がないと思っていた。まして、オーディション番組を見ることなんてあり得ないと思っていたのに――画面越しに映るアイドル候補生・ルカを見つめずにはいられなかった。
ルカが見せる一瞬の笑顔に、観客の声が響き渡る。しかし、憐にはその喧騒すら聞こえなかった。舞台の上で輝く彼の存在が、視界のすべてを埋め尽くしていたからだ。
それからの展開は凄まじく早かった。
『星プ』を完走する頃には「辛うじて名前を聞いたことがあるアイドル」から「我が人生における唯一無二の推し」が爆誕していた。
これまで好きになったりハマったりした俳優やアーティストは人並みにいる。だけど、違う。この胸の高鳴りは、どう考えてもこれまでとは訳が違う。もう彼のことしか考えられない、今すぐもう一回彼のパフォーマンスを見返したい。彼が何を考え、どう思ってステージに立っているのか、気が狂いそうなほどに知りたい。
初めての感情に動揺しながらも、左手でリモコンを操作してファイナルステージの彼のパフォーマンスをもう一度見返す――連続でかれこれ5回目の視聴だ。額に滲む汗を拭いたいところだが、右手は右手でスマホの操作に忙しい。躊躇うことなくこれまでに発売されたライブDVDなどの作品を片っ端からECサイトで注文していく。幸か不幸かこれまでさして趣味らしい趣味もなかった、というか仕事一本で駆け抜けてきたおかげで貯金は唸るほどある。
そして休み明け、送迎のため朝イチで憐の自宅を訪れたマネージャーのドン引きした顔を見て憐は我に返った。
昔から「これだ!」と心を決めた事柄に対してとことんストイックに打ち込む節があることは自覚していた。それこそ、俳優業を志してそれなりに活躍できるようになったのはまさにそうした己の性質のおかげだろう。
何が言いたいのかというと、今回もその良くも悪くもハマるととことんストイックに、常軌を逸するほど徹底的に打ち込んでしまう癖が出てしまったらしい。
「れ、憐さん……あなた……」
マネージャーのわなわなと震える指先が指差す先には、山積みにされた色鮮やかなパッケージ。休み前、モデルルーム並みにすっきりとしていたタワーマンションの一室が今や段ボールの空き箱で溢れかえっていた。
マネージャーの引き攣った顔と部屋の惨状を改めて見て、憐は己の行動をようやく省みた。が、悔いは微塵もなかった。
そして、一言。素直な気持ちが口から零れ落ちた。
「マネージャー……あのさ。俺、ファンの子たちの気持ちがようやく分かるようになった気がする」
「いや、いやいやいや……えっと、私疲れてるんですかね……憐さんが、特定の誰かに興味を……?仕事関係以外で他人に興味を示すことなんて今まで皆無だった、あの憐さんが……いや、今回も仕事関係だけど……?いや、それにしたって『星プ』のルカに…………?」
混乱するマネージャーを前に「……流石に取り繕うべきか?」という理性的な考えが頭をよぎる。なにせ、自分はいい歳した大人なのだ。俳優という職業のおかげで見た目はそれなりに維持できているが、年齢的にはオッサンと呼ばれる年代に片足を突っ込みかけている。年下の、それも男性アイドルにハマるのはどうなんだろうと思わなくもない。
しかし、画面に映るルカがふわりと花が綻ぶような笑みを浮かべたのを目にして、憐は吹っ切れることにした。
「推し、尊すぎる」
画面越しでも感じ取れる、ただならぬ雰囲気。
まだあどけなさが残る顔立ちにもかかわらず、その瞳には深く沈んだ静かな情熱。
舞台に立つその姿は自然と観客の視線を奪い、まるで自分だけの世界を作り出しているようだった。
「……すごい」
憐は瞬きを忘れたまま、青年の一挙手一投足を追った。粗削りでありながらも見応えのあるパフォーマンス。動きの一つひとつが力強く、まるで彼の中に眠る可能性が未来を約束しているかのようだった。
そして、極上の歌声。芯のある透き通ったその声に、憐は心を打ち抜かれた。
アイドルには興味がないと思っていた。まして、オーディション番組を見ることなんてあり得ないと思っていたのに――画面越しに映るアイドル候補生・ルカを見つめずにはいられなかった。
ルカが見せる一瞬の笑顔に、観客の声が響き渡る。しかし、憐にはその喧騒すら聞こえなかった。舞台の上で輝く彼の存在が、視界のすべてを埋め尽くしていたからだ。
それからの展開は凄まじく早かった。
『星プ』を完走する頃には「辛うじて名前を聞いたことがあるアイドル」から「我が人生における唯一無二の推し」が爆誕していた。
これまで好きになったりハマったりした俳優やアーティストは人並みにいる。だけど、違う。この胸の高鳴りは、どう考えてもこれまでとは訳が違う。もう彼のことしか考えられない、今すぐもう一回彼のパフォーマンスを見返したい。彼が何を考え、どう思ってステージに立っているのか、気が狂いそうなほどに知りたい。
初めての感情に動揺しながらも、左手でリモコンを操作してファイナルステージの彼のパフォーマンスをもう一度見返す――連続でかれこれ5回目の視聴だ。額に滲む汗を拭いたいところだが、右手は右手でスマホの操作に忙しい。躊躇うことなくこれまでに発売されたライブDVDなどの作品を片っ端からECサイトで注文していく。幸か不幸かこれまでさして趣味らしい趣味もなかった、というか仕事一本で駆け抜けてきたおかげで貯金は唸るほどある。
そして休み明け、送迎のため朝イチで憐の自宅を訪れたマネージャーのドン引きした顔を見て憐は我に返った。
昔から「これだ!」と心を決めた事柄に対してとことんストイックに打ち込む節があることは自覚していた。それこそ、俳優業を志してそれなりに活躍できるようになったのはまさにそうした己の性質のおかげだろう。
何が言いたいのかというと、今回もその良くも悪くもハマるととことんストイックに、常軌を逸するほど徹底的に打ち込んでしまう癖が出てしまったらしい。
「れ、憐さん……あなた……」
マネージャーのわなわなと震える指先が指差す先には、山積みにされた色鮮やかなパッケージ。休み前、モデルルーム並みにすっきりとしていたタワーマンションの一室が今や段ボールの空き箱で溢れかえっていた。
マネージャーの引き攣った顔と部屋の惨状を改めて見て、憐は己の行動をようやく省みた。が、悔いは微塵もなかった。
そして、一言。素直な気持ちが口から零れ落ちた。
「マネージャー……あのさ。俺、ファンの子たちの気持ちがようやく分かるようになった気がする」
「いや、いやいやいや……えっと、私疲れてるんですかね……憐さんが、特定の誰かに興味を……?仕事関係以外で他人に興味を示すことなんて今まで皆無だった、あの憐さんが……いや、今回も仕事関係だけど……?いや、それにしたって『星プ』のルカに…………?」
混乱するマネージャーを前に「……流石に取り繕うべきか?」という理性的な考えが頭をよぎる。なにせ、自分はいい歳した大人なのだ。俳優という職業のおかげで見た目はそれなりに維持できているが、年齢的にはオッサンと呼ばれる年代に片足を突っ込みかけている。年下の、それも男性アイドルにハマるのはどうなんだろうと思わなくもない。
しかし、画面に映るルカがふわりと花が綻ぶような笑みを浮かべたのを目にして、憐は吹っ切れることにした。
「推し、尊すぎる」
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