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15-3 東国の使者
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名乗りを上げたシンリュ殿下は流れるような動きでユリウス皇帝へ礼をとった。
「これはこれは第一王子殿下。いや、皇太子殿下とお呼びした方がいいかな?我が国までご足労いただき感謝する」
「我らこそリセイたちが度々世話になり、感謝している……が、我が国では即位前に公の場で後継者を僭称することは禁じられている。この場のみを例外としていただけるとありがたい」
「おっと、そうだったな。失礼」
シンリュ殿下とユリウス皇帝の会話を耳にしながら、リセイは息を潜めた。厳粛な場での為政者たちの会話だ。もはや自分の出る幕はない。
「さて、まずは……約束の品を見せてもらおうか。話はそこからだ」
「……本来、歴代の東王のみが手に取ることを許された我が国の宝だ。いくら貴殿と言えど、これを渡すことができるのは私の前でのみとなる」
「なるほどね。だからわざわざ殿下がアスティリオンまで来てくれたのか。もちろん承知するよ」
提示した条件にユリウス皇帝が首肯したのを見届けると、シンリュ殿下は着合わせの間から紫紺の布に覆われた木箱を取り出した。そして、かすかに震える殿下の指先が布を解いていく。
紫紺の下からは歳月を感じさせる木箱が、そして木箱の中には一冊の本。
(あれが、禁書)
リセイも目にするのはこの瞬間が初めてだった。東王が受け継ぐ国宝の中でも、極めて秘匿性の高い一品。東国内でも一部の高官を除けば、存在すら世に知られていない書物。
これこそがシンリュ殿下が帝国を訪れた理由のひとつだった。
(シンリュ殿下が自らを後継者だと口にして、念押しのように牽制して……だが、記されているであろう内容を考えれば妥当と言わざるを得まい)
この世には、魔術師がいる。
あまりにも数が少ないこともあり、半ばおとぎ話の中の存在のように思われているが、リセイはそのことを身をもって知っていた。なぜなら、リセイもまた魔術師であるからだ。
とはいっても、リセイにできることはたったひとつ。手のひら一杯分の水を生み出すことだけ。魔術師といっても端くれ中の端くれだ。
それでも魔術師の末席を預かる身としてリセイは様々な僥倖に恵まれてきた。
かつて西方へと遣わされた折、砂の嵐に巻き込まれたことがある。気がつけば砂漠の中に1人で、あの時ばかりは最早ここまでかと途方に暮れた。だが、乾いた大地にかすかに漂う馴染み深い力をーー水のマナを必死に手繰り寄せ、どうにかリセイは命を繋いだ。
そして、この時の出来事が高官の耳に入り、以降使者としての本来の務めに加えてなにかと魔術に関する面倒事を押し付けられるようになり……まぁ、それは別にいいのだが。主君たる東王陛下のの役に立てるなら本望だ。
ふと、此度の出立前に主君と交わした言葉を思い出す。
『我が国の成り立ちや王室の権威を維持するためと考えれば仕方のない話ではあるが……それこそ、魔術師並みに世間から忘れ去られた存在になってくれればここまで頭を悩ますことはなかったのにな。まったく、天は何を考えているのか』
影のある顔つきでため息混じりにそう語った主君は、禁書の内容について明言こそはしなかった。だが、これまでの事情やユリウス皇帝からの食えない要望を考えればおおよその予測はつく。
「これはこれは第一王子殿下。いや、皇太子殿下とお呼びした方がいいかな?我が国までご足労いただき感謝する」
「我らこそリセイたちが度々世話になり、感謝している……が、我が国では即位前に公の場で後継者を僭称することは禁じられている。この場のみを例外としていただけるとありがたい」
「おっと、そうだったな。失礼」
シンリュ殿下とユリウス皇帝の会話を耳にしながら、リセイは息を潜めた。厳粛な場での為政者たちの会話だ。もはや自分の出る幕はない。
「さて、まずは……約束の品を見せてもらおうか。話はそこからだ」
「……本来、歴代の東王のみが手に取ることを許された我が国の宝だ。いくら貴殿と言えど、これを渡すことができるのは私の前でのみとなる」
「なるほどね。だからわざわざ殿下がアスティリオンまで来てくれたのか。もちろん承知するよ」
提示した条件にユリウス皇帝が首肯したのを見届けると、シンリュ殿下は着合わせの間から紫紺の布に覆われた木箱を取り出した。そして、かすかに震える殿下の指先が布を解いていく。
紫紺の下からは歳月を感じさせる木箱が、そして木箱の中には一冊の本。
(あれが、禁書)
リセイも目にするのはこの瞬間が初めてだった。東王が受け継ぐ国宝の中でも、極めて秘匿性の高い一品。東国内でも一部の高官を除けば、存在すら世に知られていない書物。
これこそがシンリュ殿下が帝国を訪れた理由のひとつだった。
(シンリュ殿下が自らを後継者だと口にして、念押しのように牽制して……だが、記されているであろう内容を考えれば妥当と言わざるを得まい)
この世には、魔術師がいる。
あまりにも数が少ないこともあり、半ばおとぎ話の中の存在のように思われているが、リセイはそのことを身をもって知っていた。なぜなら、リセイもまた魔術師であるからだ。
とはいっても、リセイにできることはたったひとつ。手のひら一杯分の水を生み出すことだけ。魔術師といっても端くれ中の端くれだ。
それでも魔術師の末席を預かる身としてリセイは様々な僥倖に恵まれてきた。
かつて西方へと遣わされた折、砂の嵐に巻き込まれたことがある。気がつけば砂漠の中に1人で、あの時ばかりは最早ここまでかと途方に暮れた。だが、乾いた大地にかすかに漂う馴染み深い力をーー水のマナを必死に手繰り寄せ、どうにかリセイは命を繋いだ。
そして、この時の出来事が高官の耳に入り、以降使者としての本来の務めに加えてなにかと魔術に関する面倒事を押し付けられるようになり……まぁ、それは別にいいのだが。主君たる東王陛下のの役に立てるなら本望だ。
ふと、此度の出立前に主君と交わした言葉を思い出す。
『我が国の成り立ちや王室の権威を維持するためと考えれば仕方のない話ではあるが……それこそ、魔術師並みに世間から忘れ去られた存在になってくれればここまで頭を悩ますことはなかったのにな。まったく、天は何を考えているのか』
影のある顔つきでため息混じりにそう語った主君は、禁書の内容について明言こそはしなかった。だが、これまでの事情やユリウス皇帝からの食えない要望を考えればおおよその予測はつく。
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