悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する

めろ

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 魔術師ーーほんの数日前まで非現実的な存在だと思っていたのに、どうやらこの世に存在するらしい。それも僕のすぐ隣にいるというのだから人生何が起こるか分からないものだ。

 いわく、彼らはこの世に満ちる自然の力を意のままに操ることができるらしい。
 もっとも物語の中に出てくるような万能の存在ではなく、操ることのできる自然の力は限られているのだとか。たとえば火であったり水であったり、あるいは常人には理解も感知もできないような何かだったり。だから、魔術師と一括りに言っても各人によって出来ることに差があるらしいのだがーー

「このページ、特に気に入ってた……はぁ……」

「訂正してやろう。ルヴィエ、おまえは魔術師の中でも飛び抜けて変人だ……陛下に気に入られるだけのことはあるな、ほんとに」

 ルヴィエが胸元からおもむろにボロボロの紙を取り出したのを見て、スヴェン将軍が呆れた表情をした。将軍はついでのように僕にも怪訝な視線を寄越してきたが、黙って首を横に振ることしかできない。以前と比べればずいぶん打ち解けてきたが、ルヴィエの思考を理解するのはいまだ困難だ。

「……ん?ルヴィエ。おい、それって小説の挿絵か?見覚えがあるぞ」

 本そのものではなく、破れたページの方を持ってきたルヴィエを褒めるべきなのか、窘めるべきなのか僕が思案しているとスヴェン将軍がそう言った。思わず耳を疑う。

「おまえら、二人してなんちゅう顔しとるんだ」

「えっと、将軍がお読みになるような本ではないかと思いまして……意外だなぁと。ねぇ、ルヴィエ?」

「うん」

「あー、内容は知らん。ただ末娘が見せてきてな。気合の入った良い絵だよなぁ。持ち歩きたくなる気持ちも分からんでもない」

「うん」

 ルヴィエよ、満更でもない様子で頷くな。そんなおどろおどろしい挿絵を持って……ダメだ、色んな意味で頭が痛くなる光景だ。

 ルヴィエが誇らしげに持っている絵は『ジュリエッタ』の挿絵だ。可憐なヒロインであるジュリア――が、豹変し、悪辣とした笑みを浮かべている。おまけに、ジュリアの足元ではヒーローの元婚約者である令嬢がさめざめと涙を流していたりもする。
 迫力ある構図と緻密な絵柄も相まって、ダークな雰囲気を醸し出す一枚だ。とても恋愛小説の挿絵とは思えない。

(今思うと、よくこの絵を部屋の壁に貼ろうと思ったな……前世の僕よ……)

 前世の僕――エヴァレットには、自室の壁に資料を貼る習慣があった。本業である商人としての仕事に関することはもちろん、社交界で耳にした噂話やふと思いついたアイデアを記したメモなんかも。そして、ラルフに唆されて悪役令息ムーブをかますことになって以来は、悪役の元祖である母の資料も大量に壁に貼っていた。でもって、そのうちの一枚に『ジュリエッタ』のこの挿絵も含まれていた。

 『ジュリエッタ』は大きく分けて二つのパートから構成された物語で、前半はヒロインとヒーローが恋に落ちる王道ラブストーリーだ。
 しかし後半、この挿絵が入れられたページから話が一転する。前半パートでは無邪気な少女然としていたヒロインの裏の顔が明かされ、ヒーローの元婚約者から何もかもを奪い去ったとんでもない悪女だということが発覚するのだ。そして、物語の真の主人公であるヒーローの元婚約者に復讐されるという……いわゆる、ざまぁ展開が発生し、なんやかんやあって元婚約者の方が幸せを掴むというオチの作品なのだ。

 一応、説明を付け加えると『ジュリエッタ』は王道!ベタ!甘々!みたいな作品が主流だった帝国の恋愛小説界に一石を投じた作品だったとかで大いに話題になったのだという。もっとも、以前はさらっと一読しただけだったのであまり内容については覚えていなかったのだが。

 エヴァレットが用があったのは『ジュリエッタ』そのものではなく、この挿絵だった。というのも、悪女と化したヒロインのモデルが母だったのだ。
 
(当時は売れない脇役女優だったらしいけど……まぁ、ほんと性格悪そうに描かれちゃって……)
 
 確か、この絵は壁の左側に貼っていたはずだ。舞台のポスターや新聞や雑誌の切り抜きなんかと一緒に。
 壁の右側には姿見を置いていた。そして、悪役令息として夜会に出掛ける際は必ず、鏡の中に映る自分と紙の上の母を見比べるようにしていた。
 
「そういえば、末娘が少し前におまえたちに会ったと言っていたが」

「ハインリと口喧嘩してた」

「あー、どうせイザベラの件だろ。ハインリの考えも分かるが……わしもリザと同感だな」

 前世へと思いを馳せている間に、ルヴィエと将軍の会話が違う話題へと移り変わっていく。
 僕としても気になる話題なので口を開こうとしたその時、コンコンと部屋の扉を叩く音が響いた。
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