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12-5 前世
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とはいえ所詮は紛い物。偽の輝きが色褪せていくのと同時に彼らの目論みは破綻した。富貴栄華を謳歌した一族は無惨にも粛清され、彼らが形成した派閥もすぐさま解体された。
「偽の金製品は賄賂としても多用されていたようで、派閥に属する有力者たちの炙り出しにさぞ役に立ったそうです。ゆえに東国では現在でもこの塗料が使われた品は不吉極まりない品とされています」
かつて他国において王位簒奪を企んだ一族が生み出し、多くの有力者たちを政界から追放することとなった偽の金。
そんな忌まわしき輝きを放つ塗料で装飾された美しい花瓶が、帝国の皇妃の元に贈られた。果たして偶然なのか。それとも謀略が隠されているのか。
いずれにせよ一介の商人である僕の立場からは軽々しく意見できない事案だ。報告を終えた僕は口を閉じて殿下の反応を待つ。
「エヴァレット――いや、フェイズ。こちらへ」
見たこともないほどに真剣な顔つきをした殿下がフェイズに何事かを耳打ちし始めた。大方、皇妃への急ぎの連絡を頼んでいるのだろう。とはいえ皇子とその侍従の会話だ。同じ部屋にいる以上、多少は漏れ聞こえてくるものの僕はそしらぬ態度を貫いた。
主から用件を賜ったフェイズはというと、一礼の後にすぐさま部屋を出ていった。部屋には殿下と僕の二人きりとなる。
「報告について礼を言う。君に頼んで良かった」
「いえ、滅相もありません」
「この話を知る者は?」
「殿下からの依頼であること、そして花瓶が皇妃殿下に贈られたものであることを知っているのは僕のみです。念のため話を聞いた職人や商人たちはこちらのリストにまとめてあります」
リストと共に今回の調査に関する資料をまとめて殿下に差し出す。おそらくこの後皇宮の人間が再度情報を洗い直すことになるのだろう。事が事なだけにこの件について僕がこれ以上何かを求められることはないはずだ。
報告も終わったことだし、そろそろお暇しようかな。すっかり肩の荷が降りた僕がそんな気分で佇んでいると、殿下は「はぁ」と溜め息を吐いた。
「エヴァレット」
「はい」
「君も知っての通り、僕が君に興味を持ったきっかけはささいなことだ。同級生たちにいびられていた地味で野暮ったい生徒がいきなり豹変したから驚いたんだ。あの時は思わず目を疑ったね」
改めて言われてなんとも言えない気持ちになる。理由も分からないまま毎日のように同級生たちから突っかかられ、僕はあの時うんざりしていた。だからちょっと脅してやろうと思っただけだったのだが……まさかあの場面を帝国の皇子殿下に目撃されるだなんて、夢にも思わなかった。
「だが、今は純粋に君の商人としての腕を買っている。今回の件だけじゃなくて、これまでも僕のめちゃくちゃな要求の数々を見事に乗り越えてきた」
「ご自覚がおありだったんですね」
「茶化さず最後まで聞け、エヴァレット。僕はね、君がもっと高みへと登りつめる姿を見てみたい。だからやっぱりコレを着てほしい」
僕の目前に掲げられたのは前々から「一回だけでいいから着てほしいんだって!絶対似合うから!」と言い募られている悪趣味極まりないド派手な貴族服。男物だというのにレースや宝石がゴテゴテと縫い付けられていて、妙に身体のラインを強調するような仕立ての一着だ。僕としては正直、直視するのも耐え難い。毎回適当な理由をつけてのらりくらりと着用を断ってきたのだが何故、今このタイミングでまたしてもその話を。
「はい?え、ご冗談ですよね?」
「いや、本気」
「殿下、本日はお疲れのことかと思いますので僕はこれにて」
「エヴァレット!」
「恐縮ながらこの件については僕もいい加減怒りますよ。殿下は僕の事情をご存じですよね?」
「待って!待って!ちゃんと説明するから」
席を立とうとした僕を殿下が慌てて制してきた。下級生として、商人としてなんだかんだ可愛がってもらっているという自負があったがために殿下とは親しくさせてもらっていた。だが、この件についてだけは心底辟易していた。
どういう訳だか僕が目にする度に一層派手さを増していく問題の一着をちらりと見る。わざわざ皇妃殿下の侍女たちから助言を貰ってまで仕立てたというその服が、何を意図しているかは火を見るよりも明らかだ。
だからこそ、絶対に着たくない。だって僕は、僕の夢はそこにはないのだから。
「偽の金製品は賄賂としても多用されていたようで、派閥に属する有力者たちの炙り出しにさぞ役に立ったそうです。ゆえに東国では現在でもこの塗料が使われた品は不吉極まりない品とされています」
かつて他国において王位簒奪を企んだ一族が生み出し、多くの有力者たちを政界から追放することとなった偽の金。
そんな忌まわしき輝きを放つ塗料で装飾された美しい花瓶が、帝国の皇妃の元に贈られた。果たして偶然なのか。それとも謀略が隠されているのか。
いずれにせよ一介の商人である僕の立場からは軽々しく意見できない事案だ。報告を終えた僕は口を閉じて殿下の反応を待つ。
「エヴァレット――いや、フェイズ。こちらへ」
見たこともないほどに真剣な顔つきをした殿下がフェイズに何事かを耳打ちし始めた。大方、皇妃への急ぎの連絡を頼んでいるのだろう。とはいえ皇子とその侍従の会話だ。同じ部屋にいる以上、多少は漏れ聞こえてくるものの僕はそしらぬ態度を貫いた。
主から用件を賜ったフェイズはというと、一礼の後にすぐさま部屋を出ていった。部屋には殿下と僕の二人きりとなる。
「報告について礼を言う。君に頼んで良かった」
「いえ、滅相もありません」
「この話を知る者は?」
「殿下からの依頼であること、そして花瓶が皇妃殿下に贈られたものであることを知っているのは僕のみです。念のため話を聞いた職人や商人たちはこちらのリストにまとめてあります」
リストと共に今回の調査に関する資料をまとめて殿下に差し出す。おそらくこの後皇宮の人間が再度情報を洗い直すことになるのだろう。事が事なだけにこの件について僕がこれ以上何かを求められることはないはずだ。
報告も終わったことだし、そろそろお暇しようかな。すっかり肩の荷が降りた僕がそんな気分で佇んでいると、殿下は「はぁ」と溜め息を吐いた。
「エヴァレット」
「はい」
「君も知っての通り、僕が君に興味を持ったきっかけはささいなことだ。同級生たちにいびられていた地味で野暮ったい生徒がいきなり豹変したから驚いたんだ。あの時は思わず目を疑ったね」
改めて言われてなんとも言えない気持ちになる。理由も分からないまま毎日のように同級生たちから突っかかられ、僕はあの時うんざりしていた。だからちょっと脅してやろうと思っただけだったのだが……まさかあの場面を帝国の皇子殿下に目撃されるだなんて、夢にも思わなかった。
「だが、今は純粋に君の商人としての腕を買っている。今回の件だけじゃなくて、これまでも僕のめちゃくちゃな要求の数々を見事に乗り越えてきた」
「ご自覚がおありだったんですね」
「茶化さず最後まで聞け、エヴァレット。僕はね、君がもっと高みへと登りつめる姿を見てみたい。だからやっぱりコレを着てほしい」
僕の目前に掲げられたのは前々から「一回だけでいいから着てほしいんだって!絶対似合うから!」と言い募られている悪趣味極まりないド派手な貴族服。男物だというのにレースや宝石がゴテゴテと縫い付けられていて、妙に身体のラインを強調するような仕立ての一着だ。僕としては正直、直視するのも耐え難い。毎回適当な理由をつけてのらりくらりと着用を断ってきたのだが何故、今このタイミングでまたしてもその話を。
「はい?え、ご冗談ですよね?」
「いや、本気」
「殿下、本日はお疲れのことかと思いますので僕はこれにて」
「エヴァレット!」
「恐縮ながらこの件については僕もいい加減怒りますよ。殿下は僕の事情をご存じですよね?」
「待って!待って!ちゃんと説明するから」
席を立とうとした僕を殿下が慌てて制してきた。下級生として、商人としてなんだかんだ可愛がってもらっているという自負があったがために殿下とは親しくさせてもらっていた。だが、この件についてだけは心底辟易していた。
どういう訳だか僕が目にする度に一層派手さを増していく問題の一着をちらりと見る。わざわざ皇妃殿下の侍女たちから助言を貰ってまで仕立てたというその服が、何を意図しているかは火を見るよりも明らかだ。
だからこそ、絶対に着たくない。だって僕は、僕の夢はそこにはないのだから。
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