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12-4 前世
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「……エヴァレット、それは間違いないのか」
「ええ。ただし、毒と言っても害はごく軽微なものです。それに花瓶ですから口が触れるようなことはなかったかと。ひとまずはご安心ください」
毒という言葉に殿下の顔つきが一変した。まさかこの花瓶にそんな秘密が隠されているとは思っていなかったのだろう。僕だってこの花瓶を預かった当初はそんなこと考えもしていなかったのだから。
事の発端は彼の母君である皇妃殿下の一言だ。「あの花瓶、なんとなく嫌な感じがするの」と二人でティータイムを楽しんでいた折に皇妃殿下が呟いたらしい。普段は明るい母君のらしくもない言葉に驚いた殿下が事情を尋ねたところ、どうやら皇妃殿下宛てに生家経由で届けられた品なのだという。懇意にしている他国の有力貴族からの贈り物だとかで気軽に突き返す訳にもいかず、とりあえずは皇妃宮に飾ったのもののどうも気が晴れない。かといって皇宮の誰かに相談しようものならどんな噂が立つか分からない。
そこで殿下が「最近仲良くなった下級生に商人の真似事をしているヤツがいるからそいつに任せよう!」と安請け合いした結果、僕の元に花瓶が持ち込まれることになったのだ。
僕の生家であるグリューエル商会は平民向けの品を取り扱う一団で、はっきり言って貴族が好むような豪奢な品の取り扱いは無いに等しい。他の商会との付き合いでほんの少しだけ取引を担っている程度だ。貴族向けの品ですらそうなのだから、まして皇族が扱うような品などうちの商会の手に負える領域を超えている。
のだが、この皇子殿下は毎度のごとくゴリ押しで僕に厄介ごとを押し付けてきた。困ったことに殿下は僕が嫌そうな顔をするのが楽しくて堪らないらしい。なんとも性格の悪い御仁だ。
話は逸れたが、とはいえ僕も商人の端くれ。それに良くも悪くもまだまだ若く、世間を知らない青二才だ。最近は殿下からの無茶苦茶な依頼を口実として開き直ってあちこち顔を出して僕なりに新たなツテを開拓していた。だから今回もどうにかなるだろうと踏んで、ふてぶてしくも貴族向けの商品を取り扱う商会や陶器職人たちに話を聞いて回っていたのだが、想定外の収穫により僕はこの一件に関わったことを後悔しつつあった。
商人としての領分を超えてはならない。でも、知ってしまったからには報告せざるを得ない。僕は慎重に言葉を選びながら、さらに頭の痛い話を殿下に説明する。
「実は、毒以上に塗料そのものに問題がございます」
「というと?」
「この塗料は一見すると金に見えるものの、紛い物なのです。時間が経つにつれ色褪せていきます。こちらをご覧いただけますでしょうか」
そう告げて僕はテーブルの上に置かれた他の陶器に手を伸ばす。生産された順に並べ替えれば一目瞭然、金細工を施されていたと思しき部分が次第に濁った褐色へとくすんでいくのがよく分かる。
この塗料は二十年ほど前、東国で開発されたものらしい。なんでも、東国の一部地方で産出されるある鉱石に鉛を混ぜることで金のような輝きを放つようになるのだとか。
しかし、あろうことか鉱山を所有する一族が「我が領地から新たな金鉱山が見つかった」と法螺を吹いた。それまでほとんど価値がないとされていた鉱石を金と偽ってボロ儲けしようと考えたらしい。そのため、かつて東国ではこの金の塗料を使った偽の金製品が大量に流通したのだという。
彼ら一族は瞬く間に巨額の富を得た。しかし、野心は止まることを知らなかった。というのも、彼ら一族はかつて政争に敗北し、僻地へと追いやられた東王の血族だったのだ。強欲極まりないことに、偽の金製品によってもたらされた莫大な財力も使って再び政治の世界に舞い戻り、あろうことか次代の東王の座を狙おうとした。結果、なんと一時は当時の皇太子の座をも揺るがすほどの大派閥形成に成功したのだという。
「ええ。ただし、毒と言っても害はごく軽微なものです。それに花瓶ですから口が触れるようなことはなかったかと。ひとまずはご安心ください」
毒という言葉に殿下の顔つきが一変した。まさかこの花瓶にそんな秘密が隠されているとは思っていなかったのだろう。僕だってこの花瓶を預かった当初はそんなこと考えもしていなかったのだから。
事の発端は彼の母君である皇妃殿下の一言だ。「あの花瓶、なんとなく嫌な感じがするの」と二人でティータイムを楽しんでいた折に皇妃殿下が呟いたらしい。普段は明るい母君のらしくもない言葉に驚いた殿下が事情を尋ねたところ、どうやら皇妃殿下宛てに生家経由で届けられた品なのだという。懇意にしている他国の有力貴族からの贈り物だとかで気軽に突き返す訳にもいかず、とりあえずは皇妃宮に飾ったのもののどうも気が晴れない。かといって皇宮の誰かに相談しようものならどんな噂が立つか分からない。
そこで殿下が「最近仲良くなった下級生に商人の真似事をしているヤツがいるからそいつに任せよう!」と安請け合いした結果、僕の元に花瓶が持ち込まれることになったのだ。
僕の生家であるグリューエル商会は平民向けの品を取り扱う一団で、はっきり言って貴族が好むような豪奢な品の取り扱いは無いに等しい。他の商会との付き合いでほんの少しだけ取引を担っている程度だ。貴族向けの品ですらそうなのだから、まして皇族が扱うような品などうちの商会の手に負える領域を超えている。
のだが、この皇子殿下は毎度のごとくゴリ押しで僕に厄介ごとを押し付けてきた。困ったことに殿下は僕が嫌そうな顔をするのが楽しくて堪らないらしい。なんとも性格の悪い御仁だ。
話は逸れたが、とはいえ僕も商人の端くれ。それに良くも悪くもまだまだ若く、世間を知らない青二才だ。最近は殿下からの無茶苦茶な依頼を口実として開き直ってあちこち顔を出して僕なりに新たなツテを開拓していた。だから今回もどうにかなるだろうと踏んで、ふてぶてしくも貴族向けの商品を取り扱う商会や陶器職人たちに話を聞いて回っていたのだが、想定外の収穫により僕はこの一件に関わったことを後悔しつつあった。
商人としての領分を超えてはならない。でも、知ってしまったからには報告せざるを得ない。僕は慎重に言葉を選びながら、さらに頭の痛い話を殿下に説明する。
「実は、毒以上に塗料そのものに問題がございます」
「というと?」
「この塗料は一見すると金に見えるものの、紛い物なのです。時間が経つにつれ色褪せていきます。こちらをご覧いただけますでしょうか」
そう告げて僕はテーブルの上に置かれた他の陶器に手を伸ばす。生産された順に並べ替えれば一目瞭然、金細工を施されていたと思しき部分が次第に濁った褐色へとくすんでいくのがよく分かる。
この塗料は二十年ほど前、東国で開発されたものらしい。なんでも、東国の一部地方で産出されるある鉱石に鉛を混ぜることで金のような輝きを放つようになるのだとか。
しかし、あろうことか鉱山を所有する一族が「我が領地から新たな金鉱山が見つかった」と法螺を吹いた。それまでほとんど価値がないとされていた鉱石を金と偽ってボロ儲けしようと考えたらしい。そのため、かつて東国ではこの金の塗料を使った偽の金製品が大量に流通したのだという。
彼ら一族は瞬く間に巨額の富を得た。しかし、野心は止まることを知らなかった。というのも、彼ら一族はかつて政争に敗北し、僻地へと追いやられた東王の血族だったのだ。強欲極まりないことに、偽の金製品によってもたらされた莫大な財力も使って再び政治の世界に舞い戻り、あろうことか次代の東王の座を狙おうとした。結果、なんと一時は当時の皇太子の座をも揺るがすほどの大派閥形成に成功したのだという。
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