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「僕が最初に違和感を覚えたのは『ジュリエッタ』だよ。僕らはまだ読み終えてない訳だけど……あの本はイザベラが読むには内容も文体も世俗的すぎる」

 イザベラも言っていた通り、社交界で『ジュリエッタ』が流行っているのは事実。とはいえ、彼女はかなり高位の貴族令嬢で、何より本人の印象からしても『ジュリエッタ』はあまりにも似合わない。

 となると、イザベラの心の琴線に触れる何かが『ジュリエッタ』にあったのだ。たとえば、あの話のヒロインとヒーローの設定とか。

「はっきり言って令嬢と騎士が駆け落ちする話なんてありふれてる。だけど思い悩んでたり、何かに縋りつかないとやっていられないようなタイミングで、自分と似たような境遇の主人公が出てくる小説が流行ってるって知ったら多少は気になると思わない?」

「……そうなのか?」

「少なくとも僕の経験上はきっとそうだと思うよ。でも『ジュリエッタ』を読んでたってだけじゃさすがにイザベラとハインリの間に何かあるとまでは思わなかったけど。やっぱり決め手はリザの話だね。あからさまにハインリに嫌味を言ってたの、ルヴィエ分かった?」

「いつまで経ってもフラフラしてるってやつ?」

「そうそう。おまけに別れ際に”なんでか理由は知らないけどイザベラの元気がない”って話もしてたじゃん?あれも実はイザベラが皇妃候補に選ばれてるって知ってた上で、リザがハインリを煽ったんじゃないかなって僕は疑ってる」

 皇帝が近々皇妃を娶ろうとしているという話は公にされていない。とはいえ、リザは参謀部所属。情報収集はお手の物だろう。実際、東国の事情にも明るかった。リザは印象通りの陽気で気さくなだけのお嬢様ではないのだろう。

(――というか、リザも皇妃候補者だったりして。彼女も皇后のお茶会に招かれてたくらいだし)

 ふと、お茶会の直前に交わされていた皇后とイザベラの会話を思い出す。今更ながら、あの会話もきっとイザベラに皇妃になってほしいという話だったのだろう。若干引っかかる気もするが。

「俺は……まったく気づかなかった」

「いや、僕だってなんとなくそう思ってたってだけだよ。後はまぁ、ルヴィエも言ってたけどハインリの様子がおかしかったからねぇ。泣いてるイザベラを見て、めちゃくちゃ動揺してるんだもん」

 一体、ハインリは今までどんな気持ちで僕とイザベラの会話を――僕の後ろで、皇后や皇帝の言葉を聞いていたのだろう。

 『ジュリエッタ』にリザの嫌味、ハインリの動揺。
 そして、悪夢で目にした古い新聞記事。ルヴィエには話せない。でも、あの悪夢の内容も僕はずっと気になっている。
 
 何度考えても、あの新聞記事の真偽は分からない。実際のところ、イザベラとハインリがどんな関係なのかも分からない。

 でも、もし仮に悪夢で見たイザベラの死の原因に何かしら関わっているのだとすれば。

(少しでも、良い方向に向かってくれるといいな)

 そんなことを思いながら僕はぼんやりと窓の外を見つめた。
 雲間から差す、夏の日差しがなんともまぶしい。でも、晴れやかで心地の良い天気だ。

「――帰ったら、また『ジュリエッタ』を読みたい」

 一通り話し終えてすっかり気が抜けてしまった僕を他所に、唐突にルヴィエがそう言った。しかも、やけにきっぱりとした口調で。どんな心境の変化だと驚いた僕は窓の外から彼へと視線を戻す。

「イリヤ、手伝ってほしい」

 ルヴィエにこうして頼み事をされるのは初めてな気がする。そのことに、なぜだか分からないが僕は妙に嬉しくなってしまって、返事をする代わりに大きく頷いたのだった。


 ◇◇◇


 そして、この夜――ルヴィエとともに『ジュリエッタ』を読み終えた僕は、遂に全てを思い出すことになる。

 滲む汗と、息が途切れそうになる程の動悸。
 そして、硝子が割れたような甲高い音と、聞いたことのないルヴィエの激声。

 混乱する前世の記憶の中で、僕は――
  
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